拘留所の面接場、そこに非色は顔を出した。勿論、素顔で。代理人を立てる、など不可能だ。顔を隠して他人にやらせるのも出来ない。雇う金もないし、コミュ力が無くて交渉もできない。何より、交友関係が狭すぎて信用できる人間がいなかった。
だから、本人が代理人のふりをして来たわけだ。この際、木山に正体がバレるのは覚悟の上だ。学園都市の裏の顔を知っている以上、口は固そうだし、そういう意味じゃ一番信用できる。
「……やはり、君か」
面会室で待機していると、奥から木山が現れる。やはり、と言われた時点で既にバレているのだろう。
「どうも、木山先生」
「君も、面白い男だな。あの実験を生き抜いただけの事はある」
「知ってるんですね?」
「学園都市で優秀な科学者をやっていれば、それなりに色んな情報が入ってくるものさ」
自分を優秀と言った辺りはスルーした。実際、優秀だし、非色も自分が他の同級生より勉強が出来る自覚がある。
「あの水鉄砲は自作かい?」
「そうですよ。水鉄砲自体も、中の液体も」
「ほう……それは驚かされた。しかし、何故水鉄砲なんだ? 剣とかの方が武器としては役に立つんじゃないか?」
「剣なんか作るよりも、俺の拳の方が強いよ。それに、殴打は加減が利くけど、斬撃は優しくあたっても相手に怪我させちゃうでしょ」
「……相変わらず甘い男だな、君は」
そう言う割に、その表情は決して不愉快そうには見えない。むしろ、楽しげな顔に見えた。
「で、まずは何したら良いですか?」
「そうだな……。冥土返しには会ってきたか?」
「うん。あのカエルみたいな顔の人でしょ。会ってきました」
「そうか。では、あの子達とは会えたのか?」
「いや、別の施設で面倒を見ているみたいで会えませんでしたよ」
「正解だ」
今のは本当に会ってきたかのカマかけだったのだろう。これだから科学者は油断ならないというものだ。
「……作ってもらいたいものは『ファーストサンプル』だ」
「何それ?」
「彼女らの頭に打ち込まれたウイルスをアンイストールするためのプログラムだ」
「俺、プログラムは組んだことないよ」
「だから、冥土返しと共に私が言ったことをそのままやってくれれば良い。必要なものがあれば、君が調達してくれ」
「了解です」
やることは決まった。とりあえず、今は木山によるガラス越しの授業である。
×××
一方、その頃、一七七支部では、黒子と美偉と初春が新たな事件を追っていた。
「能力者狩り?」
「そうですわ。そのような事件が多発しておりますの」
「そんなの、ヒーローさんがいの一番に食いついて来そうな話じゃないですか」
「初春、あなたはあの似非ヒーローさんに任せるとでも言うつもりですの? 仮に彼が正義の側であったとしても、まずは我々のような公的な立場の者が出るのが正しい形でしょう」
「そ、そう言うわけじゃないんですけど……」
ただ、幻想御手事件が収束した直後に能力者狩りだ。おそらく犯人は、幻想御手が手に入らなかったスキルアウト達だろう。推測の域を出ない話ではあるが、それらが能力者を倒す力を得たのだとしたら、今、黒子達が出るのは危険だ。
「もう少し、事態を見守ってから動いた方が良いのではないですか?」
「そうね……正直、今の事件は私も慎重に動いた方が良いと思うわ」
「何故ですの?」
「嫌な予感がするのよ。能力者を率先して狙うも何も、まずどうしてその人が能力者だと分かったのか、とかね」
常盤台のようなエリート校ならともかく、他の学校では制服だけじゃ能力者の見分けはつかない。
「しかし、被害者が増え続けるようでしたら、我々も動かないわけには」
「だからこそ慎重に動かないといけないのよ。私達が被害者になるのだけは避けないと」
それはその通りだ。「風紀委員でも負けた」なんて一般人に思われたら終わりだろう。
理解はしても、納得はしなかった。かといって、勝手に動くほど間抜けではないが。こう言う時、あのヒーローの立場が少しだけ羨ましかったりする。
「……では、まずは情報を集めに参りましょうか。私は被害者と会ってきますわ」
「じゃあ、私はネットの情報を漁ってみます」
「とにかく、色々と洗ってみましょうか」
そう決めると、まずは黒子が空間移動でその場から消えていった。
×××
木山との面会を終えた非色は、欠伸をしながら眠たげに歩いていた。これから先、忙しくなる。夏休みなのに学校に通っていた時より忙しい。
「うーん……このあとどうしようかなー」
ヒーローセットは家に置いてある。あまり持ち歩くと正体がバレるからだ。しかし、これだとすぐにヒーロー活動に移行できない。困っている人を見掛ければ助けに行くが、流石にこのままビルの上を跳ねて助けにはいけない。
「……なーんか、変身アイテムが欲しいなぁ」
思わずそんな言葉を口走った時だ。目の前で、常盤台の少女が廃ビルの中に連れ込まれていくのが見えた。
「……よく見るな最近、この光景」
さて、助けにいくか、と気合を入れた。後を追って廃ビルの中に入り、そいつらの後を追う。なるべくなら、人数も把握しておきたいところだ。
「あなた方、この私を婚后光子と知っての狼藉ですの? 今のうちに開放してくだされば、許して差し上げても構わなくてよ?」
「はっ、流石、常盤台のお嬢様だ。そいつは立派な能力をお持ちなんだろうな」
「こっちこそ教えてやる。今のうちに金だけ置いていけば命は助けてやるよ」
「やれやれ……では、少々痛い目になってもらうとしましょう」
その一言の直後だ。パチン、と言う指パッチンがスキルアウトから響いた。直後、キイィィィンっと耳に響く音が鳴り響く。非色としては「うるせーな」って感じでそれ以上でもそれ以下でもなかったが、婚后とやらは違った。急に頭を押さえて蹲ってしまった。
「なっ……こ、これは……⁉︎」
「はっ、残念だったな。能力が使えなきゃ、常盤台のエリートさんもただのガキよ」
そう言いつつ、婚后に男のサッカーのような蹴りが迫った時だ。飛び出した非色が婚后の襟を掴み、自分の後ろに引き寄せると共に蹴りをガードした。
「なっ……!」
「え……?」
「わぁ! Jリーガーもビックリなトウキック! シュートを撃ちたかったらインステップで捉えよう!」
間抜けな返しと共に、強引に片腕で脚を掴んで壁に放り投げる。
「てめっ、誰だコラ⁉︎」
「え? あ、あー……風紀委員の知り合い兼風紀委員の弟兼常盤台の超電磁砲の……し、知り合い兼クラスメートの友達?」
「長いし多いし全部肩書きでもなんでもねぇだろうがコラァッ‼︎」
「お前ら、やれ!」
ビルの中には5〜6人いたようで、一斉にかかってくる。しかし、たかだか人間6人では、超人の相手は務まらない。
殴打を回避し、肘を鳩尾に叩き込んで退がらせると、逆側からかかって来る相手に裏拳を放つ。怯んだ隙に両足で飛び蹴りを放ちながら宙返りしつつ、蹲る婚后を狙った奴の肩に着地した。
「あ?」
「ダメダメ、女の子から狙うなんて最低だよ」
そう言いつつ足で頭を挟む。それと共に、肩の上で膝を曲げて腰をかがめる。まるで、予備動作のように。
「回りまーす!」
そう言うと、宙返りしながら近くにいたスキルアウトに叩きつけた。その衝撃を利用してさらに宙返りして着地すると、慌てたような声が聞こえてきた。
「おい、ヤベェ奴が来たぞ!」
「仲間を呼んで来い! 能力者じゃねえんなら数で囲めば勝てる!」
「金属バットもあんだろ!」
「あと、アレだけは絶対壊されんなよ! 最悪、それだけ持って逃げろ!」
おっかない話だ。どこから持ってきたのか。なんにしても、油断は出来ない。バット程度じゃ死なないが、痛いもんは痛い。
その上、身動き取れない婚后が後ろに控えている。簡単にはいかなさそうだ。水鉄砲があれば楽に行けるが……まぁ、上手くやるしかない。あと、なるべくヒーローだとバレないように。
自身の周りにいるメンバーは10人を超える。油断大敵と行こう。お陰で最後の「アレ」を気にする余裕はなかった。
「えーっと……権藤さん?」
「こ、婚后光子ですわ!」
下の名前は聞いていないのに答えてくれた。ご丁寧な人である。
「そのまま動かないで。……で、なるべくなら、目を閉じてて」
「え……?」
「次に目を開けた時には、終わってるから」
とはいえ……だ。敵にも味方にも怪我を負わさないように戦うには厳しい状況……そう思った時だ。ガシャンッと、ビル内の窓が蹴破られる音がした。
予想外の音に、非色も他のメンバーも音のする方向へ顔を向ける。現れたのは、黒い革ジャンの男だった。フワフワな茶髪、片手にムサシノ牛乳を持った男だ。
「なっ……!」
「あ、あいつは……⁉︎」
現れた男に周りが動揺した直後だ。非色は近くに居た男の肩に手を置いた。
「ダメだよ、他所見しちゃ」
力づくで肩を引き込み、後ろに放り投げる。壁に仲間が叩きつけられたことにより、革ジャンの男に気を取られたメンバーは非色の方を向いた。囲んでいるはずなのに、前門の虎後門の狼のような気分である。
窓から侵入した男がスキルアウト達を殴り飛ばし、一気に非色の背中の婚后の前に立つ。
「誰だか知らねえが、良い根性してんじゃねぇか。こいつら相手に退かねぇとはよ」
「それはどうも。所でなんでムサシノ牛乳?」
「半分、任せるぞ」
「無理しないように。能力者じゃないんでしょ?」
「無能力者だからって弱ぇとは限らねえ」
「知ってる」
それだけ話し、二人は一切に周りの男達に突撃した。身軽さを活かした非色と、拳と拳でどちらかが倒れるまで殴り合うインファイトスタイルの革ジャン、その二人が組めば、助けられない相手はいなかった。
×××
30分後、黒子と美偉は能力者狩りがあったと思われる現場に来ていた。起こったのは廃ビル。現場はもう地獄絵図だ。何せ、不良とその武器と思われる金属バットや廃材がその辺に転がっており、何箇所かには血が付着している。
「あーあ……なんですの? これ」
「本当ね……狙われた被害者の能力者が強力過ぎた、ということかしら?」
「いえ……それにしては、スキルアウト達の怪我が能力の跡には見えませんの」
「……確かにそうね。どちらかというと、スキルアウト同士の抗争の後、と言った感じ」
被害者の女性には初春が事情聴取を聞いている。
「まさか……二丁水銃?」
「いえ、液体がないわ。第三者の介入があったのは間違い無いけど、彼ではないと思う」
「……ですね。でも、だとしたら何者が……」
こんな真似できる奴はそうはいない。敵なのか味方なのか測り兼ねる所だ。
そんな時だ。初春から電話がかかって来た。
「もしもし?」
『あ、白井さんですか?』
「被害者の方から何か聞けましたの?」
『はい。被害者……というか、婚后さんが……』
『ちょーっ! う、初春さん⁉︎ 白井さんに言うのだけはやめていただけます⁉︎』
『え? なんでですか?』
『なんでもです!』
それを聞いて、黒子は小さくほくそ笑んだ。ライバル、という言葉が一番しっくりくる婚后光子は、詳細は分からないが無能力者にやられそうになった、ということだ。
が、今はからかう時ではない。とりあえず、初春の報告を聞くことにした。
「で、何かわかりまして?」
『あ、はい。まず能力が使えなかった件について。それは、ビルに入ったらスキルアウトの一人が指を鳴らすと、何処からか耳に響く音がして、それによって能力を使えなくなった……と言うことだそうです』
「……なるほど」
ヒントは音か……と、黒子は顎に手を当てる。
『それで、助けてくれた人なんですけど、片方はやたらと身軽な少年だったそうです』
「複数人いた、と言うことですの?」
『と言うか、二人ですね。それで、もう片方の方が黒い革ジャンにムサシノ牛乳を持った人、だそうです』
「え……」
その報告を聞いて、動揺したのは美偉の方だった。普段、冷静な先輩が動揺する姿は中々、見れない。
怪訝に思った黒子は、片眉を上げながら美偉に声を掛けた。
「……固法先輩?」
「まさか……先輩、なんですか?」
「え……?」
どうやら、心当たりがあるようだ。その事が意外で、思わず黒子も固まってしまった。