一方通行という強敵と戦うことになった今、これからは一戦一戦が命を取られかねない大きな戦いとなる。
だが、見捨てるわけにはいかない。クローンだか何だか知らないが、実験に付き合わされて命を落とす人を見捨てたくない。
その為にも、まずは準備だ。早く殴る、が通じるとしても、超能力者相手に隙もない段階では攻撃は当たらない。
あの能力なら、触れるだけで物をこちらに高速で飛ばせる。列車が銃弾以上の速さで飛んで来るとか、少し考えたくない。
先読みをいつも以上に鋭くさせないと避け切れないわけだが、そこはもう自身の第六感を信ずるしかない。
それよりも、今のままの水鉄砲で勝てるのか、ということだ。おそらく、液体も反射される。この前のように自身に巻き付くような真似はできないが、撃てばそうなる。自分なら避けられるかもしれないが、ただでさえ向こうは多種多様な弾丸を永遠に撃ち続けられるのだ。余計なものは避けたい。
「……仕方ない」
新しい武器を作るしかない。正確に言えば、新しい弾だ。相手を捕獲するためのものではない。
そのためには、色々な機材が揃っている木山の研究所を借りるしか……。あの実験のペースがどう行われているか分からないが、あんな大掛かりな戦闘を常に行われているとは思えない。昼間なんて、特に夏休みに突入した学生で溢れ返っている。
……つまり、行われるとしたら、最短で今夜。
「遊んでる暇はない」
そう決めて窓から飛び降りた直後だ。携帯が震えた。画面には「白井黒子」の文字。一応、出ないと後が面倒な気がするので、移動しながら応答した。
「もしもし?」
『あ、非色さんですの? 実は……その、佐天さん達とこれから買い物に行くのですが……よろしければ』
「すみません、忙しいんで無理です」
『あ、ちょっ……』
そこで電話を切った。申し訳ないが、構っている暇はない。恐らくだが、佐天と一緒ということは、初春も一緒の可能性は高い。携帯から自身の居場所を探知される前に、電源を切っておきたい所だ。
が、その前に電話をする必要がある。
「もしもし、木山先生ですか?」
『ああ、君か。どうした?』
「研究所をお借りします」
『構わないよ。私は子供達といるから、いつも通り通気口なり何なりと潜入してくれ』
「はい」
それだけ話して、電話を切り、電源もオフにした。親しき仲にも礼儀あり。一応、許可は取らなければならない。
×××
「……」
自分の携帯を黙って眺める黒子。その様子を不審に思った初春が片眉を上げた。
「どうかしましたか? 白井さん」
「……切られましたの」
「あちゃー。もしかして、予定でもあったんですかね?」
実際、この前のように上条から何らかの指導を受けていたように、知り合いと約束がある可能性はゼロではない。
しかし、それ以上に不可解だった事があった。
「いえ……ですが、こんな風にきっぱりと断られたのは初めてですの」
「と言いますと?」
「何やら、真に迫っているような印象を受けましたわ。それどころではない何かがある……とでも言わんばかりの何かが……」
「……え、でも最近は平和ですよね?」
確かにそう言う通りだが、また何か事件にでも首を突っ込んでいるのだろうか? あの少年はかなりのお人好しだ。
「で、でも……もしかしたら本当に何かのっぴきならない理由があるかもですし」
「はい。また後で連絡を取ってみれば良いんじゃないですか?」
「……そう、ですね」
とりあえず、今はせっかく遊びに来たのだし、向こうが来れないのなら仕方ない。何とか胸騒ぎを抑えて、深呼吸する。
そんな黒子の様子を見て、佐天と初春はにやりとほくそ笑む。それが気に食わなくて「何?」と視線で問うと、二人はまるで打ち合わせしていたかのように答えた。
「わかるわかる。好きな人が心配なんですよね」
「何か事件に巻き込まれていたら、いてもたってもいられないんですよね」
「ちっがいますの! あんなバカ、どうなったって知った事ではありませんわ⁉︎」
「はいはい」
「はいはい」
「むっきー! な、生意気なー!」
怒って追いかける黒子と、笑いながら逃げる佐天と初春。周りから見たら、かなり微笑ましい女子中学生達の兼ね合いに見えた。
×××
夜。どこかのビルの路地裏で、ミサカは一方通行と対峙していた。実験時刻まであと5分程度。実験場のポイントへの移動も終え、残りは時刻を待つのみである。
そんな中、ミサカの脳裏に浮かんだのは、あの変なコスプレ仮面である。すぐに意識を失ってしまったが、あの男は一体、何だったのだろうか? いきなり現れたように見えたが。
何しに来たのかも分からないが、どうなったのだろうか? 何にしても……あの仮面、カッコ良いと思わないでもないから、貸して欲しい、とか思ってみたりもした。
別のミサカなら、その悲願も叶えてくれるかもしれない。
「時刻になりました。これより、実験を開始します」
アサルトライフルを手に持ち、発砲しようとした直後だった。コロン、コロコロコロ……と、乾いた音が耳に響く。自分だけでなく、一方通行もそっちに目を向けた。
転がったのは、一方通行の真後ろ。白い球が、6個転がっている。
「……?」
「アン?」
直後、3つの球は破裂し、そこら一帯に液体を撒き散らかし、残りの3つは煙を吐き出した。
それと共に、ミサカの背中に糸のような液体がくっ付き、上に引き上げられる。その先は、屋上につながっていた。
下に撒かれた液体はもちろん、煙も、全て粘着性のもの。煙は物に付着した時に、その場に粘着性質が移り、ものがそこに当たると動かなくすることができるものだ。
しかし、それを説明している時間はない。
「えーっと……御坂さんの妹、で良いのかな?」
「あなたは何者ですか? と、ミサカは……」
「ヒーロー。俺のことなんて良いから逃げて」
「いえ、そうはいきません。現在、ミサカは実験の最中で……」
「っ……!」
こうなる事は想像していた。だからこそ、手は打ってある。自身のマスクを外し、ミサカの顔に装着させた。
そのまま携帯を起動し、自身で作成したアプリを開く。
「自動操作モードオン。マスクを指定のポイントへ強制移動」
音声入力でそう伝えると、マスクに引っ張られる形でミサカは移動を始める。
「⁉︎ こ、これは……?」
「大丈夫、ヒーローに任せておけよ」
そのままミサカが移動を開始した直後、非色は予備のサングラスを装着した。予備、というより木山の施設で発見したプロトタイプだ。通信機能はついていないが、熱源感知はついている。それさえあれば十分だ。
背後に一方通行が現れる。当然のように、身体には一滴の粘着液もついていない、綺麗なままだ。
「へェ、そンな機能ついてたのかよ。そのマスク」
「……」
腰から水鉄砲を抜き、一方通行に向ける。いつものように軽口を叩く余裕はない。
「動くな」
「無駄だっつの。テメェのそのオモチャじゃ、オレの動き一つ止めらンねェよ」
「……」
引っかかるのは、あまりにも一方通行が余裕過ぎること。このままでは、自分を倒せても実験は中止になるだろうに。
まぁ、それでも構わない。とにかく、今は目の前の男を止める。
改造した水鉄砲を放った直後、そこから飛び出したのはBB弾サイズの弾。それが一方通行に直撃した直後、跳ね返ることなく破裂し、煙幕となった。何かに直撃すれば破裂する仕組みなので、こちらに巻き付くことはない。
その隙に、移動を開始しながら煙玉を撒き続けつつ、ビルの中に入った。屋上の一個下に移動し、熱源感知で一方通行の真下に移動すると、殴り上げて天井を破壊した。
「あん?」
自由落下する一方通行。今なら、付け入る隙がある。何でも反射してしまうのならば、一方通行は基本スタンスは宙に浮くことになってしまう。
逆に、唯一、反射が働かないのは足の裏だ。足元がなくなった一瞬の隙に、一方通行も気付かない速さで足の裏を殴り抜く。複雑骨折させてしまうかもしれないが、ミサカの命がかかっている為、やむなしだ。
「ッ……!」
常人では目で追えない速さで拳を振り抜いた直後だ。一方通行はニヤリとほくそ笑んだ。
それが目に入った時には、拳は足の裏に触れている。直後、自身が拳を振り抜いた速度以上の速さで拳は跳ね返され、ビルの床を全て突き抜けて一気に一階まで落下した。
「ゴフッ……‼︎」
「ヒャハハハハッ! ヒーローともあろうものが、随分とオレを簡単に倒せると踏ンでたモンだなァ!」
「っ……!」
笑いながら、最上階から降りてくる一方通行。すぐに立ち上がろうとしたが、その辺の瓦礫を掴んで飛ばされ、地面に叩きつけられる。
「あンま、ナメてンじゃねェぞ。オレは、第一位だ。それが能力だけじゃなく、頭脳もだって事、忘れてンじゃねェだろうな」
言いながら自分の横に降りてくる一方通行。身体が動かない。恐怖からではなく、ダメージが大きすぎる。治るまでに数時間、掛かりそうだ。
だが、十分、時間は稼げたはずだ。あの子も今頃……と、思っていると、一方通行は自身のホルスターのポケットについている携帯を取り出した。
「こいつだよな、さっきいじってたヤツ」
「っ……か、返……!」
「うるせェ」
履歴を見れば、何処に逃したかはバレてしまう。
「じゃあな、次のチャレンジを、お待ちしておりまァす」
まるで煽るようにそう告げた後、一方通行は一気にその場から立ち去った。
奥歯を噛み締める。悔しさで何も言えない。涙も出てこなかった。……いや、まだあの子は無事なのかもしれない。戦闘中に介入出来れば、まだ間に合う。
「ッ……フゥッ、クッ……!」
無理矢理、身体を起こし、何とか移動を開始する。少しずつだが、早く歩けるようになってきた。修復が進んでいる証拠だ。
そのままの脚で、強引に一方通行とミサカがいる場所に走った。
×××
「……遅い」
固法美偉は、自宅で時計を眺めていた。現在、深夜の0時を回っているが、未だに弟は帰ってこない。
何かあったのだろうか? いや、あったと確信出来る。こんな事は今まで無かったからだ。
非色の部屋を見てみたものの、誰もいない。まぁ、最近は友達ができて楽しそうにしていたのは分かるので、少しはっちゃけるのも分かるが、連絡の一本くらい欲しい所だ。
「……」
黒妻に連絡して探してもらおうか? いや、さすがに日付が変わっているのにそれは出来ない。いっそ、自分で探しに行こうか……と、思った時だ。玄関が開く音がした。
「! 非色!」
「あ……た、ただいま……」
スーツを格納した姿の非色が帰って来た。しかし、身体中が傷だらけで、とても無事とは言えない。
「な、何があったの⁉︎ そんな怪我、今まで負ったこと……!」
「す、武装集団に絡まれただけ」
「……」
許し難いことだ。それが、本当なら。
「……ねぇ、非色。私に、何か隠してない?」
「ない」
「本当に?」
「本当に」
「……そう。とにかく、手当てしてあげるから。こっちおいで」
手招きされて、ソファーの上に座らされる。姉が救急箱を取りに行っている間、非色は額を手に当てた。
結局、間に合わなかった。到着した時には、ミサカの亡骸の上に自分の携帯とサングラスが置かれているだけだった。
自分の所為で人が死ぬことが、ここまで胸をえぐると思わなかった。
「っ……」
ハッキリ言って、勝てるビジョンが全く思い付かない。それ程までに、あの能力は反則じみている。
何とかしなければならない。何か考えなければならない。どんなに卑怯な手段であっても勝つにはどうするか……。
そんな難しい表情で考え事をしている非色を見て、美偉は確信した。やはり、何か難題を抱えている。
「……」
とにかく、明日あたり聞いてみた方が良いだろう。いつものメンバーに、弟の様子について。