四日が経過した。病院の前で、美琴は御坂妹と公園に訪れていた。美琴の奢りで缶ジュースを購入し、ベンチの上に腰を下ろす。
一応、御坂妹は無傷で回収出来たが、一応病院で診てもらっている。人形、というわけでは無いが、やはり普通の人間とも言い難い。定期的に検査が必要だ。
「……不思議です」
「? 何が?」
「昨晩の実験で、ミサカは死んでいるはずなのに……今、こうして生きている事が、とても不思議な感覚です」
「……」
美琴は何も言えない。その感覚は、おそらく実験動物として生を受け、死を回避して生き延びた者にしかわからない感覚だろう。
「『学習装置』であらゆる知識は兼ね備えていますが、今のミサカに生きる上での目的も、生きて行くのに必要な費用を入手する為のアテもありません。……と、ミサカは将来の不安を露わにします」
「……」
その不安は、美琴自身も懸念していた。これから先、御坂妹が一般社会へ溶け込むための障害はあまりにも大きい。
「ごめん……安心して、なんて無責任なことは言えないわ。私だって精一杯、協力するつもりだけど……」
「ですから、ミサカにも生きるということの意味を見出せるよう……これからも一緒に探すのを手伝ってください。……と、ミサカは精一杯のわがままを言います」
「……うん。もちろん」
二人で握手をして、とりあえず飲み物を飲む。
「ところで、お姉様」
「何?」
「あのヒーローさんとツンツンした頭の少年はご無事なのでしょうか? と、三日前から聞きたかった話をここに来て出します」
「あ、ああ……あいつらね……」
一応、上条は病院に行かせた。非色が合流するまでの間、防戦一方で決して無傷というわけではなかったから。
で、非色は、一方通行に吹っ飛ばされてから、その姿を消していた。本来なら病院に運ばれるべきだというのに、気が付いたらいなくなっていた。
「どうなったかは分からないわ。探してはいるんだけど……」
「……そう、ですか」
「ま、無事だと思うし、あのバカは『気にしないで』ってカッコつけると思うから、あなたは気にしなくて良いと思うわよ」
「まだ、ミサカはお礼も言えていません」
それくらいは言って然るべき事だろう。まぁ、正直、美琴もあの少年がどこにいるのかは大体、見当がついている。未だに家に帰っていない理由は一つしか思い当たらない。
「会いたい?」
「はい」
「じゃ、いきましょうか」
そう言って、美琴は御坂妹と共に木山の研究所に向かった。
×××
「おお〜……す、すごい! 本物の手みたい!」
「ふふ、だろう? 流石に私一人ではなく、冥土返しに協力してもらったがね」
木山の研究所で、非色は義手を装着していた。一応、試運転のつもりで手術したのだが、既に絶好調のようだ。
「ふむ……異常も見られないかね?」
「はい! ……微妙なラグもありません。……いえ、少しありますけど……この程度なら慣れると思います」
「ふむ……調整するよ?」
「いえ、その……姉に怪しまれる前に早く帰りたいので……」
「ああ、なるほど?」
カエル顔の医者はそう言うと、鞄を持って立ち上がった。
「じゃあ、僕はこれで失礼するね?」
「すみません。病院で手術したくない、なんて俺のわがままで……」
「構わないよ? もし、調整が必要になったら、いつでも病院に来てね?」
「は、はい」
「それから、その義手の細かい機能については木山くんに聞いてね?」
それだけ言うと、冥土返しは仕事に戻った。腕が良いだけあって、忙しい人である。
今度、改めてお礼をしないと、と思いつつ、木山に聞いた。
「機能って何の話ですか?」
「薄々、勘付いていたかもしれないが、それは勿論、ただの義手ではないよ」
「と、言いますと?」
木山が説明をしようとした直後だった。研究所のインターホンが鳴った。何かと思ってモニターに顔を向けると、美琴と御坂妹が立っていた。
「うげっ……み、御坂さん……」
「? どうした?」
「いえ、これ言うまでもなく用件俺ですよね……」
間違いなく、黒子の件だろう。事件が解決した今、もう黒子と仲直りしろ、というのが向こうの考えだろう。
しかし、非色としては、そもそも黒子だけでなく佐天や初春とも縁を切ったほうが良いかも、とは考えていたのだ。肉体的に少しずつ強くなっているし、誤って怪我をさせてしまう可能性もある。
あと、その……あれだ。普通に謝りに行くのが少し恥ずかしくて、怖かった。
「……逃げても良いですかね?」
「ダメだろう」
「お願いします! 見逃して下さい!」
「ダメだ。……勝手な私の気持ちではあるが、私は君に協力者でありながら、息子にも近い感情を抱いている。そもそも、君が今回の件、私に話してくれなかった、というだけでも少しシャクに触っているのだがね」
「え、いやそれは……」
「君は頑固な所があるし、私は戦闘面において役に立てないから一方通行の件についてはこちらが折れたが……白井くんの件で君を甘やかす気はない」
「う、うー……」
割と正面から言われ、非色は目を逸らす。実際、黒子と縁を切ったことが正しかったのか、正直、疑問は残っていた。巻き込まない為にはこのままの方が良いのだろうが、黒子が泣いてしまったときの顔は今でも忘れられない。
頭の中であれこれ考え、何が正解で何が正しいのかを頭の中でぐるぐると回す。いや、実際は正解は出ているのだから、あとは行動すると決めるだけなのだ。
……だが、やはり謝りに行く勇気が出ない。
「か、考えておきます!」
「あ、コラ!」
排水口から逃げ出され、木山は慌てて研究所の入り口を開けた。こうなったら、美琴に捕まえてもらう他ない。
すぐに姿を現した美琴に声を掛けた。
「こんにちはー。非色くんいます?」
「今、逃げた! 追いたまえ!」
「逃げ……?」
「何故ですか? と、ミサカは素朴な疑問を投げかけます」
「白井くんに謝らなければならないのをヒヨったんだ」
「……」
イラリ、と美琴は眉間にシワを寄せる。その用件ではなかったが、その用件も思い出した。
ならば、全力を持って捕らえるしかない。まずは、電磁波によって捕捉することにした。まだ通気口を通っている所のようだ。
「あんたはここであいつが戻ってきた時に備えておきなさい」
「捕獲すればよろしいのですか?」
「そう。殺すつもりで掛からないと、あいつには勝てないわよ」
「了解しました。と、ミサカはお姉様との初連携プレイに胸を躍らせます」
「っ、い、良いから待機!」
美琴は電磁波によって通気口が繋がる道と非色の移動ルートを逆算しながら出て行った。少し照れながら。
その背中を眺めていた御坂妹は、鞄からアサルトライフルを抜いて構える。
「すまないが、銃器は勘弁してくれないか? 機器が台無しになる」
「了解しました」
「……君が、妹達かい?」
「はい」
武器をしまいながら、木山の質問に頷いて答える。目の前にいる無表情な少女は、おそらくクローンだろう。でないと、御坂美琴は双子だったことになる。
それに、以前に「量産型能力者計画」という資料をちらっとだけ見たことある。彼女は、その名残だろう。
「……良かったな、助けてもらえて」
「……はい」
そう返事をした時だった。通気口からビリビリビリッという電気が流れる音がした。
×××
御坂妹からお礼をもらい、木山に怒られ、現在。美琴と手を繋いで移動していた。勿論、逃げられないようにするために手を繋いでいる。
「そういやあんた、その左手は何?」
「義手です。木山先生とカエル先生が」
「早いわね、随分……」
「試作品みたいなんですけど……急いでつけてもらいました。普通に生活する分には困らなさそうだったので」
「どうして? そういうのって、慎重にやるべきなんじゃ……」
「姉に心配かけさせたくないからですよ」
なるほど、と美琴は心の中で納得する。今の今まで部屋に帰っていなかったのはそういう事なのだろう。
自分だって、妹達を黒子や佐天、初春に紹介するつもりはない。
「……ねぇ、非色くん。聞いても良い?」
「何を?」
「『超人兵士作成計画』について」
「……」
「あ、いや……詳細について聞きたいんじゃなくて……その、なんでアレだけの実験を経験して、そんなに真っ直ぐでいられるのかなって……」
そういう意味か、と非色は頭の中で頷く。まぁ、自分が人間じゃないと分かったところで、美琴ならドン引きすることはないだろう。
「……俺なんて、そんな大した奴じゃないよ。本当に」
「誤魔化さないで」
「本当だって。ただ『この力を使えば助けられる人がいるなら、それを見過ごしたく無い』ってだけ」
「……」
なるほど、と美琴は内心で納得する。口にすればシンプルな内容だが、それは難しい事だ。口にするだけであればシンプルだからこそ、彼はそれを守っていられる。風紀委員とかの堅苦しいルールより余程、分かりやすいから実行出来る。
何より、自分の中で自分に定めたルールだから守れるのだろう。
「……でも、それだけ?」
「え?」
「そのために黒子と縁を切った、っていうのはやり過ぎな気がしないでも無いけど」
「あ、あー……そ、そうですか?」
「そうよ。……まぁ、今回の件は確かに軽はずみに巻き込める事じゃなかったけど」
「……」
言われて、非色は目を逸らす。はい、何か隠してる事確定、と判断した美琴は、繋いでいる手に少しずつ電気を流していく。
「あ、あの……御坂さん? 手がピリピリして来たんですが……」
「……で、どうして縁まで切ったのかしら?」
「あの……なんか、痺れが強くて、痛みが……」
「詳しく教えてくれないと、このまま体内から焦がしちゃおうかしら」
「分かりました! 白状します!」
やはり、所詮は子供である。少し恐怖を与えればすぐに吐いてしまう。
「だ、だって、その……俺の身体は、人と違うし……この前知ったんだけど、ダメージを負った際の修復力で……肉体強化にも作用されるんです」
「で?」
「今の俺は……正直、どの程度加減すれば、普通の人を怪我させないで制圧できるかわかりません。……万が一にも、それが白井さん達に危害を及ぼしたらと、思うと……」
「……はぁ、あんたねぇ……」
今度は全開で呆れられてしまった。思わず、非色はドキリと心臓が跳ね上がった。
「馬鹿じゃないの?」
「え」
「一緒にいるだけで怪我させるかも、て言うなら、私こそ一緒にいられないわよ。超能力者だし、電撃の威力もそこらの能力者とは比べものにならないもの」
「つまり、御坂さんはガサツって事ですか? あ、いや嘘です。電気流さないで」
「とにかく、そんなこと気にしないの。……本当、変なとこがガキなんだから……」
「ゲコ太趣味の人に言われたく……ごめんなさい」
「ったく……一応言っておくけど、あんたには感謝してる。それ以上に、少し怒ってるんだからね」
「え?」
「黒子、すごくショック受けてるから」
言われて、非色は少し肩をすぼめる。確かに、彼女には一番、酷いことを言った。一番苦手でもあったが、それと同時に一番、仲良かった相手でもあるのだから。
そうこうしている間に、一七七支部に到着した。ここにいるのは、白井黒子に固法美偉に初春飾利、多分、佐天涙子もいる。
正直、気が重い。特に姉と黒子には何を言われるか分かったものではないから。殴られる事も覚悟するしかないない。まぁどうせ効かないが。
が、そんな非色の気まずさなど知る由もない美琴は、さっさと非色の手を引いて階段を上がった。
「そういえば、入口にはロックが掛かっているのでは?」
「私の能力はハッキングも可能だから」
ダメだった。サクッと解除した美琴は、扉を開ける。
「ほら、行くわよ」
「ちょっ……まだ心の準備が……」
「一方通行に何度も喧嘩売ってた奴が何にビビってんの?」
「それとこれとは話が……あ!」
前に押し出され、倒れ込む形で支部の中になだれ込んだ。前に膝をつき、恐る恐る顔を上げると、美偉、初春、佐天がこちらを見下ろしている。このシンッとした空気がまた怖かった。黒子だけいないようだ。
「げっ……あ、ど、どうも……?」
「……非色!」
駆け寄って来たのは美偉だった。正面からカバッと抱き締められる。それに、非色は思わず顔を赤くしてしまった。
「ね、姉ちゃん……他の人が見てるから……」
「関係ないわよバカ! 何日も連絡寄越さないで何してたわけ⁉︎」
「え、えっと……筋トレ……」
「黙ってて! 大人が、お話ししてるの!」
「え、高校生じゃ……」
「非色」
「あ、はい。黙ります……」
ギューっと抱き締められ、非色は微妙にきょどってしまう。こういう時、どうしたら分からないあたりがダメな弟なのだろう。
「ま、まぁでも……今後はこういう事ないと思うからさ……だから、そんな心配しないで……」
「誰が信じるのよ、そんな言葉」
「そーだそーだ」
「非色くん、今回の件は酷過ぎますよ。お姉さんを心配させて、白井さんと絶縁なんて……せめて何があったか説明してくれないと、信用なんて出来ませんよ」
佐天と初春が続けて捲し立て、非色は目を逸らす。その視線の先には美琴がいる。
「あー……実はね、非色くんって二丁水銃なのよ」
「「「……え?」」」
「おおおおおい! 何を言ってんだお前コラァッ‼︎」
大慌てで美琴に掴みかかるが、美琴はぬるりと回避して非色と肩を組む。
「こうするのがベストよ。どの道、今回の件でヒーローである事は話すべきだわ」
「ど、どうして……! そんな事して、もし精神系能力者にバレたら……」
「いや、この際だから言っておくけど、みんな大体、勘付いてるわよ。てか、あんた隠すの下手過ぎ」
「え、そ、そうなの……?」
「そうよ。三人の顔、見てみなさいよ」
言われて、チラリと佐天や初春、美偉の顔を見る。驚いてはいるが、腑に落ちているのも確か、と言った感じの表情だ。要するに、驚きが足りない。
「あんたがヒーローだって知られたら心配かけるかもしれないけど、バレてなくても心配かけさせてるじゃない」
「うぐっ……」
「むしろ、正体をバラした方が動きやすくなるだろうし、今までヒーローの活躍を見てきた皆なら、むしろ多少の無茶は許容されるかもしれないし、ここは正直に話しなさい」
「うっ……う〜……」
「何、これだけ言ってもまだ何か嫌なの?」
美琴の言うことは尤もだ。流石に一方通行と戦ったとかは言わない方が良いが、どの道、心配をかけさせているのなら、その心配を抑える方向に沈めた方が良い。
それくらい、非色は分かっているはずなのだが……何を渋る事があるのか? と美琴がイライラしながら片眉を上げると、ポツリポツリと少しずつ漏らすように言った。
「いや……その……ヒーローの正体って……秘密の方が、カッコ良いかなぁ……って……」
「そんなわけだから、ヒーローの活動でこいつ連絡取れなかったのよ」
「何で無視するの⁉︎」
あっさりと自身の考えをスルーされ、非色が唖然としている間に、美偉が慎重に聞いて来る。
「ほ、本当なの……?」
「え? あ、あー……」
言われて、非色は目を逸らす。固法美偉は超人兵士作成計画を知っている。失敗した、と聞かされていたはずだが、それが成功し、今の今まで化け物と生活していたと知ったらどう思うだろうか?
もうこうなった以上は、正体を隠す事はできない。ならば、何処まで情報を隠せるかに賭けた方が……。
「非色……」
「……あー、うん。俺が、まぁ……その、ヒーロー?」
ダメだった。姉に不安そうな表情で見られては、これ以上は嘘をつけない。
「……そう、なの……」
「や、ホント心配しないで! 俺ちょっと他の人より頑丈だから!」
「あんた……」
そんな話をしている時だ。一通の電話がかかって来る。初春が応答した。
「もしもし、風紀委員一七七支部……え、カツアゲ現場? 場所は……はい。公園の裏にある廃ビルの中で……分かりました。すぐに伺います。固法先輩!」
「ええ。佐天さん、非色、御坂さんはここで……あれ?」
「行ってきまーす」
美偉が外に出る前に、非色は窓の淵に立ち、リュックから変身アイテムを取り出すと、鞄だけ支部内に置いた。
「ちょっ、非色くん⁉︎」
佐天からかけられた声を無視して、サングラスを目に装着すると、ジャンプして屋根の上へ飛び移り、そこからさらに身体にスーツを纏いながら移動し始めていた。
本当に、非色がヒーローである事を認識させられつつ、とりあえず美偉がその後を追った。
次で一方通行編終わりです。