とりあえず、身体をくっつけた状態のまま尋問を開始。と言っても、オリアナは拷問されるまでもなく自身の知る情報を漏らした。と言っても、ローマ正教についてではなく、使徒十字についてだけだが。
それだけでも、土御門達にとってはありがたい。それで残りのリドヴィアの行動を予測することも可能というものだ。
さて、一先ずまた待ち時間になり、非色は。
「で、どうする? この状況」
「とにかく、剥がすしかないでしょう」
まだオリアナとくっ付いていた。土御門もステイルも上条でさえもガン無視されてしまったわけで。羨ましそうに。
「この液は水に浸からせれば溶けますので、近くの噴水にでも……」
「あら、このまま人目につくところで一緒にお水に浸かるの? 意外と大胆なのね」
「え、ま、まずいんですか……?」
「ただでさえ、お姉さんはスリットの効いたお洋服を着ているし、あなたはヒーローでしょう? 注目されちゃうんじゃないかしら? 私は構わないけど」
「あの人払い? とか言うのは……」
「無理よ。お姉さんの魔術道具、全部持っていかれちゃったし」
マジか、と非色は冷や汗をかく。このままでは確実に目立ってしまうが、自宅もダメだ。魔術師に自宅を教えることになるから。
「じ、じゃあとにかく、学校に入りましょう! 今なら大覇星祭のお陰で空いてるはずだし、蛇口で少しずつ洗い流すしかないでしょう」
「その辺はお任せするわ。お姉さん、この街について詳しくないし。……このままでも良いのよ?」
「む、無理です!」
何せ、まず顔が近すぎる。その上で、上半身はともかく下半身の感触はばっちり伝わって来るので、このままだとまた鼻血が出る。
「すみません、俺片手で自分の義手持ってるので、近くの学校調べてもらえません? 携帯なら調べられるはずなんで」
「はーい。……えーっと、まずは北西に向かってくれる?」
「了解!」
直後、非色はビルの上に飛び乗る。オリアナを抱っこしたままだと言うのに、一っ飛びで屋上まで移動してしまった。
「あなた、何なの?」
「ヒーロー」
「いやそういうんじゃなくて、生物学的な意味で」
「ヒーロー」
「あなたたまに人をかなりイラつかせるわよね」
「え、そ、そうですか?」
そんな気はなかっただけに、微妙にショックを受けてしまう。
一先ず、なるべく人目がつかない道……というより、ビルの上を選び、オリアナの案内する場所へ移動する。
どこかで見た事あるような道のりな気がしたが、正直、それを気にする余裕がない。何せ、目の前には見てくれだけは超絶美人の外国人がいるのだから。
「はい、そこを左」
「ここを左……よっ、と。え、これ」
しかし、左と言われた方向を見ると、目の前は大きく広がっていた。何故なら、そこにあるのは大きな川とそれを跨ぐように掛けられた橋だけだった。
「あら……川を越えないといけないのね。どうする? 迂回する道を探す?」
「なんで?」
「こんな開けた道じゃ、注目浴びちゃうでしょう? お姉さんも、立場的にはなるべく目撃者を減らしたいのよ」
何故なら、万が一にも他の魔術師がこの学園都市に潜んでいたら、それはそれで厄介だからだ。学園都市のヒーローと仲良くしている、なんて知られたら、自身の運び屋としての信用は失われる。
「要は、他人に顔さえバレなきゃ良いのね?」
「そう言う事だけど……何か手があああぁぁあああぁあっッっ⁉︎」
直後、猛スピードで二人の体はビルの屋上から投げ出された。いや、性格に言えば非色が勝手に飛び降りた、と言うべきか。それも、自由落下に身を任せたのではなく、思いっきり地面を蹴って川へ急降下する。
その速さは、時速60キロ……つまり、標識のない一般道を通る車と同じ速さ程で急降下した。
どんな魔術師でも、その速さでの移動を経験しているはずがない。
「ちょっ、ううう嘘でしょ⁉︎ なんでいきなり自殺⁉︎」
「なわけないでしょ。てか、舌噛むよ」
そう言うと、非色は水鉄砲を糸にして鉄橋の真下に張り付ける。そこを中心に水面を滑りながら移動し、遠心力によって一気に身体は下から上に振り上げられる。
「ぎゃあああああああ‼︎」
悲しいかな、油断している人間が死に直面すると、誰でもこんな悲鳴を上げてしまうのである。それが、例え歩く18禁であったとしても。
そのまま舞い上がった二人を待つのは、再び自由落下である。それも、ただ垂直に降りるのではなく、さっきの勢いがついた上での落下だ。
「いやああああ! いい加減にしてええええ‼︎」
「だから舌噛むってば!」
川に突っ込む……かと思いきや、また糸で身体を宙に持ち上げ、一気に川の反対側に聳え立つビルの屋上に移動してしまった。その間、僅か10秒。しかし、オリアナには一時間以上は飛んでいたような気がした。
「ふぅ……あの速度で橋の下を移動したし、多分、誰にも見られてないでしょ」
「ーっ……ーっ……!」
「あれ? どうしたの?」
「あんた……いつか殺す……!」
虫の息になっているオリアナに、確かな殺意を向けられてしまった。
×××
しかし、実際は「いつか」なんて待つまでもなく殺されるハメになったわけで。
「近くの学校って常盤台かよ!」
「何よ、文句あるわけ?」
紹介され、現在二人がいるのは常磐台中学の屋根の上だった。
まさかの唐突な死に、免れる余裕も無かった。まぁ、今は大覇星祭をやっているから平気とは思うが、それでもやはり心臓に悪い。
「あ、あの……ここ女子中学校なので……なるべく、避けた方が……」
「そんなにお姉さんと長くくっついていたい? 案外、ヒーローもえっちなのね?」
「わ、分かりましたよ! ただし、絶対に他の生徒にバレないようにしてくださいね。万に一つも無しです!」
「はいはい」
「ここ、エリート校ですから、不法侵入してるってバレたら殺す気でかかって来ますよ」
「あら、そうなの。それでもさっきのジェットコースターよりマシよね」
「そんなに怖かったんですか? ゴフッ⁉︎」
思いっきり足をヒールで踏みつけられた。
「な、何するんですかー!」
「大人を揶揄わない!」
「揶揄ってませんけど⁉︎」
「あんまり生意気言ってるようだと、お姉さんも怒るわよ⁉︎」
「生意気って……だってまさかあんなんでビビると思ってなかったから……」
「このクソガキ!」
「痛っ、ちょっ……やめっ! 痛いってば! 蹴らないで!」
なんてバタバタやっている時だった。まぁ、こんだけ騒げば当然、そこに誰かしらの生徒が駆けつけてしまうわけで。
「風紀委員ですの! 不審者が常盤台の屋上で騒いでるとの通報が……」
「「あっ」」
「……」
最悪の魔王が召喚された。好きな人が……それも、告白の返事を保留にされている人が、スタイル抜群のバインバインお姉さんと抱き合っている絵を見て、黒子の熱は一気に上がった。
紫と黒のオーラを身体から漏れ出させ、普段ひょこひょこと揺れているツインテールは徐々に持ち上がり、目元に影がさす。
それと同時に、両手に金属矢が三本ずつ構えられ、胸前でクロスする。
「じ、風紀委員って確か……学園都市の治安を維持する組織じゃ……」
「あ、あはは……ダメじゃない、白井さん……怪我してるのに無理して出て来ちゃ……」
「こんのォ……クソッタレ男……‼︎」
「え……坊や、知り合いなの……?」
「この前、その……告白された相手で……」
「え」
「なんでそう他人にホイホイ言うんです⁉︎」
そんなツッコミが漏れた直後だった。グスッ、と黒子は思わずしゃくり上げてしまう。
それにより、非色もオリアナも目が点になる。何今の音? といった感じで。
カラン、と音がした。黒子の手から金属矢が落ちる音だ。何事だろうか? と二人揃って訳がわからないまま固まっていると、黒子の目尻から一粒の水滴が頬を伝って流れ落ちるのが目に入った。
「えっ、ちょっ……し、白井さん⁉︎ どうしたんです⁉︎」
「もう……この男嫌ですの……女の子の気持ちとか全然、分からないし……平気で他の女性とくっつくし……デリカシーとか、そう言うのと無縁だし……」
「え、ええええ⁉︎ そ、そんなつもりは……!」
「ちょっと坊や! あなたこの子に今までどんな仕打ちをして来たの⁉︎」
「どんなって……何も変な事はしてませんよ⁉︎」
「そんなわけないでしょ⁉︎ 泣いちゃってるのよ⁉︎」
「その距離で他の女性と言い合いを続行している時点で何も分かっていませんわ!」
「っ……」
言われて、非色は口を塞ぐ。確かに、おそらく黒子が気に食わないのは、他の女性とくっついているという現状だ。なら、さっさとこれを解くべきだ。
とにかく、過去の経験から自分はうだうだ言うと相手をイラつかせてしまうみたいなので、ストレートに用件のみを伝えることにした。
「あ、じゃあ白井さん! プールの場所教えて!」
しかし、それを直で伝えれば、やはり誤解させてしまうわけで。冷静じゃない女性にそんな事を言えば、これからその女とプールで遊ぶつもりかと思われてしまう。
「……プールでしたら校舎の向こうですの」
「ありがとうございます!」
「この子本物のバカだ……」
何も分かってない非色の元気な返事に、オリアナは心底呆れてしまった。
×××
「坊や、あれは良くないわ」
「え?」
何とか水を溶かし、水浸しになりながらもようやく分離できたと思ったら、さっきまで敵だった女性に怒られてしまった。
「あの子、あなたのこと好きなんでしょ? それで告白までされたって話だったわよね?」
「は、はい……恥ずかしい話ですけど……」
「そのピュアっぷりと幼さは可愛いけど、憎たらしくもあるわね。だからあの子も今日まで本気で怒らなかったのね……」
「?」
イマイチついていけない非色は、頭上に「?」を浮かべたままキョトンとしている。
「まぁ良いわ。とりあえず、私は解放される……ということで良いのかしら?」
「良いんじゃないの。イギリス清教? とかいうとこから何も言われてないし、もう二度と学園都市に変な真似しないって言うなら」
「ええ」
こんな子供に諭された、と思うと自分が情けなく感じるオリアナだが、片腕が機械になってもここまで真っ直ぐでいられる子がいるのなら、自分ももう少し正直に生きよう、そんな風に思えた。
「じゃ、またね。ヒーローくん」
「あ、はい。また」
それだけ挨拶すると、非色はとりあえずオリアナと別れた。まずやるべきは、左手を直してもらう事。自身の左手を持って、木山の研究所に急行していると、土御門から連絡が届いた。
「もしもし?」
『俺だ』
「オレオレ詐欺ですか? 効かないよ俺そういうの」
『俺俺、俺だよ。俺だって』
『土御門、乗らなくて良いから本題に入ってやれよ』
上条が注意する声が聞こえ、改めて本題に入る。
『こちらは片付いた。仕事は終わりだ』
「あ、そうですか?」
『お前がオリアナを捕らえ、情報を得られたおかげだ。礼を言うぜい』
「いやいや、ヒーローとして当然なことをしただけだよ」
『そう言うと思ったよ。……ところで、左手を失ったと聞いたが……』
「ああ、それは平気。今から直しに行くところ」
『そうか。お前とは貸し借り無しの仲にしておきたい。報酬を支払いたいんだが……』
「いらないよ。そんなんもらったら、その時点で俺はヒーローじゃ無くなっちゃうじゃん」
そのセリフも想定通りなのか「そうか」と短い返事がくる。
『なら、お前の身に何かあれば言え。その時は力を貸す』
「うん。ありがとう」
『じゃあ、またな』
「はいはい」
それだけ言って電話を切ると、ひとまず事件が解決した事に、ホッと胸を撫で下ろした。
さて、とりあえず今日の所はやすみたい……そんな風に思った時、ふと脳裏に浮かんだのはさっきの黒子の泣き顔だった。
……とりあえず、左手が直ったら、黒子に謝りに行かないといけない。
×××
「……はぁ、もう疲れましたわ……」
お疲れ気味の黒子は、再び車椅子に戻り、初春や佐天と行動を共にしていた。
「お疲れ様、白井さん」
「大変でしたね……まさか、泣かされるなんて……」
「うるさいですの、そこの二人」
しかし、本当にあの男はなんなのだろうか? 左手がなくなっていた以上、間違いなく何かに巻き込まれたのだろうが……やはり、あの謎の女とくっ付いていたのは今思い返しても腹が立つ。
……というか、あの女も何なのだろうか。あの格好、どう考えても痴女だ。それに、あの佇まい……おそらく只者ではない。
仮に、仮にあの女がヒーローの協力関係だとしたら……それはそれでムカつく。何故、自分ではなくあの女を頼るのか。
何が気に食わないって、ヒーローの身体で隠れていたのに大きいと分かる巨乳だ。やはり胸か、結局、男は胸か、と。
「チッ……あのクソ男……!」
「白井さん、漏れてる。殺意が漏れてる」
「あの……ごめんなさい。風紀委員の方々ですか?」
そんな中、声をかけられ、三人はハッとして顔を上げた。今は一般客も多いのだ。個人的な理由で殺意を漏らしてる場合ではない。
「はい、何か御用で……あっ」
「ふふ、さっきぶりね。お嬢ちゃん」
そこに立っていたのは、さっきヒーローと一緒にいた金髪グラマーだった。
「……何かご用ですの?」
「ふふ、そう邪険にしないで? 私は誤解をときにきたの。あの子と、何故ああいう状況になってしまったのか」
「……」
あの場であっさりと告白した事を本人にばらされた為、この人が気を遣いたがるのも分かるが、やはり何処かただの一般人には感じられないオーラを前に、油断は出来ない。
特に、佐天と初春が一緒である以上、自分がなんとかするしか……と、警戒する中、オリアナは「その上で」と続きを言った。
「ああいう、バカな子を手玉に取る女のテクニックを、あなたに伝授しちゃおうかな?」
「師匠と呼ばせてくださいまし」
また非色の胃を締めつけるような関係が繋がってしまっていた。
次回から超電磁砲の大覇星祭です。