「そんなわけで、あの弟は何かを隠しているわ」
開口一番、一七七支部にいる美偉は、黒子、初春、佐天をあつめて語り出した。最後の一人は部外者だろうに、もう普通に支部内でお話ししていた。
「探しましょう。あの愚弟を」
「ですわね。私も賛成ですの」
「は、はい……! 彼が困ったことになっているのであれば、助けたいです!」
「う、うん……! 私もお手伝いします!」
四人とも意外とノリノリで会議を始めていた。が、そんな中でも一人だけ見当たらないメンバーがいる。
「ところで……御坂さんは?」
「お姉様は、何やら忙しいようでして……断られてしまいましたわ」
「御坂さんが? 珍しいですね」
実際、美琴はかなり暇な人間だ。部活に参加もしていないし、風紀委員というわけでもないので、予定があることの方が少ないはずなのに。
「初春さん、監視カメラであの子を探して」
「は、はい……!」
「白井さんは外回り、佐天さんは彼に連絡を取ってみて」
「「了解!」」
全員が動き始める中、外回りとなった黒子は彼と出会う方法を何となく考えてあった。それは、単純。事件の起きている方に向かえば良い。そうすれば必ず、あの少年は現れる。
正体に関してなんとなく察している黒子ならではの手だ。何があったのかは知らないが、姉に心配をかけるなんてあの男が一番、したくないことのはずだ。問い詰めなければ気が済まない。
「……絶対に逃がしませんわよ……!」
奥歯を噛みしめながら、事件に片っ端から首を突っ込んでいった。
×××
夜、実験の開始時刻となった。一方通行は、柄にもなくワクワクしていた。あのヒーローもどきは今日も来るのだろうか? と。9千回も繰り返した実験、そろそろ飽きてきた所だったから、ああいったイレギュラーは大歓迎だ。
今日の場所は駐車場。開けた場所で人気の少ない場所で、あのヒーローもどきはどう対処するのだろうか?
とりあえず、時間となった以上は始まるしかない。目の前の人形に攻撃しようとした直後だった。聞き慣れない風を切る音が聞こえる。ふと真上を見た直後だ。
「……あ?」
落ちて来ているのは、トラックだった。貨物車両のトラック。あんまりな光景に、思わず唖然としてしまうが、あの程度はまるで効かない。無視しようとしたが、ふと違和感に気づく。
いつの間にか、足元や近くの車やベンチに糸のようなものが繋がれている。これには見覚えがある。あのヒーローもどきの水鉄砲だ。
直後、それらに火が燃え移る。囲んでいる糸、全てが燃え盛った。それらが、糸を沿って自身の方に燃え移ってくる。
「ハッ、バカが」
まさか、炎なら反射できないとでも思ったのだろうか? それなら、期待外れも良いとこだ。結局、奴もその辺の脳が溶けたスキルアウトと変わりない。さっさと居場所を割り出してボコす……と、思った時だ。
上からトラックが降ってくる。落下点は自分より少し外れていて、真横に落ちる。衝撃で粉々に砕かれ、爆発する。
一方通行自身が「反射」と思うまでもなく、勝手に衝撃や炎を弾く。こんな派手な真似をして、本当に隠蔽出来るのだろうか?
モクモクと上がる煙を眺めていると、そこでようやく狙いに気付いた。
「野郎……!」
あのヒーローの狙いは、酸欠だ。一方通行も人間だ。呼吸が出来なければ死ぬ。実際、窒息死するまでにかかるのは4〜5分。昏睡状態に陥るまで1分。反射で肺に火が入る恐れは無いとはいえ、それをするなら空気も反射する必要がある。
とにかく、どれだけの範囲が燃えているか分からない以上、早く動くに越した事はない。
「とはいえ、だ……!」
近くにミサカがいる以上は、大きな範囲で爆破はしていないはず……と、予測し、真っ直ぐ移動していると、後方から何かが直撃する音がした。後ろから小石を投げられたようだ。
勿論、反射してやったわけだが、位置が分かった以上は襲いかかった方が良い。すぐに後ろにターンして移動したが、ヒーローもミサカの姿も見えない。
今度は、真横から石が飛んできた。
「そっちか……!」
急転換してそっちに向かっても、やはり敵の姿は視認出来ない。そろそろ呼吸に限界がある。
奥歯を噛み締めた直後、またもはめられた事に気付いた。奴はこの場に自分を止める為に、効かないと分かっている攻撃を放ってきていたわけだ。
「雑魚が、ナメたマネしやがって……!」
だが、それならば遠慮はいらない。というより、最初からこうすれば良かった。自身に触れている空気全てのベクトルを、一気に真逆の方向へ弾き飛ばした。
突然、強風が吹き荒れ、炎も瓦礫も何もかもが一撃で消し飛ぶ。
そんな中、唯一吹き飛ばなかったものが見えた。そこには、二丁水銃とミサカの姿があった。
「下らねェ真似してくれやがって」
「バケモノかよ……」
マスクの下で、奥歯を噛み締めているのが分かった。それは、逆にもう打つ手がない事を示していた。
「ようやく会えたな、ヒーロー」
「こっちは見たかなかったけどね」
「イイ線行ってたが、まだ足りねェな」
非色は奥歯を噛み締め、ミサカを胸前に抱えながら一歩、後ずさる。
そんなヒーローの姿を見て、一方通行はニヤリとほくそ笑んだ。
「イイ事教えてやる、ヒーロー」
「あんまり知りたくないなぁ」
「オレの能力に、制限はねェ。テメェがオレを止めたきゃ、まずは反射をなンとかしてみろ」
「ッ……!」
直後、非色は付近に水鉄砲でミストをバラまく。その隙に、ミサカを連れて逃げるためだ。こうなれば、ミサカだけでも逃すしかない。
ダッシュで距離を置こうとした直後だ。その非色の速度をさらに超えた速さで、煙を弾いて一方通行が迫って来た。
「ッ……!」
ミサカを狙いに来た、と思った非色は自身からミサカを離しつつ、身構える。しかし、一方通行の狙いは非色自身だった。
「じゃあ、ヒーロー。次の挑戦を待っててやる」
「ッ……!」
一方通行の拳が直撃した。その一撃は仮面を突き破り、顔面に直撃。そのまま上空に思いっきり殴りあげられた。
あまりの威力に、如何に強化された肉体といえど、非色の意識を一発で吹き飛ばした。
そのまま非色の身体は野球の遠投のように街を超え、近くを流れている川の中に思いっきり突っ込んだ。
成人男性以上の肉体が川に降ってきたことにより、水飛沫が付近に飛び散り、大きな音が辺りに響き渡る。
それが偶々、近くを歩いていた少女を呼び寄せた。
「な、何の音ですの……?」
ヒュンっと音を立てて音のした方に現着した少女は、川を見渡すと、流されていく一人の男が見えた。見覚えのないコスチュームだが、もう何度も見た体格が全てを物語っている。
「っ……!」
慌ててその男の元へ駆け寄る。ブチ破られたマスクを外し、中を見ると、そこにあった顔は見覚えのある顔だった。
どうするべきか悩んだが、とりあえず彼を連れて自身の寮に帰る事にした。
×××
そもそも、白井黒子がそこにいたのは偶然だった。片っ端から事件現場を当たったが、全く彼は現れないので、代わりに自分が介入した。放っておくわけにはいかないから。
その結果、色んな支部から「自身の支部の敷居を守れ」と怒られてしまい、今に至る。お陰で、ヒーローの気持ちがわかってしまった。ルールを守ってばかりじゃ、守れない被害者もいる。
帰りが遅くなり、寮の門限を完全に過ぎてしまったわけだが、そんな中で聞こえたのが、ヒーローが降ってきた音だ。
顔を見てビックリだ。いや、むしろ腑に落ちた、というべきか。やはり、固法非色だった。
本当は病院に連れて行くべきだったのだろうが、正体はばれたく無いだろうし、何より傷口が徐々に治っているのを目の当たりにしては、とりあえず自分の寮で良いか、となって、今に至る。
「うっ……ん……?」
「あら、目が覚めましたの?」
あくまで余裕を保って声を掛けた。いざ、本当にヒーロー=固法非色を認識するとうろたえてしまいそうになる。
「……しらいさん……?」
「ええ。私ですわ」
身体を起こしつつ、自身の身体を見下ろす非色。スーツのままだ。つまり、今はヒーローなのだと判断し、慌てて飛び上がった。
「っ、や、やばっ……!」
「今更、慌てたって無駄ですの」
「へ?」
向けられた鏡を見ると、自身の顔は剥き出しになっていた。スーツ姿のまま。
真っ青に染まっていく非色の顔。ヤバい、と思うことすらなく頭の中がぐちゃぐちゃになる。
が、すぐに冷静さを取り戻した。大丈夫、まだ誤魔化しようがある、と手遅れにも関わらず思うと、眉間にシワを寄せ、不自然に口元を釣り上げた。変顔、というやつである。
当然、黒子は不審者を見る目になった。
「……何してますの?」
「……こ、固法非色じゃないですよー?」
「……いや、無理がありますの」
「……」
ダメだ。逃げられない。本当は窓から抜け出したかったが、それをしたほうが正体がまずいことになる気がした。
全てを見透かしたような顔で、黒子は非色に声をかける。
「一応、確認ですわ。あなたが、二丁水銃ということでよろしいですわね?」
「……」
「固法先輩に電話しても良いんですのよ?」
「……そ、その通り、です……」
項垂れて告白するしか無かった。
「はい、よく言えました」
「……あの、俺どうなっていました……?」
「川に流れていましたわ。その前に何があったかお聞きしても?」
言われて、非色は頭を捻る。微妙に記憶が混濁していたが、思い出そうとすればすぐに思い至った。
……そう、一方通行に負けたのだ、自分は。あの後、ミサカがどうなったかなど、想像するまでも無い。
「……」
「色々と言いたいことはありますが、今あなたが何に首を突っ込んでいるのか話なさいな」
「それは、出来ません」
言えるはずがない。間違いなく、一方通行の討伐に協力すると言い出すだろう。だが、アリが二匹になった所でゾウには勝てない。何より、学園都市の闇に触れさせるわけにはいかない。
しかし、黒子だってそんなので納得出来ない。すぐに切り札を切った。
「……お姉さんに報告しますわよ?」
「お好きにどうぞ」
「……!」
その時は姉に家を追い出されるだけだろうが、それで黒子を巻き込むのは、結局、自分可愛さに友達を巻き込む、という事と同じ意味になる。
「何故、話してくださらないんです?」
「言いたくないからです」
「ですが、あなたがそこまでズタボロにされた相手がいらっしゃるのでしょう? ご友人がひどい目に遭わされているのを、私に見過ごせと言うのですか?」
「そうです」
「っ……」
奥歯を噛み締める黒子。この男はどこまで頑固なのか。
思わず近くにある机を叩き、声を荒げてしまった。
「何故ですの⁉︎ あなたは、赤の他人のために手を尽くせる人間であると、私は承知しています。風紀委員としてでも、私はあなたを逮捕するつもりはありませんの! それでも話せませんか⁉︎」
「話せません」
「っ……」
「そもそも、今回の件は白井さんになんの関係もない」
胸ぐらを掴もうとしてしまったが、非色の表情を見ればそれは止められてしまう。相当、悲痛な表情を浮かべていたからだ。
それは、彼がそれだけ辛い目に遭っている裏返し、と見るべきだろう。
やはり、彼が何に首を突っ込んでいるのか分からないが、見過ごせない。いや、見過ごしたくない。
「友達が、友達の力になりたいと考えるのは当たり前ですわ! あなたがどうお考えなのか分かりかねますが、私の気持ちを汲む事も出来ませんの⁉︎」
「っ……」
非色も奥歯を噛み締める。黒子の言う事は分かるからだ。何故なら、自分も散々、色んな人のために力を尽くして来たからだ。実際、自分一人の力ではあのクローンの命は助けられないかもしれない。
かと言って、だ。友人が手伝ってくれたからと言って、助けられるとも限らないのだ。少なくとも、今回の相手はそれだけの相手だ。
ちょうど、前々から自分は友達を作ってはいけないんじゃ無いか、と思っていた所だ。
「……じゃあ、友達やめよう」
「え……?」
「もう、俺と白井さんは赤の他人で……」
直後、パァンっと豪速球がミットに叩きつけられたような音が響いた。ジンジンと熱が残っているのは、自身の頬。
しかし、痛みには意識が行かず、代わりに非色の瞳に映っていたのは、涙目になった黒子の顔だった。
「そこまで仰るのなら、もう結構ですわ……!」
何かを言う間もなく、黒子の手が触れた直後、非色の身体は表に飛ばされた。
場所はさっきの河原。芝の上に寝転がったまま、身体を動かす気にはなれなかった。
「……」
初めて、人を泣かせた気がした。今更になって、取り返しのつかないことをしてしまったのでは無いか、と言う虚無感が胸を満たした。
それでも、今は立ち上がらないといけない。一方通行を止める。そのためにも、今は家に……いや、帰る必要はない。帰れば、黒子と同じように姉との縁も切る必要があるかもしれない。
まずはスーツを格納すると、木山の研究所に向かいながら姉に「佐天さんのとこに泊まる」と嘘連絡だけしておいた。
罪悪感がすごい。シリアス書いてる人ってすごいね。