TS転生すればおっぱ……おにゃのこと戯れられるのでは?だからチート勇者、テメェはお呼びじゃねえんだよ! 作:Tena
その光景を前にしてなお、この世のものとは思えなかった。
きっとそれは幻想で、でもどうしようもなく現実で。
──現想とでも呼ぶのが、一番しっくり来た。
巫女様の
それから一年が経ち、次の命名式で巫女様が儀式を取り計らったことから出産は無事に済んだことを知る。
しかし、誰もが粛々と、その事実に触れることなく今までの生活を続けた。
御子様は命名式を迎えるまでその姿を一般に晒すことがなく、どこか現実感がなかったからだ。
御子様の命名式があった。
なるほど巫女様の
その夜から一週間は祝宴が開かれ、成人を過ぎた俺達は、酒を飲み歌を歌い、楽器を奏で、新たな巫女の誕生に喜びを分かち合った。
それから20年は、御子様の相手は誰になるだろうという話題で持ちきりであった。
引っ込み思案なのか、御子様は中々村の者と交流を持たない。奏巫の大樹の根が囲う庭で時間を潰していることは皆知っていたが、その容姿の端麗さからか、あるいは奏巫女の秘める膨大な魔力による威圧感からか、誰もが話しかけるのをためらってしまっていた。
俺は30ほどしか年が離れていないわけだから、もしかすればあの美しい御子様の番になることがあるかもしれない。そんな夢を見ながらも、遠巻きに見る日々が続いた。
最悪のニュースがあった。
御子様が番を決めてしまったのだ。あれほど若い年で、既に真名の交換も済ませたという。つまり、もう手の伸ばしようがない。
……いや、ただ番が決まったのならしょうがない。その相手が、あの『変人』のキバタンだというのが気に食わない。
あんな、ヘンテコな奴を番に選ぶくらいなら、俺の方が。そう思っても、今まで何もしてこなかったのは俺自身だった。
若さゆえの傲慢というやつだと思う。
結局、勝手に夢見て、勝手に裏切られた気分になって、勝手に落ち込んだのだ。
まあ、俺の同世代にはそういう奴が結構いたみたいだけれど。
キバタンと結ばれて、御子様は変わった。良い方にだ。
村の者と交流を持つようになった。一度話してみれば分かるが、とてもハツラツとして明快な話し方をする人で、俺より年下なのによっぽどちゃんとした考え方をする人だった。
巫女としての立場が彼女の人間性を磨いたのかもしれないけれど、その時、御子様に対して「引っ込み思案で可憐な幼い子供」という印象を抱き続けていた自分に気がついた。
御子様は、次代奏巫女として、奏の魔法を使って他にできることがないか考えているようであった。
そして、「アイドル」という立場を確立した。
今まで、長い詠唱のように、静かに厳かに執り行われていた奏でを、村人を繋げるための、生きる希望とでも呼ぶべきものへと昇華させた。
聞くところによると、奏の魔法とは、人間以外の生き物、さらには無生物を含め、それらと奏巫女が繋がり、祈りを捧げて助けてもらうためのものらしい。
御子様は、それならば人だって繋がれるはずだと考えたのだろう。彼女が舞台に立って歌い音を奏でる「ライブ」は、良い音楽を聞くだけではない、それ以上の沸き立つ興奮をもたらした。
良いニュースがあった! 巫女様の
既に巫女の役目を引き継ぎ、御子から巫女へと呼ばれ方の変わった巫女様がライブの後に打ち明けたのだ。
みんな、嬉しく思っていた。もちろんそれは先代様の命日でもあるから交流の深かった者は惜しんだけれど、命日が決まるのは森人としての定めだ。悲しみではなく、今までご苦労さまでしたと感謝を捧げる気持ちのほうが強い。
この頃になると、俺も身を固めて落ち着いてきていたし、キバタンへの嫉妬もすっかり無くなっていた。
いや、嫉妬することすらおこがましかっただろう。きっと俺では、巫女様をあんな風に導けなかった。今の彼女がいるのは、キバタンが隣りにいたからだ。それに、あいつは変人だけど性根は良いやつだし。
そして、巫女様の時と同様に俺たちはいつもの日常を過ごし(ライブがしばらく無くなるという絶望があり、皆やや暗かったかもしれない)、ついに御子様の命名式の日となった。
キバタンもあれで見た目は良いし、巫女様は言わずもがなだ。御子様(女の子らしい)が美しい見た目であろうということは既に皆の中で確信されていたが、やはり実際に見るまではソワソワと気持ちが落ち着かなかった。
そして、問題が起きた。
いつまで経っても御子様が現れないのだ。
聖域は特殊な場所だ。また移動にも魔法が使われているし、ともすれば何かあったのかもしれないと、言葉には出さずとも不安が広がっていった。
が、それはただちに打ち消された。
巫女様がゲリラライブを開催し、誰しもが興奮で不安を忘れてしまったのだ。
御子様が可愛すぎて、神様が中々離そうとしない。なるほど、巫女様の娘ならあり得る。不思議な説得力があった。
しかしそれでも、夜を跨ぎ、段々と人々の体力も尽きてきた頃。
それは起きた。
休憩のためだろうか、バックダンサーをしていたアイサ姉妹を下がらせ、巫女様が弾き語りのように静かに音を奏でた。
どこか優しい、暖かい歌。
疲れからか眠気に襲われてしまうくらい、ゆったりとしていて、愛を感じさせ、けれど力強い祈りの込められた歌であった。
ライブをしていなかった間に考えたのか、初めて聞くその曲は、しかし懐かしさも感じられた。
──そこに、ひとつの色が加わった。
巫女様のものではない、鈴の音のように透き通った、厚みを感じるのに同時に儚さも感じさせる、不思議な歌声。
誰かが上を指差し──天使を見た。
その光景を前にしてなお、この世のものとは思えなかった。
落ちるのではなく、ゆっくりと舞台に舞い降りるかのように天使は翔ぶ。
その奏では、耳ではなく、心に響いた。
天使が喜んでいるのが分かる。天使だけではない。俺も、俺の隣りにいるやつも、誰もが。表情を見るとか、声音がどうとかそういうことではなく、確かに皆が繋がっていた。
外の雨に濡れたのか、濡れた召し物を身体に張り付かせながら、水を滴らせて笑顔を浮かべる天使は、その幼い容姿を忘れさせるほどに妖艶で、魅力的だった。
こんな幻惑的な生き物が俺と同じ種族だとは思えなくて、やはり天使が舞い降りたのだという思考が先行する。「外の世界」の人間に比べると自分たちは美しい見た目をしているらしいが、彼女を前にすれば、それは些細な問題に思えた。
一目惚れ。その言葉以外に現状を表すものが思いつかなかったが、それは恋ではなく、ただひたすらに目を奪われたという意味で言うことができた。
好きとか、付き合うとか、番とか。そんなことは思いつかない。多分、感謝という言葉が一番近い。気付けば涙が頬を伝っていた。
不思議と、疲弊していたはずの身体には活力が戻っていた。
その後、巫女様と御子様が言葉を交わすかのように互いに向かって歌い上げ、そこでも涙が流れて顔面がグチャグチャになった。
巫女様によって御子様の仮名──アンブレラが告知され、次代巫女、ノアイディ=アンブレラは村の者の知るところとなるのであった。
御子様は不思議な子であった。
巫女様の子供の頃と違い、たびたび村を散歩しているのでその人柄はよく聞こえてくる。
幼さを忘れさせてしまうくらいの洗練された立ち振る舞い。頭の回転も速く、大人顔負けの言葉遣い。
あの年で、奏の魔法のみならずいくつかの魔法を使えてしまうらしい。代表的なのが癒しの魔法で、既に幾人かの村人が助けられている。そのことから分かる通り魔法への適性が森人の中でもかなり優れているらしく、噂では、命名式の日に御子様が歌ったことで、あれだけ長く降り続いていた雨が止んだとさえ言われている。
しかし、そういった優れた側面と同時に子供らしい純粋さも持ち合わせ、そのアンバランスさのせいかどこか壊れてしまいそうな脆さが見え隠れしている。
驚くほどによく出来た子供だという評価の裏には、その年でどうしてそこまで「ひとり」でやっていこうとするのかという心配がある。
丁度自分の娘が御子様と同い年であったから、気にかけてやってほしいと伝えた。
有力者の娘とお近づきになりたいなどというよりかは、誰かがそばにいないといつか居なくなってしまう、そんな不安を感じたのだ。
守ってやりたい。そう思わせる子であるが、俺では直接助けるようなことはできないだろう。せいぜいが、大人として成長を見守っていくくらいだ。
娘は俺の頼みに不思議そうな顔をさせてから、よく分かっていなさそうに頷いた。
まあ、今すぐに理解はできなくてもいいさ。側にいるだけで、助けになることだってあるだろうから。
可愛い愛娘の頭、赤みのやや強い金糸をガシガシと撫で、子供たちの将来の安寧を祈った。
そして、数年が経ち。
「パパ、明日アンブレラ泊まりに来るから」
「…………あ、あぁ」
どうしてこうなった???