TS転生すればおっぱ……おにゃのこと戯れられるのでは?だからチート勇者、テメェはお呼びじゃねえんだよ! 作:Tena
「さて」
手紙がすべて燃え尽きてからしばらく。黙っていたレントリリー様の急な声に、私は再びビクリと肩を震わせた。……レントリリー様、ちょこちょこ溜めが長いと思います。
「改めて、歓迎しよう。オクタ・デュオタブオーサ・オブダナマへようこそ。そして、このような事態を招いてしまい本当に申し訳なかった」
「……私が、先に門へと入ればよかったのです」
「お主なら記憶を失っても問題ないと?」
「乳母、ですから」
「……まあ、お主らの関係に私が言うべきこともない、か」
乳母……乳母ってなんだろうとカンナは考える。
どちらかと言えば、アイリスさんの振る舞いはお貴族様の従者のそれだ。もちろん人間と同じ文化ではないだろうから、こちらの言語を使ってくれてはいても、端々の言葉のニュアンスくらい違うか。
でも、従者にしては一方通行なのよね。アンブレラがアイリスさんを召使いとして扱ったところを見たことがない。避難先みたいにアイリスさんに頼るところがあるし、それこそ私の思う「乳母」に対する態度のように見える。だとしたら、アイリスさんの態度が特殊なのだろう。
「どちらにせよ、結果が変わることはあるまいよ。これはあの子のもんだ──んぐ」
「──原因が、お分かりなのですか?」
「前が見えん。……まあ今は元々見えていないけれども」
アイリスさんが詰め寄って、レントリリー様の眼前いっぱいに胸が広がる。胸が広がるってなんだ。胸がいっぱい(物理)ってか。
縋るように駆け寄ったアイリスさんだったが、冷静な反応を受けて胸を両腕で押さえながら恥ずかしそうに下がった。なんだその最強の仕草。持たざる者を馬鹿にしてるの……?(憤怒)
「そろそろ時間だ……。手紙にあった、あの子の状態。転送門の仕組み。丁寧に説明するには数分ではまるで足りないだろうよ。書くものはあるか? 頼るべきところと、必要なことを
「あ、私、持ってます。……というかレントリリー様、あれ燃えてましたけど読めたんですか……?」
「ふふ、まあ暗号のようなものだ。炎の
「は、はあ……?」
マナって、真名? 火の? まるでなんのことか分からないけれど、やはり私達の学園長は凄い人なんだなぁという漠然とした感想だけは出た。
何はともあれ、レントリリー様には時間がないらしい。まあ忙しい人というのは分かっているけれど、それだけの意味じゃないだろう。
いつも持ち歩いている手帳とペンを差し出すと、レントリリー様は受け取ってふむと鼻を鳴らした。この人、実は鼻の穴あたりに目がついてるんじゃないだろうか……? 糸目とかじゃなくて、完全に目は閉じられているはずなのだけれども。
「これは?」
「えっと……、私のクロッキー帳です。その、ラフな絵とかを描く」
「ほう、絵描きなのか。見てもよいか?」
おずおずと頷く。
自分の顔が見られる場所で自分の作品を見られるのは恥ずかしい。だが、描いた絵そのもの自体は隠すものでも恥じるものでもないと知っていたから、見たいと望む者を断ることができなかった。
アンブレラ。植物。アンブレラ。小鳥。アンブレラ。アンブレラ。毛布にくるまる猫。折り畳まれた弓(たしかアンブレラの)。後ろ姿のアンブレラ。手。階段。鳥の巣。アンブレラ。
今更ながらに、半分近くが同じ少女を描いたものであることに気が付いて顔が赤くなる。
「……好きなのだな」
「ふぇっ!?」
「絵を描くことが」
ああ、ハイ。スキデス。
茶化すような風ではない。というより、ずっとこうだ。
レントリリー様は、何かを懐かしむかのように、何かを悔いるかのように、何かを慈しむかのように、泣き出してしまいそうな微笑みを常に浮かべたまま、すべてを淡々と語る。
ああでも、先程の暗号どうこうの話をするときだけはもう少し軽い雰囲気だったかもしれない。もっとちゃんと見ておけばよかった。やっぱ偉い人相手だと気後れして顔逸らしがちなのよね……。
パラパラとページをめくったのち、白紙のページにサラサラと文字を書いてクロッキー帳は閉じられた。
こちらへ返されるままにそれを受け取り、確認しようとしてから、レントリリー様が歩き出したので中身の確認は後でいいかと仕舞った。
レントリリー様が眠るアンブレラの隣に立つ。頭を撫でようとしたのかそっと手を伸ばすが、ハッと何かに気付いたかのように動きを止め、ぎこちなくその手は下げられた。
再び沈黙が続いてから、レントリリー様がポツリと呟く。
「この子は、迷子になってしまっている。だが見つけるのもこの子だ。お主らはただ案内してやりなさい」
「……」
分かんないっス。分かんないっス学園長……。
でも分かった。多分このお方、普段人と話さなさすぎて説明が下手になってる……。
「時間」とやらが近付いているらしい。気付けば、レントリリー様の体がうっすらと透け始めていた。
「次こそ、この子を返してもらえるとよいな。会えるのを楽しみにしている──
最後の言葉が聞こえるよりも先に、レントリリー様の姿はかき消えてしまった。
その代わり、そこにはスヤスヤと丸くなって眠る白猫の姿があった。