TS転生すればおっぱ……おにゃのこと戯れられるのでは?だからチート勇者、テメェはお呼びじゃねえんだよ! 作:Tena
差し出された手を握った。
数刻前まで、暗殺対象であった女の手だ。
「ふふ、なんだか不思議な気分ですね」
人当たりの良い微笑みには無言で返す。
不思議な気分? 嘘つけ、そりゃこっちの台詞のはずだ。
分からないのは、この状況だけだ。
時代や場所を選ばず、権力争いというものは醜くも常に行われるらしい。
俺はそこでいう道具の一つだった。食事に盛られる毒と変わらない。ただ、たまたま長く生きた。それだけで立場が上がる程度には、「道具」は損耗と入れ替わりが激しかった。
正直、自分が可哀想なのかどうかはまるで分からない。こうでもならなければ死んでいたしな。生きる理由なんていうのは教養と暇のある奴だけが考えることで、俺にはそのどちらも得る機会がなかった。だからこそ悩みが少ないのは、個人的にはいいことだと思っている。
そんなわけで、俺には判断基準というものが無い。
コルキス王女が好きとか嫌いとか、誰が権力を得た方がいいとか、考える必要もないと思っている。考えられるようになって生まれるのは悩みだ。崇高な目的を掲げる奴、生きる理由を探す奴、どいつもこいつも悩んでばかりで、どうにか悩みを無くそうと知識と力を得てまた悩む。
あいつらは「悩みたくない」と嘯いて悩むのが好きなのだ。自覚がなくとも。
馬鹿馬鹿しいとは思わない。馬鹿とそうじゃないやつの違いを考えたこともないから。ただ、「認識」があるだけだ。
その認識において、コルキス王女は俺の中で「敵が多い人」というものだった。
まあ次の王権を争っているのだから当然と言えば当然か。彼女を傀儡化したい人間、第一王子を王にしたい人間、第一王子を傀儡化したい人間。あとは王権そのものの力を削ぎたい人間。彼女がこのまま王になれば完璧に役目を全うするであろうことが想像できるからこそ、彼女の敵は彼女が一瞬でも王になってはいけないと奮起している。
一度成ってしまえば覆せない。そう思わせるだけの能力が、コルキス王女にはある。
当然と言った通り、王位を争えば敵は多く湧き出るものである。しかしコルキス王女が特別不利なのは、そもそもの純粋な味方が少ないからだろう。言い換えると、彼女には後ろ盾と呼べるまでのものが無かった。
俺は詳しくないが、そんな状況から始まって現在このままいけば次期王位確実と見られているのは異常らしい。本来は、「王位は後ろ盾で決まる」とすら言われるものだそうだ。
彼女は人を惹き込むのが上手い。
それでも未だに陣営が小さく見えるのは(留学に一人しか従者を連れていない)、彼女が基本的に他人を信用していないからだ。そしてそれは間違っていない。コルキス王女の手腕を見て、他の陣営からは何人もスパイもどきが送り出されている。あるいは、その人自身は彼女に惚れ込んでいても、その妻子が。
そういった繋がり全て含めて掌握しきれている者だけが、真にコルキス王女から信用される。
もちろん他の実務、武芸の能力も高い。
おそらく、手段を選ばなければ、あるいは目的がもっと下衆なものであれば、彼女は今ほど苦労せずに既にそれを成し遂げていておかしくない。そうでないのは、彼女に何やら信念があるかららしかった。
俺にはないもの──とは言うが、特に憧れもない。俺は道具として仕事をするだけだから。思想も、信念もいらない。
『暗殺し、死体は事故で偽装しなさい。ただし……』
今回俺に課された仕事は、分かりやすくも「留学中のコルキス王女を暗殺すること」だった。
それなりに防衛能力の高い城内よりは、側仕え一人しかいないこのタイミングの方がチャンスなのは分かる。城にいた頃も暗殺任務あったけどな。あれは無理だし準備も時間かかるし自分ではやりたくない。
しかしまあ、こういう仕事をしている人間にとっては既に周知の事実だが、コルキス王女とその信を置かれている数人の従者たちは戦闘能力が異常に高い。
何回かやり合ったが、「???」と頭の中が疑問符に満ちてキレそうになる程度には強い。
百歩譲って騎士団の上位層がそういう実力を有しているとかなら分かるのだが、あの女の本業は政務だ。
というか単純に強くて美人で実務能力高いのが納得いかん。何度「コイツ王で良くね?」と思ったことか。
『ただし、王女が幽かなる精霊を確保した場合はその補助を優先すること』
今回の依頼には但し書きがあった。
少し前に「幽かの森」から出現した森人、その権益を得ることを最優先にしろというものだ。
どうやら、王女は帰ってきてからでも殺せるが、森人との繋がりは今しか作れないと考えているらしい。ふざけんな今でさえ殺せないんだぞ。
まあ、コルキス王女に対する見積もりの甘さはあるとして、森人を優先するというのは納得できた。
そもそも森人に関しては「万が一」みたいなノリだ。「コルキス懐柔得意だし、もしワンチャン遭遇してたらよろしくー」みたいな。
森人なんて、そもそも遠目から見かけることすらないだろう。
そう思っていた。どうやら俺も、コルキス王女に対してまだ見積もりが甘かったらしい。
『コルキス殿下から連絡です。ドローネットおよびニースを引き込めそうなので、護衛任務等の協力を要請すると』
『……は?』
王女が学園都市内部で作った味方らしき伝令から、唐突に俺らに対して接触があった。
まずお前誰? なんでここ知ってんの?
という疑問は飲み込んだ。泳がされている可能性は想定していたから。
次に、いつ知り合ったの? という疑問も頑張って飲み込んだ。
必ずしも四六時中監視できていたわけではない。学園都市に入る前など、仕事が始まる前に何か接触していたのかも……かも……いやでも君たち真っ直ぐ学園都市向かってたよね? どこかにしばらく滞在したとかそういう情報は入っていない。
しかし一向に理解できないのは、なぜか既に
まさか誰かが口を滑らせたわけではないだろう。自分の暗殺を狙う輩の、裏の任務までを想定していたのだ。でなければ、あんな護衛一人の拠点に
というかマジでなんでそんな……幽かなる精霊の御二方もそんなホイホイ連れ込まれるなよ……。なに、いや、え?(困惑) 顔見知り程度ならまだギリ許容できるけど……。
幽かなる精霊達が11区にいたのは分かってる。それがいつの間にか王女のいる9区にまで来て、これから同居し始めると?
とりあえず、理解を諦めた。嘘ではあるまい。
部下に裏を取らせつつ、コルキス王女の元へ返事をするべく向かう。
「よろしくお願いいたします」
「……こちらこそ」
握手。顔は隠したままでいいとまで告げられた。
信用する気はないが、どうせ今は殺せないでしょう? と嘲笑っているのだ。
ありがたく仮面を被らせていただく。いつか殺してやるという視線だけ見せて。
はい。拠点周辺の警備ね、了解了解。
精霊の警護とかは──はい? 記憶喪失? そうはならんくない?
あれ、なんか普通の学生っぽい女の子いるけど。
ドローネットの友達? はあ、なんでいんの?
ああ……でもなんか、妙な親近感を覚える。
そうだ、あの顔は、巻き込まれ体質の苦労性の顔だ……。