花火を鑑賞する絶好のスポットは、一転して事故現場となってしまった。その現場を、非色はなるべく巻き込まれないように遠巻きに見ていた。
まずは瓦礫を退ける作業からだが、それらは全て駆動鎧によって行われている。改めて、異常な光景だ。学生を守る警備員なら当然と言えば当然かもしれないが、MAR隊員、全員にあの鎧を配布している、というのは明らかに異常だ。まずその資金はどこから来るのか。資金があっても、駆動鎧を作る素材だって無限ではない。
ここまで学園都市が資金をかける組織、なんて信頼に値するはずがない。
とりあえず油断しないようにしていると、後ろから美琴が声をかけて来た。
「ねぇ、非色くん」
「? あ、み、御坂さん」
「さっきはありがとう、助かったわ」
「い、いえ……別に大したことは……」
「大したことよ。……重いって言ったのはいただけないけど」
「す、すみません……」
本当、自分の身体能力を活かす場があると口が軽くなるのは悪い癖だ。いつか、痛い目を見そうな気もする。
「でさ、MARの隊長さんがお話聞きたいって」
「え、な、何で俺に?」
「それは、あなたが私達の代わりに生徒を助けてくれたからよ」
別の声が割り込んできて、ふと顔を上げた。そこにはメガネの美人さんが立っていた。
「初めまして、固法非色くん。私はテレスティーナ・ライフラインよ。よろしくね?」
「あ、はい。……え、何で俺の名前を?」
「ふふ、これでも警備員だもの。特徴のある生徒の名前は大体、覚えているわ」
その特徴、とは何が基準なのだろうか? 自分は目立つ真似はしていないはずだ。少なくとも、警備員に注目されるような真似は記憶にない。元々、胡散臭い組織なのだ。バックに学園都市の上層部が絡んでいるとしたら、超人兵士作成計画も知っていておかしくない。
つまり、あの実験は成功していて、その上で自分が二丁水銃の正体であるという結論を出し、今はカマをかけられているのかも……飛躍のし過ぎかもしれないが、そう思うと大ピンチだ。
「……そ、そうですか……? 俺、特徴あります?」
とりあえず、そう聞きつつ美琴の背中に隠れた。こういう時のすっとぼけた演技は出来ない。それなら、第三者を混ぜてカマかけをしづらくさせるのがベストだ。
「非色くん?」
「……あら、怖がらせちゃったかしら?」
「……」
目を逸らす。すると、テレスティーナは小さくため息をついた後に、微笑んだまま言った。
「ふふ、ごめんなさいね。事故にあったばかりだものね。また今度、お話ししましょう」
それだけ言うと、テレスティーナは立ち去って部下の元に戻っていった。その背中を眺めながら、非色は美琴の背中から顔を出す。
「ふぅ……」
「どうしたの?」
「いや……初対面の人は苦手で……」
「あー……」
そういえば、自分と初めて会った時もなんかよそよそしかった気がする。本当にデカイ図体して気が弱い子だ。
「とりあえず、今日はもう帰りますね。俺、疲れましたし」
「え、ええ、そうね。……というか、私も帰らないと……寮監に、バレる前に……」
「え?」
「な、なんでもない! 黒子?」
「はい、戻りましょう」
そう決めると、近くで眠ってしまった春上に付き添った初春と佐天も頷いた。
「そうですね。そろそろ帰らないと」
「春上さんは……どうしましょうか?」
「MARの人達が言うには寝てるだけって言うし……今日は寮で寝かせてあげたら?」
「あ、そ、そうですね」
「では、私がお送りしますわ」
初春の力では、女の子を長距離おんぶしていく事は出来ない。そのため、黒子が名乗りを挙げたのだが……その黒子に美琴が口を挟む。
「ちょっ、ダメよ黒子。今の騒ぎで、もし私達の事が寮監に知れたら……」
「……」
返事をするまでもなく、黒子は顔を真っ青にした。この流れは、もうこれしか無いだろう。
「じゃあ、俺が運びましょうか?」
「……良いのですか?」
非色が声を掛けると、黒子が片眉をあげる。
「大丈夫ですよ。俺、こう見えて力持ちですし」
「いや、それ割と見たまんま」
「本当ね」
佐天の的確なツッコミと、美琴の同意が炸裂し、非色は気まずげに目を逸らした。
「じゃあ……すみません、お願いします」
「うん」
頷くと、非色は春上に手を伸ばす……が、その手が止まった。それを見て、4人とも小首を傾げる。
「……どうしました?」
初春に聞かれて、非色は微妙に赤くなったままな顔で答えた。
「あの……お、女の人って……どう持ち上げれば良い、のかな……」
要するに、どこを持てば良いのか、という話だ。「……」という沈黙が頭上に表示されそうなほど、四人は黙り込む。
やがて、まず呆れたように口を開いたのは佐天と黒子だった。
「……別に、変な目で見ないから好きなとこ持ちなよ」
「さすがに胸やお尻はどうかと思われますが……」
「え、そ、そう……?」
「場合が場合ですからね」
初春もウンウンと頷く。言われるがまま、非色は緊張気味に喉を鳴らしつつ、脇腹に手を置いた。グイッと持ち上げようとする前に、女の子特有の柔らかさが手に伝わる。
「っ……」
これはー……どう持てば良いのだろうか? 背中に背負ったり正面から抱き上げたりすれば、確実に今持っている脇腹以上に柔らかい部位が身体に当たる。
しばらく考え込んだ結果、強引に持ち上げて肩に担ぎ上げる事にした。
「「「「いやいやいやいや」」」」
当然、他の四人からストップが入る。
「女の子をその持ち方はないでしょ」
「春上さんを備品のような持ち方しないで下さい!」
「デリカシーってご存知ですの?」
「うん、流石にそれはね……」
総袋叩きである。正直、少し不貞腐れそうになった。が、まぁ言わんとしていることは分かるので、別の持ち方をする事にした。
しかし、他にどう持てば……と、思った結果、今度は左脇腹と左腕で挟むように抱えてみた。
「だーかーらー! 物扱いするなっつーの!」
「いい加減にして下さい! 人見知りにも限度があります!」
「あなた、バカなんですの? それとも学習能力が無いんですの?」
「非色くん、女の子はモノじゃないんだよ?」
「じゃあどうすりゃ良いの!」
二度目には思わず言い返してしまったが、そもそも女子に男子が口で敵うはずがない。
「何逆ギレしてんの⁉︎ 逆にあんたがそういう持たれ方したらどう思うのよ!」
「そうですよ! 普通、おんぶとか抱っことか……子供の時にご両親にされた持ち方があるでしょう⁉︎」
「他人の目というものがありますの! 寝ているから良いとか、そういう問題ではありませんわ!」
「それとも思春期なの? そんなに女の子を抱っこするのが恥ずかしい?」
そんなこと言われても、置き去り上がりで親の顔も覚えていない非色には難しい事だ。
小さなため息を漏らした非色は、もう泣きそうになりながら持ち方を悩ませると、一つだけあった。この前、別の人にやったばかりのあの持ち方だ。
思いつくと、春上の身体を胸前に移動し、背中と膝の後ろに手を回して持ち上げた。所謂、お姫様抱っこだ。
「あら」
「まぁ」
佐天と美琴が思わず口に手を当てる。さっきまでとは一転してニヤニヤを抑えるような笑みを浮かべる。
この人達、情緒不安定? と非色が眉間にシワを寄せた時だ。
「うん、まぁそれなら良いんじゃない?」
「初春もこれなら文句ないでしょ?」
「は、はい……」
初春も控えめに頷いた。まぁ、結論は出たようなものだ。
「えーっと……じゃあ、帰ろうか。初春さん。佐天さんも一人じゃ危ないから一緒に帰ろう」
「は、はい……」
「ありがと」
「お姉様私達も帰りましょう秒で」
「あ、うん。……え、秒で? あんたほんとに黒子?」
そう言いつつ、二人の常盤台生は消えた。そんなわけで、柵川生達も帰宅を始める。
「そういえば、非色くん。こんな遅刻するまで何してたの?」
「え? えーっと……」
どうしたものか、と悩みながら非色は目を逸らす。言えない、子供達の事は。
「ち、ちょっとね……」
「ちょっとなんですか?」
初春も小首を傾げる。なんとか誤魔化そうと考えていると、佐天は畳み掛けるように言った。
「そう言えば、最近たまにちょいちょい連絡取れなくなるよね」
「あー分かります。もしかして、部活か何かですか?」
「バイト……は無いか。中学生だもんね」
「……もしかして、何か危ない事してるんですか?」
「え、えっと……」
ダメだ、やはり女性は苦手だ。コンビを組まれると返す言葉が見つからないし、そもそも返す隙も与えてくれない。
そのため、リアリティのある嘘をつく必要があるのだが、そんな都合良くは……あ、いやあった。
「じ、実は最近、上条さんとか黒妻さんと遊んでて……」
「あ、友達と?」
「そ、そう! そうなの。だから……」
「もしかして、今日もですか?」
「き、今日も!」
そっかー、と二人とも納得してくれて、とりあえずホッと息を吐く。なんか、友達関係も築くのが疲れて来た。遊ぶ分には楽しいけど、嘘をつく胸の痛みが激しい。
……こんな事なら、距離置こうかなぁ、なんて思わず考えてしまうほどだ。まぁ、距離の置き方なんて分からないわけだが。
とりあえず、今は話題を逸らすべきだろう。そう決めて、非色はそもそもの話をした。
「……ていうか、さっきから気になってたんだけどさ」
「何ですか?」
「この子、誰なの?」
聞かれて、思わず佐天も初春もズッコケかけた。そういえば、まだ紹介していなかった。
「す、すみません! まだ言ってませんでしたね。こちらは春上衿衣さん、私の新しいルームメイトで、秋から同じ柵川中学に通う一年生です」
「あ、そうだったんだ……」
「ホントはちゃんと紹介したかったんだけどね。非色くんの事はまだ紹介出来てないし……」
「……」
正直、これ以上、正体を隠す対象が増えるのはごめんなのだが……まぁ、佐天はどうだか知らんけど、初春はどうせしばらくはお互いに忙しくなるのだ。気にする必要はないかもしれない。
それ以上に気になる事がある。この時期に転校生、それもルームメイトとして捻じ込まれている。親の都合、という事はない。だって一人暮らしの初春の部屋に越して来るのだから。
考えられる一番高い可能性は、自分のような置き去り出身という事だ。
「……」
ならば、その辺は触れない方が良いだろう。そう決めると、とりあえずのんびりと初春の部屋に向かった。
×××
一方、その頃。寮監からこってり縛られた二人は、とりあえず部屋で浴衣を脱いでパジャマに着替える。
相変わらずムカついているのか、黒子はむすっと難しい顔をしたままだ。
「あんたねぇ、少しは機嫌なおしなさいよ」
「いえ、少し考え事をしていまして……固法非色と二丁水銃について」
「また?」
「もう決まりですわ。……正体は、おそらく固法非色ですの」
「なんで?」
聞くと、黒子は今日あったことを話した。迎えに行ったら見知らぬ人のために戦っていた事。そして、その後に美琴や佐天、自分を助けた身体能力、全てが物語っている。
話を聞いて、美琴は顎に手を当てる。
「……うーん、まぁわからなくもないけど……でも、だとしたらどうするの?」
「今は、どうもしませんわ。乱雑解放についての方が先ですし。……ただ」
「ただ?」
「そうなると、最近の固法非色の行動が気になりますの。今日も、待ち合わせ時間が過ぎても来なかったりと、忙しなく動いている。という事は、私達に知られてはいけないことをしている、という事でしょう」
なるほど、と美琴は頷いた。
「悪いことしてる、って事?」
「いえ、それは無いでしょう。証拠はありませんが、流石にヒーローなんてしている身で悪事に手を染める事は無いでしょう」
少なくも、ヒーロー活動には真摯に打ち込んでいる様子だし、問題無いはずだ。あっても、正体を掴んだ今、通報すれば済む話だ。
「それよりも、何をしているのか、という所ですの。非色さんはAIMバースト後に警備員の護送車を襲撃し、木山春生の子供を助けると約束していますわ」
「つまり、非色くんがしてるのって……!」
「ええ、その事でしょう」
「なら、私達も……!」
「申し訳ありませんが、私にはそれは出来ませんの。乱雑解放の事件を追わなければなりませんから」
それを聞けば、確かに美琴も頷かざるを得ない。
「……あ、乱雑解放といえば、一つ気になることがあるわよ」
「え?」
「さっきの地震の直前、春上さんの様子がおかしかったのよ。急に遠い目をしたと思ったら『どこ……どこなの……』って呟きながら歩き出して……」
「地震の、直前に……?」
「そう。その後、気絶しちゃうし……様子も普通じゃなかったし、少し気になったわね」
「……」
顎に手を当てて悩む黒子。美偉からは乱雑解放は何者かに引き起こされている、という情報もあったし、もしかしたら……。
そう思った時だ。美琴が微笑みながら声をかけた。
「じゃ、こうしましょう? 私が非色くんについて調べるわ。だから、黒子は乱雑解放について調べる」
「よろしいのですか?」
「良いの良いの。どの道、私も木山先生の生徒については気になってたしね」
「……では、そうしましょうか」
「うん」
そう言うと、二人はとりあえず眠る事にした。