TS転生すればおっぱ……おにゃのこと戯れられるのでは?だからチート勇者、テメェはお呼びじゃねえんだよ! 作:Tena
生物的な格というものは、美醜にも影響するのだろうか。
目の前でおこなわれるカリスマのバーゲンセールから目を背けて、カンナ・アルタイズは遠くこの世の理について思いを馳せた。防衛本能だけは一人前であった。
アルガス=レントリリー。
真名は公開するのが常とされている学園都市だが、古の魔法使いたちの真名は誰も知らない。これはスクールで最初の頃に学ぶことで、簡単に言えば、真名は秘匿するほど力を増すが、認知されるほど定着するのだ。だから、強大な魔法の力を持つ者たちは真名を秘匿するが、凡人は少しでも魔の力にあやかろうと公開する。
アルガスは古の魔法使いを指す通名だ。学園都市の人々がそう呼ぶから今でこそ名の一部となったが、実際のところ本人たちはあまり使わない。ただのレントリリーと、そう名乗る。
その見た目は────幽かなる精霊の、少女のようだ。
ふたつに結ばれた金の御髪は流水のようにまっすぐ垂れている。何より関連性を匂わせるのがその尖った耳だが、本人は自分が森人であることを否定している。しかし、ここしばらく二人の森人と関わっていたカンナは、どう見ても同じ種族としか思えなかった。
唯一の違いは瞳の色らしいが、今も含めて、公の場に現れるときレントリリーは必ず目を閉じている。加えてアンブレラの瞳だって朱く染まることがあった。学園長を疑うわけではないが、彼女らが別種族だということをイマイチ納得できない。
……まあ、胸はアンブレラやアイリスさんと別種族かもしれない。
声にすれば殺されかねないその思考を、カンナは慌てて振り払った。
いや、あの二人がたまたま大きいだけかもしれないし。特に種族の特徴とかで習わなかったし。……でも授業で「種族として胸が大きい」なんて言えないか。
ま、まあ、学園長小柄だし。……でもよく考えたら、アンブレラより少し小柄なだけか。
……。
やめよう。カンナと同じナカマではないか。ナカーマナカーマ。
よく考えたら顔面偏差値で裏切られていた。もうやだ帰りたいおうちに帰して。
「それでその、私達のやり方……でしたでしょうか?
ハッと気付けば、コルキスがレントリリーに向かって訴えかけていた。その表情、声音すべてが「アンブレラを助けたい」と語っていて、思わずカンナの胸までジンと熱くなる。
「……これだから、主らが嫌いだ」
レントリリーが小さくこぼしたその声は、隣にいたカンナくらいしか拾えなかっただろう。
「ソートエヴィアーカの。私は
「……でしたら、私がアンブレラ様を大切に思っていることお分かりでしょう」
「さて……だから、分からない。何を望む?」
「アンブレラ様を安全な場所にお連れして、ご養生いただきます」
カンナには何が「見えている」のか分からなかったが、一瞬沈黙を作ったコルキスは、すぐに元の調子で力強く言葉を放つ。二人の間では何かしらのコミュニケーションが成立しているらしかった。なんで私まだいるんだろう。帰っていい?
「なぜそう
「勿論、私も滞在している以上最大限頼らせていただきます。ですが、私以上にアンブレラ様を案じる気持ちを公共の機関が持てるでしょうか。他の患者様のこともあるでしょう。私なら全ての力をアンブレラ様に注げます」
「この国の民であれば、あの子の価値を理解し想う気持ちは本物だ」
「──その結果がこの体たらくでしょう?」
大声を出したわけではなかった。殺気が込められていたわけでもなかった。
だがそのコルキスの言葉に、カンナは身を震わせた。本物の覇気というものを感じた。
「……失礼しました。けれども、お言葉ですが、学園都市にアンブレラ様を任せてはおけません。
カンナに向けられた言葉ではないが、今日いちばんに胸に痛みが走ったように感じた。
人類は、災厄との生存競争において、森人がいるからという無意識の安心感を抱いている。なんだかんだで、本当に人類が危機に陥ったら助けてくれるのではと。もしも見放されるようなことがあれば、その心理的影響は計り知れないだろう。
そして、今日誰よりもアンブレラの近くにいたのはカンナなのだ。
アンブレラに自覚がどうのと説教しておきながら、自分の方がアンブレラという存在への認識が甘くなっていた。もちろん、学園都市自体が国の方針としてそうであることを望んでいたのだが。
良き隣人でなければいけない。しかし同時に、VIPであることを忘れてはならない。カンナに望まれるには、あまりに重い役割だった。
「まったく、その通りだ。この国は、信じられんか」
「……今回の件に関しては、そうですね」
「私の落ち度だ。民のことは信じてほしい……それでも、お主が預かるのが良いと思うか」
「こちらの病院は使わないという話でしたので、私の住居を使うのが一番良いでしょう」
実際のところ、それは一番適切な選択肢だった。
場所を変えるとなれば、大きな病院のある学区がいいのかもしれない。しかし、転送門で問題が起きた直後に、原因も判明していないのにまたアンブレラに転送門を使わせるのは愚か以外の何でもない。とは言え馬車で移動するには学区間は距離がありすぎる。最悪、野営だって必要になる。
だがこの9区内で場所を探すとなれば、まず警備の手配から始めなければならず、そうそう上手くいくとは思えない。唯一、ソートエヴィアーカの第一王女の居住地域だけは現時点で万全の警備体制が敷かれていることだろう*1。
だから、コルキスの言葉は間違っていなかった。むしろカンナは、なぜ学園長が難色を示し続けているのか首を捻った。
唯一コルキスが間違えたのは、相手を責める勢いを適度に抑えきれなかったことだ。それは、コルキス自身が把握しきれていなかった自身の感情のため他ならない。
「そうも反感を示すのは────また、利用し尽くすつもりですか。レークシアのように」
「軽々しくあの子を語るんじゃない、小娘」
重かった。
何が、かは分からない。空気か、言葉か、はたまた自分の体か。
レントリリーは目を瞑ったままだったが、まるで睨みつけられたかのような圧力を感じた。
しかもそれは、コルキスに向けられたものなのだ。カンナが感じたのはただその余波であった。
一貫して態度を崩さなかったコルキスが、瞬間体を震わせる。
レークシア、という(おそらく)名前は分からないが、コルキスが失言をしたことは確からしかった。
「……申し訳ありません。無知のはたらいた無礼です。ご容赦を」
「……」
レントリリーが何を考えていたのか。というか、この会話の半分ほどはカンナには理解できなかった。
少なくとも分かるのは、謎のアンブレラ争奪戦はコルキス殿下が制したらしい、ということだけだ。
空気が悪い。
自分の国の長が舌戦で負けるの目の当たりにして胸が痛い。
体調も悪くなってきたんで帰っていいですか? あっ、ダメ? そう……。