TS転生すればおっぱ……おにゃのこと戯れられるのでは?だからチート勇者、テメェはお呼びじゃねえんだよ! 作:Tena
注いだ。注いだ。
注いで注いで、溶かして溶かして、この小さな身体に余す処なくそれを注いで、満ちた、と理解したときに感じたのは、気の充満する全能感や途方もない力を抱えたときの抑え難さなどではなく、ひとつの疑問であった。
──なぜ、この身一つに封じきれるなどと思ったのか。
奏巫女として血と魔力の厳選が行われ、加えて、世界の理から外れた存在に師事し続けてきた魔力量の拡張。
なるほど、よほど無理のある使い方をしなければ枯渇することもなくなった。かつては一度癒せば抗いようのない睡魔に襲われていたことを思えば、この世界の人々と比べてほとんど底無しとも言える量であろう。
それ故に、人並みから外れた。
誰もができることができなくなった。
遠のく意識は、或いは限界を超えて壊れそうになった
夢を見ていた。
このところ何度か見ていた恐ろしいものでなく、自分の体の感覚が曖昧で、場面の転換も脈絡がない、まさに夢らしい夢。
あるときは獣として林を駆け抜け、一度瞬きをすれば翼を生やして大空を舞っていた。
風切り音は激しさを増したかと思えば水流の割れる音となり、尾ビレを動かし流されまいと上流を目指す。
獲物を狙う狩人でありながら、同時に狩人に狙われる獲物でもあった。
僕は僕を見つめ、僕は僕から逃げて僕を追った。
大地を蹴り飛ばした足は少年の白くスラリとしたそれに変わり、僕は小遣いを握って広場の屋台を目指した。
知らない街であった。
知らない人間の顔が凝視できるほど事細かに見分けられた。
夢だというのに、そこは思い出のどこにも存在せず、出会う人々は見知らぬ人しかいなかった。それ故、夢にしては夢らしくない。
薄まりつつある前世の記憶を疑っても、それにしては建造物が現代的ではなかった。
熱心に何事かを語らう者達を見た。
手元の羊皮紙のようなものには何やら難解そうな文字列が記されている。
僕は必死になってそれを説明する。怒りに心を震わす。理解されない。鼻で笑われた。笑ったのも僕だ。
暗い道を進んだ。その幅の割に何も置かれていない冷たい通路であった。
目の前には扉があった。見上げるほどに大きいようで、愛玩動物の出入りする小さな戸口のようにも見えた。
その部屋の主は、暗闇の中輝く瞳で僕を見つめていた。
紛うことなく、僕を。
「──お主、夢を見ているな」
夢を見ていた。
まさに夢らしい夢であった。
初めて聞く声に、どこか懐かしさを覚えてしまう。
そんな、記憶と願望と幻想の紡ぐ夢。
「斯様な場所まで迷い込んでしまったのだろう。己を失っていやしないか。早く帰ったほうがよい」
帰る。どこに。
失った己とは。僕は。
僕は、誰だったか。
「あの子に案内をさせよう。なに、次会うときに返してもらうから、気にすることはない」
みゃおぅと隣で鳴き声。
夢が終わるのだと気が付いた。
瞬き。もう一度、瞬き。もひとつオマケに、瞬き。
どうやら寝かされているらしく、体全体が凝っているような気分だったのでその場で小さく体を伸ばす。
眠気は、ない。そう。気絶していた。多分、魔力を溜めすぎたかなんかで、バグった。
痛みもない。状況もだいたい把握できてきた。ここはあれだ、白妙の止り木の医務室。
よし、頭も動く。問題なさそうだ。
──みゃおぅ。隣で鳴き声。
虚を衝かれて弾けるように視線を向けると、雪のように真っ白な猫がいた。
初めて見る子だ。けれどその毛並みは、白妙という言葉がよく似合う。
「……あれ。でもキミ、黒色じゃなかった?」
「みゃぅ」
「……僕、何言ってるんだろうね。キミとは初対面じゃないか。でも、本当に綺麗な白色だ」
手を伸ばして頭を撫でようとして、やめた。
人に慣れていそうだし平気だったかもしれないけれど、一応は初対面なのだ。
手のひらを上にして、白猫の前にそっと差し出した。
フンス、フンスと確かめるように匂いを嗅ぎ、やがて満足したのか顔を手の上に載せた。こうなれば互いの自己紹介は終わり、戯れの時間である。
「みゃぁご」
「うなぁ」
「フンス」
「にゃーん」
なるほどね。増税で魚の徴収が大変と。まぁ、御上ってのは僕らの都合なんて考えてくれないものさ。
僕の胸のあたりを白猫がてしてしと肉球で叩き、お腹の上を歩き回る。少しくすぐったい。
「キミは、どこの子なんだい?」
「みゃお」
当然、エルフだろうが奏巫女だろうが猫の言葉は分からない。
問いかけに猫は淡白に答え、僕の首元に顔をグリグリと擦り付けてから唇をペロリと舐めた。
「おお……。ふふ、これでも僕だって美少女ぼでぃなんだよ? こんなに易易と唇を奪われるとは、痛い目に遭わせないと分からないのかな」
「うみゃ…うみゃぁ!」
「ふふ、ほりゃ。どうだ、もう一回!」
プレイボーイ(ガールかも)をしっかり抱きしめて、二度三度と口付けした。これで僕のほうが唇を奪った回数が多い。僕の勝ちである。
喧嘩を売る相手を間違えたね。僕がこの世界に来てから何人のおにゃのこの唇を奪ったと思っているのか。
負け惜しみか、白猫は不満げに僕の鼻のあたりを何度もてしてし叩く。肉球で鼻叩かれるとかもはやご褒美なんだよなぁ。
「……さて、なにはともあれ先生かアイリスにでも無事を伝えないと」
今はたまたま誰もいなかったが、ほとんど倒れるように気絶したはずだ。特にアイリスには心配をかけただろうし、時計を見る限り2時間ほどしか経っていないけれど報告はしたほうがいい。
と、視線を上げると、医務室の扉からおっぱいが覗いていた。間違えた。アイリスが覗いていた。でも同じくらいおっぱいも飛び出ている。
……ふぅ。
「……あの、アイリス」
「あ、お気になさらず。どうぞ続けて下さい」
「いや、あの…………いつから? ……あと鼻血出てますよ。治すのでこちらに来てください」
……スゥーー。
平静を保っている。いや、保っているつもりだ。
でもきっと、アイリスから見た僕は耳まで真っ赤なことだろう。
恥ずか死ぬ。誰か。ヘルプミ。
なぜ、かつて同級生のカップルに猫と話してるとこを見られた、男一人でにゃんにゃん言ってるとこを見られたあの経験を活かせなかったのだろう。
いや、まぁ、アイリスに対してはいまさら威厳もクソもないかもしれないけれど。
それでも、恥ずかしいものは恥ずかしい。
慣れた手付きで鼻を拭ったアイリスは、僕の方へ歩み寄り、そして突如ぎゅうと抱きしめた。
「御子様、気を失われてからどれほど眠っていらっしゃったか、ご存知ですか」
「え、えぇと、2時間ほどですよね?」
「……丸2日です。ご無事で、本当に良かった……」
「へ……?」
まる、ふつか?
呆けたような僕の声と腹の虫が鳴るのは同時であった。