「はぁ……疲れた」
雑務を手伝わされた非色は、つかれた脚を引きずって帰宅した。本当に疲れたのだ。何せ、女4対男1の現場だ。これに慣れる事はまず無いのだろう。
いつもとは違う疲れを感じつつ、とりあえず手洗いうがいを済ませる。美偉の教育の成功例の一つだ。
「……姉ちゃん、まだ帰ってないのかな」
部屋の中が暗い以上はそういう事なのだろう。そういえば、表で何してるのだろうか。何か調べ物とか聞いていたが……。
が、すぐに姉なら平気だと思うことにして夕食の準備に入った。冷凍庫の冷凍食品の準備と白米の準備だ。あとお風呂。
自分に出来る家事をなんとかこなしていると、美偉が帰ってきた。
「ただいま〜……」
「あ、おかえり」
珍しく疲れている姉の姿に、非色は片眉を上げた。
「どうしたの? 何かあった?」
「う、ううん。何でもないのよ」
「あ、そう。ご飯、今からチンするから」
「ありがと」
それだけ話して電子レンジのスイッチを入れた。心なしか、美偉は何処かヤツれて来ているように見える。例の能力者狩りの捜査、かなり切羽詰まっているのかもしれない。
にしても、美偉には別の思惑があるのかもしれないが……とりあえず、気にしない事にした。
「……何かあったら相談してね。俺は姉ちゃんがピンチになったら絶対に助けに行くから」
「ありがと。気持ちだけもらっておくわ」
「むぅ……さりげなく断られた……」
「当たり前よ」
まぁ、それはそうだろう。非色も悩みの種となっているスキルアウトの組織達に関しては先にバチバチ殴り合ったので、ただの弟と思われている自分の協力を遠慮するのは当然だろう。
「でも、無理はしないでね」
「分かってる」
非色の心配に対し、美偉はつれなく答えると、レンジの料理完成を意味するチーンという音が鳴り響いた。
×××
翌日、一七七支部では今日も能力者狩りの捜査を進める。と言うのも、被害者はやはり増える一方だからだ。ヒーローが割と食い止めてくれているものだと思っていたが、ほかの事件を追っているのか、何かしてくれている様子はない。
固法は相変わらず単独で捜査しているし、残されたメンバーは尚更、頭を抱えてしまっていた。
「……やはり、能力が封じられる、という点以外のものは出てきませんわね」
「そうね。こうなったら、奴らの根城に突っ込んで締め上げるしかないんじゃないかしら?」
「強行的ですが……それしかないかもしれませんわね」
婚后が危ない目に遭いかけたと知って、美琴はかなりご立腹のようだ。友達思いな所は結構だが、相手は能力を封じる何かを持っている。迂闊に飛び込むのは賛成できない。
「お姉様、あくまで話を聞きに行くだけ、というのを念頭に入れておいて下さいますか? 現場の近くで聞き込みをして、付近のスキルアウトから話を聞く、という体で行きますわ。……暴力は最終手段ですの」
「わ、分かってるわよ! 私だって蛮人じゃないのよ?」
「その後でも敵討ちは出来ますので」
「分かってるってば!」
まぁ、流石にここまで言われれば分かってくれるだろう。第三位でも、暴力的なだけでない事を知っている。
そんな二人に、初春が心配そうに声をかけた。
「でも、大丈夫ですか? もし、向こうが問答無用で襲って来たら……」
「その時こそ、心配なのは向こうの方よ」
「常盤台中学は、能力が無くても戦えるよう武の心得も教えているのですわ。何より、怪しい真似をする前にとっちめて差し上げますとも」
それだけ言って、二人はテレポートしていった。どこと無く初春は嫌な予感が胸を占めていたが、まぁあの二人なら大丈夫、と無理矢理、思い直すことにした。
×××
佐天涙子は、することがなさ過ぎてぶらぶらと街を歩いていた。なんかみんな忙しそうにしているし、非色も電話に出ない。
そのため、鼻歌なんて歌いながら歩いている時だった。ふと近くで見覚えのある人達が走って行くのが見えた。
「……あ、御坂さ……」
開きかけた口が塞がって、慌てて近くの電柱に身を隠す。何故なら、その二人はスキルアウトに囲まれていたからだ。
とんでもない場面に出会してしまった、と思わず手で顔を覆った。どういう状況だか知らないが、穏やかには見えない。
「……だ、大丈夫かな……」
自分が、戦闘においてあの二人を心配するなんて烏滸がましい気もするけど、やはり心配と言えば心配だ。特に、今は能力者狩りなんて流行っているわけだし。
そんな佐天の心配を他所に、二人は強気に聞き込みを始めた。
「ちょっと、ここらで能力者狩りしてるっていう連中に用があるんだけど、あんたら知らない?」
「教えてくだされば、今はとりあえず見逃してあげますのよ」
「……はっ、随分と態度がデカいねぇ。その制服、常盤台か?」
「てことは、能力者だな? さすが、強い力を持つ奴は強気だな」
そんな風に嫌味を言われても、二人としては腹が立つだけである。腹が立つということは、つまり……。
「良いわ、投降する気は無いってことね?」
「少し痛い目を見てもらうしかありませんのね」
その沸点の低さと喧嘩っ早さは佐天と通信機越しの初春も呆れる程だ。
周囲に「音」にまつわる兵器も見えないし、そもそもこいつらがビッグスパイダーとは限らない。
そう判断し、即座に二人が能力を発動しようとした直後だった。何処かから、耳に響く嫌な音が聞こえる。
直後、二人はその音に対して耳を塞ぎ、蹲ってしまった。
「えっ……」
思わず、佐天は目をむいてしまう。あのスキルアウトが100人いても敵わないあの二人が、簡単に制圧されている。
「なっ……何これ……!」
「まさか……あなた方が……!」
「良いモンもらっちまったな。常盤台のお嬢様だろうが、スイッチひとつで跪かせられる」
スイッチひとつ、の時点で間違いなく何かの機械を使ったのだろう。しかし、それにしても想像以上の効果だ。能力を封じる、のではなく能力者を封じる、と表現するのが正解のようだ。
「よっしゃ、お前ら。上玉だぜ」
「連れて行くぞ」
「っ、ざけんな!」
「お姉さま……!」
「ふざけんなはテメェらだよ!」
二人に蹴りが入り、そのまま気絶させられてしまった。それを遠くから見ていた佐天は、どうすることも出来ずに立ち止まってしまう。
助けた方が良い、と頭の中で警笛が鳴っていたが、しかし自分が行っても何も出来ない。同じ無能力者同士が相手でも、人数も体格も腕力にも差があり過ぎる。
「……こんな時、ヒーローさんがいてくれたら……!」
と、呟いた時だ。そうだ、もし自分がヒーローさんならどうするか? や、ヒーローさんなら突撃してボコって通報して終わりだが、そこではない。ヒーローさんは、自分の出来ることをしているだけだ。
ならば、自分も出来ることをしよう。そう決めて、連行されている2人の後をつけながら、携帯で初春に電話を掛けた。
『もしもし、佐天さん?』
「う、初春……」
『どうしました? 今、ビッグスパイダーの情報収集を……』
「白井さんと御坂さんが、捕まっちゃった……」
『ええっ⁉︎』
ガタッと席を立つ音が聞こえる。電話で良かった。スピーカーなら音が漏れていたかもしれない。
「……私の携帯の位置情報から辿って、場所を教えるから……ヒーローさんを呼んで」
『呼んでって言われましても……』
「もしくは非色くん。喧嘩強いんでしょ? この前も、婚后さんを助けたとか何とか……」
『分かりました。で、でも佐天さん。無茶はやめて下さいね?』
「了解……」
ヒソヒソ声のままそう言うと、慎重に跡をつけた。
×××
一方、その頃。非色は今日も冥土返しと共に仕事をしていた。ファーストサンプルとやらの開発を、木山に言われた通りに行う。正直、プログラミングは初体験だが、目の前で眠っている子供達のためだ。一からでも学び、必ず助ける。
「しかし、君も変わった子だね?」
「え?」
パソコンの前で指を弾く非色の姿を見て、冥土返しは声を掛けた。
「何故、わざわざヒーローなんだい? 学園都市には似たような事をしている子が多くいるけど、君が一番、面白いよ?」
「え、お、面白い?」
「ヒーロー、と一言で伝わる腕力……僕はあの実験のことは知っているけど、力を得た過程もヒーローっぽいよね? 何より、ヒーローっぽさのためにコスチュームまで使っているのは、君くらいのものだろう?」
「……変ですか?」
「まぁ、そうだね? 変だよ?」
変かぁ……と、非色は肩を落とした。そろそろ変じゃなくてカッコ良いコスチュームが欲しい所だ。
それはともかく、とりあえず返事をすることにした。
「ヒーローって、カッコ良いじゃないですか」
「そうだね?」
「要は、そういう事です。使える力を使ってみんなを守るってとてもカッコ良い気がして」
力の事を知っているなら、別に誤魔化す事はない。出来ることをしようと思っただけだ。
「なるほどね……? まぁ、君にしても彼にしても通ずる話だけど、あまり若い子に無茶はして欲しくないね?」
「大丈夫ですよ。俺の身体は医者いらずですから」
少しずつとは言え、自動修復も可能だ。そんな時だ、携帯に一本の電話がかかって来た。
「もしもし?」
『あ、ひ、非色くんですか⁉︎』
「そうだよ」
この甘ったるい声は初春のものだ。やたらと焦っているが何かあったのだろうか?
「どうしたの? またお手伝い?」
『そうではなくて……! 御坂さんと白井さんが、ビッグスパイダーに捕まってしまいました!』
「……は?」
『位置情報を送るので、助けに行ってもらえたりしませんか?』
なるほど、と非色は頭の中で相槌を打つ。そりゃ確かに一大事だ。
「了解。今から行くよ」
『お、お願いします。それと、佐天さんが現場にいるので、なるべくなら早く到着してあげて下さい』
「はいはい」
それだけ話して、通話を切った。その非色に、冥土返しは尋ねた。
「何かあったかい?」
「ヒーローの時間」
「……そうかい? まぁ、気をつけて行くんだよ?」
「はいはい。……あ、そうだ。冥土返しさん」
「? なんだい?」
「なんか、隙間時間にで良いんで、変身アイテムみたいなの作れたら作って欲しいんですよ。せめて頭だけでも変えられると嬉しいです」
「……考えておくよ」
今度こそ、施設を出て出撃した。街の屋上を跳ねながらマスク、ゴーグル、帽子を被り、初春からもらったGPSの位置を確認して突っ込んだ。
×××
「クッ、ソ……!」
ビッグスパイダーの溜まり場で、美琴と黒子はいたぶられていた。その周りにいるのはビッグスパイダーの連中。そして、その頭目と思われる男、蛇谷が倒れている二人の前で立っていた。
「ハッ、能力がなきゃ、テメェらもただのガキだな」
「あ、あんたらァッ……!」
「特に、そっちのツインテール。風紀委員にゃ、俺達もひでぇ目に遭わされてたんだ。ここらで仕返ししても、罰は当たらねぇだろ」
「っ……!」
倒れている黒子に、もう意識はない。美琴も限界だ。何とか能力は出せるが、制御も出来ず、狙った場所に放つことすら不可能だ。
その様子を後方で控えて見ていた佐天は、尚更、どうしたら良いのか分からなくなった。ヒーローはまだ来ない。自分には、黙って二人が殴られている様子を見る事しか出来ない。
でも、自分が出ていけば、ほんの僅かでも時間は稼げるんじゃないだろうか? しかし、その後にまだヒーローが来ないのなら、100%一緒にタコ殴りにされる。
「……でも」
自分に出来ることは最大限やったつもりだ。おそらく、ここで助けに入ったとしても、後で黒子に怒られるだろう。その上、待っていればヒーローは来るはずなのだ、
……だからと言って、友達が無抵抗に殴られているのを見て、黙っていられるほど薄情ではない。
「ま、待ちなさいよ!」
姿を現した。
「さ、佐天さん……⁉︎」
なんでここに、と聞こうとする前に、佐天はツカツカと輪の中に入っていく。
「わ、私の友達にこれ以上、手を出しゃないで!」
噛んでしまったが、言おうと思ったことは言った。勿論、ただでは済まない。それを聞いた男達は、ジロリと佐天を睨んだ後、立ち上がった。
「……なんだ? テメェは」
「一緒に殺されてえの?」
「っ……!」
まずい、と美琴が能力を使おうとするが、後ろから背中を踏みつけられる。
その横を、蛇谷がツカツカと歩いて通り過ぎ、佐天の前に立った。
敵のボスが目の前にきて、今すぐにでも逃げ出したいが、足が震えて動かなかった。
「……良い度胸だ、嬢ちゃん」
「っ……」
「だが、死ね」
「え」
直後、拳が振り下ろされた。反射的に目をつむり、両手で頭を抱えてしゃがんだ時だ。その拳を、肘から掴んで止めた男がいた。
「よーう、久しぶりだなぁ。蛇谷」
「っ、て、テメェは……!」
その男は革ジャンを羽織り、片手にムサシノ牛乳を持っていた。それに気付き、慌てて距離を置く。
美琴も佐天もあらわれた男、黒妻に目を向けるが、無視して蛇谷が聞いた。
「なんで、テメェがここに……!」
「なぁに、俺が抜けた後もしつこく組が続いてるって聞いてな。しかも、随分とこすい事してるもんだから、ちょっとお仕置きにな」
「ハッ……やってみやがれ。今の俺達は、テメェがいた頃とは違うってとこを見せてやるよ!」
直後、周りから武器を持った男達がゾロゾロと姿を表す。廃材や鉄パイプなんてものもあれば、ナイフや銃を持っているような奴らもいた。
それに対し、佐天の口から小さく「ひっ……」という言葉が漏れる。その佐天に、黒妻は優しく声をかけた。
「嬢ちゃん、動くなよ」
「……え?」
「あと、あそこで寝てる嬢ちゃん達と合流してくれ」
それだけ言うと、黒妻は革ジャンを脱ぎ捨てて一気に突撃した。まずは一番近くの奴、そいつの顔面に容赦なく飛び蹴りを放つと、手放した武器をキャッチし、遠くにいる奴の顔面に投げ付ける。
着地とともに別の奴からの攻撃を避けると、襟を掴みながら腰に膝蹴りを放り、崩れた隙を突いて強引に襟を引っ張り回して近くの奴に叩き付けた。
その後、別の奴からの攻撃を拳でガードすると、ボディにアッパーを叩き込み、一撃で沈めつつ次の獲物に向かう。
「ば、バケモンだ……」
「スゲェ……!」
思わず、挑む前の連中が声を漏らす。佐天や美琴もポカンとしてしまっていた。あれは自分達とは違い、無能力者だ。あの二丁水銃とも違って、変態的な身体能力ではない。普通の人に比べたら十分高いが。
そんな男が、武器も持たずに複数の男達を制圧している。感心してしまったのが、一瞬の隙だった。
「動くなッ‼︎」
突如、大声が聞こえて来た。
近くで気絶していた黒子の首に手を回した男が、こめかみに銃口を突きつけて立っていた。
「黒子!」
「白井さん!」
二人して声を掛けるが、黒子に反応はない。
「こいつを殺されたくなけりゃ、動くんじゃねえ」
「っ……はっ、冗談だろ? 俺はその子と何の関係もねえ」
「そんじゃ、動けば良いだろうが」
「……チッ」
言われた通り、黒妻は動きを止めた。しかし、渋々というわけではない。心強い援軍が到着したのが見えたからだ。
「よーっし、動くなよ」
「お前は動いた方が良いんじゃね?」
「は?」
直後、その男の後頭部に拳が炸裂する。一撃で意識が飛んだ男が倒れかけた事により、同じように倒れ込みそうになった黒子の身体を慌てて受け止めたのは、二丁水銃だった。
「! に、二丁水銃⁉︎」
「どうも。やー、すごいパーティだね」
気軽に手を振るう非色の腕の前で、黒子が薄らと目を開ける。
「……ひーろー、さん……?」
「あ、白井さんおきました?」
そう聞いた直後だ。非色のセンサーに引っ掛かる影が背後から迫る。黒子を抱き上げたまま、後ろにそり身して回避した。
直後、目の前に振り下ろされたのは金属バットだった。
「きゃあっ⁉︎」
「ストライク、バッターアウッ!」
呑気な事を言いながら、顔面に高回し蹴りを放って気絶させた。
「黒づ……そ、そこの君、手伝おう!」
「おうよ! お前さんがいりゃ、百人力だぜ」
それだけ話しながら、二人は不良達の猛攻を避ける。腕の上にいる黒子が、慌てて声をかけた。
「ち、ちょっ……二丁水銃さん⁉︎ なんなんですのこの状況⁉︎ 何故ここに……!」
「喋ると舌噛むよ、お姫様」
「……ひ、ひひっ、姫ぇ⁉︎」
軽口を叩きつつ黒子を肩の上に担ぐと、スキルアウト達に言い放った。
「よーしお前らぁ、降参するなら今のうちだぞ!」
そう言った直後、黒妻と共に黒子を両手に抱えたまま暴れ始めた。背後からの攻撃をしゃがんで避けると、足を払って一瞬だけ抱える腕を外して肘打ちを放つ。
身体をくの字に曲がった相手の身体を見た直後、黒子を両腕の前から肩に担ぎ上げ、顎に軽く蹴りを当てた。
その非色の背後から、別の男が廃材を横に振りかぶる。それに気づいた非色は、肩に担いだ黒子を自分の脇の下に抱えるように下げつつ、しゃがんで回避し、真上を通った廃材を持つ腕を掴んだ。
「ふんぐっ……!」
強引に腕力だけで遠くへ放り投げると、さくっとその場で立ち上がる。
「ち、ちょっと! レディを抱えておきながらスリル満点過ぎるのでは⁉︎」
「もっとスリルを味わってみる?」
「はぁ⁉︎ きゃあっ!」
直後、黒子は唐突に真上に投げられた。高さにして、およそ15メートルほど。能力が使えないテレポーターであれば、悲鳴を上げるのは当然だ。
どういうつもりなのか、と真下にいるヒーローを見ると、三方向からの攻撃を両腕と右足で止めていた。
「は……?」
直後、ガードしていた手を緩め、いなして同士討ちさせた。その後に、落下してくる黒子を再度、キャッチする。
何が起きたのか分からない。というか、人間技に思えない。そんなことが可能な人間、いるのだろうか?
「ははっ、やるなぁ。ナントカガン!」
「生活習慣病みたいな言い方やめろ!」
そんな話をしながら、2人の最強の無能力者は片っ端から敵を片付けていった。