分かりやすいヒーローがいても良いじゃない。
学園都市、総人口230万人であり、その八割を学生が占める街である。日々、学生達は各々の「能力開発」に心血を注ぎ込み、暮らしている。
学生が大半なだけあって、問題を起こすのも学生であり、そしてそれらを取り締まる組織もまた、学生である。
膨大な力を手にすれば、それを使用したくなるのは人間の性質であり、能力者を取り締まるには能力者しかいない、というわけだ。
しかし、本当に恐ろしい相手は生半可な力を持つ学生ではなく、力は無くとも権力ある大人である。そして、それらを取り締まるために、大人の組織も存在していた。
警備員。特殊な兵装を用いて、非人道的な実験を行う科学者達を止める組織である。
そんな組織によって停止させられた計画があった。
その名も「超人兵士作成計画」。要するに、キャプテンに憧れた学園都市の科学者が、それを作ろうとした能力開発全く関係ない実験である。
が、いくらキャプテンに憧れていても、やはり学園都市の科学者なわけで。肉体を無理矢理、強化するために色々な負担を掛け続けた。
その結果、死亡した「置き去り」の数は50人を超える。その中で、唯一の生き残りがいた。
×××
「クソッ……! あのコスプレ野郎、よくも……!」
夜の学園都市は治安が悪い。能力に溺れる学生、或いは能力に恵まれず、荒れる学生が問題を起こす。どちらのパターンにしても「お前それ普通に犯罪じゃん」という事を平然としてやってのける連中ばかりだ。
今、逃げている男は、コンビニ強盗をやろうとした男だ。殺傷能力のある発火能力者。それが、コンビニのゴミ捨て場を燃やし、店員を追い払っている隙に、もう一人がレジの金を根こそぎもらう、という計画だった。
かなり、周到かつ大胆な計画だったが、それがたった一人の無能力者によってご破算となった。
既に仲間がやられ、一人でバイクに跨って逃走する発火能力者に対し、ビルの屋上を走って距離を離されずに追いかけて来る男だ。
どういうセンスなのか分からないが、首から鼻まで覆うマスクにスキー用のゴーグルにニット帽を被り、顔を隠している奴だ。服装は全身、バイクスーツで誰がどう見たって「怪しい男」だ。腰のベルトに付いたホルスターには、ふざけたことに黒い水鉄砲が装備されている。
その男は、生身でバイクに追いついている。地上を走らないのは、通行人を巻き込まないためだろう。あの速さでは、肩と肩がぶつかっただけでも相手に大怪我をさせてしまう。
「……!」
バイクを走らせていると、大きな公園を見つけた。あそこなら、付近に建物はない。つまり、反撃の目はあるという事だ。
バイクのサイドミラーから、後ろの男との距離を見定めると共に、自分のウエストポーチから、焼酎の瓶を取り出し、蓋を開けて布を突っ込んだ。
タイミングを測りつつ、自身の指先から炎を出し、布に灯す。そして。
「ここッ……!」
真後ろの追跡者が最後の建物から飛び降りた時、思いっきり放り投げた。
敵の落下速度は目測になるが計算出来るし、それに合わせて点火も可能。そもそも、直撃しなくても爆発によって爆風は当たる。動きは止められるはずだ。
能力者の演算力あっての行動だが、上手くいけばそれで良い。空中に飛んだ男に直撃するまで、3……2……1……。
「ッッ……‼︎」
直後、爆発した。大きい爆破ではないが、足を止めるには十分な威力だったはずだ。というか、むしろ殺してしまったのではないかと思うほどだ。
バイクの速度を緩めながら、後ろを見る強盗犯。が、思わず目を見開いた。爆炎の中から、あのコスプレ野郎は平然と出て来た。両手を眼前でクロスして、ガードしたまま地面に着地する。
「あの野郎‥……バケモンかよ!」
再び速度を上げる強盗犯。
だが、夜の公園は人が少ない。つまり、地上でも全速力を出せるという事だ。
後ろのコスプレ野郎は、一気に加速した。それはもう、バイク以上の速度を誇っていると言っても過言ではない。
あっという間に真後ろに張り付くと、水鉄砲を抜いてバイクの後輪を狙う。発射されたのは、透明の液体。ただし、水ではなく、超粘着性の液体だった。
それが、車輪と地面を縫い付ける。後輪が動かなくなったことにより、バイクの前輪は持ち上がり、強盗犯の身体も投げ出された。
「うおぉああっ⁉︎」
悲鳴を上げながら地面に顔面から落下しそうになった直後、後ろから高速で迫って来た男がキャッチする。
が、キャッチしたのも束の間。着地すると、すぐに地面に手放し、水鉄砲で自分と地面をくっ付けてしまった。
「ぐぁっ……て、テメェ! これ外せコラァッ‼︎」
「ダメだよ。コンビニ強盗にスピード違反、バイク走行中の危険行為……というか、後半は全部、道交法違反で良いね」
「お前に言われたくねえんだよ! テメェの方がよっぽど危険じゃねぇか!」
「違う違う。俺はちゃんと道と時間帯を選んで走ってるから。……あ、もしもし風紀委員? コンビニ強盗捕えたので……はい。公園で、お願いしまーす」
通話を切ると、コスプレ男は地面に倒れている男の前でしゃがんだ。
「せっかく能力あるんだから。こんな下らないことに使わないで、もっと人の役に立つことに使いなよ」
「うるせぇ、余計なお世話だ。バーカ!」
「コンビニ強盗やる人に言われたくないね。じゃ、ちゃんと反省して出て来なよ」
それだけ言うと、その場からすぐに立ち去った。実際、自分だって人の事は言えない。風紀委員からしたら、自分も強盗と同じ粛清対象になるだろう。
でも、やめるわけにはいかない。この街は腐っているのだから。風紀委員だけでは決してカバーし切れない悪もある。それを、学園都市が隠蔽している事すらあるのだから。
ならば、例え犯罪者と同じ扱いを受けようとも、この街に君臨し続けてやる。
そう決意し、少年は夜の街を駆け巡った。
×××
柵川中学。至って普通の、学園都市内に設立されている中学校である。賢い、というわけでもなく、低レベルというわけでもない、とにかく普通の中学だ。
従って、決して能力者が多いというわけでもない。かと言って、少ないわけでもなかった。
佐天涙子は、そこの学生であった。
「うーいーはーるーん!」
そして、スカートめくり魔でもあった。主に、初春飾利の。
校門で唐突にスカートを背後からめくられた初春は、最初は状況すら飲み込めない。しかし、スカートの中に異常なレベルの空気が入って来たことにより、ようやく理解した。
そうなれば、まずはスカートを抑えることから始める。それと共に、真後ろにいる犯人を睨み付けた。
「っ、さ、佐天さん⁉︎ またですか! またやりましたね⁉︎」
「あはは、良いじゃん。減るもんじゃないし」
「良くありませんよ!」
完全に他人事な台詞である。普通に共学の学校であるため、男子だっているのだ。
「どうしていつもいつもめくるんですか!」
「いやー、これやらないと私の一日が始まらない気がして」
「気の所為です! やめて下さい、本当に!」
「ごめんごめん。次で最後にするから」
「今ので最後にして下さいよ!」
当然なツッコミを受けつつも、全く反省していない様子の佐天だった。そう思うなら初春自身も何か対策すれば良いだろうに、そこを学ばないのがまた初春の悲しいサガでもあるわけだが。
「それよりさ、初春」
「それよりって……」
「見た? 今朝のニュース。また出たってよ、『
「ああ、あのヒーローさんですか?」
最近、学園都市で噂になっているヒーローだ。青と黒のライダースーツに、スキー用のゴーグル、マスク、ニット帽と手作り感満載のコスプレをしている奴だ。
正体は不明で、とにかく悪人を見つけてはしばき回り、特殊な液の入った水鉄砲で、犯人達を行動不能にさせて風紀委員に通報しているという輩だ。
「私達、風紀委員としては耳の痛い話ですが、正直、助かっています」
「やっぱり? 初春は風紀委員の腕章してても舐められそうだもんねぇ」
「う、うるさいです! 私はそういう担当ではありませんから!」
主にバックアップを担当する初春は、風紀委員として問題を起こす生徒達を止める力はない。それらに立ち塞がる勇気はあっても、実際に止められるかは別問題だ。
そういう面では、やはり二丁水銃のようなバッキバキの武闘派の存在は助かってしまったりもする。
「でも、白井さ……同じ風紀委員の人は良く思っていないみたいで、いつも活躍を聞くたびにプンスカと怒ってます」
「えー、そうなの?」
「はい。世間では『風紀委員より二丁水銃の方が頼りになる』という声もあるみたいで。パトロールしているとはいえ、基本的には『通報があってから動く』私達より、すぐ現場に急行できるヒーローさんの方が活躍の場が多いのは分かりますけど……」
正直、悔しいのだろう。実際は風紀委員の方が多く実績を挙げている。人数が違うし、パトロールしていて犯行を見つければ、その場で捕らえる事が可能なわけだから。
しかし、結局の所、風紀委員も介入出来るのは「問題が起きてから」である。殴る前に止めればどうとでも言い訳出来てしまうし、何なら冤罪になってしまう可能性もあるのだから。
その点、あの手作りヒーローは上司もいないし、訴えようにも正体が不明のため、自己判断で助けに入ることが可能なため、暴行が起こる前に止められる。
そういう意味では、世間の評価が大きく違っていた。
「まぁでも、結果的には良い方向に向かってるんでしょ? 平和は守られてる、みたいな」
「そうですね。ヒーローさんの通報のおかげで検挙率も上がったし、犯罪数も徐々に減って来ています。だから尚更、同僚の方の機嫌が悪くて……」
「その白井さんって人? そのヒーローさんは決して悪いことはしてないのに?」
「今のところは、ですけどね」
そもそも、と初春は話を続けた。
「白井さん曰く、『やましい事がないのなら風紀委員に入れば良い、入らないなら何か人には言えないことがある』だそうですよ。私もそう思いますし」
「うーん‥……確かに」
一人でやるメリットもあるが、確かに基本的に「学園都市の治安を守る」という点で両者の目的は一致している。
それでも風紀委員に所属しないのは、何か理由があるからなのだろう。主に、他人に知られたくないような類いの。
しかし、噂や都市伝説が大好きな佐天にとって、ヒーローさんの事情は知った事ではない。つまり……。
「でもさ、正体不明で何処の組織にも所属しないって方が、なんかカッコよくない?」
「佐天さん……」
完全に他人事な意見を聞きながら、ため息をついてしまった。
「ちなみにさ、正体とかわかってたりするの?」
「わかってたら捕まえてますよ……」
「や、だから、こう……なんていうの? 犯人のプロファイル? って奴」
「それはー……そうですね。わかり過ぎてわからない、と言った所でしょうか」
「え、どゆこと?」
「ネットに出ていますよね、ヒーローさんの正体、のような奴」
「ああ、うん。出てるよ」
ほとんどがデマやデタラメで、中には「私が正体です」なんてのもある。
だが、それらとは逆に的を射ているものもあるわけで。例えば、ヒーローの活動時間。大体だが、平日は夕方15:30〜夜の22:00であり、土日祝日は朝から晩までずっとである。それは、中学生から高校生くらいまでを示している。
また、彼の出現率は第七学区が一番、多いため、彼が生活しているのも第七学区だと思われる。
さらに、目測での身長は165センチ、ニット帽からたまに漏れる髪の色は黒、などと外見についてもわかってきている。
「でも、そこまでなんですよね。それ以上に関しては一切の情報無し。これだけでは、大半の学生が当てはまってしまいます」
「なるほどねぇ……」
「何より厄介なのは、その辺りがバレる事を決して恐れていない、という事ですね。そこまではバレても問題ない、と理解している、という事ですから」
そんな話をしながら、教室に到着した。
「じゃあさ、初春にとってヒーローさんはどんな感じなの?」
「私、ですか?」
「そう。脅威? 味方?」
その問いに対する答えは決まっている。
「勿論、本当に正義の味方のヒーローさんなら、とっても素敵な話だと思いますよ?」
その返事に満足したように佐天は頷くと、とりあえず自分の席に戻った。