TS転生すればおっぱ……おにゃのこと戯れられるのでは?だからチート勇者、テメェはお呼びじゃねえんだよ!   作:Tena

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エセ女神が宿主様とO☆HA☆NA☆SIしたようですが、そんなことは無視して勇者視点です。



月下で歌う僕マジ可愛い!! 流石母様の娘!! 可愛いは人類の共通資源だから、こうやって有効活用してかないとね!! かあ〜〜っ、自分に酔うって最高ですわガハハ!!

「……眠れない」

 

 闇夜にほろりと音が(こぼ)れた。

 音は静かに広がって部屋を満たしたが、次第に壁に溶け込んでゆき、少年は再び静寂の中に取り残された。

 

 

 

 

 アルマ────ツグミ・ディアルマス。

 

 今代の勇者の名である。

 勇者といっても、あくまで人間にとっての分類だが。「災厄」と対をなす魔法的存在で、世界を循環する魔力が収束する一地点という認識が誤解ないだろう。

 

 禁術とも呼ばれる「転移」の魔法。それを自由自在に扱える特別な存在だ。

 また今代の勇者は真名の秘匿性が高く、魔法に精通するエルフの中で育ったということもあり、将来的な実力は歴代最高峰となることが予測されている。

 もっとも、それを知る人物は非常に少なく、人間側からすれば所在すら不明であるので、森の外の世界は阿鼻叫喚に満たされているが。

 

 しかし旅立ちの日に向け研鑽を怠らず続けており、その実力は10歳の到達できるおよそ限界に到達している。

 エルフの村を取り囲む森。大の大人ですら一人で歩くことを躊躇するその場所を、あくびをしながら散歩し得るのだ。

 

 そんな少年が眠れないと嘆く夜。

 ……いや、むしろ健やかに眠れてしまうほうがおかしいのかもしれない。この歳で、既に己の運命と責任をはっきりと理解しているのだ。心の弱いものであれば発狂、あるいは逃避を図るであろうし、そうでなくとも、その人生に不安を抱いてしまうことを誰が責めようか。

 

 ディアルマスはエルフの巫女の家で育てられている。しかしいくら身分の高い家系だとしても、その求められる役割からして、巫女が帝王学を学ぶ、ひいては教えるようなことは決してない。

 ゆえに、彼はその称号が与える重圧を十分に受け止めるための準備、教育が一切なされていないのだ。

 

 

 

 

 まあ、いまは寝る前のハグ(ぎゅー)がなくて眠れないだけだが。

 

 


 

 

 ディアルマスには姉がいる。

 美人で聡明で、時に抜けたところもあるが、家族や村人への尽きることない慈愛を兼ね備えた義姉(あね)だ。

 

 乳児の頃に巫女の家で育てられ始めたディアルマスは、当然のようにその姉になついた。

 姉は人との距離感というものを知らないのか、スキンシップが激しい。特に親しいものについては、すぐに抱きつくし、頭を撫でるし、手を取ったり頬をつまんだりする。お風呂だっていつまでも一緒に入ろうとしていた。

 というか、そんな環境で育ったディアルマスも最初はそれが普通なのだと思っていた。成長して他のエルフと関わるようになった今はなんとなく「いや、これ普通じゃないな?」と察しつつあるが、かなり文化を侵されている。

 

 少なくともディアルマスは、眠る前に兄弟姉妹と抱きしめ合い、「おやすみなさい」の挨拶をするところまでは一般常識だと思っている。

 たとえ喧嘩しようが、それは精神の深いところに根付いた文化であるからしない日はなかった────今日までは。

 

(まあ、疲れていたし寝かせておくべきなんだろう)

 

 夕食のときに見た彼女は随分疲れているようであった。

 それが稽古で自分が彼女を追い詰めた結果ならば嬉しいのだが、今日は稽古をしていないので違うだろう。そもそも、まだたまにしか彼女から一本取ることができていない。

 剣の才能に見捨てられたのかと思ったこともあるが、師匠いわくそんなことはないらしい。反射速度なら既にディアルマスの方が優れており、単に同じくらい姉も才能に愛された肉体を持っているだけだ。

 

 そんな彼女は、今日は村の同世代の子供達と出歩いている姿を目撃されている。

 何があったのかは知らないが、そこで何らかの精神的疲労を負ったか、あるいは悩みごとでも生まれたのだろう。

 

(外の空気でも取り入れたら、少しは眠れるか?)

 

 いつも寝る前にやっていることを、今日は彼女が倒れそうなくらい疲れていたからできなかった。

 

 そうすると、どうしてか分からないが胸にぽっかりと穴が空いてしまった。

 眠るために目を閉じると、頭はその穴を埋めようとするかのように様々なことを考え始める。どうすれば彼女の悩みをなくしてやれるか、どうすれば彼女を守ると謳えるくらい強くなれるか……そんなことが脳内をぐるぐる回って、いつまで経っても目が冴えたままである。

 

 風でも浴びれば、頭も冷えてゆっくり眠れるのではないか。そう考えて窓を開けると、鈴の音のような声が部屋に入ってきた。

 

そういうものだろう

あぁ この言葉もただ 花と麒麟

 

(……話し声、いや、歌声? というより、もしかして──姉様(レイン)?)

 

 気付けば窓から飛び降りていた。

 地面まで大人三人分はゆうにあったが、それはさしたる問題でもない。

 音もほとんど殺して着地し、声の聞こえる方へと足が勝手に動いていた。

 

(この歌声はレインだけど……何語を話しているんだ?)

 

 ハミングをしているにしてはあまりに音に種類がありすぎる。しかしどこの言語かと問われれば、少なくともディアルマスがこの村で覚えたエルフの言葉ではない。

 外の世界の「人間」が使うという言葉か、あるいは聡明な彼女のことだから、古い文献から覚えた「最初の言葉」なのかもしれない。

 

(だけれど、そうする意味がない(・・・・・・・・・)。……いや、奏の魔法についてオレが知らないだけで、「最初の言葉」を用いたほうがより効果が見込めるとか?)

 

 だからといってどうしてこんな夜中に、という疑念は晴れない。

 彼女は疲れているからてっきり昼まで寝ているかもしれないと思っていたのに、まさか朝になる前に目を覚ますとは。

 

 だが実のところ、ディアルマスがこうして歌声の元へ向かっているのはもっと別の理由であった。

 純粋に、好きなのだ。レインが。いや、レインの歌が。

 

 レインや母様(サルビア)は休みの日によく一緒に歌を歌っている。

 まあ奏巫女だし、と言ってしまえばそれまでだが、その自宅で行われる小さなコンサートを父様(キバタン)と楽しむのだ。場合によっては、男二人で演奏を付けたりもする。

 そんなわけで、彼女の歌声を聞こうとするのに理由はいらなかった。……窓辺でなく直接聞きに行こうとするのは、どこか「会いたい」と想う気持ちが表れたのかもしれないが。

 

 辿り着いた場所は、かつてディアルマスが始めて外出したときの場所と聞かされている、家の隣の庭であった。地面からせり上がった樹の根に囲われていて、小さな広場のようになっている。

 そこで歌うレインを目にした瞬間、彼は動けなくなった。

 

きっと ひとりで立てるけど

それでも (みち)()けないのだ

そういうものだろう

あぁ この言葉もただ 花と麒麟

 

 彼女はひとり立ち尽くすように歌っていた。

 

 それは、まるで月の光そのものであるかのようで。

 白に近い、腰ほどもある髪が動くたびに揺れる。

 胸元で握りしめられた右手のせいで、押されて崩れた胸の形が生々しい。

 

 ただ、それに興奮するようなことはなかった。

 心底見惚れてしまっていた。

 

ひろくあいする だから どうか

ひとりで往く私を 許し ……うーん、違うかなぁ

 

 言葉からメロデーが消えて、悩むようにレインは首を捻った。

 そこでようやく動けるようになり、ディアルマスは声をかけた。

 

「レイン」

ファッ!? アル──あ、アルマ。どうしたんだい? もしかして起こしちゃった?」

 

 レインはひどく驚いたかのように振り返る。それから、歌声を聞かれていたことを少し恥ずかしがるかのようにはにかんだ(、、、、、)

 

「いや、眠れなかっただけだ。窓を開けたら声が聴こえてきたから、辿ってきた。それにしても、どこの言葉を喋ってたんだ?」

「うぇっ!? ……ええと、宇宙人の、言葉?」

「レイン、やっぱ疲れてるから寝たほうが……」

「違う! 違います! 今のナシ! あれです、古代の難しい言葉です、うん!」

 

 古代の難しい言葉らしい。

 

「えぇ……どうしてわざわざそんな言葉で歌を? やっぱり、奏の魔法は『最初の言葉』の方が効果が強くなるのか?」

「『最初の言葉』!? ……アー、ウン、そんな感じ、です、ます」

 

 なんか挙動不審になっているが、ディアルマスが最初に予想したとおりだったらしい。

 

「……なんだかね、この言葉の方が歌いやすいんだ。特に、今みたいに作曲してるときとかね」

「まあ、オレは歌のことはあんまり分からんが……」

「そんなこと言って、お姉ちゃんアルマが良い声してるの知ってるんですよ? 歌ったらいいのに。きっと気持ちいいよ〜」

 

 巫女の血がそうさせるのか、彼女はわりと何でもすぐに歌う。そして、楽しいからと他の人にも勧めてくる。ディアルマスがこうして歌に誘われるのはもう幾度目か分からない。

 彼女もそこまで拘ってるわけではないから、あまり真面目に受け止めなくていいことも既に承知していた。

 

「それにしても、新しい歌か。完成したの?」

「ううん。もう少しなんだけどね」

「そっか。邪魔して悪い。戻ったほうがいい?」

「んー、どっちでもいいよ。眠れないなら一緒にいよう。お姉ちゃんが、アルマが眠くなるまで一緒にいてあげる」

 

(……なんだかなぁ)

 

 彼女が、自分を大切にしてくれることは知っている。一切悪意がないことも分かっている。

 けれど、どうしてか、胸に痛みが走った気がした。

 

「……アルマ? どうしたの、どこか痛いの? 待ってね、いま癒しの魔法を……」

「あー、いや、大丈夫。心配ない。大丈夫だよ。……ちなみに、新しい歌ってのはどんな歌なんだ?」

 

 レインは本当に心配そうな表情を浮かべてディアルマスに駆け寄ってくる。

 そのことがまだ自分が守られる側であることを示しているようで、勇者は、表情を取り繕いながら姉を静止させた。

 

「……この歌は、そうだね。きっと、悲しい歌だよ。とっても悲しい歌だ」

 とっても悲しい、僕の歌

 

 そう呟く彼女の顔はいつもでは絶対にさらけ出さないような弱さがにじみ出ていて。

 悲しいはずの表情に愛おしさを見出してしまい、恥じた。

 

「……珍しいな、レインがそんな」

「にゃにぃ? お姉ちゃんだって喜怒哀楽ありますから!」

「それは知ってるけど…………ん? 怒ったことある?」

「え? ……ん……え、いや、ある、はず……あれ……? 僕は感情喪失属性持ちだった……?」

 

 生まれてこの方、ディアルマスはレインの怒った姿を見たことがない気がする。

 家族喧嘩も、基本的に幼い自分が勝手にいじけていた。

 

「きっと、アルマが可愛すぎて、視界にアルマがいる間は怒りという感情が霧散してしまっていたんだね。今もそうさ、キミを見ていると心が軽くなった気がする」

「レイン、ブラコンが過ぎないか……? オレあと6年で村出るけど、大丈夫……?」

「……ダイジョウブ、タブン。カアサマ、イル。オネエチャン、ダイジョウブ」

 

 だいじょばない気しかしない返答であった。

 いや、たしかに母様がいる間は大丈夫かもしれないが、彼女亡きあと、レインの伴侶となる人物次第では──

 

「…………ッ」

「だ、大丈夫!? どこか痛む? お姉ちゃんのおっぱい触る?」

「いや、いい……」

 

 またしても息が苦しくなった。取り繕うのに精一杯で、何かすごく重要なことを聞き逃してしまった気がする。

 

 しばらく沈黙が続いて、作曲に戻ることにしたのかレインは鼻歌でメロディを奏で始めた。

 

「──♪」

 

 彼女が音を奏でると、不思議と自然がそれに応えるように身を揺らす。

 月下のオンステージ。緑がざわめき、光の精に囲まれ巫女が舞う。

 

「──、〜♬」

 

 そこだけ闇夜をくり抜いたかのような、幻想的な空間であった。

 言葉より声が。声より唄が。唄が心を通わせる。

 

 観客に徹しようと思い、ディアルマスは適当な場所にあぐらをかいて座った。

 頬を撫でる風が心地よい。木々や葉の擦れる音が、さも歌姫(レイン)の奏でに伴奏をつけようとしているかのようで微笑ましくなった。

 たった二人の特別な舞台だ。他の観客は、自然と、そして空の星々──

 

(……あ)

 

「──♪ ──♫ …………うぅん、メロディーはいいんだけどなあ。本当に最後、どうしよう」

 

 レインは再び首を傾げる。

 正直なところ、ディアルマスに作詞の感覚はわからない。そもそも、音と言葉という別のものが繋がる原理もよく分からない。歌は好きだが、作る側にはなれなさそうだ。

 悩む彼女の少しでも気晴らしになればと、少年は柔らかく声をかけた。

 

「レイン」

「ん? どうしたの?」

 

 くしゃりと破顔しながら、空を指差してみせた。

 

 

 

 

「見てよ、ほら。月が綺麗だ」

 

 

 

 

 少女が息を呑む音がした。

 その理由はよく分からなくて、ただ、少年は、少女の髪を映したかのように白く、薄めの金を重ねながら輝くそれが、今この世界で一番美しいものだと思った。

 

「オレさ、レインのこと好きだよ。母様も、父様も、あとはついでにキバナ達も、この村の人みんなが好きだ」

「……」

「時々さ、すげぇ怖くなる。勇者ってのに。でもさ、レインが眠る前に抱きしめてくれたり、師匠が稽古後に冷やした果物出してくれたり、あとは買い物したときなんかに屋台のおっちゃんがオマケしてくれたり……そういうのがあるだけで、みんなのこと好きだって思う。『使命』じゃないんだよ。オレがやりたいからやるんだ」

「……うん」

 

 どうして自分がこんなことを語りだしたのか、ディアルマスにはよく分からなかった。

 ただ、月が綺麗で、たったそれだけで、目の前で悩む少女を救えるような気がしたのだ。

 

「オレはみんなのために何かしてあげたくて、幸いにもそのための『力』がある。たったそれだけで」

 

 「使命」なんて言葉を思いついた人は、きっとどこか恵まれていなかったのだろう。

 やらなければいけないからやる、だなんて言葉、聞くだけでやる気が失せる。

 やりたいからやるのだ。やりたくてもやれないから努力するのだ。

 理由は自分の中にある。自分の外に理由を探さなければいけない人は、きっとそんなことしてる場合じゃなくて、休むくらいの恵みは受けた方がいい。

 

「だからさ、レイン。どんなことで悩んでても、オレは聞くよ。『好き』ってのはそういうときのための便利な理由だ。オレだけじゃない、みんな、ちゃんと聞いてくれる。きっと大丈夫、だって、(世界)はこんなに美しいんだ」

 

 それはきっと、歌詞がどうとかそういう悩みについて言った訳じゃなく。

 あるいは、この薄汚れた世界を美しいだなんて言ってしまえる少年に、少女はどうしてか嬉しさがこみ上げてきた。

 

「キミ達はさ、どうしてそう……僕を泣かせたがるのかなぁ」

「ええ!?」

 

 突然涙声になる姉に驚くのを見て、レインはカラカラ笑った。

 

「……死んでもいい。うん、死んでもいいよ。みんなのためになら、死んでもいい」

「ばか、バカレイン、生きろバカ、何言ってんだ」

「そんなに慌てないでよ、比喩だよ比喩」

「死んでいいわけがないだろ、バカ、比喩でも生きろバカ」

 

 なんだよー、と嬉しそうに怒るという芸当を見せたあと、レインはハッと気付いたかのように目を見開いた。無論、この間ディアルマスは表情豊かな少女に見惚れている。

 

「え、待って! いま僕怒ってたんじゃない!? やった、これが『怒る』という感情か……!」

「いや、明らかに喜んでた」

「ぐはっ……! いやだ、属性盛りは僕の役目じゃにゃい……感情喪失属性はいやだ……」

 

 レインは悲しみをこらえるかのように胸を抑える。

 服のしわが胸を強調するかのように形を成すのを見て、ディアルマスは慌てて目をそらした。

 

「……」

「……」

 

 黙りながら互いに顔を見合わす。どちらも、相手の口元がヒクついていて、自分の口角も上がろうとするのを感じながら、しばしの間必死に堪えた。

 なんとなく変顔を浮かべてみせたら、同じことを考えていたのかほぼ同時にレインも変顔をした。それでも美少女なのが凄い。

 

「くっ、くくっ、ぷはっ、ふっ」

「ふ、ふふふ、あはっ」

 

 爆笑ではない。いわゆる「ジワる」という状態で、二人は怪しい笑い声を垂れ流した。

 

「ふ、くふ、う、ぅにゃあ……ゴホン。なんかね、いまなら歌が完成する気がする」

「お、じゃあ聞かせてくれ……く、くくくっ」

「ま、まって……ゎ、笑うと僕まで……く、にゃう、ぅぅう、うし! ヨシ! はい、レイン歌います!」

 

 しまらない形だが、一応歌い始めることになった。

 なお、ディアルマスは未だにツボにハマったままである。声を漏らすとレインがつられるので、必死にこらえている。

 

「じゃあ、3、2、1──」

 

 真夜中の演奏会は、ハミングによる簡単なコーラスから始まった。

 段々と調子づいてきたのか、ある程度リズムが整ったところでレインが息を吸った。

 

 

 

 

きっと ひとりで立てるけど

それでも (みち)()けないのだ

そういうものだろう

あぁ この言葉もただ 花と麒麟

 

灰の空が 続いているこの(みち)

誰にも頼らないから 太陽の光だっていらないから

誰も 私に気付かなかったよ

 

ずっと 心が泣くならば

折れても 足は支えているのだ

そういうものだろう

あぁ この言葉もただ 花と麒麟

 

もっと ひとりで居たのなら

踏まねば進めぬ 道草は あぁ

そういうものだろう

あぁ この言葉もただ 花と麒麟

 

ひろくあいすよ だからどうか

ひとりで往く私を あなたどうか

許してほしい

 

きっと ひとりで立てるけど

それでも (みち)()けないのだ

そういうものだろう

あぁ この言葉もただ 花と麒麟

 

ひろくあいすよ だけどどうか

ひとりで往く私を あなたどうか

いかせないで

 

あぁ この言葉より はやくキスを

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 もう眠れそうだ、と言ったディアルマスをハグ(ぎゅー)して、おやすみの挨拶を告げて先に帰らせた。

 空を見上げ、彼が来る前から思い悩んでいたことにもう一度思いを馳せる。

 

 ヘリオの予想が正しければ、早くてあと2〜3年、長くても10年程度で僕は死ぬ。更にはルーナのお墨も付いたから、それはエルフと魔法というものの関係において間違いのない真実なのだろう。

 今の自分を「殺して」(元の真名を受け入れることで)、それでもなお過去の亡霊として生き長らえることに意味があるとすれば、それはこの世界で出会った人々と共に生きていけることだ。

 でも、そこで彼ら彼女らと生きる「僕」とは一体誰なのだろう。

 

 たとえば僕が、もっとマシな前世を送っていたらこんなに悩むことはなかったのだろう。むしろ新しい生命として生きるより、同じ名で前世の延長線として生きるほうがずっと簡単なはずだ。

 たとえば僕が、こうも独善的でなかったら、誰も悲しませないようにと真名を受け入れたのだろう。自分の唾棄する存在を、名前を、生き延びるためには受け入れるしかないのだから。

 

 神様(ヘリオ)は僕の事情は知らないけれど、現実をよく知っている。真名を受け入れろと、いつだって助言してくれた。

 神様(ルーナ)はきっとすべて知っていて、けれど答えを教えてはくれない。神にすがらず己で悩めと言う。

 

 そして。

 真名を受け入れるにせよ、死を選ぶにせよ、あるいは何らかの方法を模索するにせよ。

 

 僕にはきっと、すべてを伝えなければならない人達(・・・・・・・・・・・・・・・・)がいる。

 

「……っ」

 

 真名を受け入れることこそ僕にとっては死に相違ない、その考えはこれからも変わることがないだろう。

 けれど別に、死にたがっているわけではないのだ。

 当たり前だ。死にたいはずがない。死にたかったら今この場で風の魔法なり何なりをつかって首を切り落としている。

 だが、こうして真名のことを考えるたび気付くのだ。僕はまるで魔法に無理解なのだと。学校教育があるわけでもないし、仕方ない一面ではあるのだが。

 

 このままではきっとどこへも進めない。

 僕ひとりの力ではまったく足りていない。

 だから、伝えなければならない。

 

 だというのにこの身体は、そのことを想像するだけで恐怖に震えてしまう。

 なんて弱く醜い生き物なのだろう。

 

「……く、ない。嫌われたく、ないよぉ……」

 

 あの人達は、人格者ではあっても聖人ではない。普通の心を持った普通の人なのだ。

 これまでずっと大事なことを騙されてきたと知って、怒らない人がいるだろうか。

 騙しているくせして、まるで平気な顔で生活する人格破綻者を嫌悪しない人がいるだろうか。

 あまつさえ一方的に真名を知っている者のことを、前世などという得体のしれない知識・経験を有している存在のことを、どうしてこれからも愛してくれるなんて思えるだろうか。

 

 すべてを話せば許してくれると期待するのは、信頼ではなく傲慢という。

 悩んでいれば助けてもらえるという思考は、性善説どころか人を人とも思わぬ奴隷商と変わりない。

 

 話さなければいけない。

 けれど、話すのは怖い。

 

 そんなありふれた不安で、僕は一歩も動けなくなってしまっていた。

 

 

 ──だけど。

 

 

『お主は、どうしようもなく、紛うことなく────ひとりの『人』じゃ』

 

『心中で自分を貶めるのは心地よかったか? 図に乗るな。我から見れば、誰とて未完成で未熟な赤子、人の子じゃ。その程度で、『人』から逃れようなどおこがましい』

 

 

『だからさ、レイン。どんなことで悩んでても、オレは聞くよ。『好き』ってのはそういうときのための便利な理由だ。オレだけじゃない、みんな、ちゃんと聞いてくれる。きっと大丈夫、だって、(世界)はこんなに美しいんだ』

 

『死んでいいわけがないだろ、バカ、比喩でも生きろバカ』

 

 

 

 

 生きた言葉が、なぜだか無性に頼もしく思える。

 往きたかった道を、薄らぼんやりと照らしてくれている。

 

 

「嗚呼、そっか。月が綺麗だから、それだけで……」

 

 

 たったそれだけで、途を往けるのだ。

 

 

 

 

レインが転生等々について打ち明けた際の母様の反応

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