TS転生すればおっぱ……おにゃのこと戯れられるのでは?だからチート勇者、テメェはお呼びじゃねえんだよ! 作:Tena
死ぬのが怖かったのか?
巫女としての責任感からか?
それとも、実はさほど依存させられていなかった?
分からない。
一つ理解できるのは、■にとって最後の救済は、失敗に終わったということだ。
失敗というか、最初から成立していなかったというか、存在しなかったというか。
虚しく独り死んでいくことが決定した瞬間とも言う。
虚しく独り死んでいけと宣告された瞬間か。
まあ、どっちでもいいや。
「……っは、はは、そう、ですよね」
なんか、悔しいな。
前のときはひとりぼっちだった。
ひとりぼっちは、さみしいから。
誰かを愛して、誰かに愛されて、そうすることができるのが人だから。
■も、人でありたかったから。
この世界では、誰かを愛した。
きっと、誰かに愛された。
そのつもりだった。
「……届くと、思ってたんだけどなぁ」
なんだ、■は。
馬鹿だ。そうだ。その通りだ。何も間違っていない。流石は母様、この世界で自身を除いた一番の理解者。
「もぅ、さぁ」
悔しい。悔しくてたまらない。
「……できたと、思っていました」
愛されることが。
否定しながら、拒絶しながら、それでも心のどこかで。
これでいいんだろ、と。
これが、あんたらの言う愛ってやつだろ、と。
■だって、届くんだよって。
ほら、どうだ。■にも、できるんだよって。
「思っていたんです……」
つまりは、まだ僕に期待していたのでしょう。
何が足りなかったのでしょうか?
次はどうしよう。何を足そう。
きっと僕なら、愛させることができると思っていました。
あなたに愛してもらえると思っていました。
これも嘘だ。
そのための準備をしっかりとして、待っていたのです。
これも嘘だ。
──結局、僕が積み上げてきたのはすべて嘘だったのです。
それは、嘘だったのだろうか。
■が言うのだから、そうなのだろう。
脈絡のない独白を紡ぎ終え、きっと、訳も分からないであろう母様の顔を見上げた。
予想を裏切って、その表情は、困惑したものでも軽蔑したような冷たいものでもなく、どこか呆れたようであった。
「まったくね。その言葉は、キミが一番言うべきでないよ。だってキミ、転生したんだろう?」
予想外の言葉に、はたと思考が止まる。
そのセリフはきっと、先ほどの情死への誘いに対してだろう。
「そんなもの想像もしなかったけれど、私達が今ここで死んで生まれ変わることがあるっていうなら、生まれ変わった先で、私はキミを探すよ」
そう言って、こちらへ歩み寄り始めた。
「世界の裏側にいても、別の生き物になってしまっていても、もう一度、私のお腹の中で眠っているようなことがあっても」
当然、■は逃げた。
後ずさるように一歩、二歩と下がって、床に伸びる樹の根に足が引っかかって転んだ。
「キミを見つけ出す。世界神の胸ぐらを掴んででも、キミを探すのをやめない」
己の無様な姿に、一層惨めな気分になった。
母様の方を見やれば、止まることなく、一心にこちらへ近づいてくる。
「……来ないで、ください」
「一度生まれ変わっても探すのが間に合わないなら、もう一度。それでも足りないなら、何度でも」
目の前まで来て、母様は立ち止まる。
「やめて、来ないで」
「逃さない。キミへの愛情を途絶えさせない」
肩から押し倒されて、馬乗りになるように腰の上に乗られる。
「やめ、て……」
「愛されるのが怖いんでしょう? 失うのが怖いんでしょう? 命を終わらせることで、それを考えなくて済むようにしたかったんでしょう?」
逃げれないことがひどくおそろしくて。
母様一人くらい押し飛ばせるだけの力をつけたはずなのに、まるで体に力が入らなかった。
「やめて……」
そうだ。
その通りだ。
■が一番怖いのは、それだ。
「駄目だよ。終わらない。終わらせない。魂が巡る限り、つまり、永遠に、私に愛されることを怖れなさい」
もはや、懇願する他なかった。
「やめて……、ください」
誰だって怖いものじゃないのか。
どうして平気で愛されてやれるんだ。
そんなもので暖められて、灯油を失ったストーブみたいに、一番に冷たくなるのだってそれだというのに。
どうしてそんなものにしがみつけるというのだ。
「キミが一番怖れてやまぬことを私がやる。だって、私がキミの一番なんだから」
「やめ、てよ……」
逃がしてよ。
逃げさせてよ。
そんなもの■に与えないでよ。
そんなものいらないよ。
迷惑なんだよ、本当に。
気持ち悪い。なんだって君達人間は、そうやって。
勝手に押し付けないでよ。
いらないんだよ。
誰も求めていやしない。
「いいね、その泣き顔。興奮する。いつもみたいに強くて自信たっぷりなキミも、いまみたいに弱くて惨めでしょうもなくてぐちゃぐちゃなキミも、全て愛おしい」
■に、そんなもの。
■に、■の心に、
「さわらないで……」
いつかは失われるじゃないか。
失われるものなんて欲しくないよ。
永遠の保証だって、担保もないし。
「あたたかいんだよ……。やさしいんだよ……っ。やわらかくて、どうしようもなく、いとおしい……!! あんたら、人ってみんな、きもちわるいよ……!!」
他人の温もりを知るだとか。
本当の愛を知るだとか。
傷を舐め合って生きていこうだとか。
どうせ、そういう三文芝居に結論を持っていくだけだろう?
そんなものに、■を巻き込まないでほしい。
答えを出せないあなた達が、ひとりで満足している■を苦しめる。
ひとりで良いんだよ。ひとりが良いんだよ。
そんなわけないだろう。
だって、ひとりで立てるんだから。
けれど歩けずに立ち尽くしている。
ひとりで何だって考えられる。ひとりで何だって決められる。ひとりで生きている。
だから死んだように冷めた■がいる。
幸せを求めて彷徨う、人って名前の生き物は最悪だ。
歩けない■は彷徨うこともできない。
それを求めている時点で、一番の不幸を手にしてしまっていることに気付かない。
だから、人でなしの■が大好きなのだ。
蹲って地面に「しあわせ」と書いた。
しあわせって、ここにあるじゃないか。
何をそんな、新しく求めて、馬鹿馬鹿しい。
あなた達の足跡で掻き消されてしまう。
■に比べれば、僕も、自分も、あなたも、あなたたちも。
すべて、陳腐で、しょうもなくて、汚くて、不味くて、臭くて、痛々しくて、病気みたいで、吐き気をもよおすほどの邪悪を兼ね備えた、冒涜的という表現すら勿体ないほどの。
ほんとにさ、あんたら、きもちわるいんだよ。
きもちわるいぐらい綺麗だよ。
「なんで、そんな……なんだよ……ッ!」
泣きじゃくって、見ないでと言わんばかりに両腕で顔を必死に隠す。
でも、母様に無理矢理あらわにされた。
腕を掴まれて、顔の横にどけられた。
流れる涙を拭うこともできなくて、無様な醜態の限りを晒すことが恥ずかしくてたまらなくて、こんな汚らしいものが存在していることが、嫌になる。
「どうして、顔を隠すのさ。私にもっと、キミを見せてよ」
「ゃめ……っ、見な、いで……」
「見るよ。見つけるよ。キミから、目を離さない。離せない」
「こんなっ、汚いの、■じゃない……! ■はもっと綺麗でっ、素敵で、良いもので……っ、もっと、もっと…………もっと」
もっと、なんなんだろう。
どんな見た目なら、どんな名前なら、どんな言葉なら、■は受け入れる?
どうやったら、■は、あなたたちと同じになれる?
「──ねえ、ニイロ」
■に微塵も逃げる隙を与えようとせず、表情を晒させ、それを正面からじっと見つめて、あなたは問うた。
「泣いているのは、キミかい?」
……違います。
「じゃあ、レイン。キミが泣いているの?」
……それも、違います。
「そっか」
納得したように、母様は言う。
ずっと、泣いている。
でもきっと、いま誰よりも泣いているのは。
「見つけた」
──見つかった。
「キミか」
見つかってしまった。
なんだ、これ。
なにやってんだ、ほんとうに。
「喋れる?」
無理だよ。
話すことなんてないよ。
話す口もないよ。
触れるんじゃねえよ。
「無理だよね。だって、
見てんじゃねえよ。
なんにも見えないだろ。
見るための目なんて、あんたについてねえだろ。
「難しいね。こんなことになるとは思っていなかったから。どうすればいいか困ってるんだろうね」
何を知ってるってんだよ。
文字通り、なんも知らねえだろ。
目がないんだから、なんも見えねえだろ。
耳がないんだから、なんも聞こえねえだろ。
口がないんだから、なんも言えねえだろ。
「辛いね。悲しいね。苦しいね。届かなかったね。見苦しいね。残酷だね。仕方ないね」
なんなんだよ。何言ってるかわかりゃしねえよ。
「レインも、ニイロも、キミなんだよね」
そうだよ。当たり前だろ。
弱くて、ちっぽけで、浅ましくて、しょうもなくて、みっともない。
だから、違ぇよ。あんな奴ら、■じゃねえよ。
「キミを愛するにはさ、きっと、私は、まずレインとニイロを愛さなくちゃ」
勝手に愛してんじゃねえよ。
■を愛するのは■だけで足りてんだよ。
踏みにじんな、馬鹿にすんな、この「しあわせ」で十分だ。
「私はキミ達を愛してやれる。もしかしたら、傲慢だけれど、私しか愛してやれないかもしれない。それ以上に、私が愛してやりたい。……違うな、結果論だよ。私は、もう愛してしまっている。だから、このまま愛し続けたい」
きもちわるい。
きもちわるい。
心の底から、ありったけの感情を込めて、赤子にも伝わるように分かりやすく言ってやる。
──きもちわるい。
「逃げるな」
きもちわるい。
「勝手に逃げるな。見つけたんだろう。知ってしまったんだろう。まだ泣いているんだろう」
きもち、わるい。
「キミが言った言葉だろう?
私に愛される者としての責務を全うしろ
愛されたいなら、愛してくれるモノから逃げるな」
それは紛うことなく、■の言葉だ。
逃げられなかった。
逃げるところすら見られていた。
「私の愛情も、私の憎悪も、私のすべてをキミに捧ぐよ」
逃げ出したら、宣言通り追いかけられた。
後ろ首から掴まれて、髪の毛を根本から引っ張られて、逃げ出したままの姿勢で地べたに転がされた。
残ったのは、■自身が「しあわせ」を踏んづけた跡と、その醜態だ。
その怯えて揺れる瞳を真正面から深く深く覗き込んで、刻みつけるように、いや、瞳の奥に刻まれている言葉を読み上げるかのように、あなたは宣言する。
「だって、私はキミのものなんだから」
みじめだった。
「……ごめん、なさい」
わけも分からず謝った。
「ごめんなさい、本当に、申し訳、ありませんでした。……関わってしまって、沢山傷付けてしまって、乱暴に壊していくばかりで、あなた達に、本当に、もう、迷惑ばかりかけて。全部、こちらが悪かったんです。何だって謝りますから、一生頭を下げても構いませんから、だから、だから……もう…………もう、許してください。こちらも関わらないから、あなた達も関わらないでください。近寄らないでください。見ないでください。触れないでください。ほんとに、勘弁してください。これ以上みじめにさせないでください」
何を言っているか分からなくて、きっと整合性も取れていなくて、ひどく身勝手なことばかり述べていて。
これが、■が知られたくなかった、一番の汚くて弱い部分だろうか。
なけなしのプライドをすべて投げ売って、ただひたすらに相手の慈悲を乞うて、赦されるその時まで
けれど、サルビア・テレサは、そんな言葉で、赦しはしなかった。
馬乗りになって首を押さえつけ、ぎりぎりと激しく締め付け、手の先から感じる命の脈動に恍惚とするように顔を蕩けさせて、性交渉をおこなっていると錯覚してしまうほどの淫靡な声音で、鋭く問いかける。
「それ、キミの言葉?」
「……か、さま、ぁ」
掠れるように漏れ出た声に、サルビア・テレサは手の力を緩めた。
かひゅっ、かひゅっと途切れ途切れに息を継ぐレインに、どこか拗ねたような表情で独りごちる。
「しょうがないよね。キミ、喋り方を知らないんだから」
だからこそ、逃げ惑っているのだろうけど、と。テレサは溜息をこぼした。
一方、首に手をかけたその姿が誰かと重なって、レインは息の吸い方を忘れてしまう。
「はっ、はっ、ぁ、ごめっ、なさ……っ、ごめっ……さっ……ぁっ」
雨の日の記憶。
転がった傘。
もう鳴かない子猫。
赤。
ざあざあざあ。
ぶちん。
ざあざあざあ。
「……は、ぁ、はぁ、ぁぁ、あぁ……」
「レイ、ン……?」
気付けば、緩められていたはずのテレサの指先を自分で手にとって、もう一度、今度は自分から、力を加えさせていた。
苦しい。もちろん、平時よりはずっと苦しい。けれど、不思議と呼吸は落ち着いたものへと戻りつつある。
「レイン、キミは……」
自分から首を絞めさせる。ハッキリ言って、異常な行為である。
しかし今はこれが一番レインに取って良いことだと分かったから、テレサは、悼ましげな表情を浮かべながら、ほんのりと、気道を塞いでしまわない程度に力を込めた。
「ごめっ、なさい……っ、こんな、みっともなくて」
恥ずかしくて涙が止まらない。
あなたには、弱さを見せることなく全部うまくやれると思っていた。そのつもりだった。
「これが、僕です。にいろをころした、僕です。にいろは僕がころしました。そんなわるいやつなんです。あなたに浴びせた汚い言葉も、あなたを壊したすべての行為も、ぜんぶ、僕のなんです。僕が、やりました。ね、弱いでしょう、卑怯でしょう。見た目を変えても、名前を変えても、だめなんです。そのうえ、また、死のうとしました。まだどうにかなると思ってんです」
こんなんで、あなたと幸せになろうとしました。
それは、あらゆる角度から観察した上で、「告白」とでも呼ぶべき行為であった。
本物の白色なんて現実に存在しない。
だから、告げたのは限りなく白色に近い何かだ。喩えるなら、16進数のカラーコードで一桁だけ小さく記述するようなものだ。それは決して白色などではなく、故に決して真実足り得ない。
徹頭徹尾嘘に塗れた、限りなく真実に近い告白。
母様の右手を、僕の左手が抑えている。首を絞めさせている。
空いている僕の右手を、今度は母様の左手が取った。そしてぐっと持ち上げ、僕の右手で母様の首を絞めさせた。
「かぁ、さま……?」
その肌は、あたたかかった。
すべすべとしていて、やさしかった。
ずっと触っていたいぐらい、やわらかかった。
周期を伴って震える動脈が、どうしようもなく、いとおしかった。
僕の目の前で息をする、一人の確固たる人だった。
「ねえ、レイン。一緒に死のうって言ってもらえてね、凄い嬉しかった」
とく、とく、とくと。
変わりのない拍を打つ温かな血潮は、その言葉が真実であると語っていた。
ひまわり畑の真ん中で
「でも、さっき言った通り、死んだら生まれ変わってしまうみたいだし、それならまだこの世界でやってないこともあるから、そのあとでも遅くないんじゃないかな?」
無邪気に夏休みの予定を並べていくみたいに、それはもう楽しげに、首を絞め、首を絞められながら、母様はひとつひとつ述べていく。
「まずはさ、ほら、このところ一緒に作っていた歌、あれ完成させようよ。絶対良いものができるのに、途中でほっぽって死んでたら勿体なくないかな? 完成したら、一緒に歌うんだ。そうだね、みんなの前でお披露目したいし、コンサートの計画を立てなければいけないかもしれない。そうしたら半年は大忙しだ」
歌を完成させると言っても、この間の月夜の演奏会みたいに一瞬で完成するなんてことは中々ない。
一言一言、一音一音、大事に選んで、一番格好良くて、一番やさしいものを見つけ出してやらないといけない。
だから、完成させるためだけであと一月はかかるだろう。よしんば出来上がったところで、コンサートってのは開きたいと思った次の日に開けるものでもない。
関係各所に連絡を通して、巫女が中心となるんだったらそれはもう村の一大イベントだから色んな人が引っ張り出されて、大騒ぎになる。ついでに父様がまた雑務が増えたと言って死ぬ。喜んで死にに行きそうだけど。
半年なんて希望的観測が過ぎる。どうやったって、一年はかかる。
「あ、そうだ! コンサートで思い出した! キミ、アイサ姉妹からチケットもらってたじゃないか! 来月の特別公演の!! ずるい、私も行く! というか、話には聞いてたけどそんなに優遇されることある? 私だってアイサ姉妹とは話したことも一緒にステージに立ったこともあるのに……キミ、彼女たちから狙われていやしないよね?」
そう言えば、「おっきい花束持ってきて」というメッセージカードと共に舞台の招待券が送られてきていた。50人弱しか観れないとかなんとかで、巷では競争率がとんでもないことになっているらしい。
彼女ら……というより、彼らから狙われてないかという問いには、なんとも答えづらい。性的対象とされていることは……多分ないと思う。しかし、「作る人」とかいうわけの分からない生き物のことだから、そういう意味での捕食対象としてはなぜかロックオンされている気がする。おしっこぶっかけた恨みだろうか。ごめんなさい。
「銭湯にももう一度くらいは行きたいね。なんなら、これは明日とかでも良いんだけどさ。……キミと行くとすぐ流れでえっちなことしちゃうけど、次は絶対そういうのしないで、お風呂にゆっくり浸かるんだから。キバタンのお仕事の仲間で、あそこの改装プロジェクトに携わってる人がいるんだけどね? なんか凄いらしいよ、泡の出るお風呂だとか、弱い電気の流れるお風呂だとか、遂には大きな流れるお風呂まで作ったらしい。だめだ、話してるうちに行きたくなってきた! これはもう、明日行こうか!」
ユネツサンかな? HENTAIばかりなエルフの技術者達のことだから、ワイン風呂も、ドクターフィッシュも、果てはスライダーまで実装しても別に驚かない。それどころか、日本になかったような頭のおかしいMADなお風呂が生み出されるかもしれない。
僕、お風呂は普通にゆっくり浸かるやつだけでも良いと思うんだけど。前世では公衆浴場というものの使用許可が中々下りなかったし。
ああ、でも、ただひたすらに。
満面の笑みで「明日」を語るあなたが、とても綺麗で。
「あと、この間世界神からアドバイスを頂いたんだけれど、そのね、キミには言わなきゃやってくれないみたいだから。……その、ちょっとね、乱暴なえっちとかもされてみたくて、髪を引っ張られたり、無理矢理イかされたり、あとは、首を軽く絞めたり。時々縛ってもらうことがあるけれど、その、今までのぐらいだと少し優しすぎるかな。もっと、最初から最後まで、怖いくらいの態度で私を支配してみてほしい」
母様に何吹き込んでんだあの馬鹿神……。
しかし、まあ。母様に乱暴をして嫌われてしまうのが怖い気持ちがあって抑制していたけれど。
言うならばそれは、かつてルーナが憑依していなかった頃のヘリオに、僕がいつもしていたようなえっちのことで。御存知の通り、僕の中には破壊衝動を備えた汚い部分が潜んでいるし、その捌け口として、お互いの性質を利用し合って共依存していた僕とヘリオの関係が、僕と母様の関係の一部にも適用されるだけのことだ。
つまり、求められるというのならやぶさかでない。今更その程度の汚いところ見せても、何が変わるわけでもあるまいし。
「他にもね、キミと色んなレシピに挑戦してみたいかな。外の世界の昔のレシピが『書庫』に記録されてるだろうし、それにキミって別の世界に生きていたんでしょう? その世界の美味しいものとか、ニイロが好きだったものとか、色々試してみようよ。そうだ、そうだよ。とても大事なことがあるじゃないか。ニイロ、キミのことをもっとたくさん教えてよ! 何が好きで、何が嫌いだったのか。何が得意で何が不得意だったのか。どんなところへ行って、どんなものを見たのか。家族のこととか、友達のこととか、…………恋人の、こととか。キミの中にレインもニイロもいるって言うのなら、キミを愛するために、私はニイロのことも愛したいんだ」
前世のこと、日本のこと、「自分」のこと。
未だ、「自分」を愛してやれない僕は、上手く語ることができないかもしれない。それでもいい、それでも構わない、とでも言うかのように、母様は優しい眼差しを浮かべる。
ただ、「恋人」と言うところで少し淋しげに、気まずそうにするのはやめてほしい。……だっていなかったし! 文句あるか! 前世でおっぱい触れてたらこんな拗らせてないから!
そこまで言って、母様は一度口を閉じた。どうやら、やりたいことリストは一旦切り上げらしい。でも、1時間放っておいたら2個ずつくらい追加してきそうだ。
代わりに、振り返るように1度目を瞑ったあと、僕の叫んだ言葉を拾うかのように、切ない微笑みを浮かべた。
「……ああ、良いこと思いついた。私達の幸せが最高潮に達したときに、一緒に死のう? そうしたら私も満足だから、生まれ変わってもキミを探さないであげる。私は私の生を、キミはキミの生を、そうやってようやく生きていけるようになるんだ」
僕らの幸せが最高潮に達したときに一緒に死ぬ。
一番幸せなときに一緒に死ぬ。
そんなこと、
「ばかじゃ、ないですか……」
一番幸せなときに死ぬとしたら、それは今じゃ駄目だ。
今日より明日。
明日より明後日。
明後日より来週。
来週より来年。
来年よりも再来年の方がきっと幸せに違いなくて。
「ばか、ばか、……ばかあさまっ」
何にも分かってないんじゃないだろうか、この人は。
もし分かって言っているのなら、史上最低最悪の詐欺師になれる才能がある。
「あなたと生きる明日が、今日より幸せにならないわけないじゃないですか……!」
帰納的な永遠の証明。
勝手に死んだら追いかけてくるという脅し付き。
「ありゃ、そうしたら、なかなか一緒に死ねなさそうだね」
そう言って、あなたはあどけなく咲ってみせる。
「あなたがいるってだけで、僕は、うれしいのに。あなたと同じ世界で息をしている時間が、ただ1秒でも増えることが、僕はうれしいのに……。あなたと離れたって、あなたの存在を想っていられればっ、それだけで、僕は、うれしいのに……! あなたが生きていることが、こんなにも……!!」
ただ、それだけだ。
愛さなくていい。
想わなくていい。
考えなくていい。
見つめなくていい。
触れなくていい。
何も捧げなくていい。
だって、
「しあわせなんだ、満足してるんだ、お腹いっぱいなんだ! もう何もいらない! 僕に、何も与えなくていい! そのまま一緒に死んでしまえばいい! やめてよ、やだよ、なんも欲しくないよッ!」
もらったら、なくしちゃうじゃないか。
ものがあるから、消費なんてことをしてしまうんだ。
失うのはつらいだろ、こわいだろ、かなしいだろ、さみしいだろ、あたりまえだろ。
その「しあわせ」で満足しておけよ。
「だからさ、それがキミの愛される者としての責務なんだよ」
つまりは。
サルビア・テレサが提示したものは。
何をどう足掻いても、愛される。
暴力的に、愛される。
愛されないことを許さない。
定義外の逃避を許さない。
つまるところ、これが、■の求めていたものというわけだ。
それを受け入れることが、■の責任。責務。
僕のことも、自分のことも愛せない■が、他人から愛されることを受け入れなければならない。
「……ちゃんと、キミの責務を、果たせそうかい?」
道理を覚えない我が子をあやすように──実際そのとおりなのだが──母様は泣きじゃくる僕を抱きしめて、柔らかく髪を撫でた。
「……り、むりっ、ですよ……! 僕がっ、こんな弱い僕が、僕じゃっ、できるわけ、……ない」
どうして、わざわざそんな残酷なことを聞くんだ。
いま、見ただろう。知っただろう。理解しただろう。
こんなに弱いんだ。
「私とでも?」
拗ねたような子供っぽい表情で、テレサは問いかけた。
「これもキミの言った言葉だよ。私達は、無敵でさいきょーなんだろう?」
言った。でも、
「それ、嘘ですよ」
これも嘘だ。
僕の言葉なんて全部が欺瞞だ。
何にも意味がない。
空虚で、装飾だけやけに豪勢で。
だというのに。
「──それが嘘だよね?」
テレサの言葉は、確信に彩られていた。
「レイン、キミが答えて」
──問い。
「──私達は、二人が一緒なら何だってできる。そうでしょう?」
──静寂。
──静寂。
──沈黙。
──沈黙。
──沈黙。
──沈黙。
──沈黙。
「はい」
ポツリと。
晴天の下、どこからともなく、ひとしずく落ちた雨粒のように。
一瞬で乾いて消えてしまうような、その淡い感情。
それを、テレサはそぅっと、己に染み込ませた。
「……」
「……」
音が、樹壁に、床に、染み込んでは消えてゆき……もう一度、静寂が訪れる。
静かな空間。
静寂は、無音ではなく。
静寂は、言葉を知らず。
とく、とく、とくと。
時を刻むような音。
すぅ、ふ、すぅ、ふと。
風の擦れるような音。
それが、ふたりぶん。
あるいは、まるでひとりのように。
静かに。
閑かに。
静寂は、命を奏でていた。
「「あの」」
言葉を発したのは同時であった。
お互い少し驚くかのように見つめ合い、そうして、顔を見合わせて笑った。
どちらが先に言うか推し量るような沈黙が一瞬生まれ、少し申し訳無さげに、こちらから口を開く。
「……僕、歩き方を知らないんです」
人は、他人とひとつのものにはなれないから。
重なった言葉も、どちらかが先に話さなければいけない。
他人を理解できないことの証明なんて、このひとことで足りてしまう。
「同じだよ」
人は、どこまでいってもひとりだ。
ひとりぶんの陽だまりには、ふたりが入ることはできない。
違う場所に立つしかない。
「レイン、同じだよ。キミが歩けないって言うなら、私もできないことばっかりなんだ。恥ずかしいね」
そんなことはない、という嘘は吐けなかった。
母様の良いところは無数に知っているが、悪いところだっていくつも知っている。
というか、一般に悪いとされること、であって。
そのすべてが愛おしく感じるけれど
「キミが歩けないなら、私が支えてあげるし背負ってあげる。どこへだって連れて行ってあげる。だから、私ができないことをキミに助けてほしいんだ」
人は他人とひとつのものにはなれないから。
隣の陽だまりから、誰かが手を引いてやれるのだろう。
「つまり、私にはキミの愛が必要なんだ」
何もできないわけじゃない。
あなたのためにできることは、きっと沢山ある。
「ねえ、キミの中で私を愛してくれているのは、レイン? それともニイロ?」
「それは……きっと、二人とも」
あなたを愛するということにおいては、レインも、ニイロも、大差なく。
ただその一点に於いて、僕は
「そう。じゃあやっぱり、私も二人を愛さないとね」
「……やめといた方が、いいですよ。後悔します」
愛して、知って、失望して、離れてしまうなら、別に。
「嘘ばっかり」
「……」
そう言われてそっと目を逸らそうとしたら、次の瞬間、唇に何かが触れた。
もう何度も触れてきた、柔らかな感触。
「嬉しいくせに」
「……っ」
こうも。
こうも、分かりやすく羞恥を覚えることはあるだろうか。
あなたの悪戯っぽい笑みを見た瞬間、昇るように胸のあたりからカッとした熱がこみ上げてきて、脳が沸騰するように、顔が赤く染め上げられたのを感じた。
そうだ。
拒絶じゃない。嘘でも誤魔化しでもない。
今言わなければいけないことは、きっと違う。
これもきっと、人として当たり前のことで。
けれど、しばしば伝えるのが恥ずかしくなってしまうような、単純な言葉。
こらえろ。
もう、十分恥を晒しただろう。今更何を。
「テレサ」
「うん?」
別に、常日頃言う必要はない。
けれど、今一瞬くらいは伝えるべきだ。
心からの、告白を。
「……そういえば、あの人には全部バレてたよ」
「父様、ですか……?」
「そう。ほんとにもう、敵わない」
そう言って誰かの顔を思い浮かべるかのように苦笑する母様に、少し心がざわつく。
「……僕を、愛してくれるんじゃ、ないんですか?」
母様はキョトンとした顔になる。
「もしかして、嫉妬してる?」
「そんな……! こと、ない…………ことも、ない、ですけど」
「ぷ、ふふっ、く、ふふふっ、えへへ」
めちゃめちゃ楽しそうに笑われる。
何がそんなにおかしいんでしょうか。
「そうだよ、私は、君だけを愛する。あの人への気持ちは憧れみたいなものだよ」
「……」
自分の子供っぽさが恥ずかしくて、僕は押し黙った。
母様は自分の言葉から天啓を得たかのように、そうか、と続ける。
「……私、あの人に憧れていたんだ。ずっと。出会ったときから何でも知っていて、いつももの凄い色々な事を考えていて、それなのに優しい、心情豊かな人で。本当に、心の底から、憧れていた」
母様が誰からも愛されるアイドルなら、父様は誰もが集まってくる泉のような人かもしれない。
あの人の周りには人が集まる。それで仕事が降りかかりすぎて忙しくなってしまうこともあるけれど、同じくらい色んな人に頼ることができる。色んな人に声をかけ、繋がりの輪をどこまででも広められる。
それは僕には無いものだ。いっそ、憧れてきたものと言ってもいい。
また、心のどこかに寂しさが住み着いた。
自分の足りないものを知るたびに、自分が取るに足らない者だと理解する。
こんな僕では、いつか──
「──
「むぐっ」
思考を遮るように頬をつままれた。
慈しむように微笑んで、母様は言う。
「だから。私は、キミと生きていくよ」
「…………なに、言ってるんですか?」
「もう決めたことなんだ。決めたのは、ずっとずっと前だけど。決めていたことを、今再確認した」
……?
真面目に文脈が分からなくなってきた。
母様は僕に伝えるというより、自分自身に宣言しているようであった。
「ちゃんと、私がこれを選んだよ」
頭を撫でられる。
髪を梳いていく指先がくすぐったくて、体をよじらせた。
「ね、私の名は、テレサ。テレサです。キミの、名前は?」
「……っ、僕……は」
唐突なその問いに。
何と、答えるべきなのだろう。
「僕、は」
僕は、一体誰なのだろう。
■は誰なのだろう。
母様が僕の上からどく。
肩から抱き上げるように、体を起こされた。
「どっちでもいいよ。これは、キミが選ぶことだ」
その言葉は、優しいようでどこまでも厳しい。
今まで逃げてきたこと。今も逃げていること。もう一度、選び、託せという。
「歩け、レイン。進め、ニイロ。キミが選びなさい」
私が支えるから、と聴こえた
空耳だったのかもしれない。
体が震える。
それは、暗闇であった。
一歩進むことすら躊躇してしまうほどの、深い闇。
ひとたび直視してしまえば、息もできなくなり、全身が恐怖を叫びだす。
片足だけ踏み込ませることなんてできなかった。
一部なんて、そんな器用なことはできないから。
暗闇にまるごと、身を投げだした。
「──どっちも、です。ぜんぶあげます。レインもニイロも、すべて、あなたに捧げます」
「ん。ぜんぶもらった」
──この物語をあなたに捧ぐ、と。
小説は虚構であるから、ゆえに現実とは異なり、純白が存在し得る。