吹寄に比べれば、女子中学生の体型は未発達な方、というあんまりな作戦によって、非色は徐々に佐天と体をくっつけることに慣れていった。
勿論、ヒーローとしての活動に穴もあけられない。そのため、ここ最近はずっと多忙だ。
それでもちゃんと治安も練習の約束も守っている辺りは、やはり流石と言えるだろう。
今日も、一人で活動中。とりあえず誘拐犯を捕らえ、能力者同士の喧嘩を押さえ込み、順調に活動しているときだった。
大覇星祭の準備中なのだろうか? 競技で使う道の測量を行なっている実行委員の中に、見覚えがある生徒の姿があった。
名前は吹寄制理。普通に路上で競技をすることもあってか、そのための下見をしているようで、他の実行委員と協力して何かをしている。
この前はお世話になったし、挨拶しておくことに……と、思った直後だった。
「えっ……?」
「危ない!」
近くをバスが徐行しようとし、実行委員が一時的に道を譲ろうとした直後だった。
小学生がボールを追いかけるように飛び出して来た。直後、他の生徒が呆然とするしかない中、吹寄はその小学生の方へ走る。
「ちょっ……バカ……!」
ビルの屋上から非色は飛び降りて、まずは吹寄と子供の前に立ち塞がった。
バスは徐行をしていたおかげがあってか、微妙に横に軌道を逸らす。その隙に、子どもと吹寄を横に逸らそうとしたが、バスの後ろには乗用車が一台、通りかかって来ていた。
「マジ⁉︎」
子供を歩道に追いやる隙はあったが、二人目は無理なため、吹寄の身体を抱き抱えながらジャンプした。
「ひ、ヒーロー⁉︎」
「吹寄さん、舌噛むから黙ってて!」
そう告げると、左手の平から近くの看板に糸を出し、ぶら下がりながら、吹寄の身体を、自身の身体と挟むようにして抱えている右腕の先に握っている水鉄砲の銃口を向け、乗用車の足元に向ける。
パシュッパシュッパシュッと捕獲用の液を出し、まずはタイヤを止めると、続いてバスの方へ目を向ける。ガードレールに突っ込み、折れた金属片の上にタイヤが乗っかり、パンクしている。
「チッ……!」
ビルの壁に足の裏をつけ、一気に蹴り込んだ。
「きゃああああああ⁉︎」
「大丈夫、落ち着いて! あと全力でしがみついて!」
そう言いながら、吹寄を自身の背中に移動させつつ、バスの前に移動した。言われるがまま、吹寄は非色の背中に抱きつき、ギュッと力を込める。
「ッ……‼︎」
「よし、良いよ。そのままね」
そう言うと、非色は両腕に力を込め、バスの正面から両足をつけ、水鉄砲と左手の平から糸を放ち、ビルに貼りつけ、全身で止めにかかった。
「グッ……おおっ……重たい……!」
「だ、だいじょうぶですか⁉︎」
「平気平気。見た目ほど重くないから。ただ液が切れそう」
「ダメじゃないですか!」
「念の為、背中から降りて横に逃げてくれる? 何とかそれまで止めるから……」
と、言いかけたときだ。バスの運転手が顔を上げる。頭から血が出ている。おそらく、頭部外傷により気絶していたのだろう。
「ブレーキ!」
「! は、はい……!」
酷なようだが、指示を出すしかない。直後、トラックは鳴りを潜め、動きを止めた。それにより、非色はそのまま足を振り上げてバク宙で受け身をとって着地する。
「ふぅ……あ、危なかった……」
「は、はぁ……」
後ろでヘナヘナと腰を抜かす吹寄。助かった、と改めて実感したのだろう。
「大丈夫? 危なかったね」
「あ、はい……助かり、ました……」
「子供を助けようとした勇気は賞賛に値するけど、無理しないようにね? それをして良いのは、ヒーローだけだから」
「……」
そう言って非色は吹寄の頭をポンポンと撫でる。あいかわらず仮面をつけていると何でも言えちゃう子供である。情けないと言えば情けないが、まぁその程度の度胸はないとヒーローなんて出来ないのだろう。
「なんか……何処かで見たような……?」
「うえっ?」
「最近、会いませんでした? 私と……」
思わず腰を抜かしそうになってしまった。意外とこの娘、勘が良い。
「な、何のことです? 全然、意味が……」
「そういえば、先ほど私の名前を言ってたような……もしかして、私の……」
「あ、え、えっと……えーっと……!」
「何をしていらっしゃるのです? ヒーローさん」
後ろから聞き慣れた声が聞こえた。振り向くと、誰かが呼んだのか、風紀委員の少女の姿があった。勿論、白井黒子だ。
「あ、し、白井さん! 良いところに! 俺、この人の知り合いじゃないですよね⁉︎」
「なんです? 藪から棒に……」
「いやだって今日が初対面ですし俺に女子高生の知り合いは姉ちゃんしかいませんし多分過去に助けたことがあるだけですよね?」
「所でヒーローさん。また事件に首を突っ込みましたね?」
大体、事情を察した黒子は、話題を逸らしてやることにした。今のよく分からない弁明のうちにもわりと情報を出していたので、これ以上、話をさせるのは危険だ。
「あ、いやそれは……」
「今日こそ捕まえてみせますの!」
「ちょっ、すみませんでした!」
「待ちなさいな!」
意図を理解した非色は逃げ出し、その後を追う黒子。その背中をぽかんと眺めながら、一先ず吹寄はスルーすることにした。自分は別にヒーローの正体に興味はない。ただ、とりあえず今日助けられたって事は、クラスメートに自慢しよう。
×××
「ふぅ、ありがとうございます。白井さん」
一先ず、近くのビルの屋上で、非色はマスクを取って黒子にお礼を言った。
「別に、このくらいお安い御用ですの」
黒子は首を横に振る。そんなことよりも、だ。問いたださなければならない事がある。
「それより、先程の高校生とどう言ったご関係で?」
「え? あ、あー……」
どうしたものか、非色は悩む。何せ、相手は御坂美琴であり、なるべくなら自分が出るという情報は漏らしたくない。
しかし、目の前にいるツインテールの少女はお姉様大好き症候群を患っているため、間違いなく言ってしまうだろう。
ここは、上手いこと誤魔化した方が良い。
「上条さんのクラスメートの方なんです。少し顔を合わせたことがあるってだけですよ」
「そうですか。……綺麗な方ですのね?」
「うん。……でも、厳しい人なんですよ。上条さん、かなり怒られてましたし」
「……」
何処か、黒子は面白くなさそうだ。何故? なんて聞くまでもなく、黒子は続いて聞いて来た。
「ひ、非色さんは……歳上のああいう方が、好きなのですか?」
「え?」
「なんていうか……その……お姉さんのような方が好み、みたいな……あ、もちろん恋愛的な意味で、ですの」
珍しく歯切れの悪い言いようだが、一応は伝わったため、非色は顎に手を当てる。好きな女性のタイプ、というのはあまり考えた事ないが、どうだろう。中身は、わざわざ自分のために時間を作ってくれたあたり、とても良い方なのだろうと分かる。
見た目も綺麗な方だけど……ただ、あそこまでスタイルが良いと、慣れるまでに大変だし、目のやり場に困る。
……そう言う意味では……。
「……? なんですの?」
「いや……」
目の前の少女くらいスレンダーな方が自分には合っているかもしれない。なので「恋愛的な意味」という部分を完全に忘れて平然と答えた。
「俺は白井さんの方が好みだよ」
「はうっ⁉︎」
一気に顔を真っ赤にする黒子。この男は本当にもうこの男は、と黒子の頭の中は真っ白やら真っ赤やらに染まり、グチャグチャのスパゲティのように絡まる。
「あ、ああああなたは! そう言うことを平気で……!」
「あ、ご、ごめんなさい……?」
「そもそも、そういうことを言うことが一体、どんな意味なのか分かっていらっしゃいますの⁉︎」
「え、えーっと……友情の証?」
「むしろ愛情ですのよ⁉︎」
「え、ええっ⁉︎ あ、愛情って……それは、確かに白井さんの事は好きだけど……そ、それは姉ちゃん見たいと言うか、むしろ妹みたいというか……お、俺には恋愛がどうとか分かんないし……」
「はいもう本当黙りなさいな」
「は、はいっ……!」
色んな意味で、目の前の男に口で勝てる気がしない。とりあえず、照れを落ち着かせるために、黒子は胸に手を当てて深呼吸する。よし、落ち着いた。
「さて、じゃあ俺はそろそろ仕事に戻りますね」
「え、も、もうですの?」
「はい。最近は大覇星祭の準備やらで忙しいんですよ。活動できる時は進んでやらないと……」
「え、出るんですか? 出ないと仰っていたではありませんか」
「佐天さんが無理矢理ね……一応、俺も納得したし、バレないように上手くやるつもりですから」
勝ち負けは関係ない、楽しめればそれで良いのだ。
「競技は何に出るんです?」
「内緒」
「な、なんでですの⁉︎」
「んー……ほら、当日は一応、敵同士だし?」
「む、むぅ……」
それを言われると、黒子も悔しげに黙り込むしかない。
しかし、表情が納得いかなさそうにしているのを察したので、さっさと話を変える事にした。
さて、どんな話題にするか、だが……そういえば、練習に夢中で当日の空き時間のことを考えていなかった。
「そうだ、白井さん。もし、時間があったらで良いんですけど……」
「はい?」
「大覇星祭、一緒に回りませんか?」
「えっ……ふ、二人で、ですの? って、そんなわけありませんよね。皆さんで、ですよね」
学習したように言う黒子。実際、非色もみんなで楽しめればそれで良い、そう思っていたので頷いて答えようとした。
が、不意にその口が止まる。何となくだが、二人きりで回りたい、そう思ってしまった。
「いや……その、何? 白井さんさえ良ければ……二人で、とか……」
「はいはい。固法先輩にお姉さまに佐天さんに初春に……え?」
「あ、いや……嫌ですよね……二人きりなんて。忘れて下さい」
「あ、ま、待って!」
大慌てで黒子は非色の手を握る。
「あっ……あの、是非二人でお願いしますわ!」
「え、い、良いんですか?」
「もちろんですの。つまり、デートということですのね?」
「で、でーと……うん、まぁ……そ、そういうこと、かな……よく分かんないけど……」
「ふふっ、楽しみにさせていただきますわ。当日までに『怪我してやっぱり無理』のようなことにならないようにしてくださいな」
「あ、う、うん……え、それ俺に言ってんの?」
「そうでしたわね」
それだけ話すと、今はとりあえず各々の仕事に戻った。勿論、寝る前に二人とも布団を被って枕を抱いてゴロゴロ転がるしかなかった。