TS転生すればおっぱ……おにゃのこと戯れられるのでは?だからチート勇者、テメェはお呼びじゃねえんだよ!   作:Tena

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…まあ、伝えるということは、そうじゃよな。相手を殴ることであり、逆に殴り返されることでもあろう。どちらに対しても覚悟がないのなら、やめておくのが吉というものじゃ。誰にとっても、な。

「……話すと言っても、何から話したものでしょうね」

 

 席について、順繰りにみんなの顔を見回してから困ったように嘆いた。

 机は当然6人がけで、3対3に分かれるように座っている。僕のいる側は僕が真ん中で左にルーナ、右にヘリオ。向かい側は、ルーナの正面から順に父様、母様、アルマと並んでいる。

 

「母様は今日も綺麗ですね。こうして正面に座っているだけですが、視線も思考も度々奪われてしまいそうです。アルマは今日もかわいいね。君がいるとまるで太陽みたいに心が暖かくなるよ。父様は……あー、えっと、良い帽子ですね。似合ってますよ」

「なんかボクに対してだけ違くないかな?」

「気のせいでしょう。でも、これからお話するので脱ぐのが作法かと」

 

 なんかこう、1、2って褒めると3まで褒めなきゃいけないみたいな風潮よくないと思う。特に褒めるところがなければ2で止めていいじゃないか。

 ああちなみに、視線と思考はOHANASHIのためになんとか保っているが、心は母様に奪われっぱなしである。自明の理だね。

 

 閑話休題(それはともかく)

 

 何から言うか。というか何を言うか自体そんな細かく決めていなかった。これが場当たりRTA走者というやつである。

 ちなみにヘリオの時間制限があるので、少なくとも彼女が説明に必要な間は実際にTAを強いられている。……あれ、でもヘリオ実質いなくてもなんとかなる……?

 でもまあ長引かせても仕方ないと思ったし、こういうのは変に引っ張るより最初にドカンと言ってしまうのが良いものだ。

 

「僕には、『前世』があります。そうですね……簡単に言えば、一度この体でない誰かとして生きて、死んで、その記憶を失うことなくこの体に生まれました」

「……ふむ」

「一度、死んだ……?」

 

 父様が考え込むかのように顎に手を当て、アルマが何を言っているかさっぱりわからないという様子で疑問符を浮かべた。

 

「人は、死んだら元に戻らないんじゃないのか……? なら、オレの『母さん』もレインみたいにどこかで新しい体を得ているのか? オレは、母さんに会えるのか?」

「……それはきっと、難しいと思う。僕がこうして記憶を失わなかったのは、もの凄く珍しいことに、前世も今も人の体に生まれたからなんだ。そうだよね、ルーナ?」

「ん、……ああ、まあ、そうじゃな」

 

 僕も輪廻転生どうこうにはあまり詳しくないから、僕が生まれ変わるときにルーナに言われたことをそのまま伝える。

 ……ルーナの返答が歯切れ悪いが、よそ見でもしていたのだろうか? このぐうたらな神様は、日を追うごとに自由人へと変化していくから困りものだ。魔法を教わっている手前、僕もあまり強く出れないし。

 

 アルマがまだ納得行ってなさそうなので、追加の説明を加える。

 

「君も知っての通り、人だけでなく、魚にも鳥にも、草木や花、虫、ありとあらゆる『生き物』と呼ばれる存在は命を持っている。そう考えると、人の数より他の生き物の数のほうが多いことは分かるだろう? だから、くじを引くみたいに生まれ変わる先を選ぶとして、それがまた人になることは凄い珍しいんだ」

「……そうか。生まれ変わるからって、命を粗末にしていいわけじゃないし、いなくなった人には、やっぱ会えないか」

 

 アルマは母さん(ウクスアッカ)のことは聞いている。それも、ある程度具体的な人物像が想像できるくらいには、知っている限りのことを語って聞かせた。

 それでも、幼かった彼が触れ合った母親の記憶は、悲しいことにもうほとんど失われているのだ。天涯孤独だなんて思わせないくらい僕らが愛を注いでいるけれど、それでもやはり、会いたいという思いは拭えないのだろう。

 ……僕は、母さん(・・・)父さん(・・・)に会いたいと思わない僕は、薄情なのかもしれない。

 

「……『確率』、だね」

「え」

 

 父様の方から聞こえてきた言葉に目を見開く。

 まさか、そんな概念が存在するとは思わなかった。だからこうも噛み砕いて説明したのに。

 

「『書庫』の一部の文献に載っていることだよ。君はまだ目を通していなかったと思うけれど、よくその思考に辿り着いたね? やっぱり、うちの娘は天才かもしれない……!」

 

 そういって父様は目を輝かせる。

 そっか、外の人間が一度は到達しているのか。父様くらい『書庫』に通じているエルフなら、知識として持っているのかもしれない。普通に、高等な建築技術を使おうとしたら必要な場面もありそうだしな。義務教育がないくせに、エルフはそういうところでHENTAI要素を高めていくからほんま……。

 

 それにしても、アルマが驚いたこと以外、母様も父様もそこまで驚いてないな。特に母様に至っては、ここまでじっと黙ったまま僕を見つめて傾聴している。僕も見つめ返している。目線がこうも重なるとか両想いかな? や↑ったぜ。

 

 ……さて。じゃあ、とりあえず一つ、今まで勘違いで持ち上げられてきたことを、ここで訂正しよう。

 天才御子神話は、今日でおしまいかな。

 

「父様、ごめんなさい。……天才なんかじゃ、ないんですよ」

 

 あー、やばいな。

 やばい。

 何でもないように話すの、だめかも。

 

「ええと、どういうこと?」

 

 多分、僕が泣きそうなことにいち早く気付いて。

 大丈夫だよ、とでも言いたげな優しい声音で、母様が聞き返す。

 

 すぅと深く息を吸う。これで、ひとまず10秒くらいは持つだろう。

 

「すいません、全部、作り物です。ハリボテです。僕の前世、そういう、論理どうこうが、そこそこ、発展した世界です。この世界よりは」

「『この世界』……?」

 

 母様が困惑したような表情になった。

 母様だけではない。アルマも、父様も。

 

 劇場へ足を運べばすぐに分かることだが、この世界は「ファンタジー」という概念があまり発達していない。

 劇中で現実にはないような「魔法」が出てくることはあっても、「別の世界」という概念がまだ生まれていないのだ。それは、発展を選ばなかったエルフだからこそかもしれないが。

 天国や地獄みたいな概念はある。生まれ変わりも多分、まったく想像の範疇から外れていると言うほどではない。

 

 けれど、別の世界。いや、別の「星」という概念がまだ存在しないのだ。

 それはこの世界の測量がさほど進んでいないためなのだろう。「災厄」に阻まれて、それどころではないのだろうから。

 自分を知って初めて他者を知るように、自分の星を知らなければ、「他の星に生き物が住んでいるかもしれない」という発想に届かないのだ。

 

「物語の中、と思ってくれても構いません。僕らが生活するこの世界によく似た、けれどどこか少しずつ異なっている場所。僕は、そこで生きていました」

 

 ひとつひとつ、己の身から何かを削ぎ落としているような心地がした。

 この後に待っているモノに比べればなんてことないが、それでもこの告白は、僕を無性に苦しくさせる。

 

「──名を、『女淵(おなぶち)にいろ』といいます」

「オナブチ、ニイロ……」

 

 各々が、おおよそ似通った反応を見せた。

 僕の言った名を反芻し、どこか慣れない響きに首を傾げる。

 

 ただ、右隣からだけは違った。

 ヒュッと息を止めるような音。

 

 ……そうだよ。お前の知る、その「名」だ。

 

「女淵は苗字と言って、家族で統一して用いる名です。ノアイディ、みたいなものですね。にいろが、名前です。大抵親が決めますから、仮名だと思ってくれていいです。あの世界には、真名がありません…………あぁ、そのせいかもしれません。地球(あそこ)では、魔法が存在しませんでした」

 

 ヘリオがかつて愚痴をこぼしていたことだが、人間は真名の秘匿性を軽んじる。

 一方、真名を自分自身も知らなかったとしても、エルフとは異なり肉体が魔力に依存しない人間は、魔法を失うだけで、生きていくこともできるという。

 

 もしも、誰も真名を聴けなかったら。ヘリオのように、真名を伝えられる者が存在しなかったら。

 

 その世界では、真名は「存在しないもの」として、「魔法のない世界」が実現されるのではないだろうか。地球は、そういう場所だったのかもしれない。

 

「……その世界で、見た目と名前、その両方で僕は虐げられていました」

 

 できるだけ感情を殺して言葉を紡ぐ。

 あまりに惨めなことを言っているものだから、目線は自然と下を向いていた。

 

 情けない。

 ああ、本当に。

 

「だから、嫌いなんです。自分の体と、自分の名前が」

 

 言葉で言って、どれだけこの気持ちが伝わるか分からない。

 でも、どれだけ重ねても、伝わるものは変わらない気がしたから。ただ一言、「嫌い」とまとめた。

 

「そんなだから、生まれ変わって、こんな素晴らしい体をいただいて、新しい名前もいただいて、全部やり直せるって」

 

 それは自由だった。

 

「きっと、嬉しかったんです」

 

 自分が繋がれていた枷を、外された喜びだった。

 

「でも、ダメみたいでした」

 

 だから、向き合わなかった分のツケが来た。

 ズルして、楽して、自由だと馬鹿みたいに踊っていたら、後ろから掴まれて追いつかれた。

 

「ごめんなさい。今日、あなた達を呼んだのは、これを、伝えるためです」

 

 何よりも、あなたに伝えるため。

 

「ごめんなさい。本当に、ごめんなさい」

 

 どれだけ言っても、この罪科を洗い流すことはできないのだろう。

 

「レインじゃ、ないんです」

 

 前を向けない。上を見れない。ただただ、恐ろしい。

 

「あなた方を、こんなに長い間、平気な顔で騙し続けてきたヤツがいます……」

 

 声が震える。

 息の吸い方がわからない。

 体は、こんなに重いものだったか。

 

「ソイツは、己の真名を、『レイン』と名乗りました」

 

 机の下で、誰かが僕の右手を包むように握るのが分かった。

 そのおかげで、どうにか最後の一言を絞り出せた。

 

 

 

 

「──(まこと)の名を、『ニイロ』といいます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 長らく続いた沈黙。

 

 それを破ったのは、僕が大好きな声であった。

 

「……ぅ、そ」

 

 一斉にみんなの視線が集まる。

 呟いたのは、母様であった。

 

「……れ、ぃん。うそ、だよね……?」

 

 だから、僕は嘘をついたことを告白する。

 

「……その名が、嘘です」

 

 あなたが呼んできた、その名が。

 あなたが毎夜喚んだ、その名が。

 

「だって、れいんってよんで、こたえたじゃないか……?」

「……その返事が、嘘です」

 

 いつだって、心にズキリと走る痛みがあった。

 無視しているうちに、それはいなくなった。

 はず、なのに。

 

「じゃあ、だれが……だれが、わたしのなを、よんだの……?」

「──ッ、……その存在そのものが、嘘です」

 

 誰にでも分かるように言ってしまえば。

 お前の縋ってきたソレは、抱きしめてきたソレは、ただの虚無であると。

 そう伝えるに相違ない行いである。

 

 ああ、壊れる。

 目の前で揺れる母様の瞳を見てしまったから、その心が壊れかけているのを知って。

 取り繕うように、誤魔化すように、また聞こえのいい嘘を、この口は勝手に紡ごうとする。

 

「で、でも! 僕の、中には、確かに『レイン』がいて──」

 

 ふらり、と立ち上がる影があった。

 もはや、その耳には何も聞こえていない。

 

「……ごめん」

 

 そう言って、あなたはこの場にいる事自体が耐えられないかのように駆け足で去っていった。

 誰も追わない。僕には追えない。

 

 昨日まで愛を込めて呼んでいた名が、自分と「交わらせる」ために呼んだその名が、実は単なる紛い物であったと知って、吐き気を堪えずにいられるはずがあるまい。

 例えるなら、身を重ね、受け入れていたはずの男根が、実際には誰とも知れぬモノのナニカであったなど。想像だけでも身の毛がよだつことだろう。

 

 つまるところ、ただひたすらに、僕が悪いのだ。

 

「──サルビアッ」

 

 我に返ったかのように、父様が追いかけた。

 その背中も隠し通路に溶けるように消え、やがて見えなくなる。

 

 彼には分からないだろう。なぜ、母様が走り去ったのか。

 だって、彼は「何も知らない」のだから。

 

 愛する妻と、愛する娘。その二人に裏切られていることにも気付かずに、妻の背中を追う。

 なんと滑稽ではないか。

 一体、追いかけて、呼び止めて、肩を掴んで、それで何を言うつもりか? 何が言えるというのか?

 

 つまるところ、ただひたすらに、僕が悪いのだ。

 

「……」

 

 僕の前には、もうアルマしか残っていない。

 彼は何も言わない。当然だろう。まだ10歳、日本で言えば、9歳の少年だ。

 

 僕の招いた事態で、わけも分からずに巻き込まれて、下手をすれば、彼を取り巻く環境すべてが壊れる可能性すらある。

 幼い彼は、そのことにすらまだ気付けないかもしれないけれど。

 

 アルマがおもむろに立ち上がる。

 両親がいなくなってしまったから、彼も自室に戻る、あるいはシロ先生のところへ行って、トレーニングに励むつもりだろう。

 

 慰めの言葉はない。

 

 だって、ただひたすらに、僕が悪いんだから。

 

「………………ってた、よ」

 

 感情がぐちゃぐちゃになっていた。

 

 自分が悪いのは分かっていて、けれど、怒りにも似た何かが目を覚ましていた。

 一度生まれてしまったそれは、心のすべてを燃料とするかのごとく燃え上がって、気づけば口が勝手に動いていた。

 

「……知ってた、けどさ。僕が、悪いことなんて」

 

 アルマがこちらに視線を送る。

 年不相応に大人びたそれは、きっと幼いながらに己を鍛え続ける彼ならではのものだ。

 

「……だけ、どさ、……だけどッ!」

 

 いま、僕はどんな顔をしているんだろう。

 

「きみらが、言ったんじゃないかッ!? 聞くってッ! 聞くから、話せってッ! 話したよ……ッ! 話してるよ!! なら最後まで聞いてよッ!?」

 

 無意識のうちに期待していた。

 ちゃんと聞いてくれるってことは、ちゃんと受け入れてくれることだと。

 僕の話すことすべてを、笑顔で聞き入れて、最後には抱きしめてくれるものだと。

 

 勝手に、期待していたのだ。

 

「きみらが、求めた、ことだろう……!? だから話したのに、それで逃げるのか! そんなの、……そんなの、あんまりじゃないかッ」

 

 返事はなかった。

 あまりに惨めで、顔を上げていることに耐えられない。

 自然と、その視線は、ルーナの作った天然では存在しないような純白の机を見つめることになった。

 

「……」

 

 アルマが物思いに耽るように顔を上空に向ける気配がした。

 昼間の空。そこに、美しく満ちる白月は浮かんでいない。

 

「……レイン。いや、ニイロか? ──明日の夜、『森』で待ってる」

「……ぇ」

 

 一言。たった一言残して、アルマはいなくなった、

 顔を上げたときには、その姿はもうどこにもなかった。

 

 

レインが転生等々について打ち明けた際の母様の反応

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