「ふぅ……すみません、簡単に何度も腕を壊しちゃって」
「いや、構わないよ。私も君をサポートする、と決めた以上、面倒に巻き込まれるのは覚悟の上だ」
そんな話をしながら、直してもらった手の様子を確かめる。不具合も損傷もないし、微妙なラグもない。
「にしても、相変わらず無茶をしているようだね。怪我をするのは、やはり決して褒められたものではないよ」
「あ、はい。すみません……」
「ま、言っても聞かないのは分かっているがね」
嫌味ったらしく言われたが、それが「無茶するのを分かっている上で協力している」という意味で言っているのは分かっていた。本当に、生徒のために命を賭けていただけあって良い先生である。
「しかし……驚いたな。左腕が壊されるなんて。あの追加武装を貫いた、と言う事なのだろう? 仮に日本刀で斬られても耐え得る硬さにしたはずなのだが」
「あ、ああ、いえ。使わなかったんです。あの時計は」
「何故だ?」
「俺の片手が義手って分からせるためです。口で言っても止まってくれそうに無かったので。やっぱほら、ヒーローは敵を倒すだけじゃなくて、心を改めてもらわないといけないから」
「……なるほど」
「とはいえ、切断までされるとは思いませんでしたけどね」
もう少し敵の強さ見誤らない審美眼が欲しい。とはいえ、それはもはや経験を積むしかないわけだが。
「……だが、よく考えたまえよ、非色くん」
「え?」
「君は、何もかもを抱える悪癖がある。自分の身体より他人への説教、心配かけさせまいと親代わりの姉に腕の事も隠し、自身の戦闘に戦闘力が高い友人であっても巻き込もうとしない……全て悪いことではないが、いい加減、君が傷つく事を良しとしない人がいる事を覚えるべきではないかな?」
「分かっていますよ」
「分かっていないね」
思いのほか、強い反論が返って来て、非色は思わずひよってしまう。
「……その左腕、もし君のお姉さんに知られたら、おそらく泣き出してしまうだろう」
「え、そ、そうですか?」
「そうだとも。君が傷ついてしまった事、片腕を無くしたと言う事実、そして何より、今までそれに気づかなかった事、それらが全てのしかかって来る。罪悪感と後悔としてね」
「……」
「子を預かる、というのはそう言う事だ」
逆に言えば、それらを一切感じずに実験動物にしているこの街の科学者は本当にラリラリラーなわけだが、それはさておき、話を続けた。
「勿論、君が間違っている、なんて言うつもりはない。実際、正しい事をしているのは分かるからね。それでも、大事な人を傷つけてしまっていたら、本末転倒だろう。理想と現実を弁えないといけないな」
「いえ、理想を追い求めるのがヒーローで……」
「その理想に、お姉さんや白井くんは含まれていない、ということかい?」
そう言われると「確かに」も納得して思ってしまう。
「……分かりましたよ。もう少し慎重にやります……」
「うん。分かれば良い」
「なんか……木山先生ってお母さんみたいですね」
「あと口にも気をつけた方が良い。私がそんな年齢に見えるかい?」
「え、な、なんでですか……?」
「……なんでもない」
そんな話をしつつ、一先ず解散した。
×××
さて、翌日。今日も大覇星祭。非色は、美偉と一緒に行動していた。
「非色。今日はどうするの?」
「ん、クラス対抗の競技に出て、のんびりするかな」
「白井さんに告白の返事はしたの?」
「うっ……そ、そうだった……どうしよう」
どうしようって……と、美偉は呆れる。そんなの、美偉が知るわけがない。
「あなたの好きに返しなさいよ」
「え……で、でも……」
「あのねぇ、女の子からの告白の返事をズルズル引き伸ばす男なんて聞いた事ないわよ? ビシッとしなさい。あなたも白井さんが好きならOKして、そういう気持ちがないならお断りする。ヒーローとして戦えるくせに、どうして告白の返事は決められないの?」
「う、うう……」
まったくである。ヒーローをやっている割に、恥ずかしいことは本当に苦手なようだ。
と言うよりも、そもそもマスクをしていると女性が相手でも饒舌になる、という点でも中々、ダサい。
「とにかく、早めに返事をしなさい。あなたも白井さんのこと好きなんでしょう?」
「う、うん……姉ちゃんと同じくらい」
「それ、本人に絶対、言っちゃダメよ?」
もう既に言っていることは黙っておいた。
「なら、ビシッと返事をして、お付き合いを始めなさい。向こうも、断られるかも、って不安になってるんだからね?」
「……わ、分かった」
とりあえず、今日のお昼頃に連絡をとって返事をする。そうだ、せっかく向こうからアプローチ(というかむしろ1オン)してくれているのだ。それに答えなければならない。
今のうち、シミュレーションしておいた方が良いだろう。例えば、こう……「こ、告白の返事なんだけど……」……。
「あら、固法先輩。おはようございますわ」
「おはよう。白井さん、御坂さん」
「おはようございます」
「ええええっ⁉︎」
シミュレーションの隙すら与えてもらえなかった。まさかのフライングで、非色は挨拶も出来ずに大声を出す。
その非色を見て、黒子はニコリと頬を赤らめて微笑んだ。
「あら……坊や、おはようございますの」
「あ、し、白井さ……今なんて?」
驚きのセリフに、非色だけでなく、美偉と美琴も黒子に目を向ける。しかし、その時にはもう、彼女は車椅子の上にはいなかった。
代わりに出現したのは、非色の真後ろ。両肩に両手を乗せ、浅い胸の谷間に非色の腕を挟み、太ももで非色の太ももをスリスリと擦り付ける。
「ひうっ……⁉︎」
「あら、どうか致しましたの? 可愛い子……」
「ちょっ、黒子……?」
「白井さん……? な、何してるのかしら……?」
お淑やかな彼女らしからぬ行動に、二人とも頬を引き攣らせる。非色なんか、完全に固まってしまっていた。
しかし、黒子はニヤついた小悪魔のような笑みを浮かべたまま言った。
「ただの、私の告白の返事をいつまでも返さない、悪い子への挨拶ですわ」
「あ、挨拶って……」
「それとも……あれは焦らしプレイのつもりでしたのでしょうか? だとしたら、本当にイケナイ方ですのね……♡」
「……」
明らかに様子がおかしい。何かあったの? とは聞けないレベルで。固まったままの非色の顔は、徐々に真っ赤に染まっていく。
その非色の身体を、黒子はベタベタと触れる。あくまでやらしく、焦らすように。
ここから告白しろ、なんて無理な話である。というか、こんないつの間にか、やらしくなった女の子とのお付き合いなんて、姉として美偉の方が許すわけにはいかない。
「白井さん……? 人の弟にナニをしているのかしら?」
「いけずなお方に、告白の返事を急かしているだけですわ」
「そういう不純異性交遊をするつもりなら、お付き合いなんて許さないわよ?」
「あら、それは非色さんが決めるべきことではありませんの?」
二人の間に、稲妻が走った気がした。このままではマズイ、と思った美琴は、一気に黒子の頭から雷を落とす。
それにより、一撃で気を失ってしまった。
「固法先輩、今のは……」
「ええ、見逃すわ」
平然と生徒への能力の使用を許可すると、美偉は弟に声を掛ける。
「だ、だいじょうぶ? 非色」
「え……あ、あうう……」
「非色⁉︎」
ダメだったようだ。真っ赤に顔を染めたまま後ろに鼻血を出してひっくり返った。朝から飛んだ災難である。
とりあえず、気絶した二人の中一を、美偉と美琴はそれぞれ、おんぶして担ぎ上げ、黒子は車椅子に座り直させた。
「……とりあえず、この二人は分けておきましょう」
「そ、そうね。落ち着かせないと……何か分かったら……」
「はい。連絡します」
そのまま別々の方向に歩き出した。結局、まだおつきあいには至れないようだ。
×××
「まったく……面倒な……」
ただでさえ、御坂妹が湾内の体操着を貸りて、その返却が済んでいないと聞き、胸騒ぎがしている中、これである。
優先すべきことは妹達の方だが、後輩の問題も知っておかなければならないというのに……。
「あ、御坂さん!」
「おはようございます」
「あ、佐天さん。初春さん。ちょうど良かったわ」
そこで、良い所に後輩が来てくれた。黒子だけに黒焦げで気絶している黒子を見て、初春が聞いた。
「白井さん、どうかしたんですか?」
「それ、私が聞きたいんだけど……この子、何かあったの? なんかやたらとエッチな雰囲気で非色くんを誘惑してて……どうかしたの?」
「あー……昨日のお姉さんですね」
「ああ、あの胸の大きい」
二人には何か覚えがあるようだ。
「白井さん、昨日、やたらと胸の大きいお姉さんに、男の子を誘惑する方法を教わってて」
「返事をいつまで経ってもくれない非色くんが悪いから気持ちは分かるけど……それ、やったんだ。白井さん」
「そういうことね……」
ひとまず、話は理解した。一部始終を聞いていたのなら、話は早い。
「なら、悪いんだけど……元に戻してあげてくれる? 私、行く所あるから」
「良いですけど……どうやって?」
「いっぱい殴っちゃって良いから。この子、頑丈だし」
「そんな物騒な……」
「あと、その誘惑する方法、後で詳しく」
「え?」
「じゃ、またね」
それだけ話すと、黒子を二人に預けて忙しなく走っていってしまった。
その背中を眺めながら、初春と佐天はぼんやりとしてしまう。
「御坂さん……何かあったのかな?」
「さぁ……」
その様子は、いつもの感じじゃない。まぁ、そんな大変な事にはならないだろうが。
とにかく、二人で黒子の車椅子を押した。
×××
「はぁ……もう、ホントなんなのよ……」
美偉は、疲れた様子で、救急テントの中で鼻にティッシュを詰めて眠っている弟を見た。まったく、世話が焼ける弟と後輩だ。こっちが勇気を出したと思ったら、今度は向こうが壊れていた。
……とはいえ、手が掛かる子ほど可愛い、という気持ちも分かってしまったが。
二人とも、要するにお互いのことが好きなのだ。黒子は、それで相手を自分のものにするべく、そして非色は、自分とくっついて本当に良いのかを考え、不器用なまますれ違っている。
しかし、そのまま結ばれないかもしれない、と考えると、それはそれで切な過ぎる。特に、二人とも美偉にとっては可愛い弟と後輩だ。そんな二人が傷つく姿は見たくない。
ならばいっそ、自分が力を貸してしまおうか……なんて、思った時だった。
「すみません」
「はい?」
声を掛けられ、顔を上げると常盤台の制服を着た少女が立っていた。すごい縦ロールの女性である。
……しかし、気の所為だろうか? どうにも機械的な目をしているように見えるのは。
「そちらのティッシュ、私にも分けて下さいますか?」
「あ、はいはい」
言われて、弟の鼻に詰めるので独占してしまっていたティッシュに手を伸ばす。
隙は、ほんのそれだけであった。にも関わらず、ピッという電子音の直後、身体が硬直する。
「ーっ……⁉︎」
分からない、何が起きたのか。能力も使えないし、指一本、動かせない。
「さ、帰って大丈夫だゾ☆」
「かしこまりました。女王」
縦ロールの少女がテントを出ていき、その代わりに、金髪の少女が歩み寄って来る。身体が動かせない自分と弟に向けられたのは、リモコン。
この少女は……と、名前を頭に浮かべる前に、トドメを刺すようにリモコンを押される。
そこから先の記憶は曖昧だ。だが、気が付けば、目の前から少女はいなくなっていた。
「……あれ、私……?」
なんで、ここにいるんだっけ……? と、思いながら、ふと横を見る。すると、そこではちょうど、弟が身体を起こしていた。そうだ、弟の鼻血の治療をしてたんだ。
「あれ……姉ちゃん?」
「ああ、非色。大丈夫?」
「うん。平気……あ、し、白井さんは……?」
「白井さんならいないから、安心しなさい」
さっきまでの黒子は、一周回って怖かったようで、身体を身震いさせている。
「さ、鼻血が止まったなら、早く行くわよ。競技が始まる前からここにお世話になる人なんて、普通いないんだからね?」
「う、うん。ごめん」
非色の身体をさすってあげながら、ベッドから身体を起こしてやる。その時だった。
するっ、と非色のポケットから、サングラスが落ちる。それにより、一瞬、非色は足を止める。
「……? なんだっけ、これ……?」
「非色? どうしたの?」
「あ、いや……なんでもない」
とりあえず、誤魔化しながら、自分のポケットから落としたものなら、自分のもの、と思うことにし、そのサングラスを回収した。