御坂美琴がその場に居合わせたのは、偶然では無かった。自分と同じ容姿を持つ少女を見つけ、なんやかんやで一緒に遊び、プレゼントまでしてあげて別れた後、イカれた実験のことを知り、追いかけて来たのだ。
が、せっかく見つけた彼女が瀕死である事は明らかだった。何故なら、片足をもがれて地を這うようにして動いていたのだから。
そして、それを追うのは白髪の少年。自分と同じくらい……いや、下手したら自分より華奢な体格をしたその少年は、線路の上に足を置いた。
その線路は、唐突にベギン、ガゴンッとへし折れ、近くに止まっている電車を大きく殴り上げる。
「なっ……!」
舞い上がった電車の落下点にいるのは、自身のクローン。もはや逃げる時間はない。
それを悟ってか、そのクローンは美琴が渡したプレゼントを胸前でギュッと握りしめた。
そんな人間らしい仕草が、逆に美琴の胸を引き裂くような痛みを走らせた。
しかし、そんな感傷に浸る前に、無慈悲にも列車はクローンの上に落下……とは、言わなかった。
「……?」
地面に落下する前に、真下で何者かが受け止めている。それも、片腕で。
その姿は、もう自分が何度も目にしたヒーロー……とは微妙に服装が違うようだが、中身は一緒だと即座に理解できた。
自分よりも弱い男だが、いざこうして助けられてみると、ここまで頼りになるのか、と思わず感心してしまった。
が、まだ安心できない。何故なら、相手の能力もまだ分かっていないのだから。
×××
「あ……なた、は……?」
「……」
太腿から下をもがれている。出血多量で、もうこの子は助からない。自身のうかつさを大きく呪った。こんな事なら、もっと早くここに来れば良かった。
奥歯を噛みしめつつ、真下に倒れる少女を見下ろすと、その顔は見知った顔だった。
「……え、み、御坂さん……?」
「……え?」
あの、超能力者の少女だ。共に戦って来た事もあり、彼女の強さはよく知っている。
そんな超電磁砲がここまでズタボロにされている……というのは、この際、問題なかった。
問題なのは、誰であっても、自身の友達がこうしてボロカスにされていた、ということだ。
頭の中が真っ白になり、真っ黒になり、夏の暑さではなく頭に熱があがる。
怒りに身をまかせながら、ジロリと犯人と思われる少年を睨みつけた。
「おいおい、実験の管理はどォなってンだァ? 部外者が紛れ込ンでンじゃねェか」
「……もう喋るな」
「ア?」
らしくなく低い声を発し、持ち上げている列車を下ろす。優しく御坂美琴と同じ顔を持つ少女の額を撫でると、腰のホルスターから水鉄砲を放った。距離がそれなりに近いため、広範囲に短く広がる拡散型で。
それにより目をくらました直後、その場から人間ではありえない速度で移動し、自分の撃った液体の隙間を抜け、液体より速く白髪の少年に距離を詰めた。
少年に拳を振りかぶるフリをしてジャンプでそれを飛び越えて背後を取ると、蹴りを背中に放った。一時的でかなり強引な挟み撃ち。反応できる奴はいない。
しかし、今回の相手は反応する必要がなかった。
「痛っ……⁉︎」
まるで、拳と拳が衝突したような痛みが、非色の右腕全体に響いた。
「ほォ、折れてねェのか」
「な、何を……⁉︎」
「だが、終わりだ」
ニヤリとほくそ笑んだ白髪の少年は軽くジャンプして宙返りをする。その下を通って非色に巻きついたのは、水鉄砲の液体だ。広範囲型だからこそ、避ける間もない上に、自身の攻撃だから第六感にも感知されなかった。
「クソっ……!」
「おい、ヒーロー。テメェにありがてェ言葉をくれてやる。……『策士、策に溺れる』だ」
「っ……!」
奥歯を噛み締める。悔しさで返す言葉も出やしない。
だが、文字通り手も足も出ない状態だ。噛み付こうにも、身動きが取れなかった。
そんな非色に、トドメを刺そうと白髪の少年が手を伸ばした時だ。その二人の元に雷撃が降り注ぐ。
「離れなさいよあんたァ────ッ‼︎」
「チッ……なンだァ? 連戦か?」
襲い掛かったのは、御坂美琴。鉄橋の上から飛び降りて強襲しに掛かった。
相手になってやっても良かったが、もう今は気分ではない。騒ぎが広がって人が集まってくるのも面倒だ。
……それに、どちらかというとこのヒーロー様の方に興味がある。明らかに人間以上の身体能力の持ち主。初めてやりあうタイプの相手だ。
電撃を反射して他所に飛ばしながら、倒れているヒーローの頭を踏みつける。ギリギリの反射の強度を増させて、地面に圧迫していく。しかし、潰れていくのは頭ではなく、頭の下のコンクリートだ。やはり、こいつはただの人間ではない。
「オレは一方通行、能力は『ベクトル操作』だ」
「あ……?」
「テメェにその気があンなら、いつでも相手してやる」
つまり、宣戦布告だ。ヒーローである自分に対し、余程、自信があるのだろう。それはそうだ。一方通行と聞けば、学園都市第一位の能力者だ。早い話が、この街で一番強い奴、ということになる。
その場で地面を蹴って大きく跳ね上がった一方通行は、そのまま何処かへ立ち去った。
その後、慌てて非色の元に美琴が駆け寄って来た。
「あ、あんた! 大丈夫⁉︎」
「え……?」
目の前に映ったのは、さっき死んだ少女と同じ顔をした少女だった。
「ぎゃあああああ! お化けえええええ! 助けられなくてすみませんでしたああああああ‼︎」
「ちっがうわよ馬鹿! 本物よ!」
「え……じゃあ、さっきのがお化け? 呪わないでえええええ!」
「だから違うってば! あーもうっ……頭良いのか馬鹿なのか……!」
落ち着くまでに30分掛かった。
×××
液体を電気でこがしてもらって、改めて話を聞く。あの少女は美琴のクローンである事。そして、あの学園都市第一位はレベル6に上がるためにこんな実験に加担しているということの二点だ。
「……なるほどね。こいつはぶっ飛んでる」
「ええ。……正直、私とあなたが2人がかりで挑んでも勝てないわ。攻撃が、全部跳ね返ってしまうんだから」
一方通行、と言う能力に関して詳しいわけではないが、今までの敵の誰と比べても桁違いに厄介なのは間違いない。
さて、どう倒すか……と、非色が頭を巡らせていると、美琴がそれを遮るように口を開いた。
「あなたは関わるのをやめなさい」
「……はい?」
「今回の件は、私が一人で片付ける」
「……何言ってんの?」
「私があの馬鹿な研究者たちにDNAマップを提供した結果なのよ。関係ないあなたは巻き込めない」
「今まで散々、自分が関係ない件に首突っ込んでおいて何言ってんですか。俺も止めます」
直後、急激に頭に血が上ったように、美琴は非色の胸ぐらを掴む。
「ふざけないで! 今までのどの相手よりも厄介なのはあんたも分かるでしょ⁉︎ 引っ込んでいなさい!」
「嫌です。知ってしまった以上は、ヒーローとして戦うしかありません」
「何がヒーローよ! ごっこ遊びみたいなものの癖に!」
「……」
言われて、非色は黙り込んでしまう。まぁ、それを言われたらその通りだ。ボランティアにもならないから。
しかし、そこまでストレートに言われると、やはり少し傷つくものはある。それを美琴も察してか、俯いてしまった。
「……ごめん」
「別に良いです。……とにかく、俺は俺で動くんで」
「あんた……まだ……!」
「安心して下さい。白井さんも姉ちゃんも誰も巻き込むつもりはないので」
「そういうことじゃ……!」
しかし、それだけ話した非色はさっさとその場から立ち去ってしまった。
とりあえず、作戦を決めないといけない。無策で勝てるのは格下だけだからだ。格上を倒すには、戦略と戦術が必要になる。
……とはいえ、だ。あと何回も実験が行われるのなら、ヒーローとして一人でも多くの犠牲者を減らさなければならない。
その為には実験の度に顔を出し、敵の弱点を戦いながら探る必要がある。
「……ふぅ」
窓から帰宅し、スーツとマスクを解除し、パジャマに着替えて居間に出た。姉はすでに帰って来ていて、微笑みながら片手を上げて挨拶して来た。
「あら、いたの?」
「うん。おかえり」
「ただいま」
本来とは真逆の挨拶をしながら、手洗いうがいをした。顔を踏みつけられ、メキメキと圧迫させられたにも関わらず、姉が何も言ってこないあたり、おそらく顔に傷一つ残っていないのだろう。良いマスクをもらえたものだ。
「ご飯は?」
「……いらない」
とても食欲などない。厳密には知り合いではなかったとはいえ、知り合いと同じ容姿を持つ人が片足をなくして倒れている場面を見てしまったのだ。思い返すと、あまり良い気はしない。
「何かあった?」
「え?」
「いつもより元気ないみたいだけど」
「そ、そう?」
流石、姉をやっているだけあってわずかな非色の変化も見逃さなかった。自分のことをよく見てくれている証拠だ。
しかし、だからこそ巻き込めない。美琴が自分を巻き込みたがらない理由も分かるのだ。
「なんでもないよ」
「……そう? 何かあったら、ちゃんと相談しなさいよ。私はあなたの姉なんだから」
「うん。ありがとう」
それだけ話しつつ、お風呂に入った。さて、どう戦うか。まずは人命第一ということでミサカクローンを逃し、その上で一方通行を足止めする。いや、倒さなければならないだろう。逃げられると言う保証はない。
まず、あの反射がどう言うものなのか、だ。無条件に何でも反射するなら勝ち目はない。恐らくだが、触れたもの限定で反射するのだろう。
それにより何でも遠距離から攻撃できる上に、それを警戒して近距離で挑めば、もっと重たい攻撃を貰うことになる。
「……」
ならば、試すのは一つ。あの反射がどの程度の速さまで対応できるか、だ。全速力で殴り、反射が機能する前に衝撃だけでも与える。
そんな事を考えながら、とりあえずシャワーを浴びた。