TS転生すればおっぱ……おにゃのこと戯れられるのでは?だからチート勇者、テメェはお呼びじゃねえんだよ! 作:Tena
「見失ってしまったでしょうか」
「ひあぁ……久しぶりにこんな歩いたぁ……」
なんだかんだフィジカルの強い僕やアイリスと違い、いーちゃんはほとんどの時間を白妙の止り木で静かに過ごしてきたわけだから、森の中を歩くにもかなりの体力を消耗する。
帰りもあるし、あまり疲れてしまってはよくないから無理のないペースで追っていたが、この辺りの土地に慣れているのであろうあの少年からは引き離されてしまった。途中までは音や足跡を辿ったけれど、熟練の狩人でもあるまいし限界があった。
とは言ってもあまり焦ってはいない。彼を追って歩くうちに、獣道らしきものに合流したからだ。おそらくはこの辺りに人が生活しているのだろう。
「本当に人がいそうなふいんきになってきたね。あーちゃんは正夢を見る才能があるってことだ!」
「いやぁなんというか……無駄足にならなそうで良かったです」
「もし何もなかったとしても、私は楽しかったよー」
どこか絶対の自信があったあの夢だが、客観的に考えればただの妄想でしかなく、「まさか本当にあるとは」という言葉ばかり出てくる。
道中の新鮮な景色にいーちゃんは楽しそうにしていたけれど、アイリスも含め、僕の思いつきでこんな場所まで連れてきて何もなかったら申し訳がない。
獣道を進むうちに木々の隙間からのぞいたのは、やはり記憶通り、木造の大きな建築物だった。
たとえるなら田舎にある木造の小学校だろうか。ひぐらしのなく頃にとかに出てくるような。横に広いのがひと目で分かって、しかし所々古さが目立ってきている。夜に訪れたら肝試しができてしまいそうだ。
遠くの方で人の声がして、建物のどこかに誰かしらがいることが分かる。
「……どうされますか?」
アイリスがそっと声をかけてきた。
どうするか、つまり、行くか帰るか。
元々、廃墟が存在するのであれば探検でもして、ほどほどの時間に帰るつもりであった。
予想外なのは明らかに複数の人が建物内にいることであった。居住しているのか、何かの施設でこの時間だけ利用しているのかはわからない。
見つかるのはあまりよろしくないだろう。僕らは白妙の止り木の制服、というか生活着として用意されている真っ白な服をまとっていて、アイリスなんかは該当を羽織っているけれど、少なくとも森歩き用の服装ではない。そんな集団を見れば、下手したら警戒を買うし、相手が温厚な人物であっても「どこから来たの」という話になる。
白妙の止り木をこっそり抜け出している手前、それは避けたい。そもそも他者が利用している施設に、公共施設でもあるまいに侵入するのは無謀だ。思い出づくりに犯罪を犯す馬鹿があるか。
「……残念ですが、帰りましょう」
「かしこまりました」
「帰るの? まあ、叱られたくないもんね」
「ええ。ごめんなさい、結局、ただ建物を見るだけになってしまいました」
「ううん。こういうの、観光っていうんでしょ! 私、はじめてなんだー」
無邪気で寛容な返事をくれるいーちゃんに苦笑で答える。
観光。観光か。知らない人ばかりの場所が嫌で僕も前世ではほとんどしなかったけれど、今生では森を出たあとしばらく、クロさんの情報収集のために色々な場所に行った。
一度はお別れになるけれど、いーちゃんの病気が治ったらそういった場所を訪ねて回りましょう。そう口に出しかけて、いーちゃんの笑顔を見て、つい言葉を飲み込んでしまった。
いや、伝えればいーちゃんはきっと花開くような笑顔でそうだねと返してくれると思う。けれど、それを何も考えずに伝えてしまうのは、いささか無神経な気がした。
「……いー、ちゃん」
「ん?」
「また……、また会いに来ますから、そのときは、もっと楽しいこともしましょうね」
「ひひ、もっと楽しいことって何さぁー」
言葉に詰まる。
言っておいてなんだが、えっちなことばかり思いついてしまう自分を内心戒める。
僕が黙っているといーちゃんはクスクス笑い出したので、口をとがらせてなんですかと問うた。
「だって、ふふ、あーちゃん、ママと同じこと言ってるんだもん」
──嗚呼。
彼女の家族は……。彼女の家族も、そうとしか言ってやれないのだ。
僕には、顔を伏せて「なんですかそれ」と笑ってみせることしかできなかった。
そんじゃまあ帰りますかと体を来た方へ反転させたとき、頃合いを測っていたかのように音が耳に飛び込んだ。
肌をはたいたような乾いた音と、少し間をおいて呻くような声。
距離もあっただろうからそれほど大きな音ではなかったけれど、僕らは顔を見合わせた。
呻き声に聞き覚えがあるような気がしたのだ。
頷き合い、木々の周りの茂みに隠れながら音に気をつけてゆっくりと音の出元の方角に寄る。
どうやらこの施設の出入り口のようだ。門のようになっている場所の前に二人の人がいる。
「……ひどい」
いーちゃんがボソリとこぼす。
二人のうち片方は先程の少年で、頬を腫らしながら腹を抑えて横に倒れるように蹲っていた。もう一人はガタイの良い大人の男の人で、少年の前に立っている。少年が男性から何らかの暴力を受けたのは状況からして確かであった。
けれど、いーちゃんも僕も飛び出して身を挺すようなことはできなかった。否、するべきかどうかで迷ってしまったのだ。
勿論、コルキス様が賊に襲われていたときのように、明らかな緊急事態の時は相手を助けるべく動き出せるのだ。いーちゃんならば、たとえ助けるための能力がなかったとしても睨みつけるだけのためでも飛び出すだろう。
それでも僕らが動けなかったのは、男の人の服装が、僕たちの先生──白妙の止り木の大人達とよく似ていたから。
色と細かな装飾は異なる。けれど、男性を明確な「敵」として捉えるには、動揺のほうが大きかったのだ。
「ほら、ハシギ、早く立て。班に戻って、罰則全員でしてこい」
男性に声をかけられると、少年は咳き込みながら傷だらけの体をヨロヨロと起こし、殴られたことに反抗する様子もなく男性の横を通って門の中へ入っていった。
班。罰則。そしておそらく、ハシギという名前。
これらを口にしたのだから、やはり男性は少年を襲った野盗などではない。普通に考えると、男性はこの施設の職員で、少年はその管理下の集団に属す一人といったところか。……あそこまで少年が怪我を負っていることに関しては理解したくないけど。
気分の悪いものを見てしまった。
何にせよ、いーちゃん達もいることだし、この場はもう帰ってしまうのがいいだろう。音がした時点で回れ右して帰ってれば、こんな嫌な気分にもなっていなかったのかもしれない。でもまあ、いーちゃんなら絶対音のところ向かったか。
「……あの子、私達と同い年くらいなのに、ひどいよ」
「決して認めてはいけないことです。……ですが、今の僕たちにはどうしようもないでしょう。ここは一度帰って……」
必要なら、脱走していたことをバラしてでも白妙の止り木の大人達に伝えなければなるまい。
「どこから帰るんだ?」
「ええ、それは勿論来た道を辿……って……、ぇ」
「白樺の子かな? 抜け出してきたのかい、悪い子だね」
気付かぬうちに先程の男性が僕らの背後に立っていた。
肩に手が置かれている。成人男性特有の大きな掌が堪らなく恐ろしかった。
最悪だ。見つかった。