即効性を求めるには荒療治が必要。
さて、それから二日が経過した。佐天と共に、大覇星祭に向けて特訓しないといけない。それは、作戦会議でも同じ事だ。
丸一日、お休みをもらった非色は、ヒーロー活動のついでに情報収集をして来た。
「敵の情報、探って来たよ」
「ほほう。聞かせてもらおーか、固法軍曹」
「え? あ、うん」
唐突な軍人のノリについていけないが、とりあえず報告した。
「ヒーロー活動しながら、他の『二人三脚』の出場メンバーを洗って来た」
「どうやって?」
「まず、運営委員会の本部に潜り込んで、パソコンを覗いて来たから間違い無いよ」
「本気過ぎる……」
「いやいや、メンバーを見たらそうも言っていられないからね」
正直、フェアじゃない気がしないでもなかったが、無能力者二人で挑む時点でフェアなんて言葉はない。
「まず藍鈴女子高校、能力は接触しているものを自在に操る能力と、触れたものを原材料に分解する能力者……まぁ、念動の厄介さは言うまでもないし、もう片方は触れるだけで俺達はただのタンパク質に戻されるから気をつけて」
「怖い事言わないで⁉︎」
「続いて、羽場跳高校の男子チーム。この人達は、触れたものの摩擦係数をゼロにする能力と、空気中の水分を手に集めて分解・燃焼させる能力者」
「なんかあんまレースと関係ない?」
「いやいや、あるから。足の裏で地面に触れつつ、燃焼によるブーストをすれば加速するでしょ」
「な、なるほど……」
その上、非色は水鉄砲なしである。殴り合いならともかく、レースをするにはきつい相手だ。
「最後の一校は?」
「……聞く?」
「聞くよ。とにかく、作戦を考えないと」
「いや、作戦って言ったって、俺達のする事は変わらないよ? インコースを取ってとにかく速く走るってだけだし……」
「それでも対策とかあるでしょ」
「……」
まぁ、それなら仕方ない。当日まで黙っていてモチベーションを保とうとも考えたが、直前にやる気を失せられる方が困る。
「常盤台」
「え?」
「御坂さんと婚后さんのペア」
「……マジ?」
「マジ」
しばらく、沈黙が続いた。あ、やばい、と思った非色はとりあえず何とか声を掛けることにした。
「ま、まぁでもほら、ルール無しのガチンコバトルじゃない分、勝ち目はあるから……」
なんとか捲し立てるが、まぁ勝てる可能性は正直、低い。でも、ゼロではない。特に、攻撃や仕掛けを察知して回避し、後はとにかく走れば勝てるかもしれない。
それを理解してか……いや、多分、全く理解していないんだろうけど、佐天はニコリと微笑んだ。
「大丈夫、むしろなんか『ダメで元々』って言う捨て身感が増したよ」
「いや、やけになられたら勝てるもんも勝てないんだけど……」
「いやいや、そういうんじゃなくてさ。とにかく、なんでも言って! なんでもするから!」
「うん。じゃあまずは……小細工を覚える所から始めようか」
それを言うと、非色はルーズリーフを一枚、佐天に手渡した。
「? 何これ?」
「試合中に使う小技だよ。全部、覚えて」
「え……」
そこに並んでいるのは、ザッと見て20個ほどの項目がある。
「な、なんでそんな勉強みたいなことを……」
「今回の戦いだと、俺達のチームが切れるカードは他より圧倒的に少ない。けど、それを多く見せるのが勝つ為に大きな効果を及ぼすんだよ。……まぁ、一言で言うなら『ブラフ』って奴」
「ああ、ポーカーとかブラックジャックみたいな?」
「そゆこと」
「でも、どうやって?」
ブラフを使え、なんて言うのは簡単だが、どう使うかを考えるのは難しい所だ。スポーツであれ喧嘩であれ、戦いに慣れていない者なら尚更だ。
「例えば……さっき話した『掌の空気を分解・燃焼させる能力者』っていたでしょ?」
「うん」
「こいつのキモは、掌限定って所なのよ。自分の能力が掌限定って点で、掌に敏感になりやすい。つまり、もし何かこっちにして来ようものなら、こっちも向こうに掌を向けるだけで、ほんの一瞬でも隙を作れる」
「でも……掌を向けただけじゃ、すぐにバレない?」
「まぁ、お互いに冷静ならバレるかもだけど、同じ走者には御坂さんがいるから。レース終了まで一定以上の緊張感は絶対に保たれる」
「な、なるほど……」
逆を返せば、美琴と婚后のペアにブラフは効かない。そもそも、その二人は自分たちが無能力者である事を把握しているため「実は能力者かも?」なんて通用しないのだ。
まぁその対策も出来てはいて、全て紙に記されている。
「……これ、全部覚えるの……?」
「もっと増えるよこれから」
「ええ……ま、まぁ頑張るけど……」
「覚えようとしなくて良いよ。勉強と同じで『覚えよう』と思うと覚えらんないから。理屈を理解した方が良い」
「わ、分かった」
「わかんないとこあったら言ってね。教えるよ」
平然とそう答えるパートナーを前に、佐天は「この子、ガチ過ぎるでしょ……」と、軽く引きかけた。まぁ、佐天としてもその方が楽しいが。競技とはいえ、能力者に無能力者が勝てば、それなりに自慢できる。
「よし、頑張るぞ!」
「じゃ、とりあえず各チームへの対策を読んでおいて。それから、ヒーローだとバレない範囲で俺も身体能力をそれなりに活用するから、三半規管も鍛えておいて」
「いやそれはちょっと理解できない……」
「よし、頑張ろう!」
「……」
とりあえず、作戦を理解する所から始めた。
×××
「え……これ全部、当日までに理解するんですか?」
佐天は、初春と春上とファミレスに来ていた。二人に見せたのは作戦の概要。その量と内容の本気さに、二人とも引いてしまった。
「うわあ……非色くん、かなり本気なの……」
「そうなんだよー。ま、私も能力者に勝てると思えば頑張れるし、今も勉強しちゃってるんだけどね」
佐天が説明する前で、初春は作戦書に目を通す。書いてある事はどれも間違っていないし、有効なものばかりだ。「いやこれ無理でしょ」という点では、すべて非色がカバーできるようになっている。
「しかし、御坂さん達に勝つのでしたら、これくらいやらないと、ですよね」
「うん。……でも、私勉強は苦手だから……」
「でも、やっぱりこれでも御坂さん達に勝つのは厳しいような……」
「まぁ、ダメ元だからね。他の能力者の人達に勝てるだけでも、私としては嬉しいから」
「さ、佐天さんっ。頑張ってなの!」
「うん。応援よろしく」
春上からのエールを聞きながら、握り拳を作って頷く佐天名前で、割と興味津々に初春は手元の資料に目を落とす。
敵の事を深く調べたわけではないのだろうが、能力と競技のルールを兼ね合わせてどのように攻めて来ると思われるかが書いてある。能力を持つが故の狡猾さなどもだ。流石、今まで能力者を相手にして来ただけの事はある。
とりあえず、どうしても気になったので、初春は佐天の耳元で尋ねた。
「でも、これ大丈夫ですかね……ヒーローだってバレませんか?」
「どうだろ……でもほら、鍛えてる人はみんなすごいじゃん? 体操を独自で習ったって事にすれば平気でしょ。……って、本人は言ってたよ」
「非色くんが置き去り出身であることは、調べれば分かる事ですよ?」
「そんな個人情報を調べられるのは初春だけだよ……」
少なくとも、またこうして普通の学校生活(表向きは)に戻れている非色の過去は、書庫に載せる事はしないだろう。
ヒーローの強さは抜群の運動神経以外にも怪力、速度、防御力など色々とある。何とかその辺を誤魔化すことが出来れば「あいつ能力者に勝った→ヒーローだろ」とはならないだろう。
「? 二人ともどうしたの?」
「「な、なんでもないよ」」
唯一、事情の知らない春上に聞かれ、二人は慌てて首を横に振った。とりあえず、今はそれ以上の話をするのは危険だ。
とりあえず、せっかく非色が作ってくれた資料なので、帰ったら読み込むことにした。
×××
偉そうなことを言った割に、いまだに女の子の身体と接触することに慣れない非色は、特訓することにした。
どのように特訓をするのか? 一昨日、それを黒妻に聞く予定だった。だが、姉に「しばらくあの人と会っちゃダメ」と言われたから無理。
しかし、別れ際の一言が頭に残っている。目の前に姉がいるのに放った言葉。
『良いか、非色。……男はみんなすけべだ』
イマイチ、何を言いたいのか分からなかった。というか、自分は男だけどすけべじゃない、と弁明しようとしたら、姉の回し蹴りが炸裂して気絶させられていたが。
冷静になった今、考えてみれば、あれはつまり「異性の身体に興味があるのは仕方ない」という事なのだろう。
だからといって開き直るつもりはないが、変に意識するのはやめる決心はついた。後は、その方法である。
そんなわけで、とりあえず「男はみんなすけべ」という言葉を信じて色んな人に助言をもらうことにした。
「一方通行、女の子の身体と密着するの慣れたいんだけどどうしたら良いと思う?」
「死にたくなけりゃ死ぬかくたばるか消え失せるかしやがれクソヒーロー」
ゴリゴリに怒られたので、一方通行から話を聞くのは諦めた。となると、知り合いはあと一人しかいない。
言い方も考えなければいけないのを忘れていたので、そこも反省して再度、聞いてみた。
「上条さん、二人三脚で佐天さんと組むことになったんだけど……女の子の体と密着するの慣れなくて……どうしたら良いと思います?」
「なんだその羨まけしからんシチュエーション……お前、リア充だったのか?」
「違いますよ。付き合ってる女の子もいませんし……そもそも、こんな化け物を恋愛対象として見る人はいないでしょう」
「……」
まぁ、前みたいに「嫌われる」と思っていない限りは進歩したのだろう。とりあえず、今はそこにツッコミを入れず、上条は続けた。
「まぁ、お前が男としての門を開きたいなら、上条さんは付き合いますことよ」
「本当ですか?」
「もちろん。例えば……そうだな。クラスメートを一人、紹介してやるよ。……そいつすごいから。胸が」
「え、あ、いや……その、あんまり過激なことは……」
「そんな事しねえよ。そいつ、風紀にめっちゃ厳しい奴だから、むしろエロい事、言おうものなら頭突きをもらうぞ」
「それはやめて下さい。向こうの頭が壊れちゃいます」
そういう忠告は求めていなかったが「確かに」と思ってしまったので何も言わない。
とりあえず、上条がそこまで言うのなら、信じてみても良いのかもしれない。
「分かりました。じゃあ、その方にお願いを……」
「おし、聞いてみる」
「え、今ですか?」
「? なんで?」
「向こうにも色々と予定があるんじゃ……」
「平気だろ。どうせ高校生なんだし」
意外とこの人デリカシーないな……と思いつつ、とりあえず従う事にした。
×××
翌日、非色は高校のグラウンドに来ていた。目の前には上条と、上条が言うようにスタイル抜群の高校生がいた。
「はじめまして。吹寄制理です。この朴念仁デリカシー皆無脳味噌空っぽ条から話は聞いたわ」
「は、はぁ……あ、はじめまして。固法非色です。お忙しい中、ありがとうございます」
電話が良くなかった。「吹寄、お前、明日暇? ちょっと前に話した後輩が頼みあんだけど良いか?」と言っていた。これはない。誰でもキレる。
……しかし、だ。本当にスタイルが良い。学生服越しでも分かる、ボンッキュッボンッというひょうたんのようなフォルム……思わず目を逸らしてしまうほど。
その上、かなりの美人さんだった。そんな美人さんは、自分を眺めたあと、上条を見る。
「……ホントに上条の後輩? 随分と礼儀正しいじゃない」
「どういう意味だよ……いや、まぁ後輩っつーか、友達って言った方が正しいんだけどな。中学が一緒とかじゃないし」
「なるほどね。納得」
この二人、実は仲が悪いのだろうか?
そんな非色の疑問など無視して、吹寄は確認するように声をかける。
「で、二人三脚の練習だそうね?」
「あ、はい。……その、異性の方に相談するのは恥ずかしいんですが……」
「大丈夫よ」
上条が実際にどのように交渉したのかは分からない。非色が聞いている前での電話では、一度、予定を確認しなければならなかった為、返事は保留。いつ来るか分からなかったので、一度、帰宅してから改めて連絡があったのだ。後から聞いた話だと、大覇星祭の実行委員だったらしい。
「運動音痴に性別は関係ないわ。それに、練習すればちゃんと成長するものだもの。……まぁ、本当ならパートナーと練習できた方が良いんだけど……」
「あ、あはは……え?」
「あら、違うの?」
どういう事? と、非色は上条を見る。
「普通に二人三脚の練習だろ?」
「ちょっ……お、俺と……吹寄さんが、ですか⁉︎」
「吹寄と並んで走れば、中学生の身体と密着するくらいどうって事なくなるからな」
「まさかの荒療治!」
一気に顔が真っ赤になる非色。この人はなんていう手を考えるのだろうか?
そんな二人のやりとりを見て、吹寄は不審に思ったのか、上条に片眉を上げて尋ねる。
「ちょっと、どういう事よ? 二人三脚の練習って言うから、てっきりこの子リズム感なり運動神経なりが悪いのかと思ってたけど……違うの?」
「あー……いや、運動神経はこの世の誰よりも良さそうなもんなんだが、男女ペアで走る時に身体が密着するのが緊張しちまうって話らしくてな……」
「そういう意味だったの? 貴様はいつも言葉が足りない」
「悪い悪い」
高校生くらいになれば、競技で少し身体がくっつくくらい気にしない人が多いが、中学生となるとそうもいかない。
「え、あ……でも、おれと……吹寄さん、が……?」
「別に、硬くならなくて良いわ。私は気にしないもの」
「いや、そうではなく……そ、その……普通に、気恥ずかしいし……」
「良い? 私は当日の実行委員なの。同じ走者には、あの御坂美琴さんの名前もあったわ。照れてる暇があるなら走らないと勝てないわよ?」
意外と厳しい人だった。いや、それも聞いていた通りだし見た目通りでもあるが。
「私は実行委員としての仕事もあるから、中々、時間は取れないの。つまり、今日中に女の子の身体に慣れるわよ」
「無理だー!」
「無理じゃありません!」
その日、非色は一段と大人になった気がした。
9月編なんてねーよ、と思うかもしれませんが、大覇星祭までの繋ぎなので許して下さい。