「それで、しばらくここに住みたいと」
「ダメ、ですか……?」
木山の研究所で、非色は大体の事情を説明した。一方通行と対峙している所は「強敵」と隠して。そんな事を話せば、万が一にも「私も協力する!」なんて言われかねない。
だが、まぁ木山なら無闇に聞いてくることはないだろうと踏んでのことだ。お互いに信頼関係はあるが、友達でも家族でも無い。
「まぁ、構わないよ」
「ありがとうございます! 流石に野宿は厳しいので」
「ただし、条件がある」
「なんですか?」
「本当の事を、話したまえ」
「……」
そうでもなさそうだ。彼女も、結局はお人好しのようだ。
「じゃあいいです」
「なっ……ま、待ちたまえ! そこは話す所だろう?」
「いえ、巻き込めないので」
さっさと立ち去ろうとする非色の肩を、慌てて木山は掴む。
「君、何故そこまで意地を張るんだ。話すだけなら巻き込むことにはならないだろう?」
「なりますよ。それほど危険な相手なんですから」
「……」
その気持ちはわかる。分かってしまう。自分も誰も信用できず、一人で動いていたのだから。
でも、それを止めてくれたのも目の前の少年だ。やはり力になりたい。
「分かった。詳しくは話さなくて良い」
「えっ……?」
「ただし、私に必要なことがあれば遠慮なく言いたまえ」
「……良いんですか? そんな都合の良いこと……」
「構わないよ。君の力にはなりたいが、君の足を引っ張るのはゴメンだからね。それに、私は知った所で戦闘面での力にはなれない」
さすが、大人といった感じだった。そういうことなら、お言葉に甘える他ない。
「……すみません、いつか埋め合わせします」
「埋め合わせなら、もうしてもらえたさ。今度は、私が助けたいってだけだ」
とりあえず、当面の寝床と協力者を手に入れた。
×××
それから、二日が経過し、学園都市にはとある噂が流れた。
それは「ヒーローが死んだ」という噂だ。昼間や夜に出現していた二丁水銃が突然、姿を消した。それに伴い、学園都市での犯罪は増加傾向となっていた。
ヒーローが死んだなら何をしても良い、という調子に乗ったスキルアウト達が多いのだ。
そのため、当然、一七七支部も忙しくなり、美偉、初春、そして黒子は活躍していた。もう、それこそヒーローを探す暇もないほどに。
それは、非色にとっては好都合だった。今は彼らの面倒を見ている暇はない。まぁ、そもそも非色は昼間は木山の研究所で引き篭もって研究、夜は出撃しているため、外の情報は完全に遮断してしまっているわけだが。
しかし、そんな非色の気も知らない佐天は、単純に非色が心配だった。何をしているのか分からないが、流石に死んだなんて思ってはいない。とはいえ、あの後に黒子と顔を合わせた時の様子が気になる。
『あんな男、もう知りませんわ。密やかに健やかにくたばってくれれば結構ですの』
あんな毒がぶち撒けられたのは初めてで、軽く引いてしまったほどだ。そう言ってしまった以上は、割と頑固な黒子はもう非色の捜索はしないだろう。
ならば、手が空いている自分が探すしかない。とはいえ、真夏なのでアテもなく表を歩くのはしんどい。
「……はぁ、どうしたら……非色くん、何してるのかな〜……」
「え? 非色?」
「え?」
通りすがりの人に、独り言を反応されてしまった。その男の人は、ツンツン頭の高校生だった。
「あ、す、すまん。非色って名前の友達、俺もいるからさ」
「そ、そうですか……もしかして、固法非色くん?」
「そうそう。……あ、君も友達なのか?」
「は、はい。実は今、彼行方不明で……みんな、心配してるんですけど……」
「あいつが……?」
少年の目が微妙に鋭くなる。一先ず、と思った少年は、たまたま近くにあったカフェを指さした。
「とりあえず、ちょっとそこで話さないか? 固法は、俺の友達でもあるんだ」
「あ、は、はい。良いですよ」
それだけ話すと、二人はカフェに入った。
まずは自己紹介を済ませた後、大体の話を佐天がすると、ツンツン頭の高校生、上条当麻は顎に手を当てる。
「そうか……家にも帰ってないのか、あいつ」
「はい……。少し、心配で……」
「分かった。じゃあ、俺が探しておくよ」
「本当ですか?」
「ああ見えて、俺にとっては弟みたいなもんなんだ。危ない目にあってるなら、見過ごせないからな」
「ありがとうございます!」
誰だか知らないが、割と良い人のようで安心した佐天は、笑顔で頭を下げた。
何故か頼りになる空気を纏った少年だし、一先ずホッと胸を撫で下ろしている佐天とは真逆に、当麻の表情は曇ってしまう。何処となく、不安が胸を満たしていた。何か、嫌な予感がしないでも無い。
×××
その日の夜、非色はいつものように出撃した。木山に作り直して貰ったマスクを装着し、改めて夜の街を駆け巡る。
さて、今夜の実験場は何処か……と、サングラスの機能をフル活用して移動していると、ふと第六感が反応した。誰かに、監視されている。
「……」
足を止め、付近を見渡す。だが、見当たらない。少なくとも熱感知が可能な範囲にいない事は確かなようだ。
まず間違いなく能力者。その上で、自身の視界に入らない距離となると、相当な追跡能力を持っている。
さて、どうするか。言うまでも無い。どこの誰だか知らないが、もし黒子以外の風紀委員(最悪の想定だと姉)だとしたら、一方通行との戦闘には巻き込めない。
建物内に誘い込んで、水鉄砲で動きを止める。
そう決めて、近くの研究施設に潜り込んだ。
「……」
息を潜め、熱感知の精度を再び上げる。案の定、追跡はされていたようで、合計で四人分、女のシルエットが施設の前に立っていた。
さて、あれは何者なのか。佐天でも初春でも美偉でも無いのは明らかだ。黙ってどう来るか考えていると、一番、背が高い女の熱がやたらと上がっていく。
最初は体温かと思ったが、そうでもなさそうだ。サーモグラフィーでは見たことのないほどに明るい色に染まっていく。……というか、これは……。
「やばっ……!」
反射的に回避した直後、緑色のビームが壁も何もかもを薙ぎ払って一直線に飛んできた。
ジャンプして回避しつつ、敵の動きを見る。いつのまにか、四人中二人の姿がなくなっているが、さらにビームが飛んでくるため動きを追う余裕はない。
「この能力は……!」
過去に一度、顔を合わせた覚えがある。その時は戦闘にはならなかったが、それは向こうが「めんどくせ」とか言って帰ったからだ。あのままやり合っていたら死んでいたのは自分だろう。
学園都市第四位『原子崩し』麦野沈利。何故、そんな相手が自分に絡んでくるのかがわからなかった。
×××
一日前、暗部組織アイテムはいつものように車の中に集まっていた。スピーカーの女から、今日の依頼を耳にする。
「へぇ……ヒーローの?」
『そ。ヒーロー、二丁水銃の始末』
「あー! あの少し前から出てきた、軽口叩くムカつくヒーロー気取り? 私、始末しておきたかったってわけよ!」
テンションを上げたのは、フレンダだった。能力者では無いが、爆弾と格闘術でターゲットを追い詰める使い手で、十分な実力者である。
「フレンダはヒーローが超嫌いなんですか?」
同僚の絹旗最愛が声を掛ける。
「当たり前っしょ。あんなヒーローごっこした痛いヤツ、好きなわけないってわけよ」
「ふーん……超そうですか」
「で、ヒーローの正体は分かってるわけ⁉︎」
『それが、分かってないの。そもそも依頼主からも「実験の邪魔だから追い出して」みたいなことしか言われてないし』
なるほど、と麦野は顎に手を当てる。
「要するに、この街お得意のクソッタレな実験ってわけね」
『コラ、依頼主について必要以上に追求しない。あなた達は、引き受けた以上は仕事をこなしてくれればそれで良いの』
「分かってるわよ」
『相手のことは分かってないけど、色々とデータはあるから』
そう言いつつ、画面の女はツラツラと語り始めた。
『彼の肉体スペックは、最近のデータを見た時点でスポーツカーよりも速く、ジャンプ二回で高さ20メートルはあるビルの屋上まで跳ね上がってる。ハッキリ言って人と思わない方が良いかも』
「うわぁ……超化け物じゃないですか。窒素装甲を纏った私でも勝てなさそうですね……」
「どんな化け物だって、爆破すれば一発ってわけよ」
『多分、効かないと思うけど。それこそビルひとつ吹き飛ばす威力の爆弾じゃないと』
「私達の存在を知られるわけにもいかないし、そんな爆弾は使っちゃダメよ、フレンダ?」
「ちぇー、了解ってわけよ」
そこを注意してから、麦野はその場にいる一番、ぼんやりした少女に視線を移す。
「滝壺、ターゲットのAIM拡散力場は覚えてる?」
「うん。前に顔合わせた時に覚えた」
「じゃ、あとはいつも通りやるわよ」
『あー待った待った。もう一つ覚えておいて』
「何よ」
鬱陶しそうに聞かれ、声の女からさらに大きな声が聞こえる。
『こいつと来たらー! せっかく人が親切で有益な情報を教えてあげようとしてるのに』
「分かったから言いなさいよ。何?」
『彼の戦闘のデータを見た感じ、明らかに死角からの攻撃も普通に避けたりしてるの。もしかしたら、少し先の未来が見えるとかの能力者かもしれない』
「……なるほどね」
確かに有益な情報ではあった。それと共に、自分達に依頼が転がり込んできた理由も分かる。アイテムの攻撃力でないと、このヒーローは倒せないかもしれない。
「じゃ、改めてやるわよ。各自、準備しておくように」
「「「了解」」」
リーダーの号令に、三人は立ち上がった。
×××
「あーらら、本当に避けるのね。死角からの攻撃も」
現在、壁越しから放った攻撃もあっさりと避けられ、麦野は眉間にシワを寄せる。
だが、それは想定内だ。そのために絹旗とフレンダを先行させた。今の麦野の仕事は、ここからビームを撃ち続ける事だ。
何発も何発もぶちかまし、壁に穴が空いてもお構いなし。その度に、壁の向こうにいる二丁水銃は回避し続けた。
「本当によく避けるわね、あいつ。まぁ逃がしゃしないけど」
「むぎの、平気?」
「何が?」
「この建物、壊しちゃって」
「大丈夫でしょ。全部、あいつがやったことにするから」
中々にブラックな事を言いながら、攻撃する手を休めない。すると、滝壺が「ん?」と小首を傾げる。
「どうしたの?」
「逃げ出しちゃった」
「は?」
「こっちの狙いがバレたみたい」
「ふーん……どこに向かってる?」
「きぬはたの方」
「絹旗、そっちに行ったわ。急ぎなさい」
指示も出しつつ、麦野も滝壺を連れて移動し始めた。何もかもを貫くビームは撃てるが、滝壺の言う通り何でも壊してしまうと施設の爆発物に起爆してしまう可能性もある。
それを回避するために、ビームを撃ちながら、この施設の見取り図を手に入れる必要がある。
×××
「ふぅっ……しんどいな……!」
ビームを避けながら、非色は出口に向かう。こちらの居場所がどういうわけかバレている以上は、建物内での戦闘は不利だ。なるべく見通しの良い場所……例えば公園とかに移動しておきたかった。
走ってスライディングしてジャンプして、を繰り返しながら移動していると、ふと殺気が目の前の曲がり角から発生する。
そっちを注視していると、その角から一人の幼女が顔を出した。
「……!」
「死ね」
ドゴンッと、バトル漫画のような轟音がその場を支配した。少女から繰り出されたとは思えない一撃を、非色は片腕で受け止める。
「すごいね、君のパンチ。少しだけ左手が痺れたよ」
「それは、超どうも!」
たんっ、と地面を蹴った少女……絹旗は、全体重を乗せた廻し蹴りを叩き込んだ。その蹴りも、非色は右手で受け止める。
「けど、こんな時間に女の子が集会開くのは感心しないな」
「ご安心を。集会では超ありませんので」
直後、第六感に再び悪寒が走る。ビームが飛んで来る。
「っ……!」
両手で受け止めた少女を強引に遠くに投げながら、宙返りで回避する。その隙に、非色は別の方向に走り出した。
こんな所で足止めされるわけにはいかない。ミサカの命が掛かっているのだから。
絹旗では追いつかない早さで移動を開始しながらビームを避けつつ、壁と壁を蹴って移動する。
そんな時だ。不自然なテープが目に入った。壁にやたらと張り巡らされている線が、遠くに結ばれている。
とりあえず、近くにいたらヤバいと踏んだ非色は一旦、着地する。その近くに、ぬいぐるみが配置してあるのが見えた。
「ボカン」
どこからか声がした直後、そのぬいぐるみが爆発した。衝撃で後方に吹き飛ばされつつ、飛んでくるレーザーを水鉄砲による糸を使って回避する。
地面に着地しながら、熱源感知を入れた。よくよく見れば、爆薬を秘めたぬいぐるみが、いつの間にか大量に設置されていた。
「チッ……!」
そのぬいぐるみを避けて、再びルートを変えると、正面から絹旗が殴り掛かって来る。
あの拳は間違いなく能力によるものだ。じゃないと、あの威力は説明がつかない。
だが、自身の身体に傷がつくほどでは無い。その一撃を受け止めようとした直後だ。絹旗は空中で姿勢を変え、自身の胸に足の裏をつけ、思いっきり蹴り込んできた。
「ッ……!」
地面に追突させられると共に、上から大量のぬいぐるみを落とされる。さらに、真横からは壁越しにビームが放たれる。
直後、爆発、炎上した。研究所内で起こったにしては大き過ぎる規模の爆破に、絹旗は一歩引いて眺める。その隣に、爆弾を仕掛けたフレンダが戻って来た。
「平気? 絹旗」
「ええ、問題は超ありません」
「流石に今のコンボで死んで無かったら、もうヒーローどころか化け物ってわけよ。それも、麦野を超える化け物かもね〜」
『フ、レ、ン、ダ、ちゃ〜ん……? 誰が化け物だって?』
「oh……」
「……通信、切ってなかったんですか……。超バカですね……」
なんて勝手に漫才をやっている時だった。絹旗が、ふと片眉を上げた。どうも嫌な予感が拭えない。
「麦野……超倒したと思いますか?」
『いいえ、気を抜かないで。まだそいつ、ピンピンしてるわよ』
「……嘘……」
煙が晴れ、爆炎の中で姿を現したのは、臨戦態勢に入ったヒーローだった。