TS転生すればおっぱ……おにゃのこと戯れられるのでは?だからチート勇者、テメェはお呼びじゃねえんだよ! 作:Tena
「こんな粗末な茶しか出せないが許してくれよ、なにせ大所帯でカネがない。……なんだ、そんなに固くならないでくれよ。別に怒っているわけじゃないさ」
男はギンザンマシコと名乗った(長いのでギンと呼ばれることが多いそうだ)。曰く、学園都市における兵役の教官らしい。
僕らの存在に気付いた彼は、怒ることもなく僕らを敷地内へ招いた。断るという選択肢は少しばかり憚られ、その後案内された部屋で茶菓子を出される。この古びた施設の一室にしては調度品が多く、勧められたソファは柔らかい。おそらくは応接間なのだろう。
「ひとまず君らには白樺……今は白妙の止り木だっけ、の人間を呼んであるから、それが迎えに来るまでここで待ってもらおうかな。いやなに、来れたんだから帰れるって理屈は分かるんだが、何かあったら俺まで咎められる」
見つかった時点で怒られるのは既定路線である。不幸中の幸いは、彼が賊ではなく正規の組織に属する人間であったことだろうか。争いごとになる気配はない。
とは言え少年に、ハシギに暴力を振るっていたことは明らかだ。教官という役職がここではどのようなものかまだ知らないが、信頼できる相手ではない。
だが、そんな細事は何であれ、ギンの風体がまるで硬派なヤクザの頭領のようであることも関係なく、ただただその図体が、筋骨逞しい大柄なそれが、あの人を思い出させるようで、僕は彼を直視することができなかった。
同じくらい大柄なキセノさんには何も感じなかったから、見た目だけでなく雰囲気も関係あるのだろう。そもそもキセノさんは半分猫である。
ギンを前にしていると息が上手く吸えなくなった。変な汗が出た。出会い頭、肩に触れられた時は立っているのもやっとだった。母様にすべてを暴かれたとき以来の、かつてのトラウマが蘇るのを感じた。
「あー……しかし、イフェイオンサマも別嬪だけれど、幽かなる精霊の方々ってのはホントに人類とは一線を画す造形してるものだね。気を抜けば目が釘付けになってしまいそうだ。……だから、そんな顔してると勿体ない気もするんだが」
演じたような口調であった。言葉とは裏腹に視線は僕らを事細かに観察しているようで、そこに視線を向けられたのかアイリスが恥じらうように片腕で胸を隠した。ちなみにその動作は童貞的にはかなりエチチだと思います。胸大きくなると隠しても隠さなくてもエチチになるの(本人的には)デメリットだな。僕は今くらいでいいや。
「あの……どうして、様って付けるの?」
「あ? いや……そら、いい年した、国から仕事もらってる大人なんだ。礼節くらい弁えてるさ。ん? 国? ……まあ国みたいなもんか」
「別に、いらないよ」
「そうも行かないのが大人の世界、ってね。それで、その、アンブレラサマはどうしてそんな震えてんだ。俺は何もしてないと思ってるんだけど」
おずおずと問いかけるいーちゃんに飄々と返答し、そして再び僕に向けて語りかける。
別にギンが特別悪事を働いたわけではなく、たまたま彼のような大柄で筋肉質な男性が苦手なだけだから、その点についてはあまり気に病まないでほしい。それにしても教官である彼が僕らに対して弁える礼節とはなんだろう。
「なるほどねぇ。まあ、大人の男が怖いってのはよく聞く話だし、似たようなものかな」
「……ごめんなさい」
「謝ることではないだろう。けれど、それなら
なるほど。ソートエヴィアーカはゴリラが多いと。こんな体質じゃなくても行きたくないなそれ。どうしてそんな国からコルキス様みたいなお淑やかでナチュラル妖艶なお姫様が産出されるんだろう。ああでもコルキス様も筋肉の質は良いというか、フィジカル面つよつよだったな。
*****
結局、
それでも、応接間に案内されるまでに歩いた通路の窓から見えた景色の中に、ハシギと同年代くらいの子供達の姿があった。ギンが兵役の教官だというのならば、兵役にあるのは彼らなのだろうか。
院長は大して怒りもせず、ギンに「やぁすみませんね」とだけ言って僕らを引き取っていった。普段温厚な人が怒ると怖いとか言うから特大の雷を落とされるかと身構えていたが、正直「あれ……?」と困惑している。
最後にひとつだけ確認しておきたくて、施設を去る前に一度引き返した。
「まさか君から声をかけてくるとは。なにか話でも?」
「……ここに来れたのは、ハシギ君を追ってきたからです。この施設にいるのは皆──」
「あぁ、みんなあいつくらいの子供だよ。大人を訓練したってしょうがないだろう。……なんだ、同世代の子供が苦労しているのが可哀想でしたかな?」
「別に、そういうわけでは……」
からかうように口調を変えて、ギンは笑みを浮かべた。
訓練だから。躾だから。だから大人が子供を傷付けることが平然となされていいのか。
僕の哲学や日本人としての倫理観からすれば、そういう疑問は生まれるだろう。けれどそれをこの場で振りかざすほど価値観の相違に慣れていないわけではない。あの森に生まれてからしばらくは日本人とエルフの意識の違いに翻弄されたし、森を出てからはエルフと外界での物事の捉え方に差があることを何度も感じた。なにせ、魔法というものに対する考え方すら違うのだから。
けれど、ハシギの怪我は、緊急性こそないものの癒えることなく積み重ねられてきたものであった。怪我をした時に、ほんの少しでいいから応急処置をしておけばよいのだ。それだけであとは自然治癒に頼れるはずなのに、いつまでも放っておくから長引き重なる。
雑菌などによっては深刻な怪我に繋がりかねないし、免疫が下がれば関係ない疾病に罹る可能性が急増する。その結果は命にだって関わってくるのだ。
そんなほんの少しの処置さえ、なぜ。
そう問うと、彼はハンと鼻を鳴らした。根強い恐怖心で彼の表情こそ窺い知れなかったが、おそらくは無知を嘲ったのだろう。
「アイツらに使ってられるカネがないから。以上」
「金って、そんな……」
「……ねえ。俺は偉い立場じゃないから言っちゃうケド、そういう事言うなら相手の目くらい見て話すもんだぜ?」
金、と端的に言い切られ、反射的に言葉が出た。
子供を諭すように語るギンに、僕は下唇を噛むほかない。
「君が気持ちの問題で俺を怖がっちゃうなら、俺は『気持ちって、そんな……』って言おうか? 違うだろう。世の中には問題がたくさんあって、それを生み出してしまう現実がそれぞれあって、その現実は中々どうして否定できるものじゃない。結局『今は仕方ない』って問題を受け入れてしまうことばかりだ」
「否定するなら、問題を解決できるだけの現実を示さないと。……さあ、君らの院長がこっちを見てまだかと待っているぞ。急ぎたまえ」
*****
世の中に問題なんて溢れている。
そんな事は分かっている。
僕だってたくさん抱えている。
何よりも優先しなければいけないのは、レインとしてこの世界で生きていく方法。母様と生きていく方法。
それを解決するために、解決できるだけの現実を見つけるためにここまで来たのだ。
けれども、それを探しに歩き回れば新しい問題にぶつかる。
それらを全て解決できれば、なんて格好いいだろう。ああ、まるで主人公のようだ。
でも違うから。そんなに格好よくないから。弱いから。
どれかを選ぶ。他を見捨てる。下手すればすべて取りこぼす。
ルーナなら、それこそが人の「意思」だと言って尊ぶだろう。
けれど、駄目だ。見捨てたものが増えるほどに負け犬に思えてしまう。
だからあのとき「もう何もいらない」と言ったのだ。「何も与えなくていい」と言ったのだ。与えられては、捨てるものも増えてしまうだろうから。
負け犬にアンコールを与えては惨めになる。
主人公ならば、いーちゃんに「また会いに来ますからそのときは」なんて言わずに、「俺が君の病気を治すよ」と伝えるのだろう。
でも、それどころじゃないから。
僕は見捨てるのだろう。
「敷地の境界を魔力が通過すれば感知できるはずだったのですが……つまりは、【圧縮】を覚えたのだね」
「【圧縮】?」
「君達に課題として課していたものの名前だよ。導師になる条件の一つでもある。これができているのであれば直に卒業も認められるでしょう。学園都市にはいつ入りたいかな」
「……できるだけ早く、ですかね」
「では次の週に入る頃かな。残りの時間は一般的な教養について教えるから、あとはイフェイオンやシュービルと仲良くしてやってほしい」
はい、と。
返事をしたつもりだったが、舌がどうにも重かった。