駆動鎧の武装は決してヤワではない。元々、災害救出用のものであるため、頑丈さは勿論、ある上に剣やライフル、そしてデカいロボットにはロケットパンチと盾が格納されている。簡単に出し抜ける相手ではない。それが複数ともなれば、能力者でもない限り相手には出来ない。
だが、今日の相手はそう簡単にもいかなかった。鋼鉄の体に、拳一つで穴を開ける相手だからだ。
駆動鎧軍団のライフルが、ヒーローに向けられる。ガガガガッ、と耳に響く射撃音を心底、鬱陶しく思いながら、非色は攻撃を回避し続け、水鉄砲を構える。狙うは、駆動鎧のマスクだ。
水鉄砲の液体は若干、薄い青色に濁っており、視界を塞ぐことが可能だ。それを受けた駆動鎧は、鎧の中でカメラワークを切り替える必要がある。その隙に、接近して思いっきり蹴りを入れた。
蹴り飛ばす方向は、敵の一人がいる所、その一撃で二人分に隙を作ると、他の敵が攻めてくる。
その攻撃をまた回避し、距離を置くと、今度は高速道路の壁を足場にして大きく飛び上がり、空中から水鉄砲で視界を塞ぎに行く。
『させっかよォッ‼︎』
が、その攻撃をテレスティーナの巨大な腕が防ぐ。それとほぼ同時に、反対側の巨腕で非色を殴り飛ばした。
「うおあああ危なっ⁉︎」
殴り飛ばされつつも、近くの外灯に水鉄砲を最大まで細くして飛ばす。細さと範囲が反比例する水鉄砲は、捕捉した場合に最大の長さは1メートル。
つまり、発射された液体が1メートルに満たないで獲物に当たれば、ワイヤーのように使えるのだ。
それにより、外灯の周りをグルリと回ると、水鉄砲を手放して巨大ロボに殴り返した。
「全然効かないね、パンチってのは……こう打つ!」
その巨大ロボに、勢いのまま殴り返した。ガクンっと大きくロボは後ろに仰け反るが、装甲自体には傷一つ見えない。
『ヒャハハハハッ! どれがパンチだって⁉︎ 今、何かしたのかも分かんねえな!』
「カッッッテェ……!」
『ったりめぇだ! こいつは超電磁砲を相手にする事を備えて作ったもんだ。テメェなんざ、はなから眼中にもねえんだよ!』
「俺も、あんたみたいな子供に眼中はないよ」
『ああ⁉︎』
「俺の眼中に映ってるのは、子供達だから」
そう返しつつ、一丁になった水鉄砲をもって、敵の周りを跳ね回る。敵の攻撃を回避しつつ、蹴りで駆動鎧同士を引き合わせ、液体の範囲を広げた水鉄砲でくっ付ける。
『ハッ、いくら雑魚どもを蹴散らした所で、私を倒せなきゃテメェは先に進まねえぞ⁉︎』
「声大きい! 進めないのはそっちもだから!」
そう言いつつ、テレスティーナの攻撃を避けながら駆動鎧をくっつけて行く。巨大ロボが暴れることにより道路が破壊されていくので、その辺の瓦礫もくっつけて行った。
そして、駆動鎧達を全てくっ付けた後、同じように紐状にした水鉄砲をくっ付けた。巨大モーニングスターの完成だ。
「よっしゃ、これなら……どうだ!」
最後に、大きくジャンプすると正面から叩き込みにいった。それに対し、テレスティーナはひらりと回避してみせた。
「っ!」
『バーカ、そんな分かりやすい手……気付かねえわけねえだろ!』
そう言いつつ、着地してガラ空きになった非色に腕を叩き付けた。片腕でガードするが、高速道路の方が耐えられなかった。亀裂が非色を中心に響き渡り、そのまま道路は陥没する。
非色どころか、テレスティーナの機体も落下した。
『ヒャハハハハハッ! ガキの考えなんざ、手に取るように……!』
「分かって、ないじゃん……!」
巨大ロボの拳にガードした手で掴まっている非色が、ニヤリと微笑む。予定通り、と言わんばかりにその捕まっている手で自分の身体を強引に振り上げた。
『何っ……⁉︎』
「これで、どうだッ……!」
上を取った非色は、巨大モーニングスターをテレスティーナの片足の関節の裏に振り下ろした。上からの衝撃と、叩き付けられた落下時によるダメージが重なり、機体にほんのわずかな稲妻が走る。
だが、それでも走れない程のダメージをもらったわけではない。すぐに立ち上がろうとした直後だ。さらに関節にダメージが入った。後ろから、崩れた瓦礫の中に混じった外灯を非色が突き刺しにかかったのだ。
「これでっ……!」
『このっ……無駄なんだよ!』
直後、ロケットパンチが飛んで来た。それを正面から非色は受けて、後方に大きく殴り飛ばされる。高速道路を突き破り、壁に背中を強打した。
『ハハハハ! 切り札ってのは、最後まで取っておくもんなんだよ!』
そう言いつつ、飛ばした腕をパージする。このロケットパンチ、伸ばしたら戻さず、捨てるしかないのだ。
仕留めた、そう判断したテレスティーナは、とりあえずコクピットから機体を動かそうと試みる。が、外灯は見事に関節に突き刺さっていた。関節部は装甲が薄いとはいえ、人に突き破られるほど脆くはない。
とりあえず、立ち上がるために突き刺さった外灯を抜かねばならない。腕を動かして抜こうとした時だ。センサーに反応があった。
『……化け物め』
高速道路から自分を見下ろしているのは、二丁水銃だった。ボロボロの身体を引きずって、サングラスに手を当てている。
「……警備員ですか? こちら、二丁水銃。置き去りの子供達を使った非人道的な実験を行おうとする主犯格をおさえました。証拠は今から押さえます」
それだけ言うと、非色は水鉄砲を向ける。何発か放ち、テレスティーナの動きを完全に止めた。脱出機能があったのだが、それすらも封じられた。万事休す、と判断したが、実験を諦めるかは話が別だ。
非色が駆動鎧の剣を奪って二丁水銃からはみ出てぶら下がっている糸を斬り、立ち去ったのを見ながら、とりあえず脱出は諦めた。
×××
美琴は、奥歯を噛み締めていた。非色と同じ身体能力の持ち主、というだけなら、本気でやれば楽に勝てるものだと思っていた。
だが、そう甘いものでもない。先読みしているとしか思えない回避力、一発貰えば無事で済まない拳、かと言って距離を置きすれば忍者顔負けの気配遮断による奇襲……などと、中々、やりづらい。
高速道路のような平坦な道ならいくらでもやりようがあると思ったが、銃器があるのも中々、厄介だ。
その結果、道路から落下して河川敷で戦闘を続けている。
「……流石だな、常盤台の超電磁砲。俺が獲物に5分以上、粘られたのはお前を含めて三人目だ」
「あら、意外と多いのね。たいしたことないわ」
そう言いつつ、電撃を再び放電する美琴。その範囲外に回避しつつ、銃を撃つ暗殺者。それを電磁波で他所に誘導しつつ、再び砂鉄剣を作った。
しかし、それを作った所で何か策があるわけでもない。お互い、攻撃を仕掛ける以上に、なるべく受けに回っている。何故なら、お互いの攻撃力はお互いの防御力を遥かに上回るから。
例えレベル5でも、超人の突きや蹴り、或いは銃弾やナイフをもらえばタダでは済まないし、逆にレベル5の電撃を一発でも喰らえば、ピリッと痺れた、では終わらない。
そうなれば、今度はスタミナが切れた方が負ける。それは、確実に電池切れがある美琴の方だ。
ならば、覚悟を決める他ない。
「……よし、行くわよ」
「……」
何か策がある、というのは考えるまでも無かった。問題は、何を企んでいるのか、だが。
ひとまず、油断なく腰に挿してあるナイフを握ると、超電磁砲は短くした砂鉄剣を両手に持って近接戦を挑んで来た。
今まで、肉弾戦は避けて来ていた。当然だ、暗殺者の方が分があるから。
その一線を回避すると、それを読まれていたのか、反対側の砂鉄も振るって来た。その一撃を後ろに身体を逸らして避けた直後、その砂鉄が微妙に延長された。
「ッ……!」
今度は、強引に体を屈めて避けた。流石に無策ではなかったが、今の程度で殺せると思っていたのなら甘い。
回避と共に握り拳を作った暗殺者は、美琴の懐に潜り込む。
直後、真下から悪寒を感じる。反射的にバックステップをすると、地面から砂鉄の刃が生えて来ていた。
「クッ……!」
距離を置きつつ、ホルスターからハンドガンを抜く。が、今度は背後からも殺気を感じた。大きなバク宙で回避すると、自分の真下を砂鉄の刃が三方向から通った。
空中に舞いながら、今度こそハンドガンを向ける。美琴も同じように片手を向けて来ていた。その先からは、バチッと僅かに稲妻が漏れていた。
ほぼ同時にお互いの攻撃が発射される。銃弾は美琴の頬を掠めるだけで終えたが、電撃は直撃した。充分な威力ではなかったが、動きが鈍くなってもおかしくない威力のはずだ。
すぐに美琴は追撃した。今度は、片手に伸縮自在の砂鉄、もう片手には普通に稲妻を込めて。砂鉄を避けられても、電撃で確実に仕留められるように、の二段構えだ。
「そこ!」
砂鉄が膝を突いている暗殺者に向かう。完全に突き刺しにかかった。その砂鉄に対し、暗殺者は手を添えた。普通なら、手を貫通する。たとえ超人であっても。
しかし、手に砂鉄が触れた直後、美琴は自身の演算に狂いが生じた事を察知した。美琴の砂鉄剣は、砂鉄を電磁石で振動させ、チェーンソーのような斬れ味を誇る。
その振動どころか、電磁石としての働きを狂わせるどころか、逆流するように電流が流れて来る。
「っ……⁉︎」
そう思った時、慌てて能力を解除しようとしたが、遅かった。美琴の指先から稲妻が体内に響き渡る。神経が麻痺する前に、体内の電流を電流で打ち消した。
「こいつ……!」
「悪いな。実は、無能力者ではないんだ」
そう言った直後、拳を構えて腹にアッパーを繰り出す。慌ててバックステップをして回避しようとしたが、代わりに胸の浅い谷間に掠める。掠めた程度なのに、身体は後方に大きく吹っ飛んだ。
「ッ……何処、触ってんのよ……この変態!」
「……? 何かに当たったか?」
「ぶっ殺す!」
頭に来た美琴は、身体中から一気に放電をかます。しかし、それこそ暗殺者の思う壺だ。派手な攻撃の影から、本命を繰り出すのは暗殺者の常套手段だから。
範囲外に避けつつ、近くの道路の瓦礫の影に隠れて手榴弾のピンを抜き、転がした。
「っ……やばっ」
手榴弾に気付いた美琴が、慌てて近くの瓦礫を使って即席の盾を作り、ガードする。
そのガードの範囲外から、暗殺者はサブマシンガンを構えた。電磁波にさえ引っかかっていなければ狩れる、そう確信して発砲しようとした直後だ。
高速道路から一人のヒーローが飛び降りて来た。
「……!」
そちらにサブマシンガンを向けるが、ヒーローが水鉄砲を放つ方が早い。射程内に入ったことで細くした液体でサブマシンガンを捕らえると、引っ張って奪いつつ顔面に蹴りを叩き込んだ。
「グッ……!」
蹴りの後に着地する非色。カラン、と暗殺者の顔から、マスクが落ちた。その顔は、非色にも見覚えのある顔だ。
「……被検体116号……」
「君は……117号?」
知っている間柄だった。番号が近かったから、すれ違ったり挨拶したりする程度の仲だが、知らないわけではない。というか、昔から割と明るい奴だった非色は、話しかけるきっかけをいつも探していたくらいだ。無かったが。
そんな話はともかく、だ。薄々勘づいてはいたが、やはりあの実験の生き残りだ。自分以外は死んだと聞かされていたのに、何故ここにいるのか? 不思議で仕方なかった。
が、向こうにとって自分はどうでも良い存在のようで、すぐにスモークを叩き付け、離脱してしまった。流石に美琴とヒーローを同時に相手するのは分が悪いと踏んだのだろう。
「ごめん、助かったわ」
「……」
「……非色……二丁水銃?」
「っ、あ、ご……ごめん。何?」
「助かったわって……」
「あ、いやいや……てか、意外と手こずったんだ?」
「まさか、向こうが能力者だと思わなくてね。次はもう負けないわよ」
「……そう」
どうやら、相当あの男のことを考え込んでいるようだ。自分との話が頭に入っていない様子だ。
気持ちは分からないでもないが、このままこうしているわけにもいかない。ボーッとしてから暇はないのだから。
「二丁水銃!」
「っ、え……?」
「行くわよ。時間が無いんだから。ヒーローなんでしょ?」
「あ、は、はい……!」
そう言って、改めて二人が目的地に向かおうとした時だ。ちょうど良いタイミングで黒子が戻って来た。
「あら、お姉様と……二丁水銃」
「ちょうど良かった。黒子、行くわよ」
「……あの男は?」
「逃げたわ」
それだけ話すと、黒子と二人は手を繋いで一気にテレポートした。