その日の夜、非色は悩んでいた。とりあえず、風紀委員と警備員とMARとかいうよく分からない組織の会議を通気口の中から盗み聞きした後、その足で研究施設まで向かい、全力で作業中である。
問題は、その作業が終わらないと言う事だ。その後に佐天とのお祭りがあると言うのに。だが、だからと言って適当な仕事は出来ない。人の命が掛かっているのだから。
全力でキーボードを叩きつつ、時計を見る。残り、あと10分で待ち合わせ場所に行かないといけない。
「だーもうっ……!」
仕方ない、先に連絡だ。携帯を取り出し、佐天に連絡を取る。
『もしもし?』
「あ、佐天さん? ごめん、30分くらい遅れるかも……」
『分かった。じゃ、御坂さん達と先に遊んでるね』
それを聞いて、初めて二人きりではないことを知ったが、まぁそれならそれで助かった。ずっと待たせるハメにはならないから。
かと言って、やはりあまり待たせるのは、やはり良いことではないだろう。
「……はぁ、なんだかなぁ……」
ヒーローとは中々、世知辛いものだ。まぁ元々、自分の身体が普通じゃない時点で生きづらいものではあるのだが。
とにかく、今は正確に早く手を動かすしかなかった。
×××
「非色くん、遅れて来るってさ」
佐天が言うと、黒子が「そうですか」と呟く。その後輩の姿を見て、美琴がニヤニヤしながら聞いた。
「何、黒子。ショック?」
「ち、違いますわ!」
顔を真っ赤にして怒る黒子。最近、立場が逆転して来ているのが、黒子の悩みでもあった。
「もう……いいから参りましょう」
「そうですね。せっかく来たんだし、楽しみましょう」
「うん。お祭り、楽しみなの」
早めに誤魔化した黒子に、初春と春上が続く。せっかくのお祭りなのに、変態をいじめるのは時間の無駄だ。それはまたの機会にしたい。
そんなわけで、五人はお祭りに混ざった。
のんびりと歩きながら、まずはわた飴の屋台の中を覗き込んだ。その屋台の看板を見て、春上が首を傾げる。
「わた、あめ……?」
「春上さん、知らないの?」
佐天が聞くと、春上は控えめに頷く。
「私……お祭り初めてなの」
「え、そ、そうなの?」
「うん」
「それなら、今日はうんと楽しまないとね」
美琴がまとめるように言うと、春上は笑顔で頷いた。
全員でわた飴の屋台の前の行列に並び、のんびり待機する。そんな中、春上がふと気になったように呟いた。
「そういえば、皆さんは『二丁水銃』って知ってるの?」
それにいち早く反応したのは、やはり黒子だった。
「あら、春上さんも気になっておりますの? あの下品な男のことを」
「うん。知ってるの。困ってる人を助けてくれる、ヒーローさんって」
「春上さんも、ヒーロー肯定派なのね」
美琴が口を挟むと、黒子の背中を叩きながら言った。
「あんたもいい加減、素直になりなさいよ」
「何の話だか分かりかねますわ。私が素直になるべきポイントが見当たりませんの」
相変わらず、ヒーローを認める気は無いようだ。ここまでくると逆に可愛げがあるものだ。
そんな二人のやりとりを見て、春上がキョトンと小首を傾げた。
「白井さん……ヒーローが嫌いなの?」
「え、あ、いや……」
「どうしてなの? あんなに人のために命をかけてるのに……」
「そ、そう言われるとそうですが……」
「もしかして、白井さんは悪い人なの?」
「……」
純粋な瞳でそう言われると、黒子も強く反論しずらかった。流石に初対面に等しい相手に、強く言い返す事ができずに黙り込んでしまうと、隣から初春がニヤニヤしながら声をかける。
「ふふ、どうしたんですか? 白井さん。いつもみたいにムキーッと言い返さないんですか?」
「喧しいですの」
「……てことは、白井さんも実は二丁水銃のファン?」
「それは絶対にありませんわ!」
佐天にも言われ、今度は強く言い返した。
実際、この前のビッグスパイダーの一件で、佐天と美琴の中の株がバカ上がりしていた。それが、黒子には気に食わなかった。
三人でからかい合ってる絵を見ながら、初春は春上に声を掛けた。
「ちなみに、春上さんはヒーローさんの何処が好きなんですか?」
「え?」
この中で一番、ヒーローに対して興味がない初春は、正直、今までもどうでも良かった。
しかし、これからのルームメイトが好きというのなら、少しくらい知っておいた方が良いと思った次第だ。
「実は……前に、ヒーローさんの活躍を見たことがあるの」
「そうなんですか?」
「その時のヒーローさん、とてもカッコ良かったの。敵が発火能力者なら、近くの噴水を利用して対応して、電撃使いなら近くの車のタイヤをつかって反撃して、水流操作ならガードレールで打ち返してたの」
「……最後のは意味あったんですか?」
「さぁ……」
「水流操作によって操作すべき水を分散させる為ですわ。高位能力者でない限り、飛び散った水を再びくっ付けるのは手間がかかりますので」
戦闘分野も得意な黒子が解説した。他にも、地面が水を吸い込めばその水は使えないとか色々と理由はあるが、要するに隙を作るためだ。
「とにかく、そういう能力者相手にも怯まずに足掻く所がカッコ良いの」
「なるほど……今度、監視カメラの記録をハッキングして探してみようかな……」
「初春……?」
佐天が心配そうに初春の顔を覗き込んだ。この見た目からは想像がつかない意外なじゃじゃ馬は何をする気なのだろうか。
そうこうしていると、屋台の列が空いて自分たちの番になった。
「お、来たわね」
「こういうのもたまには悪くありませんわね」
「そういえば忘れてましたけど……白井さんも御坂さんもお嬢様なんですよね……」
お嬢様が、お祭りに並んでわた飴を食べる……よくよく考えたらすごいことだなぁ、と思いつつ、とりあえず購入した。
×××
「よし、終わった!」
まるで夏休みの宿題を終えた子供のようにそう叫ぶと、慌てて荷物を引き出した。
「もう行くのかい?」
「すみません、あとお願いします!」
「気を付けてね?」
ヒーローと学生の両立は大変である。研究所を飛び出すと、ジャンプして電柱の上に乗り、さらにそこから大急ぎでお祭りの会場に向かう。
とりあえず連絡をしなければならない。屋根の上を移動し始めた。今は夜だし、ほとんどの人がお祭りに向かっているため、マスクはつけなかった。
とにかく必死に走りながら佐天に電話をかけた。流石に楽しんでる間は出ないか……と思ったが、すぐに応答があった。
「もしもし?」
『あ、非色くん? 遅いよ、何してんの? もう8時過ぎてるよ?』
「ご、ごめん……! 思ったより手間取って……今向かってるから!」
『良いけど……今から、花火だから。なるべく急いでね』
「了解!」
そう言ったので電話を切ろうとした時だ。向こうから「え?」という聞き返す音が聞こえた。
「何?」
『あ、ううん。白井さんが迎えに行ってくれるって』
「え」
『位置情報送ってくれる?』
「いや、いいよ! 自分で行くから!」
『いやいや、もうホントすぐ始まるんだから。早く送って』
「うっ……は、はい……」
自分の弱さが情けなかった。仕方なく位置情報を送りながら、ビルの上から飛び降りる。路地裏に着地すると、また向こうから声が聞こえた。
『今、白井さんが行ったよ』
「はいはい」
『……ていうか、場所遠いね。こんな所で何してたの?』
「ち、ちょっと、ね……」
言えない、子供を助けてたなんて言えない。
「じ、じゃあ、待ってるから。とりあえず切るね」
『うん』
それだけ話して、とりあえず立ち去ろうとした時だ。自分が降り立った路地裏の奥から、ガラと頭の悪い声が聞こえてくる。
「おい、兄ちゃん」
「痛い目見たくなかったら金出しな」
……もうホントいい加減にして欲しかった。こうなった以上は、口を出さないわけにいかない。
「まったく、ここから動いちゃいけないって時に……!」
とりあえず、出動した。
×××
「もう、何処に行ったんですの? あの方は!」
到着したのに誰もいない路地裏で、黒子は辺りを見回していた。本当に落ち着きのない人だ。こういう時は本当に「やっぱあの方を好きではありません」と宣言できる気がする。
「全く……引き返しましょうか……」
と、思った時だ。路地裏の奥から、バギッという鈍い音が響く。それにより、一瞬で目の色を変えたのはさすがと言うべきか。すぐに奥へ進んだ。勿論、浴衣姿であるためうまく戦えない。
そのため、念のために持ってきておいた数本の金属矢を手にしている。が、用心する必要はなかった。奥から姿を現したのは、見知った顔だったから。
「ふぅ……終わっ……あっ」
「……何してますの?」
「いや、奥で絡まれてる人がいたから……」
「……」
呆れて黙ったわけではない。単純にジト目になった。二丁水銃を否定しておきながら、やってる行動はヒーローと同じ、その事に本人が気づいていないはずがない。
黒子は、ふと初めて会った時の会話を思い出した。今思えば、あの時の会話は「二丁水銃を嫌っている」と言うより「二丁水銃を嫌っている自分に合わせた」ように見える。
それに、この体格……今更になって声も似ている気がしてきた。もしかして、やっぱりこの人……と、思った時だ。
「白井さん、行かないんですか?」
「あ、す、すみません。参りましょうか」
純粋な目で問われてしまった。そうだ、今はお祭りが大事である。とりあえず、非色の手を取ってテレポートを始めた。
あまりにも場所が遠かったため、何箇所かを刻んでテレポートして移動する。こうして空を飛ぶのは中々に新鮮な感じがした。
そんな油断し切っている非色に、黒子がカマをかけるように聞いた。
「……ちなみに、非色さん?」
「何ですか?」
「今日はこんな時間まで何を?」
「え?」
「中学生がお一人で夜の街を徘徊するのは、あまり感心しかねますの」
それを聞いて、非色は思わず目を逸らす。大きくて要らないウドの大木の様なお世話だが、それ以上の懸念がある。まさか、事件に首を突っ込んでいることを疑われているのだろうか? と。
しかし、その可能性は頭の中で振り払う。疑われている、と思うのは実際に首を突っ込んでいるからだ。つまり、あくまで自然な対応をしないといけない。
自然に……自然に……。
「え、な、なんで? どゆこと? ホワーイ? 意味わからないなー聞いている意味が?」
「……」
あからさまに怪しい。まぁ、怪しいと思っただけでも大きな収穫だ。また油断した時に問い詰める事にした。
花火を見物する場所に到着すると、その場所は、まるで花火を見るための場所のような高台だった。
その絶好のスポットに女の子が四人、浴衣姿で待っていた。そこでようやく、非色はハッとして黒子を見た。今更だが、浴衣を着ている。
「……あ、白井さん。浴衣、お似合いですよ?」
「ーっ!」
今更か、と頭に来たのと、唐突に褒められたことによる羞恥心が複合した黒子の反応は早かった。速攻で非色の肩に手を置くと、テレポートさせて高台から落とした。
「ええええぇぇぇぇ…………ッッ‼︎」
落下していく男一人を見て、その場で全員が軽く沈黙する。その直後、花火が上がった。あまりのタイミングに、全員が一周回って笑いそうになった。
「……あの白井さん」
「あんた何やってんの?」
「見に行って参りますの」
初春と美琴にジト目で睨まれ、慌てて下に跳んだ。
そんな話はさておき、だ。残った四人は花火をのんびりと見上げる。学園都市の技術によって様々な色や形の花がほんの一瞬だけ咲き誇る。それらが舞い散っては、また新たな花が咲くその様子に、その場にいた全員が心を奪われた。
「綺麗ね……」
「はい……目の前で殺人未遂が起こらなければもっと……」
「いや、落ち着きすぎでしょ……」
まぁ、何となく平気な気がしてるから落ち着いているわけだが。
そんな時だ。ずっと黙っていた春上に、初春がふと顔を向けた。何か様子がおかしい。
「春上さん?」
「……なの」
「え?」
「昔、皆と一緒に花火を見たの……」
「……」
それを聞いて、初春は黙り込んでしまう。その「みんな」が誰なのか知らないが、大体の察しはつく。要するに、自分とルームメイトになる前の友達だろう。
そんな時だ。春上がそのままの様子でふらふらと歩き始めた。
「……春上さん?」
「何処……何処なの……」
直後、足元が小さくグラつき始めた。
×××
高台の真下に降りた黒子は、非色を迎えに行ったのだが……平気な顔で立っていた。
「いってて……な、何するんですかいきなり……」
「ぶ、無事ですか……良かった」
ホッと小さい胸を撫で下ろす黒子。すると、ドドォンッと胸に響く音が遮った。ふと顔を見上げると、木に隠れて見えないが花火の光だけが目に届いた。
「ああ……始まっちゃったよ……」
「も、申し訳ありません……つい、気が動転して……」
「良いですよ。そもそも遅れた俺が悪いんですし」
そう言いつつも、微妙に肩を落としているのが丸分かりだった。流石に申し訳なく思い、黒子は非色に手を差し出した。
「さぁ、戻りますわよ」
「あ、はい……」
そう言って跳ぼうとしたときだ。黒子の携帯に電話がかかって来た。名前を見ると、支部で居残って情報収集をしている固法美偉からだった。
「もしもし?」
『あ、白井さん? 例の乱雑解放の件で一つ、分かったことがあったの』
「! なんですの?」
『ここ最近の乱雑解放と多発する地震……これって、何者かが誘発している可能性があるって話なんだけど……』
と、美偉が言いかけた直後だった。二人の足元がグラリと揺れる。いち早く気付いたのは非色だった。すぐに動こうとしたが、徐々に揺れは大きくなり、さっきまで上にいた高台に亀裂が走る。
「ヤバい……!」
「非色さん、下がっ……ちょっ⁉︎」
浴衣が動きづらい、というのは見れば分かった非色は、近くにいた黒子を担ぎ上げた。その上で、崩れてくる瓦礫の上に飛び移りながらジャンプして行く。
「っ、く、黒子!」
「非色くーん!」
その途中、見かけた美琴と佐天の手を掴んでいき、さらに自分の上に引き上げた。両肩に二人と、その上にさらに一人を担いでいる。
「ふんぐっ……お、重たい……!」
「「「誰が?」」」
「言ってる場合か! 残り二人は⁉︎」
「あそこ!」
佐天が指差す先には、初春と春上が座り込んでいる。瓦礫の落下に巻き込まれてはいなかったが、その二人の上に街灯が倒れ込みかけている。ここから助けに行くには、非色ならひとっ飛びでいけるが、両肩にいる三人が無事でいられる保証はない。
「白井さん!」
「お任せあれ!」
直後、黒子は佐天と美琴を連れて安全圏までテレポートした。おかげで両肩が軽くなった非色は一気に加速する……が、非色が助ける前に、イカつい鎧がその瓦礫を打ち払い、二人を庇うように現れた。
「っ……!」
加速してしまった非色は、何とかその二人と駆動鎧を避けて着地する。
『大丈夫?』
機械音声が聞こえ、初春と春上は顔を上げる。駆動鎧のマスクから顔を出したのは、若い女だった。
「あ、MARの隊長さん……!」
「テレスティーナ、で結構よ。風紀委員のお嬢さん」
MAR、と言えば、この前、非色が通気口から盗聴した風紀委員と警備員の会議に参加していた組織である。
聞いた話によれば、MARとは警備員の先進状況救助隊で災害時に出動する組織らしい。今は乱雑解放と地震において尽力している……との事だが、何処となく胡散臭い。特に、隊員全員に駆動鎧を支給している辺りが。
『あなたも、協力感謝するわ』
「いえ、別に……」
小さく非色は返事をして顔を背ける。今はあまり馴れ合うべきじゃない。
その様子を眺めていた黒子は、ほぼほぼ確信した。あの動き、どう足掻いても無能力者には無理である。ただ一人を除いて、だ。
「……」
だが、今は問い詰める時ではない。また助けられてしまったわけだし、それに巻き込まれた以上はまず乱雑解放の捜査からである。
そう決めると、とりあえず佐天と美琴の安否を確認した。