TS転生すればおっぱ……おにゃのこと戯れられるのでは?だからチート勇者、テメェはお呼びじゃねえんだよ!   作:Tena

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本章の総括(前編)


第171話

「ユルスル、ハイィル」

 

 音が溶ける。溶けて染み込む。虫が鳴く。

 

「リータリータ、ハバリア、タァハ」

 

 女が音を口にするたび、花が揺れた。

 

「あら……、タナクナアハス、どちらに? ……ああ、そこにいらっしゃったのですね」

 

 名を呼び、あたりを見渡せば、極彩色の大きな蝶が途端に姿を現した。

 見つけて微笑む女の姿はどこか浮世離れしている。

 纏う衣は、「塔」で女性が使う装飾のその字も無いような質素なものだが、それ故に素材(着る者)の良さが強調され、妖精と見紛ってしまいそうになる。(そも女の種族は精霊と称されることもあるが)

 

 そのまましばらく名を呼びながら辺りを歩き、錆びた鉄の扉にたどり着いた。

 後ろを振り向いた女は、深く一礼をし、軋む扉を開けて出ていった。

 見守るように止まっていた草花と虫たちは、やがてまた各々の営みに戻ろうと、思い思いに動き始めた。

 

 扉を出た女は、外で続いている階段を登り始める。

 

 屋外に面しているわけではない。

 巨大な円筒のような形をした「塔」は居住区を除いて二重構造になっていて、外から調べると、壁、螺旋階段、壁、中央の巨大な空間、となっている。

 階段を登っていると一番外側の壁にときおり小窓のような穴が空いていることがあるが、たいていの場合霧が濃く、また塔の周辺一帯は苔しか生えないような土地であるから、窓の外を見ても特段気晴らしになることはなかった。

 

 次の扉の前に着いた女は、そのまま中へと入っていく。

 入った途端、複数の観察するような視線を感じる。人ではない。獣だ。

 

「……キッチェ。お出迎え感謝いたします」

 

 一匹の子リスが女の足元から肩まで一気に駆け上がった。

 女に懐いているようにも見える。腹部の袋のような器官から何かを取り出す。固い木の実と虫の死骸だ。

 

「届けてくださったんですね」

 

 子リスは答えるようにスンと鳴いた。

 潰してしまわない程度に全身を両手で揉みしだくと、満足したのか帰っていく。乱暴だがこれが一番好きらしいのである。

 

 それからまた視線を上げた。

 下の階と違って、この階にはそれなりの大きさの獣が多くいる。草木の量で言えば下の階の方が多いが、大きな水場があり、豊かな生態系がある。

 

 少し歩いて、目当ての相手を見つけた。

 ズルドと呼ばれる犬型の獣だ。小規模だが群れを持ち、今も近くに仲間がいるのだろう。

 

 そも凶暴性の高い獣は「塔」にはいないが、ズルドは雑食であり、時に先ほどの子リスのような小動物を狩ることもある。

 警戒心や縄張り意識が強く、今も女に向けて唸っている。

 

 今度は名前を呼ぶことはない。

 女は獣の前にそっと膝立ちをして、両腕を開いた。

 

 しばらくじっとしていると、獣は鼻を鳴らしながら近づき、女の手、首元、身体中の匂いを確かめ、やがて女の肩の上に頭を置いた。

 触れてもいいか確かめるように、開いていた腕を少しずつ閉じて、獣に触れ、抱きしめた。

 抱きしめた途端、獣が身を強張らせる。そのまま抱きしめ続ける。だんだんと獣の体から力が抜け、女に身を預けたとき、獣と相対してから初めて女は口を開いた。

 

「あぁ、マドゥラ……」

 

 今度は唸り声でなく、クンと返事のような声で鳴いた。

 

 抱擁を解き、携えていた紙切れに名と特徴を記す。

 塔の名簿に真名がなかったのだ。新しく生まれた命で、誰からも見つけられていなかったのだろう。

 ペンを走らせる女に近づく影があった。

 

「よう、精が出るなぁ、アイリスさん」

「……あぁ、ずんぐらむっく様、こんにちは」

 

 ずんぐらむっくと呼ばれる、人間の男である。

 ずんぐらむっくとは真名ではない。男が自身の真名を()()()()()()()のだ。

 図体はでかいが、不摂生で、しかし浮浪者というよりは仙人のような容貌であった。

 

 真名を学ぶ中で、己の真名を失ってしまう者はたまにいる。

 この時代の人類の文化としては、魔力の定着を目的に、真名は身の回りの多くの人間が知っている。流石に本人のいないところで勝手に真名を伝えるのはタブーだが。

 

 ではなぜ失ってしまったのか。

 

 「忘れる」でなく「失う」と表現するところに鍵がある。

 簡単に言えば、真名について学ぶ中で頭がおかしくなってしまったのだ。

 塔にいる者でも、何人かはずんぐらむっくの真名を知っている。しかしそれを伝えても、彼はどうにもそれを自分の真名として認識できない。

 これが真名を失うことである。

 

「俺は、もうすぐここを出ていくことになったよ。故郷へ帰るんだ」

 

 ずんぐらむっくがぼんやりとした目で呟いた。

 

 真名を失った者の治し方は単純である。

 生まれた土地に帰ること。彼と心の近しい者らが、何度も名を呼んでやること。

 しかし大抵の場合、そうした者が「塔」に帰ってくることはない。

 もう一度失うのが怖くなってしまうから。自分の研究者としての才に見切りをつけたから。後遺症で魔力量が減ったから。理由は様々だ。

 

「最近は、自分が何してた人間かも分かんなくなる時があって、果てはドアの開け方なんかまで忘れちまうんだ。先生も、自力で治すのを待ってたみたいだけど、もう帰りなさいって……」

 

 塔で研究する者には誰しも起こりうることだ。

 ずんぐらむっくの目は昏い。だが同じくらい、他の者たちの目も昏いのだ。もちろん、女──アイリスも。

 彼女の場合、真名の研究だけが精神状態の悪さの原因ではないのだが、それでも密閉空間(こんな場所)真名とかいう哲学(こんなこと)に取り組んでいれば回復するものも回復しない。

 

「なんで生きてんだろうってすげぇ思うんだ」

 

 男はアイリスに縋り付いて懇願した。

 

「なあ、あんたなら分かるだろう? 俺はいったい誰なんだ」

 

 知人では、同じ研究者仲間からでは、真名を呼ばれても信じられない。

 だってそれは、彼らが聴いたわけではないから。昔の自分が勝手に言っただけだから。それは本質ではなく、模倣のさらに模倣で、鏡像ですらない。

 昔の俺が言った真名が本物かなんて分からない。俺は真名を理解していない。理解した気になっていただけだ。偽物を得意げに見せびらかして、本質をまるで分かっちゃいなかった。

 実物も聴いちゃいないのに、「これが真名です」なんて、なんて恥知らず。

 

 でも、あんたなら。

 誰よりもはやく真名を覚えて、草花たちの真名を聴けるようになった、あんたなら。

 

「……私は、ヒトの真名を聴けたことはありません」

「それでも、あんたなら、あんたが聴いてくれたなら、俺は…………取り戻せたら、まだここに居られるかもしれないんだぁ」

 

 男のいたたまれない姿を、ぼんやりとした眼差しでアイリスは眺める。

 振り払うことなんてできやしない。深い同情ばかりを感じてしまう。

 無理だと分かっていて、縋り付く男を、(マドゥラ)にしたようにそっと抱きしめた。

 

 ……聴こえない。

 

 視界は邪魔だと、瞼を下す。

 己の内に溶け込んでしまえと、さらに強く抱きしめる。

 ぴくりと身じろぎしたずんぐらむっくの体から、ゆっくりと力が抜けていく。

 

 ……聴こえない。

 

 ずんぐらむっくがいる。

 幼いずんぐらむっくが、瞼の裏でぼうっと佇んでいる。

 母親に手を引かれたずんぐらむっくは、おもむろにこちらに視線を寄越して、すぐにフイと顔を逸らしてしまった。

 

「……申し訳ありません。なにも、聴こえません」

「ワッ……、ワアァァ……ッ……」

 

 嘘でないことを悟ったのだろう。

 胸に顔を埋めたまま、ワンワンと泣き出してしまった。

 

 すっかり力の抜けてしまったずんぐらむっくをその場に座らせる。

 酷であるが、一礼して、アイリスは再び歩き始めた。

 まだやらねばいけないことが沢山ある。

 

「早く、帰らないと……」

 

 草木の名が聴こえてくる。

 小動物の名も分かるようになった。

 大きな動物は、警戒心を解けば聴ける場合がある。

 無生物の名は大抵の場合共通していて、固有の名が無い場合もあるようだ。

 それでも、人の真名を聴くには、心というものが深く、遠すぎる。

 

 先ほどの男を思い出しながら、はたと気付く。

 男は真名を忘れ、次第に現実世界の何もかもが分からなくなっていっていると話した。

 己のことも、言葉の意味すらも、失っていく。

 

「真名を失うと、忘れてしまう」

 

 ああ、と氷解した。

 

 だから、案内。

 だから、迷子。

 辿り着くための手伝いしかできないのだ。

 

「アンブレラ様」

 

 ではレントリリーでは駄目な理由は。

 アプトナディティスではダメな理由は。

 

 ──瞼の裏で視たばかりだ。

 

「聴かせて、本当の名を」

 

 

 

 


 

 

 

 

「──ドローネット様が、重篤な病であらせられると?」

「いつからかは分かりませんがネ。その上、アカのオヒメサマと接触して以来、音沙汰がありませン」

 

 のっぺらぼうが合成音声で話す。

 今日はサングラスをかけておらず、そのマネキンのような顔にはへのへのもへじが描かれていた。

 

 ドローネットに関する目撃証言は3つ。

 

 ひとつが、11区での目撃。これに関してはひとつというよりかなりの数だが、まとめてひとつとしていいだろう。

 11区にいた頃はひとりの学生として一般的な生活をしていたようだ。

 もちろん人物が人物だけに一般的なことをして結果が一般的になるとは限らないが、祭事用のベールを纏って顔を隠し、あまり人と関わらずにニース(もう一人の森人)と共に行動していた。

 学園長の手が入っているだろうから彼女の泊まっていた宿にはコンタクトを取っていないが、そこに頻繁に出入りしていた「カンナ」という名の女学生の存在も確認している。

 彼女は現在、「共同研究の準備」という名目で9区での在留資格を得ている。名目はブラフと考えるのが妥当だろう。

 

 もうひとつは、転送門の事故後の9区での目撃。

 9区で駅員に詰め寄るニース(特徴が一致)を見たという話と、その後病院でドローネット本人と思わしき人物を見たという話がある。

 後者は緘口令が敷かれているのに間違いはないのだが、人の口に戸は立てられぬというか、やはり関わった病院関係者の人数が多ければ多いほど噂は広まるものだ。

 

 ちなみにこの事故自体は「転送門の動作不良」などというカモフラージュになっていない前代未聞のカモフラージュでカモフラージュされたが、点検という名目で数日に渡り学園都市全域の転送門が使用できなくなり阿鼻叫喚が生まれた。

 転送門ありきの物流システムが構築されていただけに、経済的な損失は過去最高値だっただろう。情報の伝達も遅れ、何が起きているかを把握するのにかなりの時間を要したものだ。

 しかしその後、主に物流において11区から9区へ行く転送門以外全てが解禁されたことを鑑みれば、何が起きたかくらい馬鹿でも分かる。

 

「しかシ、9区へ行った理由と事故の内容ハいくら考えても確定できませんネ」

「理由……あの女狐が招待した、あるいは脅しつけたあたりでしょうか」

「郵便物でのやり取りはありませんガ、以前一度接触していますからネ。そこでやり取りをしていたら分かりませン」

「カンナという女学生が連絡役だった可能性は?」

「経歴は調査済みですガ……アカとの関わりという点でもう一度調べ直させますカ。ハズレだとは思いますがネ」

 

 最近はドローネットの残滓に触れる機会が無かったからか、会話相手の方も落ち着いて考察を手伝ってくれている。

 一見すると優男のように見えるが、ドローネットが関わるとおかしくなるのだこの男は。

 11区に着いた時も転送門付近で香りがするだのなんだの荒ぶっていたが──後のことを思えば、案外当たっていたのだろうか? 馬鹿にできないかもしれない。

 

 さて、2つめの証言を踏まえて、既に二人は9区へと移動を済ませている。

 先に述べた通り11区から9区へ行く転送門だけはなかなか解禁されなかったため、ドローネットの目撃に関する情報を得てから、さらに馬車での移動を介して来ている。かなり遅れてしまった形だ。

 正直、もう数日早く11区に着いていれば見つけられていて、こんな事故だのなんだの苦労せずに済んだと思う。彼女が9区へ行くタイミングがなんともこちらにとって都合が悪すぎた。

 

「私はこんなにも純粋な気持ちでお目にかかりたいと思っているだけだというのに、運命はなんと悪戯なのだろうか!」

「レークシア様に祈りましょウ……」

 

 純粋……、純粋……? のっぺらぼうは心の中で首を傾げつつ、否定しても面倒なので適当に合わせておいた。

 

「幾度となくその影を追えど、この手にあるのはあなた様の御髪一本のみ! ああ、お会いしとうございます……」

「御髪? なんト、ドローネット様のですカ!? よろしければ、相棒としてワタシにも半分いただけませんカ」

 

 初耳の情報が入った。はよ言えカスと思いつつ、のっぺらぼうはサンプルを渡すようお願いしてみた。

 ちなみに、買い占めたぬいぐるみに付いていたらしい。怖。

 

「半分? 馬鹿言わないでください、切断してということですか!? あなたね、それは素晴らしいからと言って、名画を破って半分寄越せというようなものですよ!! 芸術品はひとつの完成されたものであるから素晴らしいのであって、破損してしまえばその価値は大きく損なわれるんです!!」

「そもそも抜け毛の時点で破損してますよネ」

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」

「壊れちゃっタ」

 

 芸術品に例えるのなら本体はドローネット本人であって、抜け毛は破れた名画の切れ端だろう。

 そう指摘すると、既に価値が損なわれていることを認めつつも「でも未だに高い価値があるんです」みたいなことを言いたそうな顔をしながら優男が壊れてしまった。

 

それでも素晴らしいんだぁ……」

「泣かないでくださいヨ……」

 

 さて、最後の目撃について話そう。

 最後、そして一番最新のもの。

 

 二人が9区についてから地道に探してみたものの、ドローネットの残り香すら見つかることはなかった。(文字通り。この優男(変態)が見つからないというなら無いのだ)

 だがまあ理由は予想できている。これは2つめの証言にも関連するが、ドローネットの病院での目撃に際して、コルキス第一王女が同じ病院を訪れていることも分かっている。

 現在病院にいないのであれば、十中八九、王女の手の内だろう。

 

 元々9区で諜報活動をしていた人員の記録を合わせれば、実に一ヶ月近くもドローネットを見失っている。

 

「これほど長く補足できなかったのハ、()()()()()に居た時以来ですネ」

「……ああ、あそこですか。あれは流石に予想外でしたね。学園長め」

「十二名家御用達ですからネ。リスクが大きいからあり得ないと思っていましたガ」

「いえ、というより学園都市の恥と引き合わせるとは思わないでしょう」

「……いらぬ反感を買いますヨ」

「本当のことです」

 

 ……最後の目撃は、某カンナが12区から9区へ移動していた、というものである。

 より正確には、アプトナディティス学区長の本拠地である「塔」を出て、9区にあるソートエヴィアーカの敷地へ入っていった。

 

 ここから考察できることは複数ある。

 そも、カンナがいつの間にか12区へ移動していたということ。わざわざ12区へ行った理由。また可能性は低いが、カンナ同様、ドローネットも気付かぬうちに12区へ移動している可能性。

 

「ドローネット様が12区にいるかもしれないのですか!?」

「イエ、アカのオヒメサマが9区を離れていませんカラ、ドローネット様も9区にいる可能性が高いでショウ。あの国の王女ガ、手に入れたものを傍に置いておかないわけがなイ」

「手に入れ、傍ということは独り占……じゃなくて、軟禁ですか! 許せませんね! うらやま……じゃなくて、けしからん!」

 

 病院からたちまちドローネットはコルキス邸へと移されている。

 事故は大したものじゃなくて怪我か病もすぐ治った? まさか、そんなわけがない。それなら転送門の停止がここまで長引いた説明にならない。

 致命的な、それこそ二度と起こしたく無いような何かが起きた。しかし、何故かドローネットは病院からコルキス邸へ移動した。移動はその日のうちであるから、コルキスが事故を仕組んだ可能性すらある。リスクヘッジが取れていないから可能性は低いが。

 

 では、その病体のドローネットに対しコルキスはどう動くか。

 それこそがカンナの動向ではないだろうか。

 

「むむむ、では、最悪の場合を考えると、あの女狐はマッチポンプでドローネット様を自宅に連れ込み、そのまま日の目も見せず管理しようとしていると?」

「まあ、最悪の場合はそうですネ。あとはお国へ連れ帰って、実験なりなんなりト」

「ゆ る せ ん ! !」

 

 最悪の場合はという話であるのだが、相方はどうも過剰に盛り上がっているようである。

 とはいえ、どれだけ奮起しても無謀な突撃をするタイプではなく、その狂気の裏には計算と打算が控えていることは知っているので、そんなに心配していなかったりする。

 やる気が高ければ高いほどパフォーマンスが上がるタイプだ。放っておけばいいし、空回りしてもコルキスを殺害する程度のミスだろう。そうなったらコイツの首を向こうに送るだけだ。向こうは内紛が酷いから、政局が変化するだけで学園都市はさほど恨みを買わない。

 

「ドローネット様待っていてください!! 病からも女狐からも私がお救いいたします!!!」

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