翌日、ようやく最終決戦の日となった。非色は朝早くサングラスマスクを掛け、コスチュームに身を包み、水鉄砲を両腰のホルスターに挿すと、木山との待ち合わせ場所に来て、車に乗って出撃した。その上空を、婚后家のヘリに乗って美琴、黒子、佐天、初春、美偉、婚后の6人は出撃する。
「にしてもすまないね、私のわがままに付き合ってもらってしまって」
「いえいえ。気持ちは分かりますから」
実際、自分の姉が誘拐されたら、自分が助けたいと思うだろう。そう考えると、まぁ女性の一人くらいは守れなければ、この先ヒーローとして何も守ることはできない……とも考えられる。
「でも、俺の言うことには従って下さいね。じゃないと、守れるもんも守れませんから」
「わかっているさ。現場に着いてからは、プロの指示に従うよ」
そう言ってもらえると助かる。
車は高速に差し掛かり、坂道を駆け上がって普通の道路より高い道を走る。直後、非色の第六感に引っ掛かるものが背後から迫っていた。
「……来たか」
「来た?」
「木山先生、何があってもスピードは緩めないで」
「あ、ああ! 分かった」
そう言うと、非色は窓から身体を出し、車の上に乗った。車の後ろを見ると、数台のトラックが木山の車を追いかけて来る。
そして、トラックの中から現れたのは武装された駆動鎧だった。それに合わせ、まず非色は車から降りて、高速道路のガードレールを毟り取り、再び車の上に乗ってそれを構える。
「はは、団体様のお着きだ!」
そう言うと、非色は改良型水鉄砲を向けた。射程の設定は今まで通りにしておいて、それらを敵が通ろうとする足元に向ける。それにより、相手のトラックや駆動鎧は足止めを余儀無くされた。
「はい、一丁あがり!」
ちょろい物だ。向こうはライフルを構えるが、それらの弾は全てガードレールで弾き落として行った。
直後、今度は合流口から二台のトラックが現れ、再び駆動鎧が出現する。
「ひ、ヒーロー!」
「大丈夫」
木山の声に応えるように、非色は車から大声を出して返事をしつつ、まずはガードレールを振るってトラックそのものの動きを止めると、非色も飛び降りて駆動鎧達を相手にした。
射撃を回避しつつ、まずは銃口を手刀で叩き折り、ボディに蹴りを入れ、怯んだ所で強引な投げ技を使って別の敵に叩きつける。
そこで、車はすでに追いつけないギリギリの位置まで走ってしまっていたので、非色も慌てて走って離脱すると共に、車の上に乗った。
「……ふっ、こんなもんか」
「ふぅ……しかし、君は本当に強いな。何故、スポーツカーに走って追いつける?」
「な、何故でしょうね……? そ、それよりも急いで下さい。奴ら、俺と木山先生の位置を完全につかんでいます」
「あ、ああ。了解だ」
そう言った直後だった。高速道路だと言うのに、同じ車線の反対側から、駆動鎧を乗せたトラックが走ってきているのが見えたのは。
「……やば」
「クッ……! どうする⁉︎」
進行方向に敵がいれば、何があっても止められてしまうのは明白だった。増してや、そのトラックも駆動鎧の展開を終え、もう完全に銃弾を撃ち込む気満々である。
それに対し、非色が対応しようとする前に、前方の敵の頭上から雷が降り注いだ。
「ッ……!」
「ほら見ろ、やっぱあんた一人じゃ無理じゃない」
そう言いつつ、木山の車の上に飛び降りたのは、御坂美琴だった。両脚に磁力を流す事で、その場に留まっている。
「げっ……み、御坂さん……」
思わず引きつった笑みを浮かべてしまう。もちろん、マスクの下でだが。
「……相変わらず、カッコつけね。あんた」
「喧しい」
「ああん?」
「あ、いえなんでもないです……」
凄まれ、思わず目を逸らしてしまった。例え顔を隠していても、この人にタメ口はやめようと思った次第だ。
「とりあえず、五秒で片付けましょう」
「もう片付いてるわよ」
「いや、進路から退かさないと」
「あ、そういう事。……まぁ、見てなさい」
直後、電気を流した強力磁石によって、あっさりと道は開かれた。
「……あーらら」
「ふんっ、楽勝ね」
まぁ、結果オーライなのでよしとすることにした。スィーっと正面にいた敵を素通りしつつ、ふと上を向いた。婚后の文字が書かれているヘリがついてきている。
「……敵だと思ってたんだけど、味方のヘリだったんだ」
「そりゃそうよ。私達だもん」
「他に誰がいるんですか?」
「黒子と初春さんと佐天さんと婚后さんと固法先輩」
「はぁ⁉︎ これからどこいくか分かってんですか⁉︎」
「分かってるわよ。だから、戦力を増やしたの」
「危険度も増えるでしょ!」
せめて佐天と初春は置いてこい、と思わないでも無かった。でもまぁ、あんな風に上空にいられるのなら、それはそれで……と、思った直後だ。ヘリにミサイルが飛んできて爆発した。
「ええええ⁉︎ 爆発しましたがっ⁉︎」
「ふぅ……危ない所でしたの」
そんな二人の真下で、落ち着いた声が聞こえた。そこにいるのは、黒子と初春と佐天の三人だ。
あ、なるほどテレポートね、とはならない。他に二人と操縦士がいるはずだ。が、上に咲いたデッカイ花火の後から、パラシュートが二つ開いた。片方が操縦士、そしてもう片方は、バイクだった。その上に跨っているのは、固法美偉と婚后光子の二人。
「おいおい……パラシュートでバイクって……」
「さぁ、皆様! 参りますわよ!」
高らかに婚后が宣言すると共にバイクは着地し、一斉に突撃した。バイクの上には美偉と婚后、そしてスポーツカーの中に木山、黒子、初春、佐天の四人、さらにその上に、非色と美琴が立っている。
勿論、追撃の手は緩まれない。さらに前方、そして後方から敵の手が迫って来る。
「おーおー、うるさいのがわらわらと……」
非色が呟くと、隣のバイクの美偉が敵戦力を分析する。
「奥に駆動鎧が二〇人! 後ろからは一五人来てるわよ!」
「なんて数……動きは完全に読まれてると思った方が良さそうですね」
車の中の初春も呟いた。そんな中、落ち着いた非色に美琴が聞いた。
「どうするの?」
「強行突破」
「そうじゃなくて。あんまり時間かけてると……」
「だから、時間をかけずに強行突破」
「へぇ、上等」
ニヤリと笑うと、二人は一斉に車から飛び出し、車やバイクより早く敵の中に突っ込んだ。
直後、車とバイクに乗ってる六人に聞こえてきたのは、パチパチビリィッチュドーンドゴォッという轟音のみ。その後は、駆動鎧達がズタボロになって出て来た。
「す、すごい……」
「ていうか、あの二人が組むと誰も止められないんじゃ……」
さて、残りは後ろの駆動鎧である。
前で暴れていた二人は、自分達に追いついた車の上に再び飛び乗って後ろを見る。
「どうする?」
「俺が相手します。御坂さん達は先に行ってて」
「了解」
「あ、キャパシティ・ダウンに気を付けて」
「気を付けてって……どうしろってのよ」
「耳を塞ぐとか?」
「適当過ぎよ!」
そんな話をしながら、非色は車から飛び降りて一気に距離を詰めた。まずは一人目、顔面にアッパーを叩き込むと、スライディングして股下を通り、背後を取ると背中を掴み、別の奴に放り投げる。
その後、今度は別の奴が銃を向けたので、その銃口に最大まで細く厚くした水鉄砲を放つ。それにより、銃弾は少なからず詰まるはずだ。
ガチャンっと銃の異変を感じた隙に接近し、ボディに拳を叩きつけ続けた。
「ガッ……!」
「ってぇ……どんだけ硬ぇんだ、このボケナス……!」
しかし、衝撃はしっかりと中まで伝わったようで、顔を守るガラスのマスクに胃液が飛び散っていた。
その駆動鎧にとどめを刺すように、非色は後ろ廻し蹴りを放って別の奴に当てた。
これでも、まだ敵は大勢いる。あと11人。そんな時だ。いや地響きが耳に響く。ふと後ろを見ると、他の駆動鎧より遥かにデカい、もはやロボットと呼べるものが出て来た。
『ぃよぉぉぉ! ヒーロー様ァッ! あんなクソガキどものためにせっせとご苦労なことだなオイ!』
「この声……テレスティーナさん? 奇遇ですね、こんな所で」
『ハッ、軽口たたけんのも今のうちだ、クソガキが。テメェらがどう足掻こうと、キャパシティ・ダウンさえあればまともな戦力はテメェだけだ。テメェさえ殺せば、あいつらなんざ蚊帳の外なんだよ』
「確かにそうかもね。でも、その前提が無理だから」
『言うじゃねえか』
「言うよ、そりゃ」
簡単にやられるわけにはいかない。それに、余計なことを言うつもりはないが、キャパシティ・ダウン程度、あの人達なら何とか出来るはずだ。
そう信じつつ、付近に目を向けた。自分を取り囲む駆動鎧軍団と、巨大テレスロボ。相手にとって不足はない。
「……全員、朝食をそのまま吐き出す覚悟は出来てるね?」
『ガキが……ナメた口聞いてんじゃねえぞ』
正面からぶつかった。
×××
「二丁水銃さん、大丈夫でしょうか……」
車の中では、初春が心配そうな声を漏らす。あの敵の数の後に、かなり大きな敵の姿が見えた。アレを相手にするのは美琴でも骨が折れそうなものだ。
「大丈夫でしょう。それより初春、あなたは自分の仕事に集中しなさいな」
「は、はい……」
仕事、とはこれから向かう施設の見取り図を得るためのハッキングである。キャパシティ・ダウンに気をつけるには、やはり発動前に無効化するしかない。
ならば、音響兵器をいじくれそうな部屋を割り出し、そこを壊してから子供達を救うのがベストだろう。それが見つからなければ、最悪スピーカーを壊せば良い。
「……そうだ、初春くん。それと、佐天くんもだ」
「なんですか?」
「これを、君達に預けておこう」
車のハンドブレーキ付近の棚から、二丁の水鉄砲を出した。
「え、これって……」
「二丁水銃が、私の自衛用に渡してきた旧式モデルだ。君達が使うと良い」
「でも……そしたら、木山先生は……!」
「問題ないさ」
佐天の懸念に、木山は懐から銃を見せた。そっちは水鉄砲ではなく、実銃だ。それを見て、佐天も初春も唾を飲み込む。
木山は懐に銃を戻すと水鉄砲について説明した。
「しかし、その水鉄砲も扱いは決して簡単なものではない。それに、弾はその貯水タンクの中だけだ。君達が戦わねばならない時以外はなるべく温存しておきたまえ」
「……は、はい……!」
返事をしつつ、二人が水鉄砲を受け取った時だった。ガタンッ、と木山の車が突如、バランスを崩した。まるで、タイヤの空気を突然、抜かれたように。
「なっ……⁉︎」
「きゃああっ⁉︎」
「木山先生、ブレーキ!」
美琴に言われて慌ててブレーキを踏み、車を回転させながらも何とか停車する。エアバッグが作動し、木山と初春はクッションに顔面を打ちつけ、車の上に乗っていた美琴は投げ出されつつも、何とか受け身を取る。
隣を走っていた美偉と婚后も何とかバイクを止め、慌てて付近で何が起こったのかを確認する。
が、それをするまでも無かった。上空を飛んでいた一台のヘリから、一人の男がアサルトライフルを担いで飛び降りて来たからだ。
「っ……!」
直後、美琴と黒子の動きは早かった。黒子は車の中から木山と初春と佐天を転移させる。
美琴は、一気に降りて来たマスクの男に襲い掛かった。電撃を拡散させて逃げ場を塞ぎつつ、本命の一撃である砂鉄剣を振るう。
が、その合計四つに伸びた雷撃を、マスクの男は全て回避しつつ、スモーク弾を叩き付けた。
「……っ!」
それにより、全員の視界が煙に覆われる。その隙に、暗殺者は姿を消した。電磁波を身に纏っている美琴は、すぐにそこから男が移動したことがわかった。どっかのヒーローのように超人的な速さで姿を消し、自分達の強力な助っ人の後ろで、ナイフを構えている。
「! 婚后さん、後ろ!」
「えっ……?」
声をかけられ、反射的に避け掛けた婚后の脇腹を、銀色の刃が抉る。痛みが全身に走り、奥歯を噛み締める。脇腹をやられた、と理解し、自身の身体に能力をかけ、全力で距離を置こうとする。
突き刺しに向かった暗殺者は、それが読めていた。握られているナイフを手の中で逆手に持ち替え、まず一人目にとどめを刺そうとする。
その前に、視界の阻害を唯一、キャンセルしていた美偉の足刀が暗殺者の脇腹を捉えた。
「っ……!」
その隙に、婚后は能力によって後方に大きく跳ぶ。
仲間が離脱したのを視認すると、煙の中で美偉が追撃する。顔面に拳を叩き込み、それを防がれると反対側の手でアッパーをかます。
そのボディに来た拳を暗殺者は右膝で受けつつ、左足を振り上げた。その飛び廻し蹴りが美偉の顔面に向かう。右手でガードしようとする前に、黒子が空間転移でドロップキックを顔面にかまして来る。
「チッ……!」
全体重を乗せた両足の蹴りが綺麗に決まったはずなのに、若干、よろけた程度で踏ん張っている。
その暗殺者に、美偉と黒子が二人がかりで攻めた。決して暗殺者の正面には回らず、能力で動きを先読みした美偉と、黒子の空間転移を兼ねた猛攻を、男は平然と凌いでいた。
「クッ……!」
「こ、こいつ……!」
ならば、と言わんばかりに二人は強引に決めに掛かった。黒子が暗殺者の背後に転移しながらの肘打ちと、美偉の足元へのローキックが全くの同時に迫った。
風紀委員として訓練を受けた二人の全く同時の一撃。格上相手であっても直撃すれば無事では済まない完璧な同時攻撃だったはずだ。
それを、暗殺者は左肘と右膝でガードしてみせた。むしろ、攻撃した二人の手足の方が痛かったくらいだ。
「ッ……!」
「しまっ……!」
直後、美偉は目を見開く。男がガードに使っていない右手には、ハンドガンが握られている。その銃口の先は、自分だ。
ようやく一人目、と言わんばかりに引き金を引こうと人差し指に力を入れた時だ。それより早く、美偉の後ろから伸びた手が自身のボディに添えられる。
そこから局所的な突風が発生し、一撃で後方に吹き飛ばされ、高速道路の壁を突き破って落下した。
「グッ……!」
「こ、婚后さん!」
大慌てで美偉が後ろのお嬢様の前で膝をつく。脇腹からの出血は無視できない量のものだ。
「も、申し訳ありませんわ……皆さん……!」
「血が……!」
慌てて美偉が、自分のハンカチを傷口に当てる。もう少し深く入っていれば、脾臓に命中していた。
「黒子、婚后さんを病院に連れて行って!」
「は、はい……!」
「固法先輩、佐天さんと初春さんと木山先生を先に連れて行って下さい!」
「分かった!」
徒歩だと時間が掛かるが、それ以外に手はないのだから仕方ない。
「え、なんでですか?」
「御坂くん、君は……!」
初春と木山が聞いた直後、暗殺者が戻って来た。確かに、このままいても足手まといになるだけだ。ならば、先に行って子供達の救出をした方が良い。せめて、美琴や黒子が来るまでにキャパシティ・ダウンの破壊くらいは済ませておきたいものだ。
「行くぞ!」
「は、はい……!」
木山が声を掛けると、初春と佐天は走り出し、美偉もバイクに再び跨った。勿論、そう簡単に暗殺者が逃すはずがない。
ホルスターから銃を抜き、一番近くにいた初春に向ける。……が、発砲される前に美琴が砂鉄剣で銃口を斬り払った。
「っ……!」
「やらせるわけないでしょ」
若干、後ろに下がる暗殺者。目の前には学園都市最強の電撃使い。どうやら、簡単には追わせてもらえなさそうだ。
だが、先に向かったメンバーの中で戦えるのはあのメガネの風紀委員のみだ。ならば、自分は目の前の超電磁砲を足止めし、依頼人から借りている駆動鎧に追わせた方が良い。
そう決めて、ポケットから通信機を出した時だ。ボフッと、通信機から黒い煙が漏れる。
「仲間は呼ばせないし、私の仲間も追わせないわよ」
「……チッ」
小さく舌打ちする暗殺者。こんな向かい合った状態で、隙もクソもあったものではない。逃げる隙も無ければ、そのための乗り物もない。
その上、目の前の超能力者は、やる気満々と言わんばかりに指をコキコキと鳴らした。
「……やるしかないようだな」
「当たり前でしょ」
暗殺者も、覚悟を決めたようにホルスターの銃に手を掛けた。
「言っておくが、俺をあの辺の駆動鎧と一緒だと思わない事だ。あのおもちゃがいくらあろうと、俺一人の相手にもならない」
「あんたみたいな奴、知ってるから大丈夫よ。……というか」
そこで言葉を切った時だ。ゴロゴロ……と、突然、空が鳴り響いた。さっきまで快晴であったはずなのに、積乱雲が寄せられ、日の光を塞ぎ始める。
なんだ? と暗殺者は片眉を上げて空を見上げる。10秒で雲一つない青空に積乱雲が寄せられるなんてあり得ない。
が、途切れた集中力は、稲妻を纏い始めた目の前の少女によって、再び引き寄せられた。
「あんたこそ覚悟出来てるんでしょうね……! 私の友達に傷をつけておいて、ただで済むと思うな」
「……」
面倒な相手だ、と思いつつも、暗殺者は油断なく美琴を見据えた。