TS転生すればおっぱ……おにゃのこと戯れられるのでは?だからチート勇者、テメェはお呼びじゃねえんだよ!   作:Tena

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第162話

「聞きたい、聞こえるはずだと思い込むあまり、勝手に名付けて呼んでしまう過ちがある」

「はあ」

 

 カンナは気のない返事をした。

 浮浪者のようにぼうぼうと髭を伸ばしっぱなしにした男は、それを気にする様子なく「ウム」と続けた。

 

「真名をある程度学んだところで誰もが一度陥るのだ。一度呼んでしまうと、本当にそうだったような気になってくる。これを自覚せずに突き進んでしまうと大変まずい、知覚が世界の全てになってしまうからな」

「知覚が全てじゃいけないのかしら? (かす)かの森で木が倒れたとして、誰もその音は聞き得ないでしょう」

「言葉足らずだった、正しくは『知覚したと思ったもの』だ。人は、己が何を知覚したかすら知る術を持たない」

「頭こんがらがってきた」

 

 この塔に住まう人々はみな穏やかだ。

 11区で過ごしていた頃やコルキス様に会うため9区に来た当初を思い返すと、もちろん犯罪や争いが横行していたわけではないが、何かとアイリスさんやアンブレラに情欲の視線を向ける者が多かった。

 まあ女の自分でさえ理解できてしまうというか、致し方なしな部分も大いにあるが、それはそれとしてアイリスさんは精神的にストレスが多かっただろう。アンブレラは人目に慣れているのか気にした様子なかったけれど。

 

 安全そう、というのは非常に大切なことである。

 なにせカンナはもうじきこの塔を離れる次第だ。しかし今の視野狭窄になったアイリスでは、悪意のある者が少し言葉を弄しただけで流されてしまいかねない。

 

──お姉さん、浮かない顔をしているね。話でも聞こうか?

──いえ、少しでも早く真名を聴けるようにならなければいけませんので……

──そうだ、リンパを流すとスッキリして色々と捗るよ。俺、得意なんだ任せてよ

──そうなのですか? ……ああっ、リンパが! リンパが!

 

 いけないいけない。アンブレラもアイリスさんも大変なんだから……。

 しかしまあ、こうなってしまわないとは断言できない危うさが今のアイリスさんにはある。アンブレラもそうだ。まさか一週と少し離れただけで何かされるとは思わないが、なるべく早く様子を見に行かないと。

 

 アイリスから離れても大丈夫か見極めるため、同時に暇を持て余していたこともあって、カンナはアプトナディティスに「塔の住人と交流しつつ手伝えるような仕事はないか」と尋ねた。

 その結果、今こうして散策の補助をおこなっている。

 

 散策はこの塔においては少し変わった意味を持つ。

 塔での学び方はシンプルで、まず座学で学べる限りの大雑把な真名を()()()覚え、次に塔を上りながら各階に生きるすべての名を覚え、呼び歩く。

 この二段階目の工程が「散策」だ。

 

 もちろんこの髭ダルマは塔に在る全ての存在の真名を覚えたわけではなく、今いる階の、8割ほどの真名を覚えたに過ぎない。(それでもカンナは異常だと思うが)

 この階は岩が多く荒野然としていて、植物がちらほらと生えている程度である。全体としては広いため歩き回っていると時間がかかるが、上の階に行くほど植物や生物が増え難易度が跳ね上がる。

 塔の住人も未熟な者ばかりだ。だから、呼んでいる名前が間違っていないか、どうしても思い出せないアレの真名は何か、答えの記された手元の書物と照らし合わせて教えてやるのが「散策の補助」という仕事である。

 

「待て、ええと、この岩は、セレクタリアスでなくて、レベルスでもなくて、ええと、ええと……」

「ギブアップですか?」

「いや待て。ここまで出かかってるんだ、もう少しで……アニバ、いや、ナリバルタス……?」

 

 こんな感じで、側から見ると少し面白い。自分は本を眺めていればいいのだから楽な仕事である。

 カンナが呆れたようにため息をついて言葉を発そうとした瞬間、吹き抜ける風のように涼やかな声が頭上からかけられた。

 

「ラマリアス──ですね。……あら、裏にいるのはユルスルとハイィルでしょうか。涼んでいるところを驚かすのも申し訳ありませんね」

「……アイリスさん!」

 

 以前よりかは元気そうな、しかしまだ薄い隈を残したアイリスであった。

 荒涼とした背景でも様になる立ち姿。塔では共通して用いられているはずのローブは、その抜群のスタイルのためか、カンナが着ているそれとはまるで別物のようだ。

 

 二言三言交わして去っていくアイリスを眺めていると、隣の髭ダルマが呟いた。

 

「……ここに来てもうじき2週間だったか。敵わねぇなあ」

「ええと、ラルビオラさんはどれくらい……」

「4年目だな」

「あっ、す、すみません」

「いいよ。人と森人って、きっとそういうもんなんだろうさ」

 

 常人ではまず不可能、導師なら30年、才能があれば3年。

 アプトナディティスの言葉を噛み締めながら、カンナはふと気になって目の前にあった岩を少しだけ持ち起こした。

 二匹の小さな虫が、急に明るくなった世界に驚いたかのように駆け回っていた。

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