自分だけが敵同士だと知っている。
死にたい、と口に出す奴のほとんどが死ぬつもりのない奴だ。特に人前で言う奴は絶対、死ぬ気がない。逆に、独り言で「死にたい……」とつい口から出てしまった人は要注意である。
が、今はそんなことどうでも良い。問題は、死にたいと口に出さずに心の中で呟く人だ。それは本当に大変なのだろう。口に出したら心配される、とか、相談する相手が誰もいない、とかそういう感じなのだから。
今の非色が、まさにそんな感じだった。
「あーあ、もう……何、喧嘩って能力者と?」
「そういう時は警備員に通報なさいな。こんなに怪我をしていては仕方ありませんのよ」
「ていうか、火傷とか裂傷痕とかあるけど、何人の能力者と喧嘩したのよ」
「よく無事でしたね……一人で戦ったんですか? というか、勝てたんですか?」
「うう……非色、こんなにたくさんのお友達に、心配してもらえて……」
上から佐天、黒子、美琴、初春、美偉の台詞である。男女比1対5、キャバクラでもここまではいかないだろう。
だからこそ、男子中学生である非色には厳しかった。すごく精神がもたない。姉の前で女性が四人とか、さっき死闘になりかけた相手がいるとか、傷口を五人がかりで手当てしてもらってるとか、その所為で上半身裸にさせられた上に筋肉を突かれてるとか、色々と思う所はあったが、何よりマズいのはヒーローセットがバレることである。
姉の美偉は絶対に自分の部屋に勝手に入り込んだりしないが、他のメンバーはそうとは限らない。
よって、今は屋上の柵の下に鞄の中に入れたヒーローセットを水鉄砲で貼り付けている。これなら外側からは高過ぎて見えないだろうし、屋上に来た人は柵の下に貼り付けられてるから見えない。
「……はぁ」
とはいえ、アレは一時間で溶けてしまう。つまり、一時間おきに様子を見にいかなければならないのだ。これでは、一時も気が休まらない。ちゃんと時計をチェックしていなければならないから。
「ちょっとー、何ため息ついてんの?」
「え……あ、いや……お腹空いたなって……」
佐天から不満げな声が聞こえ、思わず誤魔化すと美偉が涙を拭きながら答えた。
「ぐすっ……あ、ああ……そうだったわね。今、用意するから座ってて」
いつまで泣いてんだあんた、というツッコミを飲み込み、とりあえず手当てを終えてもらった。筋肉をいつまでも突いてる佐天と美琴を退かしつつ立ち上がった。
「あ、手伝うよ。姉ちゃ……み、美偉」
思わず張った見栄が、その場にいる全員を凍り付かせた。勿論、本人を入れて、だ。
美琴、黒子、初春、佐天はニヤリとほくそ笑み、美偉は微妙にイラついたように頬をひくつかせた。
まず動いたのは美偉だった。非色の頬をつねり、ぐいーっと真横に引っ張り上げる。
「へぇ? いつから私を呼び捨てするような生意気小僧になったのかしら?」
「いふぁふぁふぁふぁ!」
「いつものように呼びなさい。女友達の前だからってかっこつけない」
「ふ、ふふぃふぁへん!」
悲しいかな、これが泣く子も黙る学園都市を守るヒーロー、二丁水銃の私生活である。完全に姉の尻に敷かれている。
手を離されたと思ったら、今度は他の四人から小突かれるわけで。
「何、カッコつけたの?」
「ふふ、やはり男の子ですのね」
「で、普段はなんて呼んでるの?」
「私達の前でよろしくどうぞ」
「……」
自分の迂闊さを呪った。反射的に、とは言え何故カッコつけようとしてしまったのか。もう自分が分からなかった。
しかし、言ってしまったものは仕方ない。頬を赤く染めつつ、目を逸らしながら姉に声を掛けた。
「ねっ……ね、姉ちゃん……」
「……なあに? ひっくん?」
「い、いつもと違う呼び方するな!」
「だってよ、ひっくん」
「ダメですのよ、姉にそんな口を聞いては。ひっくん?」
「そうだよ、ひっくん」
「さ、夕食の準備をしましょう、ひっくん」
「お前らもうるせえ!」
いいようにいじられた。
×××
今日の晩飯は、なんと真夏に鍋。みんなで摘める、という利点がある反面、とにかく暑い。クーラーがあるとは言え、汗をかく食べ物をよくもまぁ用意したものだ。
で、その鍋を合計6人で摘む。箸で肉やら野菜やらを取り合い、取り皿に乗せ、口に運ぶ。
「で、どうだったの? 今回の幻想御手事件って」
実はあまりタッチできなかった美偉が声を掛ける。幻想御手が流行っているからって、そればっかりにかかりきりになるわけにもいかないのだ。ちゃんと他の現場も見て回ったり、本来の風紀委員の仕事をする必要がある。
「大変でしたのよ……。レベルが上がった能力者を締め上げて音楽プレイヤーを没収して……おかげで日に日に生傷が増えていくばかりでしたわ」
おそらく一番、働いた黒子がぼやいた。ちなみに本来、風紀委員は校内の仕事に限られているため、外で暴れると始末書を書かされるのだ。
「本当だったわね。最後の木山先生との戦闘、アレだって結構、しんどかったもの。私一人じゃ危なかったかも」
「あら、御坂さんでも手を焼いたの?」
「はい。……いや、手を焼いたと言うかちょっとてこずったと言うか……まぁ、大したことなかったですけどね?」
よく言うわ、と非色は内心思った。お互いに助け助けられのまま戦っていたが、決して余裕ではなかった。特に、AIMバーストはかなり手強かった。未だにあんな化け物が実在していた、ということが信じられない。
「そう言えば、ヒーローさんは来なかったんですか?」
佐天がふと思い出したように声をかけた。直後、黒子と美琴の目から光が消える。それに、非色は思わずゾッと背筋を正してしまった。
「あの野郎ね……本当、次会ったらブッ飛ばす」
「そうですわね。次こそは捕らえてみせますの」
「え、ど、どうしたんですか?」
思わず聞く佐天だが、非色は聞きたくなかった。何せ、自分だから。
「ちょっと詳しい話は出来ないけど……あいつ、結局は完全に良い奴ってわけじゃないのよ」
「そうですの。警備員の護送車を襲撃したと思ったら、木山とお話だけして何もせずに帰ったそうですわね」
「あ、あはは……まぁまぁ、お二人とも。それはヒーローさんなりの気遣いがあっての話ですから」
「それが気に食わないのよ! 私より弱い癖に!」
「本当ですわ! 木山の生徒さんの話、初春やお姉様から聞かなかったらこのまま見過ごしていた所ですの!」
え、言ったの? と、非色は反射的に初春を見る。が、ヒーローの正体が非色だと知らない初春からしたら「なんか急にこっち見られた」と言う感覚なわけで。
「? なんですか?」
「い、いや……」
なんで言うんだよ……と、思いつつ、当時の自分のセリフを思い出す。
『悪いんだけど、気絶したふりしててくれない?』
『白井さんに後を追われると困るから。ね?』
『言うわけにいかないからだよ。君や白井さん、御坂さんまで巻き込んじゃうから』
うん、誰にも言うな、とは言ってなかった。自身の迂闊さをこれでもかと言うほどに呪うしかない。
ていうか、最後のセリフで察して欲しかった。普通、巻き込む巻き込まないの話なら、誰にも言わんでしょ、と言わんばかりだ。
「はぁ……」
「どうかした? 非色」
ため息をつくと、美偉が声をかけてくれたので慌てて誤魔化した。ふと時計を見ると、もうすぐ1時間なので一時退席しなければならない。
「ごめん、トイレ」
「あ、うん」
それだけ話すと、非色はトイレに行くフリをして音を立てずに玄関を出て、屋上に向かった。
一方、唯一その話を知らされていない佐天は、四人に声をかけた。
「何の話ですか?」
「ああ、今回の犯人は木山先生だったのは知ってる?」
「はい。ニュースで見ました」
「その動機は?」
「ニュースでは自分の研究成果を示したかったとかなんとか……」
「本当は、木山先生が昔、面倒を見ていた生徒さん達のためだったのよ」
「え、そ、そうなんですか?」
説明してくれた美琴に、佐天は意外そうな声をあげた。
「その子達を助けるために、なんかこれから代理人を使って木山先生と面会するとかなんとか……って、言ってたのよね、初春さん?」
「はい。そういう趣旨のことを仰っていたと思います」
「それで、私の事を足手纏い扱いしたのよ⁉︎ 危険が及ぶとかなんとか!」
「大体、あの方には高位能力者に頼ると言う発想が無さすぎますわ」
なんて話をしながら、サクサクと鍋を摘む。そんなときだ。ふと美偉がトイレの方を見ながら呟いた。
「あれ? そういえば、あの子遅くない?」
「そう言えばそうですね」
「もう食べ終わっちゃうわよ?」
なんて話をしているときだ。初春の携帯が震えた。
「あれ、誰からだろ」
画面に映されていたのは、固法非色の文字だった。
×××
一方、その頃。屋上に貼り付けておいた変身セットを拾った非色は、とりあえず間に合ったことにホッと一息つく。
だが、安心している場合ではない。すぐに戻らないと怪しまれる。一応、外側から一円玉を使って鍵を閉めてはおいたのだが、それも時間の問題だ。姉の能力に掛かればすぐにバレる。
「……ふぅ、神経使うなぁ」
打ち上げが全然、楽しくない。こういう面でも、友達を作ったのは失敗だったのかもしれない。
今からでも距離を置いたほうが良いのだろうか? 幸い、今ならまだ大した思い出はない。一緒にカレーを食ったくらいだろう。それも、思わず途中で寝てしまったくらいだ。
「……」
しかし、そんな友達がいない自分を姉は心配してしまっている。なるべくなら、やはり引き取ったからには普通に暮らしてほしいのだろう。高校出たら一人暮らしを始めるため、あと2年ちょいの付き合いとはいえ、家族になったからには親身になってくれている。
そんな姉を不安にさせるようなことは避けたいものだ。
「……戻るか」
そう呟いて部屋に戻ろうとしたときだ。見通しの良い屋上から、女子生徒がスキルアウトに路地裏に連れて行かれるのが見えた。
「……やれやれ」
どうやら、今はただの中学生に戻る時ではないようだ。言い訳を考えるのが難しくなるが、だからと言って見過ごせない。
とりあえず時間が無いので、ライダースーツは鞄の中に入れたままにして、マスク、ゴーグル、ニット帽と水鉄砲を持って突撃した。
あとは、今、鍋をしているメンバーに言い訳をしておかねば。内容は「デザート買ってくる」で良いだろうが、姉は「え、いつもそんなことしないけどどうしたの?」となりそうだし、佐天は電話をかけて来そうだし、美琴と黒子もなんか面倒臭そうだし、ここは初春がベストだ。
「よし、行くか」
メールを終えると、二丁水銃(ver.私服)はすぐに飛び降りた。
壁を蹴って別のマンションに飛び移り、ジャンプしながら問題の路地裏に飛び込んだ。
突然、現れたヒーローの姿に、不良だけでなく中心で襲われていた常盤台の少女も肩を震わせた。
「や、どうも。こんな所でかごめかごめ?」
「なっ……テメェは⁉︎ ……なんかラフだな」
「ダメダメ、まず中心の子はしゃがんでないと」
そう言うと、常盤台の子は反射的にしゃがんだ。その隙に水鉄砲を放つ。狙いは、非色から見て一番遠くにいて、しゃがんだ少女の頭を超えて後ろの男の動きを封じる。
「うおっ……!」
「てめぇ!」
二人がかりで挑んでくるのに対し、ホルスターに水鉄砲をしまって身構えた。
殴打を回避し、さらに次の蹴りも回避しつつ、ジャンプして壁を蹴って頭を超えて背後を取ると、片方の脇腹に蹴りを入れ、水鉄砲で壁に貼り付けた。
「グォッ……!」
「このっ……!」
残った一人が殴りかかって来たが、その足元に水鉄砲を撃った。
「っ!」
「あと一人だけど、どうする?」
「わ、悪かった! もうこの女には手を出さねえから……!」
「……この女には?」
「え、こ、このお嬢様には?」
「違うよ。今後、人の迷惑になるようなことはしない。良い?」
「ああ⁉︎ テメェ、調子乗ん……」
直後、壁が壊れる音がした。実際、ヒビが入った。素手でコンクリのビルに亀裂を入れた。
「……わ、分かりました。善処します……」
「うん、よろしい」
それだけ言うと、あとは女の子に声を掛けた。
「大丈夫?」
「あ、ありがとうございます……」
常盤台の少女、その時点で非色的には苦手な部類だったりするのだが、助けないわけにはいかない。
「あ、あの……何かお礼を……」
「いいよ。そう言うつもりじゃないから」
「そ、そういうわけには……!」
「じゃ、またね!」
それだけ言って、非色はジャンプでビルの上に駆け上がっていった。さて、今日はどうしようか。本当はヒーロー活動に戻りたいのだが……デザート買ってくる、なんて言ってしまった以上はそうもいかない。
ビルの屋上に登ると、マスクとゴーグルとニット帽と水鉄砲を鞄にしまい、背負った直後だった。
「あ、こんな所にいましたわ」
「アイヤー!」
後ろから黒子の声が聞こえ、思わず変な悲鳴が漏れた。
「っ、ど、どうしましたの?」
「え、あ……いや、ごめん。ビックリして……」
「それは失礼致しましたわ。デザートを買いに行かれた、と聞いたので探していましたのよ」
「え?」
「お手伝いに参りましたのですが……何故、屋上に?」
マズい、と非色は冷や汗を流す。ヒーロー活動を終えた後、なんで死んでも言えない。
「お、俺は高い所が好きで……あ、あと、あのヒーローもどきもビルの上を移動するって聞いてたから……見つけたら、とっちめてやろうと」
「……お気持ちはお察ししますが、それをやればあなたもしょっ引かねばなりませんの。それに、相手は曲がりなりにも強敵ですし、下手な手出しはお控え願います」
「あ、あははー……すみません」
信じるんだ、と思いつつ、とりあえず話を逸らす事にした。これ以上、この話題を掘り下げられたら誤魔化せる自信がない。
「じ、じゃあ……早い所行きましょうか」
「キチンと地上から参りますのよ。何処かおすすめのお店はありまして?」
「いや、俺はあまり食べた事ないから……」
「でしたら、一緒に参りましょう。黒子やお姉様がたまに行くお店がありましてよ」
なんか、知らない間に宿敵と二人で出掛けることになってしまった。