TS転生すればおっぱ……おにゃのこと戯れられるのでは?だからチート勇者、テメェはお呼びじゃねえんだよ! 作:Tena
正直なところを言えば、もう逃げ出したい気分だった。
ソートエヴィアーカの王女、留学生として学園都市を訪れている彼女の人柄の良さは知っている。
彼女が留学して間もない頃、カンナの住む11区の学生達も興味本位で彼女を尋ね、たちまち絆されたという話を何度も聞いたからだ。もちろん、友達はいないので盗み聞きである。
しかし、そんな地位も容姿も性格も100点満点みたいなキラキラ輝いた人物だからこそカンナは関わりたくなかった。影の世界の住人は光に弱いのだ。
まず第一に、劣等感を刺激される。
それに、カンナは性格のいい人間というものをあまり信じていなかった。世渡り上手がただ性格がいいだけで務まるわけないからだ。
あとは、身分が違うというのも普通にやりづらい。もちろん学生という立場では平等なはずだが、他国の親善大使に近い彼女に対して言動の一つでも間違えたくはない。
……それを言えばアンブレラも身分が高いはずだが、彼女に対し「高貴」という言葉を思い浮かべれば、首を捻る結果となった。まあ、黙っていれば高貴だ。それも髪の一本すら触れられないと思うほどの。
「みゃおん」
「あら、あなたも来てくれるの?」
どこからか二尾の白猫が現れ、気付けば隣を歩いていた。
一応病院内なのだが、どこから入ったのだろうか。そもそも、転送門に入るあたりから姿を見ていなかったような気もするが……。
カンナを帯同していた病院の職員は一瞬「ね、猫!? どこから!?」と追い払おうとするが、カンナが申し訳なさそうにアンブレラの使い魔(違うが、説明が面倒だった)であることを告げると、諦めたように溜息をついて歩き始めた。それだけ、他国の姫の来訪は優先順位が高いらしい。
せめて自分で抱えておこうかと手を伸ばすが、白猫はスルリと躱す。
アンブレラやアイリスさんでないと嫌らしい。……そんなに美人の大きなお胸が好きですか、そうですか。下衆がよ。
心の支えになると一瞬でも考えそうになった自分が馬鹿だった。
ともあれ、そもそも9区を訪れた理由が
彼女とアンブレラが具体的にどのような関係かは定かでないが、いま彼女が来訪したのもアンブレラに関係するのだろう。だとすれば、(情報収集の速さが恐ろしいが)アンブレラの記憶喪失という事態に対し心強い味方となってくれそうだ。
滅多なことを言われない限り、彼女に対しては「はい」で受け答えしようと決めた。自分一人で解決しようとするには、あまりに状況が悪い。最低限お姫様の人柄を見極めて──
「……! 初めまして、貴女がアンブレラ様のお連れ様でしょうか!?」
「ふぇっ!? ひゃ、はい!」
「ああっ! よかった、貴女がいてくださらなかったら彼女の命すら危ぶまれるところでした……!」
抱きしめられた。一瞬だった。脳味噌は混乱と共に蕩けてしまった。
温かい肌の温度が直に伝わる。体は硬直するが、心は融解するようだった。
遠目にしか見たことがないが、直感で分かった。コルキス殿下だ。
柔らかいながらも信じてみたくなるような芯の通った声。
聖母のような微笑みを
長い睫毛には、よほど心配だったのか水滴がついて光を反射している。
ほどよく肉の付いたその体は、今も小刻みに震えていた。
「……っ、も、申し訳ありません。私としたことが……。ソートエヴィアーカの君主ムリウミスが娘、コルキスと申します。アンブレラ様の一大事と聞き、居ても立ってもいられず……」
「ふぁい、……あ、アンブレラの友人の、カンナ・アルタイズでしゅ、です」
「ああ……カンナさん、本当にありがとうございます。アンブレラ様は私を訪ねていらっしゃったのですよね? こんなことになってしまうのなら、私の方からお伺いするべきでした」
申し訳なさそうに解かれる抱擁にすら名残惜しさを感じてしまう。
先ほども言ったが、そもそもの身分が違う。一生のうちで手を握る機会すらあるかどうかという相手だ。そんな相手に抱きしめられたという事実は、カンナの自尊心をひどく満たした。
少し前の意気込みすら忘れ、もはや空返事を返すだけでいっぱいいっぱいだ。
名乗ると、今度は手を両手で包まれ名前を呼ばれる。一般人のカンナにはあまりにも攻撃力が高かった。
そもそもとして、純粋に顔が良い。瞳はずっとカンナを見つめている。アンブレラやアイリスさんという至高に触れていなければ、同性であることに関係なくガチ恋していただろう。あるいはあまりの多幸感に気を失っていたかもしれない。
とはいえ、アンブレラとは別種の攻撃力がある。アンブレラがただそこに存在する絶対的な「美」だとして、コルキス殿下はこちらの全てを委ねたくなるような魔性があった。カンナの理性はほとんど保たれていない。
事前に連絡でもしてあったのか、コルキス殿下はアンブレラを待っていたようだ。
カンナはだったら私が同行した必要はあったのかと思いつつ、残った理性でコクコクと頷く。殿下はチラリと後ろの職員に目配せして、すぐにカンナに向けてニコリと微笑んだ。かわいい。顔が強い。
「確認が取れましたね。アンブレラ様の安全は、ソートエヴィアーカの名にかけて我々が確保いたします。どうぞ、お任せください」
その場は、完全に一人の少女に支配されていた。
彼女の言葉が道理であり、真理だった。カンナもなにひとつ反感を生じることなく、コルキス殿下の助力が得られるなら安心だと胸を撫で下ろした。
くりん、と鈴の音が響く。
小さな小さな、しかし頭に残る音。
あるいは、猫の鳴き声のようでもあった。
「──いやに乱暴ではないか。はて、それがお主らのやり方かの?」
いつの間にか、隣、白猫のいた場所に小さな童女がいた。
入れ替わるように、白猫は消えている。
お嬢ちゃん迷子かな、などと揶揄うような者はこの場にはいない。
あるとしたらコルキス殿下だろうか。しかし彼女もまた、微笑みは崩さないまま、少し驚いたように黙って少女を見つめている。
知らないはずがない。
しかし、脳は現実を上手く認識しない。
だから言うべき言葉が紡がれない。
何度も見た顔を、初めて見つめる。
子供の頃から知っている。知らないはずがない。学園都市の人間なら。
「……レントリリー、さま」
学園都市を作り、今もその長として統べ続ける伝説。
古の魔法使いのひとりが、そこにいた。