TS転生すればおっぱ……おにゃのこと戯れられるのでは?だからチート勇者、テメェはお呼びじゃねえんだよ!   作:Tena

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違うんです!虐めてたとかわざと泣かせたとかそういうんじゃないんです!なぁリストカットってどういうことだってばよ!!

「……あの、もういいんじゃないでしょうか?」

 

 しっかりと体の水分を拭き取り、髪も風を操って乾かした後とはいえ、ジッとしていることに我慢できなくなって伺うような言葉が漏れた。

 風呂上がり、シュービルの吐瀉物を一身に受けた僕は、匂いが取れているかの確認をアイリスに取られていた。別に土砂降りの雨のように頭から浴びたわけではないのだからそんなこびりつくわけないのだが、乳母としては御子が品を削いでしまわないよう念入りにチェックしたいらしい。

 

 そも、先ほどからスンスンと鼻を鳴らして僕のうなじのあたりをチェックしているようだが、僕がゲロ……失礼、吐瀉物を浴びたのはお腹より下である。匂いが移ることは否定しないが、もう5分くらいは後頭部に顔を埋めていないか?

 背中に触れる柔らかな感触に、次第に立ったままウトウトし始める。……そういえば、吐瀉物の呼び方でゲロ派とゲボ派あるよね。なんなんだろう。擬音で言ったらオェとかウゥォエとかの方がいいと思うんだけど。

 ちなみに、髪など濡れたものを魔法で乾かすのは人間には一般的でないらしい。旅の道中でしていたらコルキス様にすごい微妙そうな顔をされました。魔力の無駄じゃない無駄遣いはエルフの嗜みです。

 

「もう少し……もう少し……」

 

 うわ言のように繰り返すアイリスに嘆息し、諦めて後ろの彼女に体重をかけるように脱力しながら満足するまで待つことにした。

 すると、ちょうどそこで脱衣所の戸を叩く音が聞こえる。

 

「森人さん……アンブレラさん、上がりましたか?」

「あぁ、先生」

 

 声からしてメガネさんだ。あの、ドリルさんと一緒に僕達をここまで引率した人もといクラムヴィーネ。ドリルさんは研究があるからと帰っていったけれど(あの人のネジの吹っ飛び具合で正しく帰途につけたかは分からん)、メガネさんはそのまま白妙の止り木で教師として僕らの面倒を見てくれている。

 おもむろに開かれた扉から、僕と僕の匂いを嗅いでいるアイリスを見たメガネさんは当然のように一瞬固まる。はたから見れば謎の状況だしね。何なら気を遣って扉を閉じるまである。

 やがてメガネさんに気が付いたアイリスは、停止している彼女にキョトンとしながら浅くお辞儀をして一歩下がる。メガネさんも慌てて(あるいは困惑して)お辞儀を返した。僕だったら混乱のあまり何かやらかすだろうから、アイリスのその図太さを見習いたい。

 

「えぇと、アンブレラさん。先生ではなくて、導師ですってば」

「うぁ、そうでした……『同志』でしたね。すいません、聞き慣れない言葉だとつい忘れてしまって」

 

 何もツッコまないんかいとは言わない。言えない。そっちの方が僕もありがたい。

 

 どのような文化の変遷かは計り知れないが、学園都市の辺りでは指導者のことを「同志」と呼ぶらしい。同志メガネである。ついシベリアに送られてしまいそうだ。この世界にシベリアがなくてよかったなメガネ!

 

「その、少々聞きたいことがあるんですが……」

 

 うぇっ、叱られるやつじゃん!? シュービル泣かせたのがバレた!?

 

 

 

 

 部屋を移動し、先生……同志クラムヴィーネの個室。

 生徒、子供たちは男女で分けられた大部屋だが、教師達はそれぞれ専用の部屋が存在する。

 僕達を座らせて向かいの席についたメガネさんは、ひどく慎重に、青酸ペロをカリッしたコナン君のごとく神妙な顔で口を開いた。

 

「さきほど、シュービル君と一緒にいたところを見たのですが」

「す、すいません! あれは虐めてたとかじゃなくて──」

「──いえ、事の経緯は伺っています。彼は人見知りですから。そうではなく、彼を落ち着かせていた時に使用していた術、あれは一体……」

 

 お、怒られないのか? 術っていうのは、癒やしの魔法のことだろうか?

 それを説明したら、クラムヴィーネはさらに困惑した顔をした。

 

「癒やし? 肉体機能の回復ということでしょうか? かなり簡易な手順で行われているようでしたが効果はどの程度まで? ……いえシュービル君からはさきほどの効果の程度は伺ったのですが、そうではなく別の種類の外傷などにはどのような効果があるのでしょうか。()階方陣級の魔法をあのようにできるのならば──いえ勿論森人の方々であるからこそ可能なものなのかもしれませんが、それでも可能であると判明すること自体かなり大きな発見となるでしょう。その術式が判明すればそれこそ使用者を問わず──」

「すとっぷ! 待って! 同志クラムヴィーネ、落ち着いて!」

「……失礼しました。申し訳ありません、私、一度頭が囚われてしまうと本当に戻ってこれなくて、いけないとは分かっているのですが……、あぁ、こうすればすぐ確認できましたね」

 

 興奮したように言葉をまくしたてるクラムヴィーネを止めると、今度はひどく落ち込んだように目を伏せて──そして、突如思いついたとばかりに、流しにあった果物ナイフを手首に添えてスライドさせた。

 

「は」

 

 僕だけでなく、普段はすまし顔でいるアイリスも、突然の自傷に目を見開いた。

 

「──な、に、やってるんですか」

 

 ほぼ反射であった。

 

 イメージするような血が吹き出すものとは違ったが、パックリと裂けた肌から鮮血が溢れ出す。

 その一滴が床に垂れるよりも前に、ナイフを弾き、クラムヴィーネの手を取って癒やしの魔法をかけていた。

 

「えぇ!? これほど、一瞬で!? 術の展開も見えませんでしたし、破壊と再構築による一般的な回復魔法とも異なりますね……これは一体? いえ、新しい術であることは予想できていましたし──」

「……ばかじゃないですか?」

 

 声が震えた。おそらく怒りではなかった。

 当の本人は喜色満面だというのに、僕は泣き出しそうなくらいの悲しみに囚われていた。いや、実際泣いていた。

 

「ばかじゃ、ないですか? なにかんがえてるんですか?」

「……え、えぇと? なにとは……?」

「は……?」

 

 駄目だった。突然のことで、頭が動かなくなっていることがよく分かった。

 何言ってるんだろうこの人と僕を見つめる彼女を、僕も、何言ってるんだろうと本気で見つめた。

 

「あ、アンブレラさん……? どうして、泣いて……?」

 

 どうして、笑ってるんですかと。

 本気で疑問に思ったとき、人は口に出して問うことすら叶わないのだと、このとき初めて知った。

 

 この世界に生まれてはじめて、許容できない文化の差異というものに直面した。

 


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