TS転生すればおっぱ……おにゃのこと戯れられるのでは?だからチート勇者、テメェはお呼びじゃねえんだよ!   作:Tena

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アンケート遵守です。


いやもう真夜中に人気のない場所に呼び出されたら告白だよね? なんて答えよう。君のことは弟としか見られない? 母様が可愛すぎて今は他の人のことを考えられない? シュミレーション完璧、準備ヨシ!

 死体があった。

 

 死体は濡れていた。

 

 みゃお、みゃおと、なき声が聞こえた。

 あるいは、それは勘違いであったのかもしれない。

 

 もう、なけないのだから。

 

 

 

 

 その死体は────僕だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 瞼を開けた。

 薄く、薄く。死体と見紛うほどに、薄く。

 

 映された景色は暗闇で、自室で眠っていたのだと気が付く。

 

 外も暗い。

 日が沈んで、昇って、また沈んだ。

 

『……レイン。いや、ニイロか? ──明日の夜、「森」で待ってる』

 

 今日が、「明日の夜」だ。

 

「……いこう

 

 大丈夫。次はちゃんとできる(・・・・・・・・・)

 ちゃんとやるから。……ちゃんと、演るから。

 

 ちゃんと、愛されられるように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「森」とは、村を囲う周辺の森のうち、特に以前シロ先生が住んでいた辺りの場所のことを言う。まぁあれだ、小学生が「公園行こうぜ!」って言ったらおおよそどこの公園か決まってるような、そういうアレ。

 なぜそこに呼び出されたかは分からないが、確かに「森」ならば誰も来ないし(来れない)、話をするには丁度いい場所である。

 先のことについて何か責められるのかもしれないが、ここは甘んじてすべて聞き入れて、格好良いお姉ちゃん像を挽回しよう。既に手遅れかもしれないが、幼いアルマならコロッと行ってくれるんじゃなかろうか。

 

 村は特に柵に囲われているとかそういうことはない。

 柵とか外堀って外敵がいるから必要なわけで、エルフには関係ないし。森には獣も沢山いるけれど、村に侵入して害をなしたって話を聞いたことがない。多分、なんか仕掛けられているんだろう。

 

 もちろん能動的に村に来てエルフに害をなそうとする獣がいなくたって、自分の縄張りが侵されれば彼らは防衛しようとする。だから、身を守れないエルフは森に入っていこうとしないし、以前言った通り、僕がシロ先生を初めて尋ねたときは怪我して、なんなら死にかけた。

 

 今更、森を歩いて襲われるということもないが。

 アルマとの鍛錬のみだが5年間剣を持ってきたわけだし、あとはほぼ同じくらいの時間、ルーナに手伝ってもらって魔力量の拡張をしている。

 前者は、殺気だの強者の気配だの少年漫画とは縁のない僕からするとよく分からないが、後者で増した分の魔力ってのが、威嚇するのに結構効いていると思う。

 以前母様が母さん(ウクスアッカ)と話したときなんかにあったが、人の纏う魔力ってのはその人の威圧感や存在感に影響する。正確には、魔力を認識する体の機関が反応しているのだと思う。だから、魔力どうこうを感じられない地球のぴっぴ達は分からないと思う。

 動物は、というかあまり複雑な思考をしない生き物、あるいは存在全般は、自分の真名というものを知れるらしい。結果、魔力が体から乖離することなく成長し、魔力を認識する機関もちゃんと育つのだとか。これはヘリオに聞いた。

 ほんで……説明がめんどくなってきたので一言でまとめれば、そこそこ肥大化した僕の魔力を感じて、獣もわざわざ襲いには来ないというわけだ。

 

 美少女が獣達に襲われる展開は、他のおにゃのこにやってもろて……ヘリオとか。

 ……なんか既にやってそうで怖いです(感想)

 先代ご主人さまの闇は、多分もっと深い。僕の直感がそう言っている。あれ、でもヘリオって僕より魔力量多いのか?

 

 

 

 

 そんなこんな、夜の森、足元もおぼつかないような暗い道をぼーっと考え歩くうちに小屋が見えてきた。シロ先生の昔の仮住まいだ。(夜目がある程度効くのもあるが、この辺は歩き慣れているので視界が悪くても問題ない)

 裏には、森の中でそこだけ禿げたかのように木の生えない場所がある。昔、先生が修行がてら開墾したらしい。

 その真ん中で、アルマが座禅を組んでいた。

 

「アルマ、来たよ」

「……ああ。そこ、立て掛けてあるやつ。取ってもらっていいか?」

 

 気配をずっと捉えていたとばかりに、こちらを向かぬまま一切驚く様子も見せずにアルマが答えた。

 立て掛けてあるやつ……ああ、小屋の横の木剣か。いつも稽古で使ってる、鉄芯入りの。

 全然関係ないけど、なんで世界が変わっても座禅は存在するんだろう。座禅というか、結跏趺坐(両足組むやつ)。人体にとってなんか益ある姿勢なんだろうか。

 この肉体は柔らかいからできなくもないけど、僕は足がしびれるので嫌いです。弥勒菩薩だって半跏(片足)でやってるじゃんか。

 

 立て掛けてあった木剣を手に取り、ズッシリとした重みを感じながらふたたびアルマの方を見る。

 あれ、取ってほしいのかと思ったけど、アルマの足元に既に一本木剣があるぞい?

 

 僕を殴り飛ばしたいって言うなら、わざわざこちらに剣を持たせなくても、大人しくなぶり殺しにされたって構わないのだが……。

 

「……え、ええと、アルマ? お話をしたかったんじゃないの?」

「……? 違うが?」

 

 びっくりするくらいキョトンとされた……。

 

「言ったって、分かんないだろ?」

 

 え、お姉ちゃん頭の弱い子扱いされてます?

 

「これでも、アルマよりは年上なんだから。そりゃ僕にだって分からないことはあるかもしれないけれど、アルマの話すことだったら、お姉ちゃん何回だってちゃんと聞くよ? 分かるまで、何回も聞く!」

「……そういう、ところだよ。……まあ、そもそもオレが上手く言える気がしない」

 

 そういうところ……?

 なにか、失敗しただろうか。いま。

 

 そんなことはない。ちゃんと君のお姉ちゃんをできている。ちゃんと君を愛せている。

 

「きっと、これでなら伝わるからさ」

 

 これ、と言ってアルマは足元の木剣を手に取り、ゆらりと立ち上がった。

 

「だから、最後のお願いだ。全力で相手してほしい」

「……ごめん、うん、君の言ったとおりだ。全然分からない。だから、さ。一旦剣を下ろして、話そ?」

 

 アルマがどんどん集中力を高めていくのが手にとるように分かる。

 空気が、作り変えられていく。あたりを囲う木々さえも、その息を潜めるように動きを止めていく。

 ざわざわと、体中の毛が逆立っていくような感覚さえした。

 

 アルマが。

 僕がここに来たときからずっと背を向けていたアルマが、振り返った。

 その目は、すべてが包帯で覆われていた。

 

「────参る」

「ちょ、待っ──ッ!!」

 

 トッ、トッ、と。

 目視できた限りで2歩分の足運び。優に10メートルはあった距離を、それだけで詰められた。

 

「──っ」

 

 距離があったから避けられた。

 あとは、きっとアルマがまだ試運転のつもりで動いていたから。

 

 アルマの木剣の軌道が通り得ない場所に体を滑り込ませるように跳躍し、そのまま彼が反転して武器を振っても届かない位置まで地面を蹴り飛ばすように下がる。

 いつもなら受け流す攻撃も、強化のかかっていない今の体では流すことすら痺れが残る、最悪武器ごとふっとばされる。ひとまず選べる行動は、回避一択である。

 

(……なんだっ、全力でって、稽古するみたいに相手すれば良いのかっ!?)

 

 下がった分だけアルマも距離を詰めてくるから、なんで目隠ししてるのとか、思考もままならない。

 幸い僕は勘がいい(・・・・)。らしい。先生曰く。マトモにやり合おうとすれば体がついていかなくて詰むけれど、回避に専念するだけなら、多分なんとかなる。

 

「────フッ!」

「──いや、無理無理無理無理むりぃッ!!??」

 

 あかん。無理。死ぬ。なんも考えられん。

 とにかく、体が動きたがる方に勝手に動いてもろて、バフかけさせて。

 

「──身体強化壱(バルグ)ッ」

 

 脳内での体の動きと、実際の動きのラグが減る。先程まで肌を掠っていた攻撃も空振るようになる。

 

「──身体強化弐(バルグ・ゴート)ッ!」

 

 普段ならできないような体運びが可能になる。

 ダンスを舞うように横に回りながら回避した先、読まれて刺突の置かれたその場所を通ることなく、空すらホールであるとばかりに空中に弧を描いた。

 ……まあ、あんまりピョンピョン飛び跳ねると逃げ場が読まれやすいので良くないのだが。

 

「──ッチ!」

「──身体強化参(バルグ・オルマ)ッ!!」

 

 変化をつけた回避でアルマの体が流れた隙に、三段階目。これで、いつも通り。

 と言っても、ここまで避けられたのは、「避けさせてもらえた」という意味合いが強いのだろう。最初から全力でやられれば普通に死ねるので、こちらが暖まるのを待った形か。

 とりあえずこれで、彼の猛攻を受け流すことが可能になった。……打ち合うのは多分無理。

 

 かつて身体強化をしていなかった頃は負けてしまい姉の沽券を失いかけたが、読み合いでは負けていないから、この状態では未だ無敗である。

 有り体に言って、余裕が出てきた。

 

 左から地面と平行に薙ぎ払われた一閃を、木剣で浮かすように逃しつつ上半身をしならせて回避する。持ち手を握り返して振り下ろされたら普通に脳天カチ割られるので、刀身の上を滑りきらせずに、手首を返してアルマの木剣を抑え込む。

 そのまま彼の背後にターンして回り込むが、アルマもおいそれと背中を晒すようなことはなく、飛び退かれ逃げられてしまう。……ああもう髪が重い!!

 

「……アルマ、その包帯どうしたのさ。かっこいいね」

「レイン相手なら、見えない方が動ける」

 

 何だその舐めプ!?

 

 が、どうやらハッタリとかハットリ半蔵とかではないらしく、見えていないにも関わらず先程からいつもと同等の動きをできている。

 

(……むしろ、いつもより動き良いんだよなぁ)

 

 目隠し稽古なんて滅多にしないから、僕が引きこもっていた間の一日半、たったそれだけでここまで動けるように仕上げてきたのだろう。きっと、シロ先生に見てもらったりして。

 まったくこれだから天才は……。

 

「この、フィジカルおばけ!!」

「自己紹介ありがとうッ────」

 

 今度は僕から飛び込んでいく。

 正直どうして夜中に戦わされているのか分からないが、アルマが満足するまで付き合うのもお姉ちゃんとしての役目だろう。

 

 現実というのは複雑で、少年漫画のように「殴り合う(理解り合う)」というふうになるのは中々どうして難しい。

 こうして戦っていても、彼が何を伝えたいのかなんててんで(・・・)分からない。

 「俺達は剣でしか分かり合えないだろう(ニヤッ)」みたいなアレも、僕は門外漢である。

 

 だから、まあ、これは家族としての務めだ。

 あるいは、お姉ちゃんとしての威厳を見せつけよう。

 

「……レイン」

「?」

 

 アルマが胴を狙って振るう切っ先を、体を僅かにずらして避ける。

 加速していくアルマの隙が中々見つからないから、反撃もできずにただただ避けるだけである。

 

「それで、全力か?」

 

 豪と音を立て、耳の横を疾風(はやて)が通り過ぎた。

 ……今の、外された(・・・・)

 

 サアッと引いていくように余裕が消え、背筋にぞわりと鳥肌が立つ。

 

「……身体強化肆(バルグ・ネァレ)

 

 四段階目。世界が、止まる。

 木々のざわめきが、夜啼鳥のささめきが、アルマの呼吸が。すべて、聞こえなくなる。

 

 実際にはそんことはない。が、世界の位相に対する認識が少し「ズレる」。

 

 ……そんな超感覚の中でも、ひとたび動き出せばまるでスローモーションには見えない速さの「勇者」ってなんなんだろうか。これで10歳? チートだチート。チート勇者め。

 

「オレも、本気で行くから」

 

 そう言って、アルマは木剣を振り払う。

 しかし、スローモーションとは呼べなくても、その動きは普段鍛錬で斬り結んでいるときより余程ゆったりとしたものに見える。回避は容易であった。

 

「それで、本気かい?」

 

 煽るように薄く微笑んで躱す。と言っても包帯で見えてないんだろうけど。

 

 疾い。確かに疾いのだ。先程までの状態だったら、どの攻撃も躱し切ることはできなかっただろう。

 一発掠れば、それが次の動作の遅れに繋がる。二撃目で致命傷だ。

 ……あくまで、先程までの状態だったら、の話である。

 

 アルマはどんどん加速していく。第三者が見れば、一体どんな光景に見えることだろう。

 ああ、羨ましい。勇者だからなのか、「人間」だからなのか知らないけれど、それだけの身体能力に恵まれることができて、彼こそ「特別」と呼ぶに相応しいだろう。

 彼の前を歩くのはとても苦労する。どれだけ逃げても、気付けばその切っ先が首元に当たりそうになる。

 きっといつか、こんな身体強化(誤魔化し)では追いつかれてしまう日が来るのだろう。

 

 でもさ、多分。

 もう、僕だめだからさ。

 そのうちいなくなるから。

 

「──あとちょっとだったね」

 

 それまでの間だけ、前を歩かせてくれないだろうか。

 

「……あぁ」

 

 アルマが嘆くように呟く。

 

 薄く、薄く。死人のように、空気に溶け込んでしまうくらい、薄く。

 

 空振った彼の背後から、優しく剣の柄を振り下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────思っていたよりずっと、前にいたんだな

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 声は、確かに()から聴こえた。

 

 けれど、振り下ろした先には誰もいなかった(・・・・・・・)

 

「──な、────ッ!」

 

 驚愕に彩られている暇などない。

 

 背後、あるいは頭上。

 確かめる時間すら惜しかったから、木剣を背中側に回しつつ前方にステップする。

 

 ガッと木剣が鈍い音を立て、何らかの形で防御に成功したことを知る。

 

 しかし、受けてしまった(・・・・・・・)

 ビリビリと震える腕はしばらく使い物にならない。コンマ数瞬の遅れはもはや意味を成さないのだから。

 

「────ック」

 

 とにかく後ろに回られていたことは確かだ。

 一旦前方に転がって飛び退いて、距離を取っ─────

 

「────よう」

 

 誰もいないはずの場所に。

 逃げた先に、アルマが片手を上げて待っていた。

 

「な、にが──ッ!!」

 

 何が何だか分からない。

 振り下ろした先には誰もいない。

 防いだ先には攻撃があったのに、その攻撃の主は逃げた先にいる。

 

 苦し紛れに、正面のアルマに袈裟斬りのように剣を振るう。

 苦し紛れと言っても、身体強化肆(バルグ・ネァレ)をかけた状態で、最善と思われる道筋に軌道を重ねた。並の人間では避けられない一撃だ。

 

「あ…………」

 

 それも(・・・)空振る(・・・)

 

 誰もいないのだ。位相のずれた世界で、アルマだけが世界に溶けてしまうかのように突然消える。

 

 なんだ、これ。

 

「ぁ……、あ、ぁぁ……」

 

 一切、アルマに触れられるビジョンが見えない。

 なんだ、この、突然消える……消える?

 そうか、

 

「『転移』────ッ!!」

 

 転移。勇者だけに許されるという禁忌の魔法。

 

 ギリッと奥歯を噛みしめる。

 

 なんだそれ。ずるいよ。

 天才的な運動神経も、化け物みたいな戦闘センスも、神様の贈り物みたいな恵まれた肉体も、全部持ってるじゃないか。

 それなのに、そんな。

 

 斬っても斬っても、すべて空を切る。当たる寸前にアルマが消える。

 

 苦し紛れの防御は何とか持っている。けれど、もう木剣を握っている手の感覚がない。次は躱す以外に逃げる手段がない。

 

(……音だ。アルマが出現することで、音が急に遮られる。気配よりよっぽど早い)

 

 そう予測し、ヒュという風が切れる瞬間を探す。

 

(こ、こ……ッ!!)

 

 振り向きざまにそのまま木剣を薙ぎ払う。

 アルマが視覚で認識するよりも速く、先に一発。

 

 視界の端には、彼の木剣を捉えている。

 

(当た………………………………ぁ、ぁ)

 

 ────木剣だけが、そこにあった。

 

「──ッグ、ァ…………っ!」

 

 仰向けに倒され、上から物凄い力で地面に抑え込まれる。

 握っていたはずの木剣は、払い取られてしまった。

 

「……く、ぅ、………ふっ……く……」

 

 マウントポジションを取られ、両手首を掴まれ組み敷かれている。

 

「……ぁあっ、……ん、く……ッ!!」

 

 身体強化をした状態で全力で逃げ出そうとしているのに、押さえ込まれている部分がピクリとも動かない。

 

「……な、レイン」

「く、そぉ……っ、は、ぁぁ……っ、ぅ、くぅぁ……!!」

 

 どうにか押さえ込みを解けないかと暴れるのだが、アルマの抑える力は、この小さな体のどこにと問いたくなるくらい底知れない強さがある。

 そりゃあ、こんな力で剣を振るわれたら受けられないわけだ。

 

「レイン、もう、オレの方が強いよ」

「は、…ぁ、あ…………んぁぁ……っ。……ふーっ、ふーっ、ふーっ」

 

 アルマはもう勝ちだと思っているようで、どこか諭すような声音で語っている。

 体の下で抜け出そうと藻掻く僕のことなど、まるで意に介していない。

 手首を浮かそうとする。けれど、まるで縫い付けられたみたいに地面から離れそうにない。

 

「ほんとは、『オレもこれだけ強くなったから、ちゃんと見てほしい』って言うつもりだったんだ」

「んっ……、く……、んん、ぅ……! ぁあ……っ、ん、はっ、は、ぁぁ……」

 

 その包帯の下がどんな目つきなのか、想像したくない。

 弱いって、気付かれたくない。嫌われたくない。冷めた目つきで見られる日が怖い。

 

 まだ負けてないって言うつもりなのに、組み敷かれた下からはまるで抜け出せそうにない。

 彼が、勇者だから? 人間だから? 男だから?

 身長はまだ僕のほうが高かったはずなのに、両腕を押さえつけるアルマの手首は筋肉質で、僕よりずっと太い。

 

「けどさ……なあ。ひとりで、何をそんなに戦っている?」

「っは、はぁっ……、ひとり……?」

 

 ひとりで戦うって、なんだ、それ。

 ちゃんと、助けを求めようと声を上げたじゃないか。

 

「はっ、ぁ、……拒絶、したのは、君達だろ……?」

 

 別に、責める気はないのだ。

 悪いのは僕だ。だから救われなかった。納得している。

 

 それをわざわざ「どうしてひとりで」って(あげつら)って、それは、君達が言うことじゃないだろう……?

 

「……あぁ、ええと、ごめん。やっぱオレ、自分のこと以外は上手く言葉にまとめらんないや。……ただ、一つ勘違いしてるよレイン。誰も拒絶していない。母様は、受け止める時間が必要なだけだ。父様がきっとうまく宥めてくれているだろうし、オレが今夜呼び出したのだって、オレがもう、レインに寄りかかってもらえるだけ強くなったって伝えたかったんだ」

 

 それは、母様が言った「ごめん」の一言に込められただけの意味を、君達が知り得ないからだろう。

 

「……いや、さ。レイン、どっかで拒絶されることを信じていた(・・・・・・・・・・・・・)んじゃないか?」

「────」

「違っていたら悪い。ただ、だから、そうまでしてひとりでいるのが分からないって思ったんだ」

 

 …………それが。

 

「……ん、く、ぅ、はぁ、ぁ……っ」

「──!? なんでまだ──ッ」

 

 抜け出そうと腕に力を込める。

 油断していたのか一瞬浮くが、すぐにまた押さえつけられた。

 

「ゃ、は、ぁぁ……っ、は、ぁ、はぁ……んんぅ……っ」

 

 びくともしない。

 どうして、こうも弱い。

 

「な、ぁ……ッ! どうすればレインがひとりじゃなく生きられるのか分かんねえけど……っ。こう、してッ。レインが全力で向かってきても、へっちゃらなくらいオレ強くなったから、もう、無理しないで、いいよ……ッ?」

 

 ひとりで戦っているって。

 それが、正しいとして。

 

 それ以外、誰も教えてくれなかったでしょう。

 

「……君に寄りかかるって、じゃあ、君に愛されるために、振る舞いましょうか?」

 

 分かんないよ。分かんないよ、なにも。

 みんなの、誰かの庇護下にあれば、分かんなくたって生きていられるんだろうけど。

 

「たとえばさ、さっきからずっとお腹にあたってるこの熱いの、気持ち良くしてあげよっか?」

 

 なんでか知らないけれど、多分、この肉体が魅力的だから。

 

 弟に欲情されるって変な気分だ。

 でも、僕は「それ」の扱いをよく知っているし、この身体は使い勝手が良い。

 布越しに伝わる熱でも、それがよく充血していることが分かる。

 

 誰かと生きるってことが自分の持っているものを差し出せることなら、僕の持ってるものをぜんぶ差し出せば良いんだろう?

 

「ほら、こうして」

「ま……ッ、レイン……ッ!」

 

 手首を押さえつけられたままだから、僅かに動く両脚の太ももで、布の上から挟むように。

 子供らしい小振りな珍坊の感触に、クスリと笑みがこぼれた。

 

「可愛い。アルマは、えっちなこと全然知らなさそうだね」

「や、め…………」

 

 静止するような言葉のわりに、逃げ出そうとも離そうともしない。

 ほら、これで正解でしょう?

 (こんなもの)で良いのなら、いくらでも差し出しましょう。

 

 スリスリ、シュッシュという衣擦れの音。

 段々と、手首を握っていたアルマの力が抜けていくのが分かる。今なら、振り払えるかもしれない。

 

 さして、特別な刺激を与えたわけではなかったけれど。

 

 ドクンドクンと、脈打つように脚の間で震える感覚に、不快感というよりかはずっと、あぁこんな感じだっけ、という懐かしさを感じた。

 彼のズボンの中は汚れてしまったことだろう。洗ってあげるべきかもしれないが、それより先に、この「続き」をすることになる。

 お互い、きっとグチャグチャになるから、ズボンなんて、今さら。

 

「……っ、はっ」

 

 苦しそうに、アルマが息を吐き出した。

 

 そして、続けて言った。

 

 

 

 

「これはっ、『寄りかかる』ことじゃ……ないだろ……ッ!!」

 

 

 

 

 ガツンと。

 今日、初めて殴られたような心地がした。

 

 その言葉ではない。

 滲むように濡れた、目元の包帯に。

 

「────ぁ」

 

 霧を晴らすように、渦巻いていた思考がハッキリとした。

 いま、何をしようとしたか理解した。

 

 凍っているのではないかと思うほど、脳内、あるいは体中が冷え切った。

 

「──ご、め……こんな、つもりは────っ」

 

 ほとんど力のこもっていない拘束から抜け出して、腰の抜けたまま数歩分後ずさる。

 

 ヨタヨタと、逃げるように距離を取る。

 

 その場にいることが、罪をいっそう強く感じさせた。

 

 だから、走った。元来た方へ。元来た方へ。

 つまり、恥も外聞もなく、逃げ出した。

 

 何をしようとした。

 愛すべき家族に、何をしでかした。

 愛されようと、何を差し出そうとした。

 

 ……ダメだ。

 

 人といちゃ、ダメだ。

 

 誰かに近付けば、絶対に傷付ける。

 

 絶対に、いつか間違える。間違えて、傷付ける。

 あるいは「間違い」ではなくて、僕の本質がそれを「正しい」と認識してしまっている。つまり、手遅れだ。

 

 こんな生き物が、「人」の隣にいてはダメだ。

 

 ひとりを。

 ひとりに。

 ひとりで。

 

 ひとりぼっちで、しあわせを見つけるべきであった。

 

 今までと、同じように──

 

「────ぁ、──れ」

 

 木々の間を駆け抜けているつもりが、途端に足がから回った。

 

 地面は続いている。踏み損ねたんじゃない。膝から先の感覚がなくなった。

 

「……カハッ」

 

 土が目の前にあった。というか、倒れていた。

 咳き込むように口から何か出たが、血かもしれない。

 

 ……身体強化肆(バルグ・ネァレ)の後遺症だろうか。先程のように長時間使ったことがなかったから、身体にどんな影響が出るか分かっていない。

 あるいは、身体の魔力が尽きたか。体内を巡る魔力を追ってみれば、生体機能に必須な分くらいしか残っていない。

 

「ガ、ぁ、ァァア……ッ!!」

 

 それは痛みというより、全身を焼かれるような熱さであった。

 生皮を剥がれ、塩を塗り込まれ、一瞬で焦げ付いてしまわないよう丁寧に炙られたらこんな感じだろうか。

 

 同時に、魔力が枯渇寸前になっていることで、嘔吐感に似た気持ち悪さを脳が訴える。

 痛みの中脳だけ別で振り回されているかのような、前後不覚にもなる不快感。

 

(癒しの………………いや……もう、いっか)

 

 癒しの魔法を使って身体機能を取り戻し、空気中の魔力塊を食べることで魔力回復につとめようかと思ったが、どうでもよくなった。

 

 だって、このまま死ぬのなら、それまでだったということではないだろうか?

 人でなしにお似合いの最期ではないだろうか?

 

 森の中で死ねば、そのうち何かしらの動物に食べられて跡形もなく消えられることだろう。

 どこからともなく現れた転生者が、好き勝手傷付けて、最期は苦しんで、どこへとも知られず消えていく。

 綺麗な起承転結ではないか。

 

 

 ──ガサリと。

 

 

 すぐ側の茂みが、小さく揺れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 遠ざかっていくレインの背中を見つめながら、ディアルマスは思考が薄れていくのを感じた。

 彼の知らぬことではあるが、精には多量の魔力が含まれる。初めてそれらを外に出したことで、ディアルマスの体内からかなりの魔力が失われた。

 

 エルフにも共通したことだが、勇者のような魔法的存在は身体機能の大半を魔力で補助している。それを失えば、体に突然疲労が表れるし、意識は途絶える。

 ディアルマスが未だ気絶していないのは、彼の精神が鍛えられているからこそであった。

 

(……情けねぇ)

 

 何も伝えられなかった。

 何も救えなかった。

 

 視界さえ隠せば、十全に力を発揮できて、彼女より多少なりとも前に行けたと示せるのではないかと考えて。

 もう、守られる存在ではないのだと伝えられるのではないかと考えて。

 

 初めてこの場所……「森」に来たとき、レインに助けられた。

 

 巨大な猪に襲われて、ディアルマスを庇いながら、レインがひとりで戦った。

 一度、突進をもろに受けたレインは鞠玉のようにぽんと吹き飛んで、血だらけになって、今思い返せば、きっと骨も沢山折れて。

 それでも、勇者は、涙を流して腰を抜かすことしかできなかった。あまつさえ、漏らしていたと思う。

 

 そこから立ち上がったレインに助けられた。彼女は猪に傷を与えて追っ払って、何度も何度もディアルマスに泣きついて謝った。

 村に帰ってからも、すべてにおいてレインが怒られていたから、きっと常識を考えればレインが悪かったのだと思う。

 けれど、ディアルマスは自分が何もできなかったことが、ただただ情けなかった。

 だから鍛えた。強さを追い求めた。

 

 結果として、思っていたよりずっと、既に彼女より前にいたことを知った。

 やっと守る側になれた。

 

 全部救える。救ってやる。そんな傲慢がいけなかったのだろう。

 

 男女の性別を見比べるための器官のひとつ。子供を作るための部分。

 恥ずかしながら、そこをレインに触られて、脚とはいえ、腰が抜けるくらい気持ちよかった。いや多分、「レインに触られている」という事実が大きく影響していたのだろう。

 だから、あそこで振り払うことができなかった。

 これは違う。直感がそう叫んでいたのに、言えたのは、すべてが終わったあとだった。

 

(情け、ねぇ……ッ!!)

 

 戦いが強くなっても、てんでダメだ。

 何も変えられなかった。

 何も救えなかった。

 

 なら、どうするべきだったか。

 これからどうするべきか。

 

 ディアルマスは、未だ何一つとしてその答えを知らない。

 

「本、当に……ッ、情けねぇ……!!」

 

 その言葉を最後に、勇者の意識は途絶えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 茂みの奥から現れたのは、3匹の小さなウリ坊であった。

 

(……夜中に、ウリ坊?)

 

 スンスンと鼻先を動かしながら、僕の方に寄ってくる。

 

「─ッ、ぁ、ァ……!」

 

 ウリ坊の鼻先が少し頬に触れるだけで、視界が白くなるほどの激しい痛みに襲われる。

 悪気はないんだろうけれど、痛いから近付かないでほしい。

 

(子供がいるってことは──)

 

 ガサリと、茂みから先程よりずっと大きな音が鳴る。

 首は動かないし、視線は地面にしか向いていない。

 しかし、その音と、周囲が暗くなったことから、巨大な母親猪が現れたことを知る。

 

(……死んだかな)

 

 縄張りに入り込んだ部外者だ。その立派な牙で貫くのか、はたまたこの世界の猪は人肉を好むのか分からないが、まぁ無難に殺されるだろう。

 

 死ぬのが怖いというより、魔法の反動で死ぬかと思っていたから、野生動物に殺されて死ぬのが意外だという感じ。

 まあ、その方がなんか食物連鎖っぽくていいんじゃないですかね。知らんけど。

 

「──イ゛ッ……、が、ぁ……ッ」

 

 背中に激痛が走る。……食われたか?

 

 しかし、どうも母猪の顔が僕のすぐ側にある。

 というかこいつ、ここで寝始めた。背中の痛みは、若干僕に体重を預けたからか?

 

 ウリ坊達もウリ坊達で、首元だの鼻のすぐ近くだの、好き勝手に場所を選んで寝始める。

 なんだ、こいつら。人を湯たんぽ代わりか? それとも非常食をマーキングしているのか?

 

「……くさいし、いたい。はな、れて、ください……」

 

 伝わるとは思わないけれど、お願いした。

 今度は、ズシンと地面が揺れた。

 

 ……嘘だろ。

 

 視界に映る脚。

 一本だけで、僕の胴は優に踏み潰せる大きさのものがあった。

 傷だらけで、歴戦の猛者であることがよく分かる。

 

 こいつが食うのか、こいつもここで寝るのか。

 寝るにせよ、この巨体で寄りかかられたら普通に死ねるぞ……? 圧死はなんかこう、流石に、なんかやだ。

 

 僅かに触れるくらいの位置。そこに、巨大猪は体を下ろした。

 ……ほぼほぼ全方位を猪に囲まれてしまった。

 

 臭い。痛い。あと、ちょっと暖かい。

 

「なんなん、ですか……。たべないなら、あっち、いってくださいよ……」

 

 痛いんだよ。

 ほんとに。

 

 こっち、来んな。

 触れんな。

 何がしたいか、分かりゃしない。

 

 獣にまで同情されるっていうなら、僕は獣以下か?

 いや、獣以下なんだろうけどさ。

 

 痛いよ。

 痛い。

 

 

 

 

 ──その暖かさが、何よりも痛い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気付けば、温もりに眠ってしまっていて。

 

 朝日の中に、猪臭い僕だけが残されていた。

 

 

 




アルマ「チラチラ見える服の隙間やうなじが気になるなら、視界を隠せばいいじゃない」

〜〜戦闘終了後〜〜

アルマ「えっちすぎる喘ぎ声(健全)には勝てなかったよ……」


**連絡欄**
すいません。趣味全開で書きました。目隠しショタ剣豪いいですわゾ。
これならギリ逆レに入らないよね?アンケート遵守だよね?
誤字報告感謝です。フレンチキスって唇重ねるだけのやつじゃないんじゃな…また一つ賢くなってしまった。

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