それからしばらく殴り続けた。電気を流して切断して拳で殴って瓦礫をダンクして車を落として爆発させて……などととにかく色々やった。
そろそろ体力の限界も近い、といった所で、AIMバーストの再生速度が落ちて来ているのに気づいた。
「そろそろか? 御坂さん!」
「ええ、ここからは私の仕事ね」
元気よく美琴は言い放つと、右手に稲妻を帯びる。
「え……何その禍々しい電気……」
「押し返すわよ。あんたは引っ込んでて」
「え、いや俺も……」
「感電しても知らないわよ」
そう言われてしまえば、非色も引き下がるしかない。
直後、溜めていた電気を一気に放流する。何ボルトなのか想像もつかない高電圧が、一気にAIMバーストの表面を削り散らして行く。
「……ええ」
思わず引くほどの威力だ。非色が手出しする必要なんか何処にもないくらいの。
直後、AIMバーストも負けじと無理矢理、触手を伸ばして美琴に反撃しようとする。それに備え、非色はその触手に殴り掛かろうとしたが、手出しするまでも無く触手が焦げていった。
「……ええ」
これが人間一人の出力とは思えない。確かに、一人で一軍隊並みの力は持っていそうなものだ。
焦がし尽くした直後だ。AIMバーストの中心に、三角柱の形をしたようなものが見えた。おそらく、あれがコアだろう。
それにより、美琴は一時的に放電を止めつつ、ポケットからコインを取り出した。
「おお……それが、噂の……」
「そ。超電磁砲よ」
コアを撃ち抜き、AIMバーストは崩れ去って行った。
ようやく、無限に再生する化け物との戦闘に終止符が打てた。木山も警備員に引き渡され、ようやく全部片付いたと言えるだろう。
美琴もホッと一息ついて、隣にいたヒーロー様に声を掛けた。
「……ふぅ、終わったわね……あれ?」
しかし、その姿はもうどこにも無かった。相変わらず格好つけた男である。お礼も挨拶も無しに帰られてしまった。
「……ったく」
その直後だ。テレポートで直後、見覚えしかない後輩が現れた。
「お姉様ー!」
「ぎゃー!」
突然、現れて抱き締められる。迎撃しようと思えば出来たが、そんな気力はなかった。代わりに質問して諌めた。
「一応、聞くけど、二丁水銃見た?」
「いえ、見ていませんわ。……いらっしゃったのですか?」
「あいつが初春さんを助けて木山先生を警備員に確保させて逃がしてくれたからね。私なんかよりよっぽど命懸けだったかも」
「……そうでしたか」
「ていうか、警備員の助け方も中々、頑張ってたわよ」
顎に手を当てる黒子。おそらく、見直しているのだろう。今まで、二丁水銃は決して正しい事をしていない、そう決め付けて突き進んでいたのだから、当然と言えば当然だ。
だけど、警備員まで守って、主犯である木山まで守り抜き、同僚である初春も救った。これなら、少しは認めてやっても良いかも……なんて思った時だ。
黒子の元に、一通の電話がかかって来た。
「? 初春から?」
「何かあったの?」
「さぁ……」
一応、電話に出た。任務完了の報告かもしれない。
「もしもし、初春? こちら、敵の沈黙を……」
『し、白井さん……大変です!』
「! 何かありまして?」
『……う、二丁水銃さんが、木山先生を乗せた護送車を襲撃しました』
「はぁ⁉︎」
思わず声を張り上げた黒子に、美琴が怪訝な顔をする。
「そんなバカな⁉︎ 二丁水銃さんが木山を捕獲した張本人ですのよ⁉︎」
『そ、そのはずなんですが……』
「まぁ、話は分かりました。今、どこにいるかはわかりますの?」
『私の携帯のGPSを追ってください!』
「! ……分かりましたわ。只今、向かいます」
そこで電話を切り、ポケットに携帯をしまう。その黒子に、美琴が尋ねた。
「どうしたのよ?」
「二丁水銃が、警備員の護送車を襲撃したようです」
「え……?」
「とにかく、後を追います」
「私も行くわ」
「ええ」
それだけ話すと、二人はテレポートで移動を開始した。
×××
襲撃、と言われては言い過ぎな気がする、と非色は護送車に何故か一緒に乗っている初春に、頭の中でツッコミを入れた。
ただ、後ろから護送車の上に飛び乗って窓を蹴り割って中に侵入し、中に乗っている初春と木山以外の警備員を殴って気絶させただけである。話を聞かれるわけにはいかないから。
まぁツッコミを入れるような、そんな時間はない。一緒に乗っている連中の動きは封じても、運転手は封じていない。通信機で仲間を呼ばれたら手間が増える。
「私に何か用か? ヒーローくん」
声を掛けてきたのは、木山春生だ。自分に用があると分かっているようだ。
「よく分かったね。……俺の用事は一つだよ」
「なんだ?」
「まだ、先生の生徒達は生きてるんでしょ?」
「……」
「その子達を助けて、ようやく今回の事件は解決すると思うんだけど……先生はどう思う?」
聞くと、木山は試すように問い詰めた。
「警備員に通報しようとは思わないのか?」
「そこは先生もご存知の通りだよ。この人達の上司は学園都市だし、例え目を覚したとしても、それらが没収と言えば没収される」
「……なるほど。君がヒーローをやっている理由はよく分かったよ」
つまり、闇を知っているからこそ、組織に所属すること無く自身の判断で動くことが出来る。その代わり、決して公的な行動とは言えなくなる。
「俺なら、木山先生の、唯一の味方になってあげられる。子供達を助けるのに尽力すると誓うよ。……どうする?」
「……私をここから逃してくれる、と言うのか?」
「それは出来ない。一応、あんたは牢に放り込まれるだけのことはしているから」
「じゃあどうすると言うんだ?」
「代わりの奴を、あんたとの面会に寄越す。そこで、あんたの指示を聞くよ。当時の実験の詳細を知らない俺が無闇にその子達にタッチしたら危険でしょ?」
「……」
黙って非色を眺める木山。素顔こそ晒さないものの、その下の目は真っ直ぐに自分を見据えていた。
「その代わりの者、というのは誰の事だ? 信用出来るのか?」
「え? あ、あー……うん。信用は出来るよ」
自分の事である。これでは十中八九、木山に正体がバレるだろうが、まぁその時はその時だ。
「なるべく、早く返事をくれると嬉しいな。初春さんが俺のことバラしちゃったし。風紀委員に厄介なテレポーターがいるのは知ってるでしょ」
「……わかった。なら、まずは冥土返しとコンタクトをとってくれ。詳しい話はそれからだ」
「はいはい」
それだけ聞くと、続いて非色は初春に声を掛ける。
「ね、君」
「な、なんですか……?」
「悪いんだけど、気絶したふりしててくれない?」
「……はい?」
「白井さんに後を追われると困るから。ね?」
「そのまえに教えてください。木山先生の生徒、とは何の話ですか?」
「それは言えない」
「な、なんでですか⁉︎」
ムキになって聞いてくる初春に、非色は平然と答えた。
「言うわけにいかないからだよ。君や白井さん、御坂さんまで巻き込んじゃうから」
「な、何に……」
「じゃね」
軽く挨拶して、非色は強引にその場を後にした。
割った窓から身体を出し、護送車に張り付いたまま外を見る。通っている道は橋の上を通っているので、ちょうど飛び降りれば下は川だ。
「迷惑かけてごめんなさいね」
軽く警備員達に挨拶すると一気にジャンプし、橋の上から出て行った。
ギリギリ、川沿いに着地すると、そのままの足で今日は帰宅する事にした。もう疲れてしまったし、流石に限界だ。
……だと言うのに、自身の第六感が危機を感知した。もうすぐ敵意が降りてくる。
「止まりなさい」
「逃さないわよ」
それも二つだ。厄介な事に、美琴と黒子の二人組だ。
「なんか用?」
「なんか用? じゃないわよ。あんた、警備員の護送車を襲ったって?」
「元気にあそこ走ってるよ」
「なんであれ、犯罪行為を行った以上は逃すわけにいきませんの」
「それなら、まずは被害確認して来たら?」
それを言うと、黒子と美琴は頷き合う。その場から離脱したのは黒子の方。車に追いつくにはテレポーターの方が有利だから、当然と言えば当然だ。
「……で、何か用?」
「どういうつもりなの?」
「どうも何もないよ。今回の事件の後片付けをするだけ」
「はぁ? 犯人はもう……」
「まだ残ってるでしょ。救われてない子達が」
そう言うと、美琴はハッとする。木山の脳内と繋がったときの子供達のことだろう。
「俺は、あの子達を助けに行く。ヒーローだから。止めるなら、死んでも逃げるだけだよ」
「っ……そ、それなら私も……」
「いやいや、ダメだよ。こういう裏の仕事もヒーローの役割だから。ボランティアちゃんはまたいつもの日常に戻りなさい」
その言い草が、美琴の神経に触るのだった。本当に黒子が気に食わないと毎日のように憤慨するのも肯ける程の失礼さだ。
「あんたより私は強いわよ!」
「いや、強い弱いの話じゃないんだけど……」
「大体、私だけ見てみぬふりは出来ないわ。見てしまった以上は、私にだってできる事が……!」
「じゃあ、分かりやすく説明してあげるよ。それで納得してくれる?」
「え……?」
捕まえに来たはずが、いつのまにか説得される側になっている事にも気付かずに、美琴は困惑したまま耳を傾けた。
「現状、御坂さんは動かない方が良い」
「どういう意味よ」
「俺はこれから木山先生に接触するけど、それは当然、学園都市にも伝わる。木山先生はムショ入りしているわけだし、犯罪者を閉じ込める設備を学園都市側が把握していないはずがない」
「それは……そうね」
「木山先生は今、学園都市にとって自由に扱える駒になった。おそらく原理的に違うとは言え、理論上不可能とされる多重能力者にもなり得たわけだし。その上、木山先生はこの街で一番、実験動物になりやすい『置き去り』の子供達を複数人確保している。科学者の何人かに確保しておきたい奴もいるだろう」
「それが何よ」
「あんたが木山先生とコンタクトを取ると、学園都市は必ず注目する。今はまだ見つかってないかもしれない、木山先生とその生徒達にも危険が及ぶかもよって事」
「……推測だらけじゃない」
「推測しないと、敵の予測はできない」
まるで戦い慣れた戦士のような言い分だった。もしかしたら、戦いの経験は自分よりも上なのかもしれない。
「……あんたの言い分は分かったわ」
「なら、引っ込ん」
「でも嫌」
「は?」
「このまま見て見ぬふりをしたら、私も加害者と同じじゃない」
「……」
面倒臭い、と非色はマスクの下で嫌そうな顔をする。これだからプライドの高い奴と話すのは疲れる。今分かった。黒子も美琴も、普通の人よりもプライドが高い。
なんか色々と面倒臭くなって来た非色は、もう強引な手を打つことにした。
「あー!」
「え?」
直後、水鉄砲を抜いて引き金を引きながらジャンプして鉄橋の上に着地した。
それに気付いた美琴が再度振り向いたときには、もう遠くにいる。
「あっ、コラ! 待ちなさい!」
慌てて後を追おうとしたときには、足元に放たれていた水鉄砲の液体を踏んでしまう。
「んがっ……こ、これ……!」
電気で液体を焼き切って改めて追おうとしたが、二丁水銃の姿は何処にもない。
「……くっそ、本当にあいつ……!」
奥歯を噛み締めながら、八つ当たり気味にその辺の石ころを踏み付ける。そのタイミングで、黒子が戻って来た。
×××
慎重に非色は自分の部屋に戻ってきた。今日は流石に身体の傷が多い。帰宅までに全て治ることはなかった。
とはいえ、まぁこのくらいなら一日はかからない。後はどれだけ、姉に自分の素顔を隠せるか、だ。
「……ま、大丈夫か」
どうせ夜まで帰ってこない。今はもう夕方だが、それまでには治るし、最悪、部屋に篭っていれば良い。
そう思っていた時だった。携帯がヴーッヴーッと震え始める。出ている名前は、佐天涙子。というか、戦闘中で気づかなかったが、着信が10件以上来ていた。
「?」
何か用があるのだろうか? こんなに大量に電話をかけてくる程。とりあえず電話に出ることにした。気付いていなかったとはいえ、ここまで無視してしまったのは事実だから。
「もしも……」
『やっと出たー!』
キーン、と。キーンと耳に響いた。死ぬかと思った。
「な、何……?」
『なんで電話出ないの⁉︎ 高速道路で大きな事故とか、幻想御手を使った人が苦しみ出すとか、結構パニックだった時に!』
「え、あ、ご、ごめん……」
そんな事になってたのか、と非色は思わず顎に手を当てて唸ってしまう。
「そんな大騒ぎだったの……?」
『え? あーいや、私は私で何か動けることないかなって思って……それで、固法先輩に会ってお手伝いしてたの』
いつのまにか姉とコンタクトを取るコミュ力は恐ろしさすらあった。
『そっちは何してたのさ』
「え? あ、あー……」
また会おう、なんて言われたら面倒だ。ここは会っても問題ない答えを言っておこう。
「け、喧嘩してた」
『はぁ⁉︎ みんなが大変な思いしてたって時にあんたは……』
「ごめんごめん……ちょっと、やばい奴と会っちゃって」
嘘は言ってない。嘘が苦手な非色は、こうして本当のことを言うしか無いのだ。
『で、怪我は?』
「あー……そ、そこそこ」
『……もう、みんなが大変な時に下らないことで怪我しないで』
言えなかった、その中心になって犯人を捕まえたなんて。
『じゃ、今から非色くんの家に行くね』
「えっなんで?」
『なんでって……固法先輩からお招きいただいたからだけど?』
「……なんで呼ぶの」
『……え? あ、そうですか。はい、分かりました』
急に口調が変わった。何事かと片眉を上げると、続いて声が聞こえてきた。
『なんか明日、白井さんや御坂さんや初春も呼んでお疲れ様会やるって。だから部屋片付けておいてね、だってさ』
「……え」
まず最初に浮かんだのが、どうやって逃走を図るかだった。