オリアナ=トムソンは、そこそこ名が知られた魔術師だ。運び屋としての才覚は本物で、追跡から逃れるのを得意としている。
その道の熟練者であるからこそ、研ぎ澄まされた感覚というものがあった。学園都市内を彷徨きながら、ふと足を止める。
「……見られている?」
そう思う感覚が確かにあった。殺気はないが敵意は秘められているし、どんなに移動しても必ずその視線はついて回る。
だが、場所は割り出せない。と言うより、簡単に見つけられる距離にいないということだ。それなのに、どんなに撒こうと動いても決して撒けない。たいした相手だ。
だが、それは逆に別の可能性もあり得るわけだ。
「まさか、空から……とかかしら?」
もしくは、上から。この追っ手が、仮にこの街の能力者であれば可能な話だ。学園都市について詳しいわけでは無いが、能力によっては空を飛んだり、地中を移動したりも出来るのだろう。
まぁ、地下もあるこの街で地中からの追跡はあまり考えられないので、とりあえず上を警戒するが。
「……」
上からの追跡者を撒くには、室内に入るのが手っ取り早い。例えば、駅の地下通路と繋がっている場所や、下水道と繋がるマンホールがあるトンネルの中などがベストだろう。
それは、撒くことが前提の話ではあるが。しかし、空から見張っているとしたら、そう何人も同行しているとは思えない。多くて二人だろう。相手が聖人でも無い限り、例え二人が相手であっても負けるつもりはない。
「ふふっ……お姉さん、疼いて来ちゃった」
邪魔する奴は、可能な限り誰が相手でも叩き潰す。その方が追手はいなくなるし、他の追手がいたとしても下手に手出しして来なくなる。鬼ごっこはしつこく追われる方が、逃げる側としてはしんどいと言うのに。
ペロリと、唇の渇きを舌によって潤すと、とりあえず地図を見ながら迎撃できそうなポイントに走った。
×××
「ここに入ったと?」
「そう」
とある自律走行バスの整備場にオリアナが逃げ込んだのを見て、非色は一応、土御門達に連絡をし、来るまで待っていた。
「オリアナは出ていないか?」
「出てないね。熱源感知で見張ってたけど、この施設内に何かを仕掛けるように動き回ってた」
「……なるほど。ステイル、どう思う?」
「奴本人が待ち構えつつ、僕らが複数人で来ていることも織り込み済み、と言った所かな。その上で、可能なら迎撃、無理そうでも逃走路の確保も考えている、と見て良いだろう」
それを聞いた直後、非色はすぐに作戦を決めた。
「なら、簡単だね。俺が正面から突破する。二人は建物を囲むように配置して逃さないようにして」
「おい……何を勝手な事を言っている」
「よし、それで行こう。ステイル、配置につけ」
「土御門……!」
「まぁ待てよ、ステイル。ここは、ヒーローのやる気を見せてもらう良い機会だぜい?」
「それに、万が一俺が犠牲になっても敵の手がノーリスクで手に入る良い機会、でしょ?」
「……!」
それを追加され、土御門は思わず非色の方を向いてしまう。確かにそれも思っていたが、まさか自分から言い出した上で了承するとは思わなかった。
「大丈夫。ヒーローは他人を犠牲にしてはいけないから、その役割も俺の仕事だよ」
「そ、そうか……」
「じゃ、行ってくるね。配置に着いたら連絡して。逃げられたら意味ないし」
言うと、非色は両手をぷらぷらと振りつつ、軽くジャンプして入り口に立った。
さて、相手は未知の魔術師とやら。どんな事をしてくるのか、少しワクワクしていた。もしかしたら、自分も割と戦いが嫌いでは無いのかもしれない。
そんな非色の元に通信が入る。
『二丁水銃、配置についた』
「はいはい」
『一応、言っておくが、学園都市の能力者と同じと思うなよ』
「どういう意味?」
『相手は魔術師と言って、系統一つに縛られない。火も水も電気も使ってくると思え』
「了解。そんな奴とは、戦った事あるからね」
非色の記憶に残っているのは、夏休みに入った直後の相手。今は自身の協力者となった方だ。
「じゃ、行くよ」
そう言った直後、非色は左手の腕時計をひっくり返すように変形させ、グローブを装着すると一気に突撃した。
×××
一番奥のバスの影に隠れて待機しているオリアナは、自身の仕掛けた最初の罠が作動した事で、すぐに監視魔術を仕掛けた。敵の様子次第で、すぐに新たな罠を作動させるためだ。
「ふふ、一体どんな子がお相手なのかしら?」
そう呟きつつ様子を見ると、思わず眉間にシワを寄せてしまった。何故なら、如何とも形容し難い外見をしていたからだ。サングラスから生えた布のマスクに、全身もタイツか何かのように包まれた格好な上、左手だけ何故か鋼鉄のグローブを嵌めている。
その男は、序盤のビームを前転ローリングで回避したので、別の罠を作動する。正面からトゲの生えた鉄球が転がす。が、それを糸で掴むと壁に思いっきり放り投げた。
その後、今度は真横から金属矢が飛ばす。その罠を大きくジャンプして回避されたので、身動きが効かない空中を狙い、光のレーザービームを放つ。それに対し、ヒーローは天井に糸を放ち。ぶら下りながら移動して回避する。
「っ、こ、こいつ……! なら……!」
直後、今度は天井からの攻撃だ。巨大な木槌を振り下ろさせた。少々、派手が過ぎるが、この回避能力は普通では無い。回避出来ないほど広範囲なものならば無事では済まないだろう……と、思ったが、今度は水鉄砲から糸を放ち、壁に突っ込んで退避した。
その壁から、炎の柱を出す。それをいち早く察したのか、壁の上で側転で回避しながら、壁を蹴って再び宙に乗り出す。そのヒーローを追うように炎の柱を大量に出現させるが、緊急回避と天井や壁への乗り移りで片っぱしから回避していった。
自分への距離は確実に近づいて行っている。
「ッ……面倒な相手ね……!」
残り距離は10メートルない。だが、最後の一手を放つ他ない。自身が隠れているバスを、猛スピードで飛ばした。地面に着地するタイミングで放ったので、避けられるはずがない一撃に対し、コスプレ男はバスの運転席を真横に殴りつける事で凌いだ。
だが、なんとかされることは想定済み。その後に発動した大型の魔術をしようした。巨大な波を起こし、整備場丸々飲み込みに行った。
オリアナ自身の視界も飲まれ、何も見えなくなる。整備場内のバスや設備が全て流され、都市のど真ん中で津波が起こったような衝撃、少なくとも自分なら確実に入り口まで押し戻される威力だ。
この隙に、予め選んでおいた逃走経路から逃げ出そうとした時だ。波の中に異変が起こる。
まさか、と思った時には遅い。バスの扉を盾にしたヒーローが、波を強引に突破して来た。
「ば、バカな……こんな事が……!」
「ようやく会えたね、運び屋さん」
「ッ……そうね、ならサヨナラよ!」
無理矢理、余裕の笑みを作り、口で英単語帳のような原典「速記原典」を裂き、新たな魔術を行使する。
自身の周囲に電気を放った。これに当たれば、倒さないまでも身体は大きく痺れる。これで逃げる時間を作るつもりだ。
「これなら、どうよ⁉︎」
その一撃に対し、非色は正面から突っ込んだ。電撃が直撃し、身体が痺れる。それでも、超人たる非色にとっては耐えられない事はない。
「御坂さんの電撃の方が痛い」
「ーっ……!」
直後、非色から放たれたのは廻し蹴り。狙いはオリアナが持つ布の包みだ。それが見事に包みを貫通する。
「化け物……!」
「はい、捕獲」
「っ……!」
そのオリアナに向けられているのは、手の平。さっきの戦闘の様子を見た限りだと、そこから糸が放たれていた。逃げないと、と思った時には、そこから液の塊が放たれた。
「ーっ……!」
反射的に身体を後ろに逸らして避ける。元々、胸元しかボタンを留めて来なかったのもあって、そのボタンは破裂し、大きな乳房が露わになる。だが、そんな事で恥ずかしがっていては、この仕事はやっていられない。
奇跡的に避けられたこの攻撃、活かさない手はない。そう思って廻し蹴りを放とうとした時だ。
唐突に、目の前のマスクを被った男は後ろにひっくり返った。
「……は?」
まだ蹴りは当たっていないはずだ。感触がなかった。まさか、死んだフリ? いや、そんなはずない。体術は自分の方が若干上でも、肝心のフィジカルの差は歴然だ。
恐る恐るその少年の方を見ると、微妙にマスクから血が出ている。特に、鼻の部分から。
「……持病でも出たのかしら? 何にしても、助かったわ」
こんな化け物に見つかるなんてついていなかったが、この出血は間違いなく致死量だ。
「さよなら、せっかくの良い男だったけど……死んじゃったのなら、仕方ないものね」
それだけ言ってウインクし、地下の下水道からオリアナは出て行った。
×××
数分後、ヒーローに電話しても全く応答がなかったため、土御門とステイルが整備場内に入ると、ヒーローが血まみれで倒れていた。
「! これは……!」
「土御門、こいつを見ろ」
ステイルが拾い上げたものは、オリアナが運んでいた布だ。穴が空いているが、中身はアイスクリーム屋のただの看板だ。
「なんだと……⁉︎ まさか、すり替えられたのか⁉︎」
「分からない。……だが、仮にすり替えられたとして、バスの整備場にアイスクリーム屋の看板があるのか?」
「……と言うと、ハナっから本物なんて運んでいなかったってことか」
つまり、ブラフだ。ならば、代わりに何を運んでいるのか、だ。
「一度、最大主教に連絡をとってみた方が良いかもね」
「だな。そっちはステイル頼む」
「君は?」
「一応、このヒーローを診てやりますにゃー。カミやんの友達っぽいし、早期に刺突杭剣が偽物と分かっただけでも、良い働きをしてくれたぜい?」
「……ふん、勝手にしろ」
「いや、俺なら平気だよ。血は止まった」
「……は?」
ちょうど良いタイミングで、非色が身体を起こす。
「なら、良かったにゃー。一体、何をされたんだ?」
「何をって……それは……うん。ちょっと……」
目を逸らす非色。堂々と答えられないようだ。まぁ、その辺の情報は後で聞けば良い。
「とりあえず、今はそのナントカって人の情報待ち……で良いのかな?」
「そういうことですたい」
「じゃ、何かあったら連絡してね」
それだけ話すと、非色はその場を後にした。近くのビルの上で休みながら、マスクを解除する。鼻血がマスクにまで染み込んでいた。
「あーあ……最悪……」
だが、反則だ。あんなに大きい胸……それこそ、吹寄や美偉のレベルでは無い。黒子や美琴の張り合いが自転車を飛ばし合う小学生だとしたら、吹寄や美偉は高速を走る乗用車、さらにそれを嘲笑うかのようにスポーツカーが過ぎ去った、そんな感覚だ。
「大体あの人、なんで下着つけてないのさ……!」
悶々としながら、非色は自身の額を拳で軽く殴る。一先ず心を落ち着けながら、とりあえず木山の研究所にマスクのスペアを取りに行った。