TS転生すればおっぱ……おにゃのこと戯れられるのでは?だからチート勇者、テメェはお呼びじゃねえんだよ! 作:Tena
「御子様、大丈夫です。いけますよ!」
「あーちゃんふぁいと〜」
後ろから投げかけられるのはありきたりなエール。まるで告白に緊張する少女を応援する友人達のようだ。
シュービル少年と仲良くなるためには、まずは良いファーストコンタクトを取ることが必要だ。そのためにいーちゃんが提案したのは、僕の「課題」の解決方法について相談してみるというものだった。
しかしこのエール、僕は分かってるからいいものの、シュービル君からすれば本当に告白の応援をしているようにしか見えないんじゃないだろうか。その証拠にほら、いま目の前で青い顔してガクガク震えている。
告白の時に取り巻きを連れる文化は本当にやめたほうがいいと思う。世の中にはそれだけ緊張に弱い人間がいるというのは分かるけど、告白という一対一のやり取りが、途端に多対一の脅迫に変わってしまう。まともな告白されたことないからよく分かんないけど。
「えっと……シュービル君、いま、大丈夫?」
「……ひゃ? あ、はっ、ひ、はい、あっ……えっと、はい」
だ、大丈夫じゃなさそう……。
「あ、あのね? 友達になりにきただけで、他の意図は……」
「はぅあっ、あっ、あの、ええ、はい……っ、す、すいませんっ、ちょ、ちょっと……うっぷ、ゥエ」
震える彼は、口を開こうとして唐突に顔をそらし、胃から出そうになるものを抑えるかのように口を覆った。
……が、間に合わなかったらしい。喉か胃か、数度人体からは中々出ないような音を鳴らしつつ涙目で嘔吐をこらえ、しかし耐えきれなかったのだろう、最後にはビチャビチャという誰にとっても不快なその音を立てながらモザイク必須なソレをぶち撒けた。
その時の場の冷え込みようと言ったら、想像するのも恐ろしいほどのものであった。吐き出してしまったシュービル君は勿論、気楽なノリでいたいーちゃんは混乱のあまり泣き出しそうだし、アイリスは最年長なこともあって取り乱してはいなかったけど、彼にどう接するべきか分からず気まずそうな様相である。
「……シュービル」
「ふっ、はっ、アぁ、ごめっ、ごめんなさ……こん、ヒッ、こんな、つもりじゃ」
「シュービル」
混乱とか、羞恥心とか、劣等感とか。
あるいは、ままならない現実のこととか、小さな失敗がまるで自分の人生すべてであるような心地とか。
それは、よく知っているものであったから。
にいろがよく恐れたもので、よく馴染みのあるものであったから。
今となっては些細なことも、この瞬間の彼にとっては世界で何よりも大切なものであると知っていたから。
友達になりたかったこととか、課題のアドバイスを欲しかったこととか、全部忘れて、そっと近付いて、柔らかく抱擁した。
「シュービル。息を吸って。ゆっくり、僕が背中を叩くリズムに合わせて、吸って……吐いて……、そう、上手だ」
こっそり癒やしの魔法も使いながら、トン、トンとゆっくり背中をさする。
勝手に抱きしめたけれども、流石に突き飛ばされるようなことはなかった。
彼の顔色は青色を通り越してもはや真っ白だ。話しかけられて、上手く受け答えできなくて、しまいには目の前で嘔吐だなんて、カッコつかないよな。僕が男の子で、女の子の前でそんなことしちゃったら本気で死にたくなる。
だから、僕は何も見てないよ。目を瞑って、薄く微笑みながらただ背中をさすっているだけ。なんにも見ていやしないから。
「ボクは、気が弱いんですって。姉によく言われました」
「お姉さんがいるんですね」
落ち着いたシュービルと僕達は、場所を変えることにした。僕らが食堂と呼ぶ、白妙の止り木におけるラウンジのような場所だ。
大抵の椅子や机は白い。こだわりすぎだろって思うほどに白い家具が多い。あとは食堂では飲み物などが無料で供給される。どこからお金が出てるんだろう。助かるけど。
ちなみに、一対多だと緊張するだろうとのことで、アイリスといーちゃんには少し席を離してもらっている。アイリスが固辞して立ち続けようとするのを、いーちゃんが必死に座らせようとしている。
「もう何年も会っていませんけどね。イフェイオンもボクも、ずっとここにいます。彼女は家族に愛されているから時折面会があるみたいだけど、ボクはこんなだから、しばらく家族には会っていません」
「シュービル君も、いーちゃんみたいに体質が?」
「い、いーちゃん? ……ああ。そうですね。あまり口に出すことでもないので、人にはあまり言っていませんけど」
「ここにはその治療のために?」
「……はい。でも、一生ここでもいいと思ってます。そっちの方が、気楽だ」
それは……一体どんな心境なんだろう。彼の体質が関係しているのか、はたまた先ほど言っていた通り家族仲が良くないことが原因か。
シュービルの顔を見つめながら会話する僕と対称的に、彼は顔を背け……というより、やや俯きながら言葉を発する。視線は全然合わないし、コミュニケーションが苦手だということを全身から発していた。まあ、目合わせて会話とか慣れないとできないよね。たまに目力すごく強い人いるし。
「貴女は、どうしてわざわざボクに話しかけたんですか」
「どうして? うーん……、仲良くなりたいから? でしょうか」
首を捻って受け答える。
正直、どうしてかを分かりやすく答えるのは難しい。昔の僕なら否定したことだろうし、今だって、明確な理由はなくて、なんとなく勿体ない気がしただけだ。まるで陽キャのような感性になっている。
シュービルも、僕の言葉に目を細め、胡散臭そうにこちらを眺めてから再び視線を外した。
「多分、ボクと仲良くなってもいいことないと思いますよ。どうせすぐ卒業するんでしょう?」
「そんなことはありませんよ。キミは素敵な人で、だから僕はキミに興味があります」
なんかGoogle翻訳みたいな言い方になったな……。
けれど、いーちゃんから話を聞く限り、彼が素敵な心を持った人だというのは分かる。
「どうせ誰にでも仲良くしたいって言ってるんだ。博愛主義なんて糞食らえじゃないですか」
「……そんな、こと」
誰とでも仲良くしたいだなんて思っていない。キミと友達になりたいのに、当のシュービルは丸っきり信じていないようであった。
けれども、彼の言葉にはよく共感できる部分もあって、どこか似ているような気さえした。
「……勿論、まだ、ほんの少しの会話しかしていません。これだけで仲良くなっただとか、人の好悪を決められると思うほど僕も思い込みやすいわけではないです。それでもきっと、僕はキミのことを気に入ると思っています。……そうですね、仲良くなる第一歩として、君付けをやめましょうか」
そう言って、ぐいと顔を近づける。
僕とキミは似ている。なら、それだけで僕はキミの味方になりたいと思える。
「シュービル。僕は、ちゃんとキミのことが好きになると思います」
下から覗き込むようにして彼の顔を見つめると、ようやく視線がぶつかった。
シュービルは唾を飲み込み、それからようやく目が合っていることに気付いたかのように赤くなった顔を逸らす。
「……もう我慢なりません!」
突如、アイリスが叫びながら立ち上がった。
その燃える眼差しは僕を捉えている。
「御子様。お風呂に行きましょう」
その意味を察するのにいくばくか。視線を下ろして、先ほど服についたシュービルのゲロを嗅いだ。
「……僕、臭いですか」
「……はい。申し訳ありません」
「ごめん……」
「臭いんですね……」
アイリスとシュービルが異なる理由で同時に謝る。
僕、ゲロ臭い服で決め台詞吐いてたのか……。
羞恥で赤く染まりそうになる顔を必死でポーカーフェイスに保ちながら、そっと席を立った。
「御子様」
「なんでしょう」
「あれでは確実に勘違いさせてしまいます」
「でも、あれくらい言わないと伝わらないでしょう!」
「……今回は意図的なのですね。それでも、勘違いさせてしまったら一体どうするのですか」
「いやぁまあ大丈夫でしょう。……大丈夫ですよね?」