TS転生すればおっぱ……おにゃのこと戯れられるのでは?だからチート勇者、テメェはお呼びじゃねえんだよ! 作:Tena
レディーファーストという言葉がある。
別に中世の文化に興味があったわけではないが、日本で生きていれば一度くらいは耳にするだろう。聞くところによると、女性優遇というよりはむしろ、女性を盾として使うための文化らしい。
車道側を男性が歩くのは、女性を窓から捨てられる糞尿への盾にするため。
部屋へ先に入室させるのは、女性を室内からの奇襲への盾にするため。
まあ結局の所、
賊の出没するという山道で商隊の一歩先を進んでいた貴族様たちは、さながらその盾役として機能してしまったようで、山肌に沿った少々足場の悪い道の向こう、目の良い人でようやく確認できるかといった距離のところに、立ち往生している馬車とそれを囲うように走る騎馬の群れが見える。馬? 多分馬。6割くらいは馬。
まあ馬車の装飾が見るからに華やかだったしなぁ……。飾る側も立場があるのだろうが、山賊からすれば良い収入源だ。乗っている人も少なそうだったし、襲撃もお手頃にできる。
「助けるんですか?」
停車して慌て惑う商人たちの一人に尋ねる。
中世ヨーロッパの紳士諸君は、先に入室させた女性が刺されたらどうしたのだろう。心血を注いで助けたのか、自分だけでも助かるべく尻尾を巻いて逃げ出したのか。
「馬鹿言っちゃいけない! この荷物は俺達の命以上に大切なんだ。幸い、向こうとまだ距離があるし、引き返して別の道を行くさ」
そう言って馬車の向きを反転させていく。
平和村、もといエルフの集落出身としては冷たくも思えるが、ごくごく妥当な選択である。
商隊というだけあって護衛も装備もあるらしいが、ぱっと見て護衛くんたちが特別腕が立つようには思えないし、危険に立ち向かうと言うよりかは危険を避ける方が無難な選択である。遠目で見て、賊は20人はいる。せっかく餌に群がってくれているというのに、そこに突っ込んでいくのは馬鹿のすることなのだろう。
が。
「あの馬車、お姫様が乗ってるんですよね? 見殺しにして問題とかは起きないのでしょうか」
「ああ、そりゃ
「……そういうもの、なんですね」
世知辛ぇ。世知辛ぇよ外の世界……と思ったが、冷静に考えればエルフの村だって
身内はともかく、それ以外を守る義理はない。そういった思考のほうが、下手な博愛精神よりかは普通なのだ。
アイリスやクロさんも淡々としている。であれば、動揺してしまっている僕が常識知らずなのだろう。
乗せてもらっている手前、商隊の人達に逆らうつもりはない。ただちょっと、もやつくだけで。
沈み込んで荷台の片隅に縮こまる僕を、一つの影が覆った。
「……御子様のなさりたいようにされるのがよろしいかと」
「……」
どこまでも甘やかしてくる乳母である。
オマケに長い付き合いのせいで僕の顔色を読むのが上手く、すぐこうやって背中を突っつく。
チラッ、チラッとフードの隙間からアイリスの表情を伺い、「いいの? やっちゃっていいの?」と期待を込めた眼差しを送る。
イケメンとも言える乳母の端正な顔は、雄弁に語っていた。
──どうぞ、望みとあらば、やっちゃってください。
よしいくぞう。
「馬鹿。大人しくしていろ!」
「うにゃっ」
クロさんに怒られた。解せぬ。
「何をしようとしているかは分かるが、魔法を使って目立てば顔を隠している意味が無くなる」
「そもそもこんなんで隠せてるわけないじゃないですか! 今更ですよ!」
「いいんだよ、それで。こっちが隠していれば、人間はわざわざ探ってこない。分かっていても、だ。──暗黙の了解というやつだよ。逆に、こっちが隠さないのであれば、人間だって俺達にそれなりの扱いをしないといけなくなる」
「…………へぁ?」
間抜けな声を漏らしながらクロさんの言葉を咀嚼する。
つまりは、ポーズが大事なのだと。
ついこの間キセノさんに絡まれるまで、フードで隠せているものかと思ってただなんて言えない。
クロさんの言う「それなりの扱い」というのがどのようなものかは分からないが、察するに国賓として見られるようになるのだと思う。少なくとも、扱いが下がるか上がるかで言えば上がる。人間はエルフと争っている暇などないのだから(仲間内で賊なんてものが生まれてしまってはいるが)。
「──でも、あそこで襲われているのは軍事国家のお姫様らしいですよ。下手をして、死んでしまえば国が荒れます。それはクロさんだって本意ではないでしょう?」
国が荒れて、治安が悪化すれば僕達の行動にだって差し障る。
この間まで街に滞在していたのだって、その安全性を確かめるためなのだから。
「……やるなら、一番地味にやってくれ」
諦めたようにGoサインが出された。おーけーおーけー、地味ね。クラスの隅っこで地味に過ごすのは得意だったから余裕ですわ(お嬢様口調)
要するに、魔法を使ったと周りに伝わらなければ良いのだ。
かっこつけて手元から火球をばーん! とかやんなければ問題ないだろう。そもそも、魔法と言っても何もないとこからそんなもん放てないのだが。
「どうぞ」
「ありがとう」
アイリスが荷物から取り出した折り畳み式の弓を受け取る。
90メートルくらいだから、ちょっと遠めの遠的か。
「
一本の矢を放ち、そっと空気の総称を呼ぶ。
矢が大地を砕くようになるなんてことはない。
賊のまとめ役か交渉役だろうか。堂々とした振る舞いの悪人面が貴族様の馬車へ近付いたとき、ちょうど彼の騎乗する馬の尻に矢が刺さった。ヒヒンと一鳴き。ごめんよ馬さん。
「
次に呼んだのは大地の総称。少し距離があるので心配だったが、僕の「声」は無事届いたらしい。
交渉役が突然馬から振り落とされ、驚きに固まった山賊達の足場
馬車だけが残された断崖に満足しながら、僕は商人たちに声をかける。
「おや、運悪く……というより運良く、賊の足場が崩落してしまったようですね。今なら貴族様を助けられそうですよ」
地味かつ平和的解決である。
「まさか、森人の方々に助けられるとは。感謝してもしきれません」
「は、はは……」
馬車から姿を現した綺麗な女性から謝辞を述べられ、僕は引きつった笑みを浮かべる。
馬鹿だった。
どうしようもない馬鹿であった。
断崖絶壁に取り残された馬車を救出するには、もう一度足場を元に戻す必要があった。
その上、不自然な崩落の仕方をしているものだから、
まあでも、そのおかげで美女の命を一つ救ったと思えば……。
「ソートエヴィアーカの君主ムリウミスが娘、コルキスと申します。以後お見知りおきを」
「当代奏巫女ノアイディ=サルビアの一人娘、ノアイディ=アンブレラです。王女様にお怪我がなかったこと、何よりに思います」
朗らかな笑顔で自己紹介をされれば受け答えるほかなかった。おにゃのこの笑顔は社会の財産。ごちそうさまです。
などと精神的な補給をしてホクホク顔でいたら、クロさんからジト目で睨まれた。いやほんとごめん。クロさんの胃を殺したいわけではないんだ。
一方、コルキスさん(お姫様だからコルキス様と呼ぶべきだろうか)は不思議そうな目で僕をじっと見つめていた。なお、流石に王族相手にフードを被りっぱは失礼すぎると思ったので、クロさんの胃を殴る行為とは理解しているものの顔を曝け出している。周囲からの視線が痛い。クロさんからの視線が一番痛い。ほんとごめん。
「随分と、我々の言葉が堪能なのですね……」
「いえ、恥ずかしながら学んでいる最中でして……ところどころ、古めかしい言い方になってしまっているでしょう?」
現代日本に、ほんの少しだけ現代語を知った平安人がいるみたいな感じだと思う。「マジマンジ」じゃなくて「げにまんじ」みたいな。違うか。違うな。
「賊の恐ろしさは身にしみて理解いたしました。商隊長と話して、我々もしばらくの間ご同行させていただこうと思います。……よろしければ、こちらの馬車にてもてなさせていただきたいのですが」
「……」
「アンブレラ様?」
「……っ、あ、えぇっと、連れの者がおりますので……」
チラリと横目で見れば、アイリスは瞑目して澄ましているものの(おそらく半分寝てる)、クロさんは険しい顔で何度も首を横に振っていた。
言いたいことは分かる。とにかく、人に関わるな、と。
そろそろ彼の胃が本格的に心配になってきていたので、ここは大人しく従いたいのだが……。
「駄目、でしょうか……?」
ンンッ……、タスケテ母様!!
不味い。おにゃのこに目を潤ませて頼み込まれると、非常に弱い。
チラリともう一度横目でクロさんを……うわぁ、あんなニッコリ笑顔浮かべるクロさん初めて見る……。断らなかったらどうなるか分かってるだろうな?という気持ちがよく伝わってくる。どうなるんだろう。正直分からんな。
が、断ったら断ったで、それはエルフが人間と仲良くしたくないアピールみたいなふうに受け取られてしまうんじゃないだろうか。有り体に言って、外交問題的な。外交してないけど。
「……連れの二人も同席してよろしいのであれば、是非」
「勿論、そのつもりでしたとも!」
無邪気に喜ぶ姫様。クロさんは仕方ないと言う表情を浮かべている。及第点はいただけたらしい。
とりあえずこれで、クロさんに上手いこと会話を捌いてもらって、あんまり深入りすぎないところでお別れできれば……。
馬車の中に通されてみれば、いつか漫画で見たリムジンのような内装でだだっ広い。ほぇーと思いながら勧められた席に座ると、真横に姫様が付いた。近くない?
ニコニコと笑顔を浮かべた美女がすぐ側で歓談してくれる。キャバクラかな? 行ったことないけど。
飲み物は何が良いかなどと会話を交わしてから、ふとひとつ思い出した。
「ああ、一つ尋ねてもいいでしょうか?」
「ええ。一つと言わず、何でも聞いてください♪」
お姫様なのに「〇〇ですわ〜!」とか言わない辺りは軍事国家の娘だからだろうか。所作の一つ一つは洗練されているものの、あくまで高潔さに留まり、決して高飛車や高慢さは感じさせない。
だからだろうか。先ほど感じたちょっとした疑問も気軽に投げかけようと思えた。本当に大したことない、些細な疑問である。
「コルキス様はそこらの山賊などより
ただちょっと、変な嘘をつくものだなぁと。