TS転生すればおっぱ……おにゃのこと戯れられるのでは?だからチート勇者、テメェはお呼びじゃねえんだよ!   作:Tena

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ヒシクイ:ガキ大将
コジュケイ:男友達で一番仲が良かった
覚えなくていいです。



落ち込んでる者を慰めるにはおっぱいを揉ませると良いとな? ほう、どれ一つ試して…って騙されるかぁ! そういうのは巨乳天然娘にでも期待するんじゃな、阿呆(あほう)

「お探しのレンさん、見つかりましたよ」

「──え」

 

 信じられないと言うかのようにヒシクイくんが目を見開く。漏れ出た声は、本当に見つかるとは思っていなかったこそだろう。

 

「あんまり心配でしたら、一緒に訪ねに行ってみますか?」

「あ……、あぁ、はい。お願いします」

 

 コジュケイくんが頭を下げる。彼は僕がレンというのが半信半疑だったのかもしれないな。どこかで生活しているならば、そこに会いに行ければ問題ないのだろう。

 

 ヒシクイくんやコジュケイくんと話しながら案内役を務める。

 まあ御子が案内役なんて、と思う(アイリス)もいるかもしれないが、このくらいまったく問題ありませんね!

 僕、というか「レン」の話を聞かせてもらうのが結構楽しかった。

 度々かくれんぼの弱さでからかわれていたので薄々気付いてはいたが、どこか抜けているやつ扱いをされていたらしい。あとは女好きと言われた。……そんなことないよ? 母様ひとすじです。

 キバナちゃんは話しかければ返してくれたが、積極的には口を開かず、ほぼほぼ静かにしていたのが少し気がかりだった。

 

 

 

 

 僕が選んだ場所は、役所からほど近い商樹の頂上であった。

 もっとも、話しかけられた場所から役所を通ってここまで来るのに半日を要したが。そのため日も結構傾いてきている。

 

 商樹というのは、その名の通り商業用の樹木のことだ。用途により色々な種類があり、一般的な家樹より大きい。ここはその特性のために, 枝分かれする前の部位で切り開かれていて空が見える。

 中央には畑があり、その中には、西日に照らされた一人の男性がいた。耕すのではなく、作物の状態をひとつひとつ確認しているようである。

 

「レ、レン……?」

 

 コジュケイくんが控えめに声をかけた。

 振り返った男性は、え、と名前を呼ばれたことへの反応を示す。

 

「……レン、レンか! かなり見違えたな!!」

「誰…………って、きみ、もしかしてコジュケイくん!? どうしてここに……ってアンブレラ様っ!?」

 

 「レン」はまず旧友に邂逅したことに驚き、続いて、一緒にいるのが僕だということに目を白黒させる…………素振(そぶ)りをする。普通のエルフならば(・・・・・・・・・)、まず僕に反応するだろうから。

 

「……うわ、もしかしてそっちの、ヒシクイくん? 結構分かるものだね……となると、そこのオレンジがかった髪した美少女は、キバナちゃんかな?」

「あ、ああ……レン、か。ほんとに存在したんだな。よく見れば、どことなく昔と似た顔立ちしてるぜ」

「……」

 

 ヒシクイくんはまだ僕と「レン」の関連性に未練があるように視線を行き来させるが、納得することに決めたのか「レン」と語らい始めた。

 ……昔と似た顔立ち、か。当然だろう。そういう風に造った(・・・・・・・・・)のだから。

 

 キバナちゃんも「レン」に答えるように軽く片手を振るが、もう一方の手はキュッと僕の服の裾を掴んだ。

 合わせてくれて助かる。きっと彼女は、おおよその状況を理解しているのだろう。だからこそ、「レン」の薄気味悪さに少しの恐怖を感じずにはいられないのだ。

 

「それにしても、みんなしてアンブレラ様と一緒に、どうしたの?」

「どうしたのじゃねえよ、馬鹿レン。急にいなくなりやがって。心配したじゃねえか……」

「アンブレラ様に頼んで、お前を探すのを手伝ってもらったんだよ」

「うわ、それは申し訳ない……。アンブレラ様、お手数おかけしました」

 

 いいんですよ、と僕は微笑みを返す。僕の瞳に映る「レン」は全身が魔力に満たされていて、そして僕と細い魔力の線で繋がれている。

 正直ちゃんと笑えている自信がなかったが、少年たちは三人で固まって今までのことを勝手に語らい始めた。

 

「僕はさ、もともとあの広場とは真逆の地域に住んでたんだ。ただ修行? というか弟子入り? みたいなことのために、広場近くの叔父さんの家に一時期預けられてて」

「今は?」

「結構色んな所を転々としながら、修行の総仕上げ中ってとこだね。このところはここで生活してたけど、もう少し経ったら別の商樹に移るかな」

「そうか……じゃあ昔みたいに一緒に遊んだりってのは難しそうだな」

「お前、その年から色々してて偉いんだなぁ」

 

 「レン」に、適当にでっちあげた事情をそれっぽく話させる。声は前世の僕を参考にしているので、男性にしてはやや高めのハスキーボイスだ。

 

 しばらく話して満足したのか、はたまた部外者の僕を長く付き合わせていることに罪悪感を感じたのか、ヒシクイくんとコジュケイくんはそう時間をかけず、「レンの無事も確認できたし」ということでお開きになることとなった。

 「レン」と男二人はまたどこかで会おうという約束をした。男だからこそできる下らない話や気安い肉体接触が新鮮で、またどこかで「レン」を頼ることがあってもいいかもしれないと思えた。

 

 

「アンブレラ様、すいませんでした。その……わざわざ、こんなことに一日付き合わせてしまって」

「いいえ、みなさんとお話できてとても楽しかったですよ」

 

 去り際、ヒシクイくんが何やら時間を奪ってしまったと謝ってきたので適当に受け流す。

 というか実質僕がややこしいことをしたせいで生まれた状況である。謝るのはむしろこっちなのだが、そうしたらこれまでのカモフラージュがぱあだ。

 とりあえず手を取って、「またお話しましょう(意訳)」と微笑みかけておく。西日が逆光になっているせいか、ヒシクイくんの顔はよく見えなかった。多分伝わったよな……?

 ムスッとしたキバナちゃんが僕を引き離す。それでまあ、よくあるような別れ際特有のぐだぐだした会話を挟んで、やっと解散となった。

 

 キバナちゃんと僕、そして「レン」はしばらくその場に残って、二人の少年の背中を見送った。

 その姿が見えなくなったところで、僕は「デューカ」と呟いた。それと同時に、「レン」がまるで泥のようにドロリと溶ける。

 

「……そんなことだろうと思ったわ」

「あちゃ、バレてたか」

「私には、どうやっているのか見当もつかないけれど。あなたなら、魔法で人形を作るくらいしそうだって分かるわよ」

 

 幼馴染、もとい親友には敵わないな。キバナちゃんを騙すということになったら一苦労しそうだ。

 

「友達、欲しいって言っていたのに」

 

 キバナちゃんは口を尖らせた。

 確かに、OTOMODACHIを沢山作りたいとは願った。でも、少し考えたら気付けたのだ。

 僕にそんなもの手に入るわけないと。

 

「……良かったの?」

「うん……これで、良いんだ」

 

 きっと、彼らが描いている僕の人物像は、まるで別人だろうから。

 一生懸命で、親孝行で、みんなに優しい少年「レン」なんて幻想だ。

 本物の僕は、どうしようもなく浅ましくて、短絡的で、肉体的な繋がりでも持たなければ誰からも愛してもらえないような、そんな弱い生き物だ。

 まさか友人全員を肉欲で誘惑するわけにもいかない。でも、そうでもしなければ、次第に本質に気付いて離れていってしまうだろう。

 

「……そう。あなたが良いなら、何も言わないわ」

 

 それは、どこかほっとしたかのような声音だった。

 キバナちゃんはどうして僕と一緒に居てくれるんだろうと思うと、それはかつて僕が彼女にかけた呪縛そのものなのだと気が付いた。

 取り返しのつかないことをしてきたのだ。そしてきっとこれからも、彼女に限らず、僕は間違いを繰り返してしまうことだろう。

 そう思えば、今日こうしてかつての遊び仲間達と別れた選択はきっと正しかったのだ。人に近付くほど過ちを重ねるなら、近付かなければいい。実に単純な話だ。

 

「……アンブレラ、あなた、ひどい顔してる」

 

 僕の顔を見上げてから、橙の髪をしたアリスは眉を寄せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ルーナは困り果てていた。

 この空間は仕事もしなくていいし、服を着なくても不都合ないしで仮初の住居としては満足していた。イカれテルースの阿呆に力を削がれるということさえなければ、モラトリアムを満喫していたことだろう。

 

 しかし、いまはどうも居心地が悪い。

 その原因は、小川の縁で三角座りして落ち込んでいる存在のせいだろう。

 

「の、のう。人の子よ、大丈夫か……?」

「……」

 

 さきほどからずっとこんな調子なのである。

 ちょうどレインの前世の世界でいうサブカルチャーに「たった一人の女の子さえ助けてやれない、ちっぽけな人間だ」という言葉があるが、そんな気持ちであった。まあルーナは人間ではないが。

 いくら魔法を極めたとしても、落ち込んでいる人を明るくさせるのはまったく違う話だ。

 もちろんレインの身体に触れて魔法を使えば、神経伝達物質あたりに細工して陽気にさせるくらい朝飯前である。しかし、「それは違う」と理解していた。現実は結果が全てだが、人の世界の過半は虚構なのだから。

 このままでは万能の名が泣く。ちと相手してやるか、とルーナはレインの横に座った。

 

「あの……落ち込んでいる人に全裸で近付くのは、どういう意図なんでしょうか」

「意図もくそもあるか。我が服を着た試しがあったか」

 

 ドン引き、もとい困惑するようなレインにルーナは逆ギレする。

 

「初めて会ったときは着ていましたよ」

「あれは擬態じゃ。人の子とて全裸の神に転生させられるのは嫌じゃろう。というか昔欲情して襲いかかろうとしてきた男がおった。ホモしか居ない世界に送ってやったわ」

「それは……幸せになったでしょうね……」

 

 言葉の尻を濁らせながら、レインから苦笑いするような気配がした。

 

(少しは明るくなったじゃろうか。クハハ、やはり我にできぬことなどないわ!)

 

 多少の満足感を覚えたルーナに対し、ですが、とレインが口を開く。

 

「ですが、その、ヘリオの身体……白髪褐色ロリに裸で近付かれると、僕も欲情してしまうので、できれば服を着ていただけると……」

「落ち込んどるんじゃから発情はしないじゃろ」

「別腹ですよ。普通にします。ヘリオとはもうずっとシていないので、今すぐにでも犯したいくらいです」

 

 今度はルーナがドン引きした。

 いまだにレインは三角座りで膝に顔をうずめたままの姿勢なのだ。そんな状態で欲情するとは、脳みそが頭部と子宮に二箇所つまっているのだろうか。

 

「こんな人間(エルフ)だから、きっと彼らと離れて正解だったんです。彼らを落胆させるどころか、傷つけてしまうかもしれない。だったら、奏巫女としての僕だけを見て、勘違いしていてもらったほうがよっぽどいい」

 

 そんなことない、と中身のない否定をすることをルーナは選ばなかった。

 こういう時にどうすればいいか知っているのだ。

 

「……!」

 

 レインは自分を後ろから包む温もりに気が付いた。

 ルーナが、結局裸のままで自分を優しく抱きしめている。

 

「……やっぱり、誘ってるんですか」

阿呆(あほう)

 

 宿主の信じられないほどの敏感さのせいで、触れているところから下腹部にかけて熱が生まれる。だが、慈しむ心がそれらの悦楽すら押し殺した。

 

「犯しますよ」

「好きにせぇ」

「……本気ですか。ブチ犯しますよ」

「犯したいなら、そうすればよい」

 

 犯すだのなんだのと強い言葉を吐くわりに、レインの身体は微動だにせず、代わりにその言葉の端が震えていた。

 それでも、ルーナはまるで本当に誘っているかのように、蠱惑的な声音でレインの耳元に囁く。

 

「……どうした。犯さないのか? 宿主が宿主じゃ。実は先刻から、人の子に触れている場所が熱くてたまらん。それどころかその熱が子宮に伝わるものじゃから、全身が出来上がっておる。……有り体に言って、発情しとる。秘部から(つた)う愛液で膝までドロドロじゃ。思考の過半が人の子の手で絶頂させられることしか考えておらん。かつて宿主にしていたように、我のことを快楽で蹂躙するのも今なら容易じゃろうて。我が人の子に何度許しを請うても、ごめんなさいごめんなさいと侘びても、続けるがよい。丈夫な体じゃ、多少気をやったくらいで手を緩める必要もない。その破壊衝動を我にぶつけて、かつて万能を名乗った神を意のままにしている事実に心を震わせるが良い。この感情を殺したかのような暗い瞳がグチャグチャに蕩けるまで、人の子以外映さなくなるまで嬲ってよいと言っているのじゃぞ。疲れたら、人の子の作った太くてゴツゴツしたディルドなりなんなりを我の股ぐらに挿して固定したまま放置するのが良かろう。我が逃げられないよう身体を完全に拘束するのは必須じゃな。ああ考えたらいっそう興奮してきた。体が震えているのが分かるか? 想像しながら人の子の体に触れているだけで軽くイッてしもうた。いま言った通り、あるいはそれ以上のことをされてしまったら我はもう人の子の言いなりじゃろうな。(いぬ)にもなるし、肉便器や自慰の道具として扱われることにすら快楽物質が分泌されるじゃろう。そうじゃ、実のところ、我は人の子の真名の問題を解決する手立てを何通りも知っておる。堕としたあとで聞けばいくらでも答えるはずじゃ。こうなると犯さない理由がないか? カカ、まさかこんなところで我がメス堕ちすることになるとは思わなんだ……。生涯、なにがあるかわからんものじゃな」

 

 ひとことひとこと、語る光景を想起させるように感情を乗せる。あるいはそれは本心であったかもしれない。

 これだけの誘い文句を紡げば、レインもルーナに手を出す直前であった。

 けれど、その体は必死に抗っているようであった。

 

「犯さぬのか?」

「……っ」

 

 レインの息が荒い。自分を食いたがっているのだと伝わるその様子に、ルーナは興奮した。

 それでも動こうとしないレインに、ルーナは抱擁を解いて息を深く吸った。

 

 

 そして、胸ぐらを掴み上げて叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「犯せッッッ!! 我を屈服させてみせよ!! 己の発情させたメスくらい、壊れて狂うまで犯せと言うておる!! 我を犯してメス堕ちさせよ!!! セックスなど生ぬるく感じるほど犯せッッッ!!!」

 

 

 

 

 

「……ぃ、いやだ!!!」

 

 

 

 

 

 ルーナの怒号にレインも叫び返す。

 

 互いに睨み合う。怒っているのではなく、双方ともに発情している。

 目は潤み、頬は上気し、ルーナはその素足を、レインは下の召し物を愛液で濡らしている。

 しかし、接吻はおろか、抱き合うことさえしていない。ただ片方が胸ぐらを掴んでいるだけである。

 

「……犯さぬよな、お主は」

「……」

 

 ルーナはゆっくりと手を離して、静かに言った。返事はない。

 

聖域(ここ)で最初に会ったとき、我が『我にまで欲情するのではないぞ』と言ったからじゃろう」

「……」

 

 それは、かつて別空間からこの世界のレインの様子を見ていたルーナが、レインに対し持つトラウマ、もとい苦手意識から紡いだ言葉であった。

 次々に周りの美女・美少女達と爛れた関係をもつレインに、身の危険を感じたのだ。

 

「そのあとに続けて言った、『そんなことをすれば宿主を返さない』ということを気にしてか? ……違うじゃろうな。先程も言ったが、いま人の子にメス堕ちさせられれば、我は人の子の言いなりになるじゃろう」

「……そんな、ことは。僕は、ヘリオのことを心配して──」

 

 咄嗟に紡がれた否定の言葉は、しかし精彩に欠けるもので、続かなかった。

 

「もちろん、まったくの無関係ではあるまい。しかしお主が我を犯さぬのは、我が本心でそれを望んでないから(・・・・・・・・・・・・・・・)ではないか?」

「っ……」

 

 今度はなにも反論がなかった。認めたというよりかは、否定するための言葉が見つからなかったのだろう。

 沈黙するレインに、ルーナは続ける。

 

「いつも自分は人未満だと、どこか自虐していただろう。……いいことを教えてやる」

「なんで、気付いて──」

「分かるわ、阿呆(あほう)

 

 レインは度々自分が可愛いだのなんだのとのたまう。それは、ある種のナルシズムのようでもある。

 だがその実情は、「女神のような母様の娘の僕が可愛くないはずがない」という、度を越した母親への偏愛からのものだ。「僕が可愛い」ではなく、「母様の娘が可愛い」というわけだ。

 むしろ、「自分」というものに対する評価は過剰に低い。彼女が優れているかどうかという話ではない。「自分」そのものに良い評価をつけることがないのだ。

 それは、前世から引き継いだ何らかの体験が関係しているのかもしれない。だが、そんなことは知ったことかとばかりにルーナは口を開いた。

 

「いいか、我は『意思』こそが世で最も尊い概念だと思っておる」

 

 意思。人の持つ意思。あるいは、人でなくてもよい。獣人、魚人、竜人、神種、宇宙人、特に範囲はなく、「自由意志」と十分に呼べるものを兼ね備えた存在達が魅せるその可能性。

 量子的で、完全に観測することが不可能なそれのせいで、万能を謳うルーナにも完全な未来予知は不可能であった。かつて語った「世界のゆらぎ」というものの一端がこれだ。あるいは、「魂」と呼べるのかもしれない。

 どんな存在にも決定できない「未来」を決定しうるものだ。これこそ、ルーナにとってもっとも「好ましい」概念といえる。

 

 だから、意思の介在しない転生トラックなんてもってのほかだし、たとえ大好きなメス堕ちという展開にも、「女淵にいろ」に対し強制ではなく「場」を用意しただけである。

 催眠まがいのことをしてメス堕ちをさせたところで虚しさしか残らない。悲劇も喜劇も、作られたとあっては途端に感動が失せる。

 物語なんて破綻してしまえばいい。いいや、破綻させてしまえ。その上で、己の「意思」で世界を作り上げろ!

 

「そして、じゃ。人の子、よく聞け! 気付いていないやもしれんが────お主はいつだって、人の『意思』を踏み(にじ)ることはなかった」

 

 ルーナが最初に言った言葉を、今もこうして愚直にも守り続けている。それがルーナの「意思」だから、踏み越えてはいけないラインだから、と。

 あるいは、ああして言葉にされなければ他人の「意思」に気付けない愚かさも持ち合わせているのかもしれない。なぜなら、いまのルーナの「意思」は……。

 

 レインは目頭が熱くなるのを感じた。

 先程までのような、発情で顔が熱くなるのとは違う。口を開こうとしても、唇が震えて上手く喋れなかった。

 

 次第に潤んでいくレインの透き通った瞳を見つめながら、ルーナが力強く宣言する。

 

「人未満? 人でなし? 馬鹿を言え。お主はもとより、立派な『人』じゃ!!」

 

 喉の奥のあたりが震えて、視界が滲む。

 ルーナの叫んだ言葉は、レインにとって受け入れがたいものであった。

 

「ぼくは、そんな、立派な人間じゃ……」

 

 必死に堪えて紡ごうとした言葉は、重ねるほどに震えて、ついには形にならなくなってしまう。

 先程までギリギリ目の縁に溜まっていた熱い雫が、言葉が消え入ると同時に(せき)を切ったようにあふれだす。慌てて拭うけれど、拭いたそばからぽろぽろ流れ出すのだ。

 

「自惚れるな。誰も人格が立派などとは言っとらん。そも、世の中に『立派な人』などおらん。じゃがそれでも、人の子」

 

 

「お主は、どうしようもなく、紛うことなく────ひとりの『人』(・・・・・)じゃ」

 

 

「……ぁぁッ……!」

 

 口の端から中に流れ込んだのか、舌がレインにわずかなしょっぱさを訴えている。

 何か言おうとするけれど、その度に目尻から透明の液体が頬を熱く伝ってしまう。

 

「心中で自分を貶めるのは心地よかったか? 図に乗るな。我から見れば、誰とて未完成で未熟な赤子、人の子(・・・)じゃ。その程度で、『人』から逃れようなどおこがましい」

 

 そう言って、ルーナは再びレインを抱きしめた。今度は、正面から。

 片手で背中を撫でながら、もう一方の手で髪を優しく梳かす。

 

「我が『悩むお主は好き』などと日頃言うのは、悩むことこそが『意思』そのものだからじゃ。悩むお主に、『人』の尊さを見出したからじゃ。無自覚ではいけない。お主は『人』であるし、『人』の尊さを兼ね備えておる。それどころか、他人の『意思』を既に知っている」

「がみっ……ざまっ……ぼくはっ……」

 

 レインは涙を拭うことすらも諦め、慟哭する。

 ああ、美少女もこれでは形無しじゃな、などと思いながらルーナは続けた。

 

「人の子。泣けよ、人の子。我は邪神らしいからな、お主がどれだけ『人』から逃れようとしようと、自分を貶めようと、我が逃さない、我が認める。どうせ、自分を好む(・・・・・)か、自分を嫌いな自分を好む(・・・・・・・・・・・)か、どちらかしか選べないのじゃ。どうせなら前者を選んでおけ」

「クッ……、あぁッ……!!」

 

 組成の過半が水であるためだろうか。人という生き物は、なかなかそれを流しきるということがないらしい。

 縋り付くようにルーナに寄りかかりながら、レインは未だ止まらぬ涙と共に思いを吐露した。

 

「本当は、言いたかった……! 僕が、レンなんだって! もう一度、友達になってほしかった……! 気付いてほしかった……! でも、駄目なんだ。駄目なんだよ神様……。怖いんだ、そう、すごく怖い。僕が嫌いな僕に、きっと気付かれてしまう……!」

 

 人は分かり合えない、自分のことは自分が一番良く知っている、と言うのならば、自分の汚いところも自分が一番知ってしまうのだろう。

 レインはなまじ賢い子だ。しかし前世を見れば分かる通り生きるのが下手で、普通の人ならば見て見ぬ振りをするような自身の穢れた部分を直視してしまう。

 はっきりと自覚した上でそれを受け止め生き続けるなど、狂人でなければどこかで壊れてしまう。

 

「失うのはこわいよ。嫌われたくない。だから、離れてしまったほうが楽…………そんなの、嘘だッ……!! 別れた選択はきっと正しかった? 嘘だ、嘘でしかない。僕は、嘘ばっかりだッ……!! 近付きたいに決まってるじゃないかッ!! ひとりが、孤独が、良いわけないだろうッ!?」

 

「だって! だって、僕はッ……!」

 

 

ぼくは、こんなにも、よわい……

 

 

 

 

 抱きしめるほどの距離でなければ、聞き逃してしまいそうなほどに消え入る声。

 それはきっと、偽りのない言葉なのだろう。

 

「ああ……伝えたいなら、近づきたいなら、いつだって遅いということはあるまい。自分を愛してやれたそのときに、やり直せばよい。人というのは、やらなかったことにこそ後悔するものじゃ」

「……愛、せるのかな、僕に」

「知るか。……いつも言っておろう? 『悩め悩め、人の子よ。我は、悩むお主は好きじゃぞ』と。神には、願いも問いかけもするものでない」

 

「やっぱり、邪神じゃないか。…………まあ、でも」

 

 

 

 

 ──たくさん、悩んでみるよ。自分の「意思」と一緒に。

 

 

 

 

 レインはそう言って、泣きつかれたかのようにそのまま瞼を下ろした。

 しばらく、頭と背中を撫で続ける。

 

「……すぅ……すぅ」

「……寝てしまったか。体は大きくなっても、これでは稚児と変わりないな」

 

 くつくつと苦笑するルーナだが、宿主の体が正直なせいか、アホ毛が喜びを示すようにゆらゆら揺れている。

 

()い寝顔じゃ。まるで無垢で、純粋な……」

 

 レインは自分のことを、エルフ文化にエロスを持ち込んだ不純物と評価している。

 もちろんそれは間違っていないし、性欲という煩悩が持ち込まれてこの先のエルフ文化にどのような影響を及ぼすのか、はたまた及ぼさないのかはよく分からない。

 

 しかしその在り様は、他者との関わり合い方が下手な、純粋培養の幼子のようである。(培養液に媚薬かなにか入れられたようであるが。)相手の心をまるで推し量れず、その言葉に判断の殆どを委ねる。

 色々と必要な過程をすっ飛ばして成長したから、こんな歪な育ち方をしたのだろうか。

 

 ずっと寄りかからせていては疲れるので、レインの体を少し動かして膝枕をした。

 手が暇になったので、眠るレインの顔をなぞる。

 沢山泣いたせいか目元が赤く痛々しい。レインに触れている状況なので、彼女の魔力とそれを通して空気中の魔力にアクセスし、簡単に癒してやった。

 

 レインの寝息が安らかなものに変わる。なぞる指は、彼女の淡桃のそこに到達していた。しばらくぷにぷに触ったのち、中の粘膜にまで滑り込ませる。

 あう、という声に起こしてしまったかと心配になるが、問題なさそうだ。

 かき混ぜるように四方ゆっくりと動かしてから指を引き抜けば、透明の粘性が強めな液体が細く出口と指を繋ぐ。

 ルーナは、迷うことなくその指を口に含んだ。

 しばし味わいながら、先ほどの見ようによっては情熱的とも言える自分のアプローチを思い起こす。

 

「……カカ、テルース。見ているか。お主の作った世界で、我はメス堕ちしそこねたぞ。我を堕としたいのではなかったのか? ざまあみろ、というやつじゃ。クハハッ」

 

 結局、レインは出会って以降一度も自分に手を出してはこなかった。

 一番最初に言った「我に欲情するな」という言葉を健気にも守り続けているのだ。

 ……ルーナの人格(神格?)が悪すぎてそもそも欲情しなかったなどとはあまり思いたくない。大丈夫。さっきの様子見る限り、ちゃんと我に欲情してくれている。大丈夫。大丈夫……。

 

 日も落ちてしまったし、レインには起きて自室に帰ってもらわねばなるまい。

 きっと家族が夕飯を用意しているのだろう。帰らなければ心配される。

 その前にひとつ、と考え、ルーナは「さて」と口を開いた。

 

 

 

 

「さて。……では宿主、ここらでひとつ話そうか」

 

 

 





──よわいからこそ、愛してやりたいと思うのじゃ。

カカ、まるで神のようじゃな。


レインが転生等々について打ち明けた際の母様の反応

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