とある科学の超人兵士。   作:バナハロ

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好敵手は近くにいる。

 さて、黒子と二人並んでケーキを買いに来たわけだが。その間の会話がとても気まずいものだった。なぜなら……。

 

「で、もし次に二丁水銃さんと出会った時の作戦を考えてありますのよ」

「へ、へー……そうなんですか」

「ええ。彼の優れた所は運動性能ですよ。その点を超えるには、やはりテレポートを上手く使いこなすしかありませんわ。奇襲からの攻撃も不可能となると、単発で使うのではなく、誘い込むようにブラフと混ぜてテレポートを使わなければ……」

「あ、あはは……なるほど?」

 

 気まず過ぎて目を逸らしながら相槌を打っていた。それ、本人に言ってしまって良いんですか? と言った具合だ。これはバレた時が怖いというものだ。

 

「し、白井さんなら勝てますよ。相手は所詮、無能力者でしょう?」

「それがそうもいかないんですの。壁をよじ登ったり、ビルとビルの間を平気で跳ねたり、素手でバスを受け止めたり、中々、人とは思えない力を持っていますの」

「へぇ〜……やっぱ、アレですかね。そんな力持っている人は、人の社会じゃ溶け込めませんかね?」

 

 良い機会なので、控えめに聞いてみた。この先、普通の人間のふりをして生きる事にしたわけだが、どうやって生きたら良いのか分からないから。そもそもヒーローを続けるべきなのかも分からない。

 なるべく自由にいられて、その上で生活するのに必要なお金を稼げる仕事なんて深夜勤のアルバイトしか思いつかない。

 しかし、黒子は首を横に振った。

 

「そんな事ありませんわ。他の人と違う部分があるのは皆同じです。大事なのは、中身でしょう」

「……え、そ、そう……?」

「ええ。あの方も恐らくは悪い人ではないと思いますのよ。けど、人一倍子供っぽい面がある、だからヒーローなんてやっているんだと思いますわ」

「……」

 

 驚いた。まさか自分をこんな風に思ってくれているなんて。それと共に子供で悪かったな、とツッコミが浮かんだが。

 

「でも、今ヒーローさんがやっている事は決して公的に認められるものではありませんわ。その上、あのおちゃらけたような態度は本当に腹が立ちますの。絶対にお縄につかせてやりますわ」

「あ、あはは……」

 

 軽口に関しては申し訳ない。普段、人と話さない分、仮面をつけると饒舌になってしまうのだ。なんかSNS上でだけ陽キャラになる陰キャラみたいでかっこ悪い事は自覚しているのだが、なんだか恥ずかしい。

 

「……まぁ、頑張って下さい。俺に手伝えることがあれば手伝いますから」

「お気持ちだけ受け取っておきますわ」

 

 バッサリと断られてしまった。こういう所は割と嫌いではない。まぁ社交辞令のつもりだったし、本気で手伝うことは不可能だから良いけど。

 そんな風に話しながら歩いている時だ。

 

「あら、白井さんと……あら、あなたは!」

「え?」

「?」

 

 振り返ると、黒い髪の女の子が立っていた。しかも、常盤台の制服を着て。というか、さっき助けた女の子だった。

 

「さ、先程は助けていただいてありがとうござ」

「ワンダああああああフェスティバルうううううううッッ‼︎」

「ひゃあっ⁉︎」

「きゃっ……ち、ちょっと! 非色さん?」

 

 慌てて白井さんに脇腹を突かれ、とりあえず黙った。

 

「何を急にシャウトしてますの⁉︎」

「ご、ごめんなさい……」

 

 危なかった、早速バラされる所だったので、つい止めに入ってしまった。止め、というか邪魔だが。

 改めて、コホンと黒子は咳払いし、目の前の同級生に声をかけた。

 

「えーっと……非色さんに助けられましたの?」

「い、いえ……人違いでしたわ。服装が同じだったもので……」

「そうでしたか」

 

 そこで話が終われば良いのに、さらに続けるのだ。女子というものは。

 

「はい。先ほど、二丁水銃さんに助けていただきましたのよ」

「……あの似非ヒーローに?」

「まぁ、似非などではありませんわ。事件の大小構わずに助けてくれる方はそうはいませんの」

「いえ……しかし、あの方はいつもライダースーツでしょう?」

「それが、今日の所は私服だったんですわ。それも、ちょうどこちらの方に似たような服……あら?」

 

 声を掛けられた非色は、慌てて上に着ていたシャツを脱ぎ、近くの路地裏に投げ捨てた。お陰で、半袖半ズボンとわんぱく坊主のような服装である。

 

「……気の所為、でしょうか?」

「え、非色さん。さっきの上着はどうしたんですの?」

「い、今鳥の糞かけられてそこのゴミ箱にダンクしてきました!」

 

 たまたま、近くにコンビニのゴミ箱があったので指さした。割とどうでも良いことだったのか、黒子は「そうですか」とあっさり流してくれたが。

 それよりも、いまだ紹介していなかった事に気づき、黒子はすぐにハッとして紹介してくれた。

 

「ああ、ご紹介がまだでしたわね。失礼致しました。こちら、泡浮万彬さん。クラスメートですわ」

「よろしくお願いしますわ。……して、白井さん。こちらの殿方は……その、ご伴侶の方でしたり?」

「ち、ちがいますの! この方は私のお友達の友達の方ですわ。或いは先輩の弟です。固法非色さんですわ」

「あ、え、えっと……どうも」

 

 控えめに頭を下げる非色の頬をつねる。

 

「どうも、ではなくて、よろしく、ですわよ!」

「よ、よほひふ……」

「い、いえいえ……お気になさらず……」

 

 まるで姉弟のようなやり取りに、思わず苦笑いが漏れてしまった。まぁ外見はどう見ても兄妹だが。

 そんな中、泡浮の視線が非色に向けられる。

 

「な、なんです?」

「……同い年、なんですよね?」

「は、はぁ……」

「……それにしては、体格が良いような……」

「そうですのよねぇ……私にもこれくらい身長があれば、まだ戦いやすいのですが……」

 

 ぎくっ、と非色は肩を震わせる。言えない、実は超人です、なんて言えない。

 

「それに……何処となく体格が二丁水銃さんに似ているような……」

「……言われてみれば確かに……」

 

 これはまずい。逃げるべきか弁解すべきか頭を悩ませている時だった。キキーッという耳に響く甲高い音が聞こえた。

 三人揃ってそっちを見ると、黒い車が明らかに法定速度を超えて動いていた。中には、覆面を被った男達が運転している。

 

「泡浮さん、非色さん。退がっていて下さいな」

「は、はい。行きましょう、固法さ……あれ?」

「どうしましたの?」

「固法さんが……」

 

 二人が辺りを見ましたときには、もう非色の姿は無かった。

 

 ×××

 

 路地裏に投げ捨てたシャツを羽織って、鞄の中のマスクやゴーグルを装着しながら、非色は屋上から車を追っていた。

 相変わらず退屈しない街だ。大きな事件を解決したからって、しばらく周りがおとなしくしているとは限らない。むしろ、幻想御手が手に入らなかったスキルアウトどもが調子に乗り始めている。

 

「まったく、元気だなぁ」

 

 そう呟きつつ、車の前に一気に飛び降りた。ギリギリブレーキをかけられるタイミングで降りると、車のボンネットに両手を置き、強引に力技で押し返し始めた。

 

「うおっ⁉︎ 二丁水銃……あれ、なんか格好がラフだな」

「本物か? こいつの顔だけなら簡単に作れるし偽物じゃね?」

「偽物が車と腕力で競えるか! おい、アクセル踏め!」

「良い勘してるね。君には百点満点をあげよう。ただし、他二人は落第だ!」

 

 そう言うと、強引に車を持ち上げた。いかにアクセルを踏んでも、タイヤが地上から離れては意味がない。

 

「シートベルトをご着用の上、席を離れないようご協力をお願い致します!」

 

 叫びながら、車を横にして地面に落とした。エアバッグが作動すると共に、中でパニックになっているのかタイヤが止まった。たまたま、ブレーキを踏んだらしい。

 その隙に、非色は上を向いてる側面の扉を開け、水鉄砲を抜いた。

 

「んなっ……!」

「はい、二人終わり」

 

 運転席と助手席の二人を封じ込めた直後だ。バガンッと車の後ろの扉が吹っ飛ぶと共に、中から強盗の1人が出てきた。両手には氷によって作られた二刀が構えられている。

 

「クソが……! テメェは俺が片付けてやる!」

「いやいや、投降しなさいよ。片付けられるのはそっちだって」

「うるせぇ!」

「まったく……まだ幻想御手に手を出した人達の方が可愛く見えてくるな」

 

 そう言いつつ、両手のコンボを非色は緩やかに回避する。右からの攻撃を下がって回避すると、左手の横振りをしゃがんで避ける。今度は右手の縦切りを斜め横にジャンプして回避しつつ、外灯に掴まってターンしつつ落ち着き、斜め上から水鉄砲を放った。

 が、両手の刀を消した男はその液体を凍らせてその場に落とす。

 

「お」

「バカが!」

 

 さらに、非色に向かって拳を突き出した。その先端から氷が作られ、パンチが飛んで来る。ジャンプして避けると、外灯が叩き折られた。

 要は、周囲の液体や水蒸気を凍らせる能力だろう。ただし、その凍らせられる範囲は決して多くない。

 

「今の季節に適した能力だね。羨ましいや」

 

 そう言いつつ、折られた外灯を掴んで投擲した。それの狙いは、延長された腕そのものだ。地面に縫い付けるように突き刺さり、氷を貫通する。

 ガクンッと姿勢が崩れたその一瞬の隙をついて、蹴りを胸に放った。空中に飛び上がり、背中を近くのビルに強打する。そこに水鉄砲を放ち、身体を壁に縫い付けた。

 

「だから言ったのに……ああああ!」

 

 片付いてから絶望的な声を上げる。シャツが氷の刃によって微妙に切り裂かれていたからだ。

 

「あーあ……まぁ、さっきぶん投げた奴だし……でもまた服の金が……」

 

 これからは私服で戦うのやめよう、そう思った時だ。後ろから敵意を感じ、慌てて回避した。

 自信が立っていた足のあたりに、金属矢がカランと落ちる。誰がどう見ても黒子の攻撃だった。

 

「あ、やばっ……」

「見つけましたわよ、二丁水銃!」

「逃げろ!」

「ここであったが、百年目ー!」

 

 逃げる非色と追う黒子。テレポーター相手に逃げられる実力があるのだから、やはり周りで見ている人から見たらあのヒーローは普通ではない。

 

「ちょっ、俺を追うよりやる事あるんじゃないの⁉︎」

「知りませんわ、そんなの!」

「犯人の通報! あの能力者なら俺の水鉄砲凍らして砕けるんだから!」

「っ……し、仕方ありませんわね……!」

 

 仕方なく引き返す黒子を眺めつつ、そのうちに非色は逃げ出した。路地裏に入り、マスクとゴーグルを外して、帽子と破れたシャツを脱いで鞄にしまうと、何事もなかったように路地裏から顔を出す。すると、泡浮とちょうど良いことに目があった。

 

「あ……固法さん! 探しましたのよ?」

「え、さ、探してたんですか?」

「お怪我はありませんか? 巻き込まれたりとか……」

「だ、大丈夫ですよ。あはは……」

 

 苦笑いを浮かべつつ、軽く会釈する。そんな二人の間に、黒子が降りてきた。

 

「通報は終わりましたわ。……あら、非色さん。何処で何してたんです?」

「す、すみません……巻き込まれたら嫌だなって逃げちゃいました」

「……そうですか」

 

 微妙に疑いの目になっているが、ちょうど警備員が到着し、犯人達の確保を始めた。

 

「さ、それよりデザート買いに行きましょうよっ」

「……そうですわね。お姉様もお待たせしていることですし」

「では、白井さん。私はこれで」

「ええ、また」

 

 挨拶だけして、泡浮と別れた。

 二人でそのままケーキを買いに行く。非色としては、やはり気まずい。何せ、さっきまでやり合っていた相手だ。正体を知らない黒子が少し羨ましくもあった。

 

「それにしても……また逃げられましたわ……!」

「え?」

「あのムカつくヒーロー様です。今日こそ捕まえてやろうと思っていましたのに……!」

「あ、あはは……」

 

 めっちゃ悔しがってる、と心の中で呟きつつ、苦笑いを浮かべる。

 

「今日は警備員への通報の隙を突かれましたわ。……考えてみれば、目撃者の中の他の方が通報はしていたでしょうし、私があの方の言うように通報することはなかったのでしょうか?」

 

 相当、ショックなのか、普段なら口走らないようなことを抜かした。思わず非色は首を横に張って答える。

 

「いや、それは違うでしょう。通報は、気付いた人がするべきだと思いますよ。特に、一般人ではスキルアウトの恨みを買うことを恐れて見て見ぬ振りをする人もいますから、悪い人の恨みを買うことを恐れない風紀委員の方が通報するのが正解だと思います」

「……非色さん」

「白井さんなら、あんな似非ヒーローは必ず捕まえられると思いますから、そんなに焦らないで下さい」

 

 ただ思った事を口にしただけだった。実際、非色もいつまで逃げられるかなんて分からないから。特に、黒子が超能力者になったら、もう逃げ切れないだろう。自分と追いかけっこしているうちに強くなる、なんていうのは十分あり得る話だ。

 しかし、黒子はとても意外なものを見る目で非色を眺めた。

 

「……さっき、女性二人を置いていの一番に逃げた割に、ちゃんと相手を気遣えるのですね?」

「……褒められてる気がしない」

「ま、そこまで言うのでしたら、いつかあの似非ヒーローを打倒してもよろしいですわよ?」

「……」

 

 そう微笑む黒子の顔は、普段、鬼の形相で追ってくるとは思えないほど綺麗に見えた。思わず心臓が高鳴ったほど。

 

「さ、早くデザート買いに参りますわよ」

「あ、う、うん……」

 

 控えめに返事をすると、微妙に頬が紅潮したまま黒子の後に続いた。

 

 ×××

 

「お姉様ー! 私と愛の間接キスを……!」

「喧しい!」

「ギャー!」

 

 ……どうやら、さっきのは何となく風邪っぽかっただけのようだ。

 

 


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