TS転生すればおっぱ……おにゃのこと戯れられるのでは?だからチート勇者、テメェはお呼びじゃねえんだよ! 作:Tena
「猫はどこへ行ったんでしょう?」
「そういえば、今日は見てないね」
猫とは自由気ままな生き物である。
気分屋で感情的で、そのくせその愛らしさ故に大抵のことは何をしても許されてしまう愛玩動物。この頃は朝起きるたびに僕の腹の上に寝ていることがしばしばあったが、あまり怒る気にもなれない。
そんな、いつの間にか白妙の止り木に住み着いた白猫であったが、今日のところは尻尾の先も見えやしない。まぁ述べたとおり気ままな生き物なので、どこを散歩していてもおかしくはないけれど。
ちなみに、名前が分からないから白猫とそのまま呼んでいる。ないのでなく、分からない。説明しがたい感覚だが、名前は持っている、そんな気がする。
まあ猫の話はさておき。
白妙の止り木を囲うようにそびえる塀を木を伝って乗り越え、敷地の外に飛び降りた。害獣除け目的の塀だろうから、50メートルの高さがあるとか鉄線が張り巡らされてるとかそんなこともなく。
いーちゃんは運動が特別得意というわけでもないので、アイリスが抱えて運んだ。小柄な少女とはいえ、人ひとり抱えたまま安定感を崩さず塀を越えたのは違和感さえ覚える。どうやったのか問うと「乳母ですから」とすっとぼけた顔をしていた。よくわかんないけど納得しよう。
「あんな高いところもぽんぽんって飛び越えちゃって、あーちゃんってほんとに猫さんみたいだよね!」
「いいえ、タチもいけますよ」
「ん?」
「……お気になさらず」
あっぶね。口が滑った。凄い優しい微笑み顔でとんでもないこと口走りかけた。
でも、純粋無垢な子の前でアウトなワード言うのゾクゾクする。言葉の意味がわからなくて疑問符浮かべてる顔可愛い。いかん、これ以上変な扉を開かないようにしないと。
アイリスの腕から降りたいーちゃんは、普段出ることのない塀の外という環境だからか、目を輝かせて辺りを見回した。森の中だから景色なんて木々しかないけれど、長年白妙の止り木で暮らす彼女は施設内の景色を家の間取りのように覚えてしまっていて、それと異なるものというだけで十分物珍しいらしい。早急に病気が治ってほしい。僕の癒やしの魔法では体質的な問題は治すことができないし。
放っておくと森の奥へひとり突き進んでしまいそうないーちゃんと、迷子になってしまわないよう結局手を繋いで歩くこととなり、ひとり寂しそうなアイリスの表情に、紆余曲折を経てアイリスを挟むように三人で手を繋いで歩き出した。
両手に美少女。中央が成人男性だったら通報モノだが、アイリスとて顔面偏差値が突き抜けた美女であるため、若奥さんと娘、あるいは姉妹のように見えることだろう。
口数が少なく心情を図りづらいアイリスだが、その表情にはよく表れる。僕らの手を引きながらも上がる口角を隠しきれていない彼女の姿。アイリスはひょっとしてロリコンの素養があるのではないだろうか。レインは訝しんだ。
「あーちゃんあーちゃん! きのこ! きのこがいっぱい!!」
「危ないから食べちゃダメですよ」
「食べないよ!? あれ、すごい子供扱いされてる!?」
キノコの群生地。赤や黄、紫など色とりどりの花畑。珍しい模様の野鳥。
これだけ豊かな自然の中だけあって、少し歩くだけでも飽きずに楽しませてくれる。惜しむらくは、今の僕に、その
それはもう、きっと、外の世界にいる限り仕方ないと割り切らなければいけないこと。
……あれ、あのキノコ、媚薬の材料になるやつじゃん。
「あーちゃんー? 食べないんじゃなかったのぉ?」
「い、いえ。これは、えっと、その、上手く使えば薬になるのです。採取だけしておこうかと……」
「ほえー」
「そうなのですか?」
いーちゃんにからかうような声音で話しかけられ、しどろもどろと説明をする。嘘はついてない。嘘は(目逸らし)
アイリスが知らないのも無理ないだろう。『書庫』の、それも結構ニッチな知識だ。母様と楽しく蜜月を過ごすことばかり考えていたから、それ関連の書籍にそれなりに目を通したのだ。
「ひゃんっ!?」
いそいそとキノコの採集に性を……間違えた、精を出していると、思い切りお尻を小突かれておにゃのこみたいな声が出た。
すわ野生の痴漢(生息地:森)かと身構え振り向けば、黒い塊……子熊である。
なんだ熊か……。
「クマー!?」
地雷である。親熊が出てきて殺されるやつである。
慌てて辺りを見渡し、いーちゃんとアイリスの安全を確認して、もう一度子熊の方を見れば、その後ろに黒い巨体が立っていた。
わぁ、お母さんだぁ(ヤケクソ)
「……」
「……あ、あーちゃん」
誰もが動きを止める。急に動き出すよりかは相手を刺激しないからマシだろう。
いーちゃんが僕の名を呼ぶけれど、母熊から目を離せないから反応してやれない。
ぺこり。
母熊がお辞儀(?)した。ドーモ、アンブレラ=サンとばかりに。
反応せざるを得なかった。日本人の本能が、お辞儀にはお辞儀で返してしまった。
殺気もなく、母熊はおもむろにこちらへ近づき、子熊の首根っこを咥えて引き返していった。
「……ゆ、許された?」
力が抜けて、その場にへたり込む。
勝てる負ける云々の話ではなく。
いーちゃんやアイリスという守らなければいけない人がいる状況で、あの巨体を前にするという状況そのものが恐怖体験であった。
いや、身体強化を少しかければ、他の魔法すら必要とせず勝てたのかもしれない。
少なくとも、あの場を切り抜けるだけの力はあった。でも。
でも……、やっぱ、野生怖ぇ……。ナマの熊怖ぇ……。
「──あ」
マザーカムバックなーう(投げやり)
先程子供を咥えて引き返していった母熊は、子熊を茂みの方へ放り投げ、子熊はボールのようにコロコロと転がり、母熊だけこちらに戻ってきた。
転がってる子熊可愛い(思考停止)
相変わらず殺気も敵意もなくこちらに近づいてくる母熊に、まさかこちらから何か仕掛けるわけにもいかず、呆けて眺めていることしかできなかった。
今度は、母熊は、僕の首根っこ(襟)を咥えた。
「はぇ」
はぇ?
「あーちゃぁああん!?」
「御子様ァァアアアアア!?」
まさか熊に拉致られるとは思わないじゃん?
子熊がトコトコと歩く横を母熊に運搬されること半刻ほど。
必死に追いすがりながら熊相手に人質交渉をするいーちゃんとアイリスを傍目に、開いた口も塞がらぬまま、僕はどこへ連れてかれているのだろうと思案していた。
「熊さん熊さん、あーちゃんじゃなくて私にしておこう? 私のほうがあーちゃんより美味し……くは、ない……かも。おっぱいちっちゃいし……可愛くないし……。……あれ、あーちゃんの方が美味しい……? 美味しくないかもだけど、私なら……でも、熊さんも美味しくないのは食べたくないよね……。駄目だぁ。あーちゃん、ごめん……」
「いやそこは粘るところじゃありませんか?」
諦めるの早すぎて草。僕は餌一号の才能があるらしいです。
でもいーちゃん、それは違うよ。おにゃのこの美味しさっておっぱいの大きさだけじゃないよ。確かに母様の遺伝子を受け継いでる僕は世界で母様の次に可愛いかもしれないけれど、僕はいーちゃんの薄っすらとした躯体にこそ趣があると思うし何なら今夜食べたいよ。
「熊様熊様。
「いや怖いですよ。というか二人とも僕が食べられること諦めないでくださいよ」
アイリスは最終的に心中を願い出す。誰も僕を救う気がない。食べられるのは既定路線らしいです。
……というか、母熊の雰囲気からしてマルカジリされることはないと思うんだけど、なんでこの二人こんなに僕のこと食べさせようとしてるの? もしかして嫌われてる? おにゃのこが食べられてる姿に興奮する性癖? ヤベー奴しかおらん。
「にゃっぷ」
二人の説得が通じたのか、はたまた運ぶことに疲れたのか、ついに母熊は僕を地面へと下ろした。
「えぇと……食べないの?」
「えぇ、食べなさそうですね。……というかなんで少し残念そうなんですか?」
「そ、そんなことないよ!?」
殺意が強すぎる。
熊のことに思い当たる節があった僕は、再度鼻をぶつけてじゃれついてくる子熊を撫でながら、一度溜息をついてから説明した。
「昔から……ですが、僕はどうも森の生き物に好かれやすい体質のようです。襲われたことがないわけではありませんが、基本的に皆さん友好的に近づいてきてくれます」
歌を歌えば小鳥が集まってくる(を通り越して群がってくる)し、いつぞやの夜は猪に囲まれて一夜を過ごした。
おそらくは発している魔力が良質だからとかそんな理由なんだろうけれど、まあ、嫌われる体質よりはマシな話だ。
子熊を撫でて戯れていると、私も撫でてとばかりに母熊が寄ってくる。
撫でるけど、待って、あんま寄られると、この体格差は……潰れるから! ぐえ。
「あぁでも、道が少し分からなくなってしまいましたね……」
母熊に運ばれた分、元がどこから来たのかが怪しくなってきた。
最悪は飛べばいいけど、……ん。うん? なんだ? なんか……。
この場所、知ってる。
「……あの、すいません、こっち、行ってみましょう」
「うん? いいよー」
「それでははぐれないよう手を繋ぎましょう」
熊たちとお別れをして歩き出す。
知っているはずがないのに、知っている。
夢の中で見た光景だ。
もう少し視点が低かったから、身を屈めて。
……うん、知っている。
「……こっち」
「あーちゃん……?」
この木を曲がると、うん、橋のようにアーチ状にかかった倒木があって、大きく垂れた蔓があって……。
湧き水。赤と白のキノコ。人の顔みたいな木のうろ。
そんなにまだ近くはないけれど、多分、この方角に──
「──あーちゃん、待って!」
夢見心地で勝手に進んでいた足が止まった。
意識がクリアになる。同時に、先程まで脳裏にあった記憶のような情景は遠くへいってしまう。
いーちゃんは僕を呼び止め、ある茂みの奥に目線を向けていた。
「子供?」
まず、肌色が目について、人だと理解した。
いくつかの傷と共に、気絶したように倒れる男の子がそこにいた。