TS転生すればおっぱ……おにゃのこと戯れられるのでは?だからチート勇者、テメェはお呼びじゃねえんだよ!   作:Tena

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なんで夢の中って本番えっちできないの?…童貞だから?なんでそんな残酷なこと言うの!童貞には夢さえ許されないってか!……待てよ、つまり夢の中で本番までいけたら童貞じゃないってことに…?よぉし、頑張るぞ!

「夢を見ていました」

「……いつもの、悪夢でしょうか?」

「いえ、もっと雑然とした……あれ、どんな夢だったかな」

 

 猫やおにゃのことの接吻を経て、目は冴えたものの、未だ思考はぼんやりとしているようだ。

 夢も夢、まさに夢らしく、思い出そうとしても中々内容が出てこない。むしろ思い出そうとすればするほど忘れていくもので、誰かの声を聞いたような気もするけれど単語一つすら淡く彼方に溶けてしまった。

 

「空を飛びましたね。確か。翼で風を切る感覚は、何となく良いものだったと覚えています」

「えぇと……、御子様、たしか飛べましたよね?」

「あれは空気に運んでもらってるだけですよ。水に流される感覚に近いです。翼で飛ぶのは、もっと……」

 

 ──あれ。

 

 どうして僕は翼の感覚を知っているのだろう。想像ではなく、確かな実感として。

 僕の想像力が飛び抜けているなんてことはないはずだ。それだったら、かつておっぱいに触れたことすらなかった頃に見たえっちな夢で、ちゃんと本番まで行ってたと思う。いやあれは夢がおかしいのか。夢の中でくらい童貞に夢を見せろ。えっちさせろ。

 

 胡蝶之夢、という言葉が頭をよぎる。

 まさに僕は、夢の中で翼を抱えて生きていた。

 それこそ、今や薄れつつある前世の記憶のように。

 

 両親の声はどのようなものだったか。

 あるいは。

 あるいは、前世という記憶こそ胡蝶之夢であるのでは──

 

「みゃおぅ」

「ひぅっ……!?」

 

 ザラリとした舌が耳元をなぞった。

 腰まで電流のような刺激が駆け抜ける。

 

 耳は……、耳はあかんのや。弱いんよ。あかんて。

 ジロリと睨んでも、もちろん白猫は意に介さない。僕何かやっちゃいましたかという顔でこちらを眺めては毛繕いをする。

 

 まあ、そうですよね。

 前世が夢だったなら、赤子の僕が自我を持つことなんてなかった。そうして大切な人に出会って、愛されることの恐ろしさと幸せを教えられた。

 前世の自分(ニイロ)がいて、今の(レイン)に繋がっている。

 夢じゃなくて現実で、故に世知辛いことばかりだ。

 

「……ふふ」

「どうかなさいましたか?」

「いえ、特には。……世の中は面倒で、やらなければいけないことばかりで、残された時間も少ないというのに楽しみなことが多すぎる、と」

 

 ちっとも笑えないのだが、辛さを受け入れている自分が可笑しくて顔を綻ばせた。

 体にかけられていた毛布をめくり、アイリスを誘う。

 

「大変な世の中です。なら、折角の機会ですし、今だけはもう少し休みませんか」

「二日も気絶していたんですよ? 教師の方に診てもらわなければ」

「そんなこと言う割には、もうベッドに潜り込んでいるではないですか」

「主の命令には逆らえないものです」

「僕、別に主じゃないですってば」

 

 クスクスと笑いながら二人で寝転がる。猫も寝転がる。にゃーん。

 元々僕の体温で毛布は温まってる上に、一人と一匹の体温でさらに暖かい。

 豊満な胸に顔を埋めれば、再び意識が蕩けるのに時間はかからなかった。

 

「…………残された、時間?」

 

 だから、はたと気付いたかのように溢れたその言葉が僕の耳に届くことはなかった。

 

 

 

 


 

 

 

 

「で、二人で夜まで寝てたんだ? ふーん?」

 

 気絶しておいてダラダラ寝ていた僕に一番怒ったのが、いーちゃんことイフェイオンである。

 クラムヴィーネ始め、教師陣の大人達は割と優しかった。体に異常がないかだけ確認を取られて、あとはまた明日以降話そうとのこと。

 シュービルとはまだ仲良くなれていないから、ちらりと一度顔を見たきりどこかに行ってしまった。けれど医務室のベッドに飾られていた花瓶は彼が置いていったものらしい。優しい子である。

 

 アイリスに助けを求めるように視線を向けると、眉を八の字にして断るかのように首を横に振られた。

 

「イフェイオン様は、御子様が倒れられたと聞いて大変心配なさっていましたから……」

「そう、なんですか? その、ありがとうございます。それとごめんなさい」

「別に……」

 

 拗ねたようにそっぽを向きながら、いーちゃんは口をまごつかせた。

 しばらく黙ったのち、こちらをチラリと見て、もう一度目を逸らして、俯き加減に僕の服の裾を掴んだ。

 

「……もう、平気なの?」

「まあ、はい。体に悪いところはありませんし、元気ですよ」

「まあってなに」

「あ、うぅ、えっと、気絶した原因が『課題』をどうにかしようとしたことで、結局解決しなかったなぁと」

 

 裾を掴んでいた手が、今度は首の横に添えられた。脈を、命を確かめるかのように。

 けれど、そんなことをしても何も確かめられなかっただろう──彼女の手は、鼓動なんかよりもずっと強く、小刻みに震えていた。

 

「本当に、元気なの?」

「えぇ、元気です! 何なら宙返りでもしてみせましょうか? むしろいーちゃんの方が元気なくて、つられて落ち込んでしまいそうです」

「元気ならいいんだけど……」

 

 一日中走り回っているような活発な子ではないけれど、天真爛漫という言葉が似合うほどに無邪気な彼女がこうも落ち込んでいると結構堪える。

 普段は見せないしおらしい表情にドキリとしながらも、申し訳無さで胸が一杯になった。

 

「その……、どうしたら許してくれますか?」

「え? うーん、……ひひ、じゃあ今日一緒に寝てくれたら許してあげる」

「それは、もちろん」

 

 コクリと頷くと、ようやく笑顔を見せたいーちゃんは「約束だよ!」と言ってどこかへ走り去っていった。シュービルのところだろうか。

 アイリスを見上げると、よかったですねとでも言いたげに微笑んでおり、お互い顔を見合わせて苦笑した。

 何にせよ、少女には無邪気な笑顔が似合うものだ。

 

「少し、よろしいかな」

 

 いーちゃんがいなくなって少々。入れ替わるようにして現れたのは、白妙の止り木の院長であった。

 

 

 

 


 

 

 

 

 院長は穏やかな人である。白髪の混じったちょび髭が、どこか優雅さを演出する。

名をプローセスといい、教師というよりかは白妙の止り木のまとめ役を担っている。

 要するに監督役であり、教師と呼ぶのは憚られるから院長と呼ぶ。一応教師役として立つこともあるけれど、主な授業はクラムヴィーネともう一人の合わせて二人が担う。

 

「あの子は、あの年にしてはあまりに別れを経験しすぎていてね」

 

 当然ここで働く期間も一番長いわけで、プローセスさんはいーちゃんをよく知っているそうだ。

 

 いーちゃんもシュービルも、白妙の止り木にいる子供達は何かしらの病を抱えている。

 僕達のような特殊な例でない限り、それは一朝一夕で治るようなものではない。

 

 そして、少し考えてみれば分かることだった。

 

 彼らはずっと二人でここにいるのか。

 そんなわけがなかった。彼らだけが、今も()()()いるのだ。

 

「生きている人よりも、そうでない人の方が、そうでなくなる人の方がずっと身近……それがここの子供達さ。私達に根本的な治療はできない──できるなら、ここではなく研究所にいるだろうからね。私にできることは、本当に少ないものだ」

 

 半ば懺悔のようにプローセスさんが語る。

 

「イフェイオンは良い子でしょう」

「そう、ですね。けれど、同志プローセス、貴方が仰ったような環境なら、どうして」

「それが彼女の強さなのだよ」

 

 強さ。人としての強さ。僕が持たないもの。

 でも、すんなりと理解できた。彼女は強い「人」だ。

 

「けれどそれでも、取り戻せない別れというものには人一倍敏感で、何よりも恐れる。……アンブレラ君、どうか、絶えない繋がりというものを彼女に教えてやってください。あの子の美しさは、今のままでは脆すぎる」

 

 強い意志の籠もった瞳だ。

 言われるまでもないと、僕は頷きの強さで返した。

 

「……ところで、実は『導師』を後ろに付け、プローセス導師と呼ぶのが表現として正しいのですが、ご存知だったかな」

 

 え、そうなのか。

 同志を後ろに付けるのってなんか不自然じゃない? スターリン同志とか呼びたく……うぅん、まあ、慣れれば別にいいのか? そんな気にならないかも。

 

「はっはっはっ。いえ、まず森人の方がこれほど我々の言葉遣いに馴染まれているのが驚きなのですがな。意味は通じるだろうから気にするほどのことでもない。人によってはソートエヴィアーカのようだと怒ることもあるかもしれないが、まあほとんどの人は気にするまい」

「いえ、勉強になります。同志プロ……ではなく、プローセス同志」

「いやいや。……アンブレラ君、イフェイオンをお願いします」

 

 それから軽く、僕が取り組んでいる課題の話なんかをしてお開きとなった。

 

 その夜アイリスといーちゃんに挟まれながら寝た僕は、強くて美しいけれど同じくらい儚い少女を前に、親愛の情から来る口吻の欲求を必死に堪えながら眠った。

 いーちゃんは僕の胸に強く顔を埋めた。まるで、心臓の拍動を確かめるかの如く。

 胸が押しつぶされて変形する感覚は少し苦しかったけれど、嫌とは思わなかった。心臓が2つあれば、片方を彼女にあげたのにとさえ思った。

 

 白猫が僅かな首の隙間を埋めるように潜り込み、身じろぎ一つできない状態となった。

 なぜだか、猪に囲まれて眠ったあの日を思い出した。

 


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