TS転生すればおっぱ……おにゃのこと戯れられるのでは?だからチート勇者、テメェはお呼びじゃねえんだよ!   作:Tena

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生きてます。進む方向は決めました。
争奪戦の実質的な第一話。

・前回までのあらすじ
殿下と傘がイチャイチャしてた


第178話

 ソファに座った少女が空を見上げている。

 

 窓の向こうは海よりも深い青で澄んだ空が広がっている。

 

 手を伸ばすでもなくただ見つめる姿からは心情を量ることができない。

 深窓の令嬢が瞳に映す空に、羨望以外のどんな意味があるだろうか。

 

 浮世離れした容貌は空間を芸術品に仕立て上げていた。

 つまり、人でなかった。現実に存在する生き物でなく、偶像としてのなにかが息づいていた。

 どこかに行ってしまいそうだ。羽を生やして、空へ溶け込んで。

 

 いいや、どこかに行ってしまうのだろう。

 それが明日なのか私が死んだ後なのか、決まっていなくとも。

 

 しがみついて、縋りついて、なるべく長く側に置こうと閉じ込めるのは、浅ましくはないだろうか。

 これを愛ゆえの臆病などと胸張れるだろうか。

 

 空なんて見ないでほしい。

 私だけを見ていてほしい。

 

 そんな思いで横から抱き着くと、少女はくすぐったそうに色気のある声を漏らして、こちらに気が付いた。

 首元に顔をうずめると、思考が蕩けてしまうような甘い蠱惑的な香りに包まれる。そこで深呼吸をすると脳が妙な多幸感で満たされた。

 

「……んっ。コルキス様、お疲れのようですね?」

「あァ──いえ、はい。タゲリ導師と少し口論になってしまいました」

 

 触れている部分がじんわりと熱を孕む。

 どこまでが自分の純粋な感情で、どこからが少女の力に引き起こされた幸せなのか判別が付かなくなるのは少し受け入れ難い部分がある。

 こういったある種哲学的な問題からは目を逸らしたかった。それを考えるのは嫌いじゃないが、政治と哲学は少し相性が悪い。本質を重視するあまり、目の前の民の苦しみを理解できなくなってはいけない。

 

「タゲリ導師……コルキス様の先生ですね。とても尊敬できる方だと聞いていますが」

「そうですね。ただ、あの方も学園都市の導師であったからこそ、私とは考えが合わない部分もあるようです」

 

 アンブレラを巻き込んだ研究をする。

 これに忌避感を覚えるのは、アンブレラのみの安全のためなのか、自分の欲望のためなのか、ソートエヴィアーカの代理人としてなのか、判別が付かない。

 

 もちろんすべての理由が当てはまる。しかし、その中での比重に個人的なものが含まれていないとはとても言えない。

 

 まず、学園都市は既に一度失敗した身である。

 その上学園都市の研究はいささか過剰なものも多く、成否や安全性には不安がある。

 そんなところの研究に関わらせるくらいなら、まず記憶を取り戻して、その上でゆっくり静かに生活させるべきだろう。

 そう。そもそも今は失敗を引きずっている最中なのだから、最低でもアンブレラの状態を事故の前まで回復させてから話をするべきなのだ。

 

 とまあ大義名分はそんなところで、学園都市である程度の立場を持つ人間ならこれには閉口するしかないだろう。

 自分のところの失敗を根拠に出されて無視できるほど面の皮の厚い人間は、この国にはきっといない。

 

「……魔法の練習をしていました」

 

 机に開かれた書籍の方向にぼんやり顔を向けていると、視線を察してかアンブレラが口を開いた。

 彼女が興味を持ったようだから学ぶ手段を用意したが、ヒトに向けて書かれた魔導の指南書を読んでもどうにも身に付かなそうだ。

 

 学園都市に来る前の道中で魔法を扱っているのは目にしたが、まさしく摩訶不思議な法理の技であった。それを私が説明しようとすれば困難を極めるだろう。

 学園長(レントリリー)ならばあるいは、という予感がよぎったが気付かないふりをした。

 

 今のアンブレラに扱える魔法はおそらくひとつである。

 人に「幸せ」を与えること。

 魔法と呼んでいいのかも分からない。けれど、それを教えたのはきっと私自身だ。

 

 親が子供に言うようなそんな比喩表現としてではなく、もっと物理的な、もっと強制的なものとしての「幸せ」を与えることができる。

 「幸せ」とは、結果から言えば性的快楽のようなものなのかもしれない。

 けれども、それよりも穏やかな「幸せ」も、あるいはそれを大きく超過して人の心を壊してしまえるような「幸せ」も、彼女の魔法は与えられる。

 

 触れる、という条件さえ満たしていれば。

 

 もしこの条件がなければ、範囲にもよるが、一つの学区くらいは簡単に制圧できてしまうかもしれない。

 快楽と依存性の強さはほとんど等価の関係にある。彼女が出力を上げてすべての人々の脳を焼き切ってしまえば。

 

 少なくとも、アンブレラの世話をさせた侍女たちはみな心のどこかを奪われてしまった。

 それを厭わない私自身もまた、酷い依存症だ。

 私とヴィオラは、あの三日間で念入りに脳を焼かれてしまった。

 

『まあ少なくとも、ハニートラップや男娼に(まつりごと)を狂わされることは今後無くなったでしょうから、免疫がついたと前向きに捉えることもできますね』

 

 とは側付き(ヴィオラ)の言である。

 それは狂わなくなったのではなく既に狂った後なのでは?と思ったが、悪意ある者に誑かされるよりはたしかにマシなのだろうか。

 アンブレラは悪意がないからこそタチが悪く、また一番理想的なのは誰にも誑かされないことだったのだが。

 

 狂わされたことを自覚してなお「正気」でいられたのは、かつて自らに据えた、さらに根底にある指針のためであった。

 つまりは、「為政者でいられなくなれば、死ね」と。

 

 

 

 


 

 

 

 

 母上を殺した者たちを捕らえたとき、私は自ら尋問を行った。

 

 いくら帝王学を受けるとはいえ、尋問の方法までは修めない。

 書庫から引っ張り出した内容の怪しい参考書を片手に、幾人かは練習台にするつもりで臨んだ。

 

 知恵の回る子供だった。

 だから、自分の追い詰められた立場は理解できていて、母上が殺された時に心はすっかりと冷え込んでしまった。

 今ほど鍛えていなかったから力こそ足りていなかったが、躊躇のない分、刃は肉に深く沈み込んだ。

 

『おはようございます。泣き声くらいは聞こえていたかもしれませんが、今日から貴方の番です』

『あ? ガキじゃねえか……って、オヒメサマご本人か。ははっ、ウケる』

 

 私自身は、己が決定的に変わったのは母上の死を契機としたものだと思っている。

 

 けれども本当は、このときの尋問こそ本当の契機だったのかもしれない。

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