TS転生すればおっぱ……おにゃのこと戯れられるのでは?だからチート勇者、テメェはお呼びじゃねえんだよ! 作:Tena
何も変わらない日々が重なっていた。
それでも、重なるということは重なっていない状態があったわけで、とどのつまり、変わってしまうものがどこかしら存在するものである。とある星のとある思想家たちはそれを無常などと言ったけれど、呼び方など些細なものだ。
とりわけ子供の成長というのはあっという間だ。幼年期の子供たちの背丈が大人とそう変わらないものになるのは、まるで新芽が気付かぬうちに花開いていることのようである。
ゆったりとした時の中で過ごすエルフたちにとってもそれは同じことで、ついこの間まで広場を駆け回っていた子たちも今では立派に家の仕事を手伝っている。
そんなある日の夕暮れ。
手伝いから解放された少年たちというのは約束もなくいつのまにか集まっているもので、やはりいつもの広場には引き寄せられるものの、かつてのように縦横無尽に駆け回るのではなく、むしろ駆け回るひとまわり下の幼子達を眺めながら談笑にふけっていた。
性欲の弱いエルフが好む話題といえば、世間話か、あるいは昔とまったく変わりのない下らない冗句ばかりである。変わったことと言えばちょっと語彙が豊富になり、賢しらにものを言うようになったことくらいだ。
「親父が古文書の解読を試みているんだけどな。ドラゴンカーセックスっていう言葉が現れて、どうにも立ち行かないらしい」
「ドラゴンって、怪物の? カーセックスは種族名かな。ドラゴンって言っても、ひとくちにまとめられないだろう」
「……はあ」
そんな中、たそがれるかのようにキバナは溜息をついた。
西日で普段よりいっそう赤っぽく輝く髪は目立つけれど、それでも派手さより儚さを魅せるその表情は15歳という年齢を曖昧にする。
(アンブレラ、また特訓ばかりしているんじゃないかしら? そんなに勇者に構わなくったっていいのに。アイリスだって油断ならないし、また会いに行かなくちゃ)
といっても、その頭の中は雑念と煩悩にあふれていた。
いや、むしろ色恋沙汰に疎いエルフの中でその辺りの機微を一人だけ発達させ、しかし見た目は同年代の中でも幼いというチグハグさが、その魅力を生み出しているのかもしれない。
かつての舌っ足らずな言葉遣いはなくなったが、幼心に生まれた独占欲は収まるどころか強くなっている。いつかの結婚しようという言葉も、今だって躊躇せずに言えるだろう。
(……女の子同士だけれど)
それが一番の問題である。
女の子同士、男の子同士では結婚ができない。なぜか?
単純だ。子供が産めないから。
子供が産めないということはそのまま種族の未来に影響を及ぼす。特に奏巫女なんていう影響力の強い立場の彼女がそれを認めてしまえば、この先のエルフがどうなってしまうか分かったものではない。
さて、ため息をつく美少女がいれば、色恋沙汰も関係なく周りは心配するものである。そもそも周りも美形に満たされてはいるが。
特に強制力がはたらいたわけではないが、こういう時に颯爽と尋ねるのが集団のまとめ役というものだ。幼年期のほとんどをガキ大将として過ごしてきたヒシクイは、遠い目をするキバナに気がついてどうかしたのかと何気なく尋ねた。
大したことじゃないわよ、とキバナは返す。実際想い人のことを考えていただけなので人に話すような悩み事でもなんでもないのだが、心配する人間にその返しは油を注ぐだけである。
「やあやあ子猫ちゃん、そんなに
「下手ね」
「ああん!? ……めっちゃ練習したんだぞ!?」
妙に抑揚をつけてヒシクイが戯曲じみた言葉遣いをする。
演技っぽさの残るそれに文句を言えば、ヒシクイはいつもの調子に戻って逆上した。
(だいたいそれ、先週の公演そのままじゃない。アンブレラだったら、自分の言葉でもっと素敵な口説き文句を選べるわ。……いいえ、違うわね。私がため息をつけなくなるまで口内を貪って……ドロドロにして……何も考えられなくなったときに耳元で「これで幸せになったかな?」って、確信したような声で言って……)
ヒシクイの言葉は、このあいだ話題になった舞台演劇の、見せ場でのワンシーンにおける有名なセリフだ。分かる人が聞けば「ああ観に行ったんだな」と分かるが、正直いま言われても興ざめである。
アンブレラならどう言うか。それを考えている内に、身体が熱くなるのを感じた。彼女の不器用を通り越して強引な一面は、時に乙女心、あるいは本能的に従いたいと思わせる力を持つ。
これ以上考えていては友人たちの前で見せてはいけないくらい表情が崩れてしまいそうだと気付き、慌てて思考を切り替えた。
落ち込むヒシクイに、キバナは慰めの言葉をかける。
「そういうのは、一番好きな人がもうどうしようもないくらい落ち込んでるときに言ってあげるからいいんじゃない」
「っぷはは! ヒシクイ、お前年下にたしなめられているじゃないか」
「うるせっ。……だいたい、まだ好き嫌いなんてわかるもんかよ? 結婚なんてずっと先の話だし、何十年もとっておいたらこんなネタ腐っちまうだろ」
エルフの結婚適齢期は50以降。遅い場合は100歳でもあり得る。まだ10代の彼がこのように文句を言うのも、仕方ない話だろう。
もちろん、自分の親を見て伴侶や結婚という概念に憧れることはある。特に少女なんてのはそれが顕著だ。しかし、10代のうちではまだ現実的な感覚というものがないし、子作りという一つの儀式を結婚前に勝手に行うこともできないから、パートナー選びは非常に慎重におこなわれる。
「でも、キバナちゃんくらい器量良しだったら、もう許嫁の話とか出てくるんじゃないの?」
「そういうのはお母さんのところで話が止まるから、あまり分からないのよね。もし来ても、まだ15歳だもの。断るわ」
「そっかー」
15歳だから断るというのは嘘である。アンブレラがいるから、他の人のものになるなど我慢ならないから断るのだ。
自分は彼女のものでありたいし、彼女は自分のものであってほしい。後者は押し付けるものではないけれど、それならばせめて片方だけでも縋ることは許されないだろうか?
きっと、アンブレラが結婚するか、自分が適齢期ギリギリの年齢になるか。その時までは夢に縋って、虚構を愉しんで、そしてゆくゆくは「大人になったのだ」と自分に言い聞かせて子供を孕むのだ。それは諦めでもあったし、向こう100年はアンブレラに依存するための言い訳でもあった。
少女の成熟が早いのは、こういった要因がはたらくからなのだろう。いち早く色恋に
そこまで考えたところで、キバナは「それに」と呟いた。
「それに……私が器量良いなんて、嘘よ。アンブレラ様に比べたら──」
アンブレラ様、と。友人たちの前ではなるべく敬称をつけるようにしている。
ここでもまた、距離を感じる。敬称を抜くということは、対等な関係に置くということだ。彼女と友人として会っているときはそれでいいのかもしれないけれど、もしも普段から呼び捨てにして、それが民衆の間で根付くようなことがあればどうなるかわからない。
眉目秀麗の次代巫女の名を出せば、友人たちは困ったような顔を浮かべた。
「アンブレラ様は、あれよ。神様がきっとさじ加減間違えちゃったのよ。きっと新人で、初めて肉体を作ったのね。失敗するといけないから、すべての制約を上限いっぱいにしたんだわ」
「そんな、お前、新人パン職人みたいな」
「まあ親父とかの話を聞くに、巫女様の娘だから可愛いことは間違いないって、生まれる前から言われてたらしいな」
「巫女様達を見るために儀式に参加する輩もいる始末だからなあ……」
「いや、それアンタでしょ。……でもねキバナ、あなただってちゃんと自分が可愛いことを自覚しなきゃ。卑下は謙遜じゃないのよ?」
「──『無自覚は罪なのだから』っ!!」
友人たちは口々にコメントを残す。最後に再びヒシクイが戯曲のセリフを引用したところで、キバナも流石に顔をほころばせた。
しかし、アンブレラと日がな顔を突き合わせている立場で自分の見た目に自信を持てと言われても困るものである。
この話はここで終わりにしよう。そう思って別の話題を探したところで、一人の男子が「あ」と声を上げた。
「そういえば、忘れてた。みんなさ、『レン』って覚えてるか?」
キバナの心臓がドクリと跳ねた。アンブレラの話から切り替えようと思ったのに、矛先が彼女を向くことをやめようとしない。
他の友人たちはしばしキョトンとしたのち、記憶をたどるかのように覚えていることを口にし始めた。別段、アンブレラとの繋がりには気付いていないようである。
「あー、力が強かったな」
「かくれんぼはクソ雑魚だった」
「というかちょこちょこポンコツだった」
「でも顔が良かったからなぁ。許せる」
「優しかったけれど、すぐ女の子を口説く悪癖があったよね」
中にはこき下ろすものも紛れているが、おおむね悪い印象は無かったようである。
ドギマギしながら、キバナは「……それで、急にどうしたの?」と尋ねた。
「いやさ、もう数年……下手すると5年とかか? 全然見ないから、久しぶりに会いたいなと思って探したんだよ。俺、けっこうあいつの人柄好きだったし。でもさ、全然見つからないんだ。親の仕事を熱心に手伝う勤勉な男の子はいないかってほうぼう訪ねても、やっと見つけた相手は20歳を越している始末だ。だから、誰か知ってるやついないかな、と思って」
見つかるわけがない。存在しないのだから。
居るとすれば、それは神樹に住むノアイディ=アンブレラその人だ。親の仕事は確かに一部手伝っているが、性別の時点で間違っている。
「流石に、ここ来て遊んでたんだから、村の逆方面に住んでるなんてことはないだろ?」
「キバナちゃんが仲良かったんじゃないかな? あとはヒシクイ」
「俺も分かんないな。キバナ、レンのこと大好きだったろ? 何か知らないか?」
「──だっ、大好きって……!! ……うぅ、知らない、わよ」
顔が熱くなるのを感じながら、正直に話すわけにもいかないので嘘をついた。
逆に恥ずかしそうにしたことで、嘘に気付かれるようなことはなかったと思う。
しかしそんなこともつゆ知らず。好奇心旺盛な少年少女たちは「レン」とは何者だったのか? という話題で盛り上がり、ついには幽霊だったのではないかだなんて恐ろしい仮説も打ち立てられた。
そしてそこで、妙に第六感の冴え渡る
「なあ、レンが居なくなったのって、ここ数年のことだろう? 数年だなんて、大して物事が変わる時間でもないはずだ。でも、ひとつだけここ数年で変わったことがあっただろう? ────そう。アンブレラ様の活動が、活発になった」
「『レン』って、アンブレラ様のお忍びの姿だったんじゃないか?」