TS転生すればおっぱ……おにゃのこと戯れられるのでは?だからチート勇者、テメェはお呼びじゃねえんだよ!   作:Tena

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生きかたを、おしえてください



あんたら、きもちわるいんだよ。ふれんなよ。みてんじゃねぇよ。かんべんしてくれよ。ちかよんな。■のために死ねないくせに、きれいなとこばっかみてるくせに。ふざけんな。くだらないんだよ、あんたら、みんな。

 深夜、村のそこかしこを幽鬼のように歩いていた。

 夜になると眠れなくなるのだ。日中は部屋に閉じこもり、誰にも会わず、可能な限り小さく身体を折って震える身を抱えている。

 食事は摂っているということにしている。一度アイリスが扉の前まで呼びに来たが、ひとりで適当に食べているから放っておいてほしいと伝えた。以降、誰も来なかった。誰にも求められていないのだと理解した。いや、アルマなら、体を好きにしていいと言えば釣れるだろうか。……浅はかな思考に、一層苦しさが増した。

 

 正直、限界であった。

 なぜ生きているのかと言えば、まだ僅かに残った期待なのだと思う。誰に向けたともしれぬ期待。

 

 人に会うのが怖い。だから昼間は閉じこもる。

 人に見つけてほしい。だから夜になって彷徨い歩く。

 

 こうした己の身勝手さであの人達を傷付けたというのに、何も学んでいない。

 

「…………?」

 

 誰かの声が聴こえた気がした。

 こっちだろうか。

 

「……(やしろ)の、舞台」

 

 音を辿るように足を動かし、気付けば目の前には、エルフたちに神樹と呼ばれる一つの巨大な樹木が立っていた。

 樹木というより、もはや巨大なビルだ。どんな斧でだって切り倒せる気がしない。

 

 お社の大樹。中には、くり抜くようにして作られた大きな舞台が存在し、その頂上には聖域へと続く入口がある。聖域のある我が家と距離があるから、転移に近い魔法が施されているのであろう。

 お七夜や、いくつかの儀式では奏巫女が舞台に立つこともある。音楽を奏でて、人々の心をまとめ上げて、魔力を重ね合わせ、頂上の入り口を通してヘリオに届ける。ヘリオはそれを用いて村を守る。そういうことになっている。

 

「あい、てる……?」

 

 大して期待もせず扉に触れると、施錠された様子もなしにおもむろに動く。

 実に不用心であるが、それで何か悪さをするエルフがいるわけでもないので、些細な問題か。

 

「……いや、ここに一人いるか」

 

 極悪人が。

 だから何というわけでもないけれど。

 

 ずりずりと足を引きずり、劇場の中を歩き回る。

 気付けば、慣れ親しんだ舞台、その中央に立っていた。

 

 それは、やはり誰かに見つけてほしい心の表れだったのかもしれない。

 ここに立てば、みんなが僕を見たから。求めたから。

 

さみしいよ……」

 

 そう呟いても、無人の劇場は静寂を返すのみであった。

 

 暗闇が、静寂が、傷を抉るように過去を想起させる。

 あたたかな過去。優しい過去。

 

 初めてのときは、母様と二人だった。頂上と舞台を繋ぐ螺旋階段を近道するように飛び降りて、空を飛ぶみたいにゆっくり降りながら母様と音を重ね合わせた。

 客席、舞台裏、僕ら。みんなの魔力が一つに混ざり合って、前世では見たことなかったけれど、鮮やかなオーロラみたいで、とても綺麗だった。

 

 次のときは、確かオペラのワンシーンに出てほしいという話だった。僕が役者なんて無理ですと伝えたら、演じる必要はないから、歌を歌ってほしいだけと言われて。

 凄い緊張して、でも母様と父様がアルマを連れてくるっていうから、かっこいいお姉ちゃんを見せてあげようと張り切った。失敗はしなかったと思うけれど、多少緊張が伝わってしまったかもしれない。

 

 何回かそうした経験をしたり、母様と儀式を執り行ったり、あるいは観客として観るだけだったり。僕の歌を歌いたいと思って、色んな人と話して、一人の脚本家さんと、二人で新しい演目を作った。

 二人だけで作るわけにもいかないから、沢山の人に助けてもらって、役者さんとかとも交流を持って、沢山相談して、まるで学園祭みたいだなって思った。学園祭にはあまり良い思い出がなかったけど。

 

 どこぞの珍棒の生えた姉妹に巻き込まれたこともあった。某キバタンルームじゃなくて、キバナちゃんと一緒に前の方の席で眺めていたら無理矢理舞台に引っ張り上げられた。

 そりゃ慌てたけれど、脚本を壊すわけにもいかないから、僕の知っている限りでその演目に合わせて。あとで二人のアイサ達に文句を言ったのに、「楽しかったでしょ?」と言われて何も言えなくなった。

 

「……たのしかった

 

 たのしかった。

 

「たのしかったよ」

 

 本当に、たのしかったんだ。

 

「ぼく、たのしかった、よ……」

 

 ただただ、それだけだ。

 

「もう、やだよぅ……」

 

 壊したのは自分自身だろう。

 そんなことは、重々承知で。

 

 歩いていれば、どこかへ辿り着けるものだと思っていた。

 どこかって、それはきっと、「ここ」じゃないどこかへ。

 

 だから、足を進めた。階段を登って、高い方へと向かった。

 あるいは、その声に導かれていたのかもしれない。

 

 聞こえていた。気付いていた。

 でもどこか夢うつつで。

 なぜここにいるのかなんて、少しも分からなかった、

 

 きっと全部悪い夢で、あなたに会えば、顔を見れば、口付けをすれば、愛撫をして、愛を注いで、互いに果てるまで抱き合って。

 つまり、いつも通りのことをしていれば、いつも通りの「明日」が迎えられるような気がしていた。

 

 

 

 

らら、るらら

 

 

 

 

 綺麗な声だった。

 その声に恋しているのだと思った。

 社と呼ばれる、聖域へ続く小さな木のうろの前で。

 月も出ていない闇夜に溶け込んで、あなたは歌っていた。

 

「……誰?」

 

 こちらの気配には気が付いたが、姿がよく見えないのだろう。

 か細い、不安そうな声で母様が尋ねる。

 

「ああ、でもこの感じは……レイン、キミか」

 

 いともたやすく見破られてしまった。魔力を感知されたのか。

 

「はい。レインです。こんばんは、母様。どうして、こんなところに?」

 

 酷い声だった。

 しばらく人と話してないからだとか、泣きすぎただとか、きっとそういうことではなくて。

 

「ええと、癖、でさ。ひとりだった頃の。……ねえ、泣いてるの?」

「まさか。泣いてなんていやしませんよ。暗くてよく見えないんですね。ほら、こんなに笑っている」

 

 魔力をはたらかせて、傍にあった灯籠に明かりを灯す。

 ほんのりと、暖色系の光が灯った。

 

 さあ、笑えよ。

 レイン、笑え。

 散々やってきたことだろう。求めてきたことだろう。好きなことだろう。

 ほら、笑え。

 

「ふふっ、はは、えへへ、本当に、いい夜ですね。なんだか無性に嬉しくなってきてしまいます。母様に会えたから、きっといま世界で一番しあわせですね、くひ」

「……誰?」

 

 また問い直された。

 寝ぼけているんだろうか。夜だから、しょうがないね。

 

「いや、だから、レインですよ」

 

 だって僕がそう名付けたんだから。

 

「……ねえ、お願いだから、そんな顔で笑わないで。そんな風に話さないで。それじゃあ……キミが、私が、かなしいよ」

「かなしいわけ、ないですよ。だって、……あなたに……会えたんだから」

 

 笑え。

 声の震えなんて気のせいだから。

 笑顔でいれば幸せになれるんだよ。

 だから。ずっと泣いている。

 

「ごめん、私が悪かったんだ。ちゃんと聞こうって決めていたのに、途中で逃げてしまって。傷付けたと思う。言いたいことも沢山あると思う。だから、もう一度、聞かせてもらえないかな……?」

 

 それは、確かに僕が思ったことだ。

 

「……傷、付きました。裏切られた気分になりました。でも、逆なんです。先に傷付けたのも、先に裏切ったのも、全部僕です」

 

 最初からあなた達の大切なものを踏みにじってしまっていたのだと思う。

 多分、どこかで気付いていた。本当にこのままレインと名乗り続けていいのか疑問が生じたこともある。でも、嫌だから、「なんとなく」嫌だったから、そのことをなあなあにしてきた。

 それでも、進みたかったから、前を向きたかったから、あなたを傷付けるだろうと分かった上で伝えた。

 「前を向く」だなんていう聞こえのいい言葉を盾にして、あなた達を殴りつけた。全部分かった上で犠牲にしようとした。殴った拳が傷付いて、そのことを「傷付けられた、裏切られた」だなんて泣き喚いた。

 

「だから、全部僕が悪いんですよ」

「そんなこと……っ! 逃げた、私を、責めてよ……?」

 

 全部僕が悪い。

 そう思った方が楽なだけだ。

 最初から、いなけりゃよかった。

 

「僕の言葉なんて、もう聞かないでください。それは詐欺師の言葉です。極悪人の建前です。悪魔の囁きです。あなた達にとって心地よく、その実僕のことしか考えていない身勝手な虚構です。できれば、この言葉すら聞かないでほしいくらいなんです」

 

 それを聞いて、母様はひどく悲しそうな、今にも泣き出しそうな顔になった。

 何かを伝えようとするかのように音を発さず口を動かし、やがて何も届かないと理解したのか口を閉じる。

 下を向いて、悔しさの滲んだ声音で、なんとか一つの言葉が絞り出された。

 

「……キミは、どれだけ自分が愛されているか理解したほうがいい」

 

 どれだけ自分が愛されているか(・・・・・・・・・・・・・・)

 ドレダケジブンガアイサレテイルカ?

 そんな、もの。

 そんなものが。

 

「理解、……できるわけ、ないじゃないですかっ!」

 

 どこから生まれたのかもわからないくらい唐突に、怒りに近い感情が湧き立った。

 もう「笑う」ことなど、取り繕うことなどできなかった。

 

 自分が愛されていると思える人は(さいわ)いである。

 どこかで、自分という存在への確信がある。自分を受け入れ、認めることができている。

 

『──人未満? 人でなし? 馬鹿を言え。お主はもとより、立派な「人」じゃ!!』

 

 違うんだよ、ルーナ。

 

 どれだけ神様(あなた)が認めてくれても、■が、僕を「人」と認めないんだ。認めてくれないんだ。

 

「どうして、こんな、薄っぺらな存在を愛してくれる人がいるだなんて、そんな、笑えてしまうほどの恥ずかしい勘違いができると思うんですかっ!? 僕が、僕みたいなっ、空っぽで、嘘つきで、どうしようもないクズを、誰が……!」

 

 嘘つきだから、この言葉だって嘘まみれだ。

 本当に自分をクズと思っていたら、わざわざ自分のことをクズだなんて呼ばない。

 空っぽの人間は、自分が空っぽということにさえ気付かない。

 だから、この逃げ口上は、「自分、汚いところ自覚できてますよ」アピールで、率直に言って、悲劇のヒロイン気取りでしかなくて、この心の言葉すら、自分を美化するためのものでしかなくて。

 

 ああ、最悪だ。

 言葉を紡ぐほどその端が揺れて、視界も揺れて。

 滲んだ世界は、惨めな僕のことだけを教える。

 

 嗚咽混じりに吐き出される汚い言葉が僕の本性だ。

 これも嘘だ。

 最近泣いてばかりだからか、涙腺もこれでもかというほど緩い。

 溢れる涙で彩られた表情は、きっと醜悪極まりなく、さぞ不細工なことだろう。

 

 こんな顔、こんな姿、母様にだけは見られたくなかった。見せたくなかった。

 本当に、最悪だ。

 

「人の、気持ちなんてっ、あなたの気持ち(・・・・・・・)なんてっ、そんな、不確かなもので……自己肯定できるほど、僕は、愚かではいられないんです」

 

 友達、親友、恋人、伴侶、家族、親、子供。

 すべて、自分以外の人、他の人、他人だ。

 

 他人の考えていることを理解できるか?

 他人の感じていることを理解できるか?

 他人の愛情を理解できるか?

 他人を理解できるか?

 

 否、否、否。否である。

 

 人は理論ではない。

 人は感情でもない。

 物理法則のように、化学的性質のように、純粋数学のように。

 そんなふうにひとつひとつ理論を積み上げ、論()()し、誰かを理解することができればどれだけ楽だろうか。

 他人にどう振る舞えばどう反応するのか、その全てを理解していれば、友達も恋人もよりどりみどりであっただろう。

 あるいは、ルーナならば脳の電気的な回路をすべて把握でもして、一つの人格を「理解」できるのかもしれない。しかしその彼女すら、「意思」の存在を肯定している。

 

 ああ、そうだ。意思。こんなもののせいで。

 

 人にとって最も尊いものが「意思」であるとして、しかし同時に、世界をこれほどまでに複雑にし、人の心に苦悩を生み、死というものを恐れさせ、人に狂気をもたらしたものも「意思」である。

 

 意思が個性を生み、同時に差異を生む。

 

 それは目線の違いであり、人という生き物が物理的に重複できない以上、何をどう足掻いても与えられる。

 向かい合っても、隣に立っても、共に歩んでも、「同じ景色」は絶対に見ることがない。

 

 なればこそ、人は違うものを経験する。

 経験が言葉を作り、言葉が思考を作る。

 

 ゆえに、他者の思考を理解するなどということは、その成り立ちからして不可能である。

 

 人は理解し合えるだなんて唱える者がいたとして、それは盛大な勘違いだ。

 ……だからといって、相手を否定する必要はないのだ。天動説を信じる人々にそうするように、相手がそれを信じている限り幸せなら、そのまま放置しておけばよい。

 誰もがそれを信じたから、ひとりになった。

 人は理解し合えない。阿吽の呼吸のような関係が成り立ったとして、あくまで精度良く思考が一致しただけで、それは理解の近似値だ。

 しかし、ただ一人、自分を理解できる存在がいる。

 

 自分と「同じ」ものを見て、自分と「同じ」経験を積んで、自分と「同じ」言葉を持って、自分と「同じ」思考で動く存在。

 つまり、自分自身だ。

 だから、■を理解できるのは、■を誰よりも愛せるのは、■自身に他ならない。

 

 それなのに、「他人の想いを理解しろ」とは、ひどく愚かな言葉である。

 ああ、泥のような、汚い感情が、どんどん増してゆく。

 

 あなたが僕を、…………待て、止まれ。

 駄目だろ、そっちは、行っちゃ駄目だろ。

 でもさ、本当のことだ。

 出すな。良いんだ。心の中で言うだけなら、何言ったって良い。だから、口に出すな。

 言わないと伝わらないんだろ?

 やめて。伝えなくていいから。やめて。

 

「……あなたの」

 

 やめて。やめてよ、待って。

 

「あなたの愛の、何を根拠にしろと」

 

 ──やめろ。

 

「一体どうやって、舌先三寸で語られる愛を信じろと」

 

 ──それだけは、言ってはいけない。

 

 

 

 

 

「──父様への愛を、塗り替えた癖に」

 

 

 

 

 

 ──もう、やめてくれ。

 

 それは、お前がさせたことだろう。

 それは、お前が望んだことだろう。

 それは、お前を愛するためにしたんだろう。

 

 何の意味もない言葉。

 ただただ傷付けるためだけに騙られた言葉。

 隠してきた腹の底から、あるいはもっと奥から。見るに堪えない怪物が這い出るように漏れてしまった言葉。漏らした言葉。

 

 けれど、サルビア・テレサはまるで動揺しなかった。

 

「うん。だからいま、キミを愛している」

 

 心底吐き気がした。

 気持ち悪さすら覚えた。

 愛の上塗りを肯定したことへの忌避感ではなく、これだけ汚してなお、幸せそうに「愛している」などとのたまったことへの恐怖。

 ■を愛しているというその気狂いじみた発言が、一体どのような根拠の上に成り立っているのか皆目検討もつかなかったから。

 

「そう……でしょうね。愛しているんでしょう。僕を、御子の娘を、アンブレラ・レインを」

 

 何らかの理由を見つけなければ、そのような思考が存在していることに耐えられなかった。

 だから、歪んだ笑みを浮かべ、涙の乾いた跡がひりつくのも忘れて、嘔吐するように怨嗟を撒き散らした。

 

「可愛い、いえ、美しいですものね、この体は。魔力も豊富で、性感も優れて、あなたのことを惜しみなく愛してくれる。僕も、愛玩具としてはこれ以上ないと思います。ああ、鳴き声も可愛らしい」

 

 ……最低だ。

 

「それとも、幼児性愛の癖でもお持ちでしたか? 赤子にいいようにイかされるわ、10にも満たない子供を陵辱するわ、思い当たる節は沢山ありますよね。すぐ側に、僕みたいな従順なロリがいてさぞ嬉しかったでしょう」

 

 ……最低だ。

 

「次代巫女としても、評判は優れていますからね。僕みたいな紛い物に騙された民衆がやんやと騒いで、生みの親であるあなたを称賛して。母親としての自尊心を満たすのに、僕以上に最適な子供はいないかもしれません。少なくとも、望まれぬ子供を生んで出来損ないなどと揶揄される母親よりは、よっぽど平穏な日々でしたよね」

 

 ……最低、もう、無理だ。

 

 死のう。

 ここで全部さらけ出して、見放されて、エルフにとってもどうでもいい存在になってから、死んで、魔力を還元して、次代巫女は新しく一人もうけてもらおう。

 

 死んで償うどうこうじゃなくて、単純に、生きていることに耐えられない。

 死ぬために死ぬ。死にたいから死ぬ。死が救い。そういうやつ。

 

 最後まで自分勝手が過ぎるとは思うが、徹頭徹尾迷惑な存在だったということで納得してもろて。

 どうせあと数年で死ぬんだから、エルフたちの感覚からすれば、今死んでも何年後かに死んでも大差ないだろう。

 

 こんな思いをするなら、転生なんてしたくなかった。

 あの時、あのまま、雨に濡れて、血を流して、勝手に野垂れ死んで、そのまま意識ごと消滅してしまえばよかった。

 ねえ、叔父さん。

 

 もういいよ。

 これで終わりでいいよ。

 もう十分楽しかったし、満足したよ。

 

 だと、言うのに。

 

「そうだね。私はキミの肉体が好きだ」

「……は?」

 

 皮肉だけを込めて吐いた呪詛を、サルビア・テレサは、愛ゆえに恥ずかしがる乙女のように頬をほんのりと赤く染め、肯定した。

 その、新緑のように瑞々しく、少年のように熱く煌めく翡翠の瞳には、理解不能とばかりに怯えた表情を浮かべる、可憐で、いまにも崩れてしまいそうな程に弱々しい少女が映されていた。

 

「マルス似の、百合のような白髪が好き。触り心地、撫で心地もいいし、私が長いのが好きって言ってからは、散髪のときに梳くだけにしたことが愛おしい。新品の真っ白なシーツの上に溶け込むように広がったその髪と、目を潤ませて顔を真っ赤にしたキミを見比べるのがもうたまらないくらい癖になってる」

 

 サルビア・テレサは、斯様に謳い上げた。

 髪を伸ばしたのは、その通り、あなたに言われたからだ。

 あなたの庇護を受けるため、あなたの気に入るように、自分を(かたど)った。

 髪の長さなんて、心底どうでもよかった。実際、前世で小学生の女児達に無理矢理散髪させられたときも、何の感慨も抱かなかった。目の前を鉄の刃が通り過ぎていくという恐怖は感じても、己の身体を削り取られるということへの恐怖は何一つ存在しなかった。

 それだけ、どうだっていいのだ。肉体など、■に比べれば。

 

「それと、その眠そうな目つきも好き。眠そうというより、もはや常に流し目みたいな感じだよね。キミはボーッとあたりを眺めてるつもりでも、周りからしたら、色気を振りまかれているようで大変だと思う。言いたくなかったから秘密にしてたけれど、2日に一人くらいは『御子様は俺に気があるんじゃないか』とか言って結婚を申し込みに来てるからね? 全員丁重に送り返してるけど」

 

 サルビア・テレサは、斯様に謳い上げた。

 目つき。流し目。勘違いも甚だしい。

 薄っすらと視線を流すように周りを見るのは、直視するのが恐ろしいからだ。正面から、相手と向き合うことが恐ろしいからだ。

 見てられない。眩しいあなた達を。今も昔も、憧れた人間関係が■から遠かったのではない。■が自ら遠ざかっていたのだ。

 見せられない。まっとうなあなた達には。いつ裏切るともしれない、担保のないあなた達に、この汚いものを見られるわけにはいかない。

 

「魔力が豊富って言っていたけれど、ちょっと違うよ。沢山あるのも大事だけれど、キミの魔力は質……というか、味が素晴らしいんだ。奏巫女としての役割の中で不特定多数の人の魔力に触れてきたけれど、正直、比べ物にならない。前は意識していなかったんだけどさ、キミの魔力を知ってから他の人の魔力に触れることがちょっと大変になった」

 

 サルビア・テレサは、斯様に謳い上げた。

 

「感度が良いのは最高だよね。キミってば私のことばかりエッチだ何だ言ってきたけれど、キミのほうがエッチだよ。感じやすいって意味で。……そういえば、キバナくんと言い、神様二人……二柱?といい、可愛い女の子がキミとの距離感異常に近いの、気のせい? 私専用のその体、誰かに触らせたりしてないよね? キミのそのエッチな体質がバレちゃったら、もうキミ絶対負けるよ?」

 

 サルビア・テレサは、斯様に謳い上げた。

 

「あ、鳴き声がどうこう言ってたけど、そんなのは当たり前で、そもそもキミの声が妖精みたいに透き通っていて凄く聴き心地いいんだよ。まあ、これは奏巫女の血かな? 歌うための声質も遺伝していくみたいだしね。歌声と喘ぎ声、両方知ってるのは私だけにしてね?」

 

 サルビア・テレサは、斯様に謳い上げた……。

 

「幼児性愛どうこうは、そもそもキミが全部悪いよ。キミみたいな幼くて可愛い子が近くにいて嬉しいとかじゃなくて、キミっていう幼くて可愛い子に躾けられちゃったんだから。つまりはそうだね、幼児性愛であったことは認めるけれど、それはキミ限定だ。分かってる? キミが調教した女性(わたし)は、キミしか受け付けなくなっちゃってるんだよ。責任、取ってもらうから」

 

 サルビア・テレサは、斯様に……。

 

「それとね、自慢じゃないけど私は世間知らずだから、民衆からの評判とかよく知らないんだ。私の母親としての評価も興味ない。正直言って、キミ以外何も興味ない。……酷い依存だよね。奏巫女の役目を今果たしているのだって、義務感とか使命感なんてほぼ残っていなくて、将来のキミがやりやすいように、ってだけだもの。まあ、フェリシアが時々評判については教えてくれるんだけどね」

 

 サルビア・テレサは……。

 

「うん、だからさ。キミの言う通り、私はキミを、アンブレラ・レインを、その肉体を、この世界で培ってきたもの全てを、永遠の愛を誓ってもなお足りないほどに、愛しているんだ」

 

 ……サルビア・テレサは、斯様に謳い上げて、「僕」のすべてを永遠に愛していると(うそぶ)いた。

 平時では口説き文句とも、あるいは夜伽への誘い文句とも取れるその言葉に、■はただ一言、感想を漏らす。

 

 

 

 

「──気持ち悪い」

 

 

 

 

 それだけしか感情を抱かない。

 あるいはそれは感情ですらない。

 彼女はかくも謳い上げて、何を愛すると言ったんだろうか。

 その程度で、僕のことを、■を愛しているとでも表現したつもりなのだろうか。

 

「永遠の愛なんて存在しませんよ」

 

 直接的な拒絶の後には、直接的な否定を置くべきだ。

 そうすることで、己の意思を明確に伝え、次いでその根拠を簡潔に述べられる。

 

「人は変わる生き物で、変わることができる生き物で、変わってしまう生き物なんだから」

 

 誰かが言った。人は変われると。

 人の可変性という絶対的な性質。拡張すれば、無常ということ。

 そんなものが横行するこの世界で、永遠の愛?

 

「誰かにとっての永遠は、誰かの意識が続く限りの時間のことです。生きている、その間だけのことです」

 

 だから、心中なんてものが存在する。

 愛しているから、愛している内に、冷めてしまわない内に。

 

「ねえ、サルビア・テレサ。僕のために、死ねますか? 僕と一緒に、このまま死んでくれますか?」

 

 永遠なんてものを無邪気に信じているのなら、虫酸が走る。

 怒りか、悔しさか、どれともつかない感情の昂りか、目頭の辺りが煮え湯でも流し込まれたかのような熱さを訴える。

 

 永遠に、殉じられるというのなら。

 なら、あなたの永遠(その時間)を、寄越せ。

 

「──死ねよ」
 ──Mine.
       

 

 切実に。

 どうか、こんな僕のために、無駄に、無為に、無意味に、死んでくれと。

 懇願するように涙をあふれさせて吐き捨てた。

 

「死んで、一緒に、死のうよ」

 

 これは、自棄とは違う。

 

 気持ち悪いくらいに、人でなしのように、機械仕掛けの化け物のように、どこか遠くから僕を俯瞰し続けた、■の本音だ。

 あくまで、どこまでも理性的に、共に死ぬことを求める。

 

 永遠に愛される保証のないこの世界で永遠に愛されたいのなら、愛されているうちに永遠に囚われてしまえばいい。

 蘇生の効かない、逃げられないからこその死というものに。

 

 どこか、確信があった。

 母様は、ノアイディ=サルビア・テレサは、僕が求めれば死ぬことも厭わない。

 ……確信、というか。

 

 そういう風に仕込んだ(・・・・・・・・・・)

 

 だから、一緒に死んでくれと。

 愛しているというのなら、それが真実であるうちに、一緒に死んでしまおうよと。

 返答は、分かりきっていた。

 これが他者を理解するっていうことなら、なんてくだらない。単に、自分の理解できる範疇に貶めているだけではないか。

 

 くだらない。

 つまらない。

 どうでもいい、こんな、世界。

 

 だから、逡巡もなく開かれるサルビア・テレサの口元を、冷めた視線で追いかけて──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「馬鹿か、キミは。お断りだね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──は」

 

 裏切るような言葉に、思考が停止した。

 

 

 

 

 




泣いている。

ずっと泣いている。

ごめんなさい、ごめんなさいと。

ぜんぶ■が悪いんです。

生まれてしまってごめんなさい。

生んでしまってごめんなさい。

涙も流れないのに、泣いている。


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