TS転生すればおっぱ……おにゃのこと戯れられるのでは?だからチート勇者、テメェはお呼びじゃねえんだよ!   作:Tena

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アイドルは偶像って意味らしいんだけど偶像ってなんですかね。いや、像は分かるんですけど偶ってなんですかね。偶はたまたまって意味があるから、タマタマの像ってことですか?なんて卑猥な…

「ねぇ、母様」

 

 うん? と、荒い息を整えながら母様が返事をする。暗がりの中、乱れたベッドの上。

 熱っぽい母様の瞳は蕩けていて、瞼も半分ほどまで下りた状態で、視線だけが僕を捉えた。

 

「ありがとうございました、色々と」

「そんな、最後みたいなこと言わないでよ。ほんのちょっとだけ離れ離れになるだけなんだから」

「そうですね。そのつもりです」

 

 お別れの言葉とかそんなつもりじゃなくて、単にふと思ったから口に出しただけだったのだけれど。母様には、どこか寂しげに聞こえてしまったらしい。いやまぁ寂しいけどね? 寂しくて死にそうだけどね?

 母様が挙げたやりたいことはあらかたやってきた。前世の料理も作ったし、新装された銭湯にもまた皆で行った。アイサ姉妹の特別公演も観に行ったし、母様をたっぷり虐め抜くえっちもした。

 あとは、多分今まで以上に母様に甘えた。精神的に寄りかかりすぎていないかなというくらい甘えた。甘え溜めである。なお、寝溜めと同じでほとんど意味のない行為だと思う。冬眠のできない人類は劣等種族だよぅ……。

 心の中でスラム生まれのDさんが「俺は人間をやめるぞ!」と叫んでいる。はたして吸血鬼は冬眠するのだろうか。棺桶の中で寝てばっかいるイメージだし、できるんだろうな。冬眠できないなら吸血鬼も劣等種族である。差別はこうして生まれる。

 

 旅立ちまで残り一週間となった。

 二人の従者には、アイリスともう一人男の人が選ばれた。アイリスは僕の身の回りの世話を任せるためで、男の人の方は時々エルフの森から外界の様子を探りに行く調査チームの一人らしい。密偵……は違うか。とにかく今までほとんど関わったことのなかった人だが、僕の憧れる男性像である渋いオッサンだったので感動した。

 いや、エルフは本当に男女共に綺麗系が多くて、肉体年齢だって高くても20後半ばっかだから、渋い男が少ない……というかいないのだ。髭も生えない人がほとんどだ。目には優しいのだが、見慣れてくるとイケオジが恋しくなる。なんかこう……あの安心感と言うか、分かるでしょ? いや、分かれ(暴論)

 この美少女ぼでぃも良いのだが……やっぱ渋いオッサンになりてぇなぁ。

 

 男性の名はクロミノ。家名はない。クロコさんと呼ぶ人もいるらしいが、僕はクロさんと呼ばせてもらっている。シロ先生となんかこう良い感じに対になってるな。全然節点のない二人だけど。

 年はもう200を越しており、結構苦労しているらしく、めんどくさいことからは「おじさんもう年なんだけど……」と言って逃げる。面倒くさいことを嫌う精神、嫌いじゃない。僕も結構雑な人間なので、アイリスの苦労が増しそうである。

 

 ゆったりとした眠気を感じて、母様を抱きしめながら囁いた。

 

「明日は、楽しみましょうね」

「うん。私達のためにも、みんなのためにもね」

 

 やり残したことはひとつ。

 二人で完成させた歌を、みんなにも聞いてもらおう。

 明日は、当代巫女と次代巫女によるライブである。

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

「……あの、今回も、僕もそれ(・・)にしないとダメですか?」

「うん。私が100年近くかけて辿り着いた境地だから」

 

 ジリジリと母様がにじり寄る。その髪はふたつにまとめられていて……俗に言う、ツインテールである。

 僕も、ツインテールにするのは初めてではない。でも年齢で言えばそろそろ高校生なので、キッッッッとなる。ポニテじゃダメ? あ、ダメ……。はい……。

 揺れるものというのはやはり人の目を惹きつけるようで、ツインテールはそういう意味で強いらしい。本能だからね、しょうがないね。おっぱい見ちゃうのも揺れてるからしょうがないね。揺れるほどないって人は……まあ、つよく生きようね。

 

 エルフは上品なので、アイドルだからって日本のソシャゲみたいに露出の多い衣装は着ない。肌が出てりゃ良いってもんじゃねえんだ。その点、アークナイツはちゃんと服を着せてるから、見せないエロスというものをよく理解している。えらい。えろい。

 しかしこの祭事装、露出は少ないはずなのだが、腋とか背中とかが結構開いていて……いやエルフは上品だからまさかそんな邪な考えで考案されたとは思えないが、一度制作者を呼び出したい。もちろん、良くやったと握手するためだ。母様が着てるとエチチで、正直今夜が待ち遠しいです。コスプレックスはアイドルの嗜みです。そんなアイドル嫌だな。

 

 時間が来て、母様と二人舞台へ進む。前世の自分に、来世ではアイドルしてるよと言ったらショック死したことだろう。陰キャが人目に晒されるなんて耐えられない、と。

 でも、歌は好いものだ。難しいことは分からないが、そう言える。人なんていう信頼の置けない生き物に対して、一緒に音を奏でているときだけは繋がっている感覚がある。一緒に音を奏でるというのは、もちろん「聴いてもらう」ということも含んでいる。音を出すだけが奏でではない。

 

 最初は何も喋らずに歌い出す。みんなをこの場所(非日常)に惹き込む導入。

 できれば、聞きやすく乗りやすいもの。間奏のあいだにみんなに声をかけて叫ばせる。全部、出していこう。僕も、あなた達も。

 

 終曲。挨拶。そして二曲目。

 そうやって母様と顔を合わせたりしながら歌っていって、目を細めながらみんなに笑顔を向ける。

 やっぱり、この瞬間の、この光景はとても綺麗だ。みんなの気持ちが重なって、魔力が渦を巻き、オーロラのように揺れる輝き。

 

「──次は、二人で作った歌、『春宿り』。聴いてください」

 

 母様と二人でゆっくり作っていた歌。あの日母様と話して、少しだけ内容に変化が生まれたけれど。

 あんまり深いことは考えていなくて。ただ、この世界に生まれることができて良かったなぁって、僕にとってはそれだけの歌だ。だけど、その幸福感が、何よりもありがたかった。

 ただ「生きていること」を嬉しく思えるというのは、人によってはとても難しいことだろうから。

 

いつからだろう? 息をはじめたのは

誰のためだろう? 歌をうたうのは

尋ねようとして 口を開いて やっぱりやめよう

まるで気にしていないんだもん ずるいね君は

 

おいで ここは雨が降らないから

ふたり 肩が触れ合う

 

 一度、母様にどのようにして奏の魔法が生まれたと思うか聞いてみたことがある。

 たとえば、僕ならば、音が一番原始的なものだからと言うのが思いつく。五感のうち、触覚、聴覚は力学、視覚は光学、味覚と嗅覚は化学と、構造や仕組みの単純さには差がある。複雑になればなるほど、進化の過程において後半に生まれた器官と言うことができる。

 だから、力学……音波というものを利用した「歌」は、人の心を動かすのに一番いいんじゃないか、だなんて。

 でも、母様は笑って別のことを言った。

 

『私は、難しいことは分からないけれど。一番遠くまで届くからじゃないかな?』

 

 そもそも楽しいから歌ってるってだけでいいんだけどね、と補足しながら母様は続けた。

 

『近くにいる人は、いいんだ。手を伸ばして助けてあげられる。繋がれる。でも、遠くにいる人、遠くに行ってしまう人こそ、私達は繋がりを保とうと努力しなきゃいけない』

 

 助けが必要な時に、音はきっとそばにいてくれるから、と。

 それを感じるには僕はあまりに繋がりを持ってきた経験が足りていなくて、少し困ってしまったが。

 

ゆらりゆらゆら 花咲う

ひゅるりひゅるひゅる 風が舞う

ここにいるから ずっといるから

 

 これから僕は遠くに行かなければいけない。

 そうして初めて、母様の言葉の意味を知るのかもしれない。

 

春風吹いた それはまるで恋だ

柔らかく包んで 気付けば去った

世界が花に恋したみたいだ

 

おいで ここは雨が降らないから

ひとりならば歌おう

 

くらりくらくら から回る

ほろりほろほろ 嬉し泣き

ここにいるから きっといるから

 

 心の奥底で求めていた景色があった。

 それは、憧憬とか、あるいは原風景といったものなのかもしれない。暖かくて、青草が風にのって香る、ただ落ち着くような場所。

 思い浮かべていた景色はまるで的外れだった。母様の隣が「そこ」だった。

 お金持ちになるとか、何か欲しい物を手に入れるとか、そういった出来事ではなく。幸せとは、その状態のことを指しているのだと思う。

 

いいから歌おう 息の続く限り

音のためだけに口ずさむから

抱えようとして口を噤んでばっかり やめよう?

ここにひとりしかいないんだもの 弱いね僕らは

 

 弱くてずるくてちっぽけな僕は、僕らは、これからどこへ行くのだろう。

 あなたとずっと一緒にいたい。そう思います。

 

さらりさらさら 雲揺蕩う

くるりくるくる 君が舞う

ここにいるのは ほっとするのは

 

待って そこは雨が降るから

ふらり 影見失う

 

 雨は、濡れてしまうから、冷えてしまうから、嫌なことを思い出すから、嫌いだ。

 嫌いだった。

 でも「僕」が生まれたのは、あの雨の日だ。

 

ふたりふらふら ただ咲う

ぽつりぽつぽつ 空が泣く

ここにいるから ずっといるから

 

おいで どこで雨が降ろうとも

ふたり 手を繋ぎ合う

 

 まあ、もしかすれば、空だって嬉し泣きをしているのかもしれないし。

 そも、濡れ透けの母様はきっとエチチだろうし。

 

 ──雨も、嫌ってばかりのものじゃないのかもしれない。

 


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