とある科学の超人兵士。   作:バナハロ

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牧場に腹を空かせたケルベロスが解き放たれた瞬間。

 どうしたものか、と美琴は冷や汗をかく。周りにいるのは、食蜂派閥のメンバー。風船を取るついでに、タイミングよく走り出した電車に乗って逃走を図ったが、さすが、常盤台生というか、余裕で追いつかれ、見張りは減ったものの結局、身動きは取れない。

 電車を降り、再び上手いこと逃げる手段を探してキョロキョロしていると、ふと知り合いが視界に入った。そこにいたのは、佐天と湾内と泡浮の三人だ。

 彼女達がきっかけになるかは置いておいて、一先ずせっかく知り合いを見かけたので、声を掛けることにした。

 

「さ……湾内さん、泡浮さん」

「あら、御坂さん」

「こんにちは」

 

 一応、佐天の名前はやめておいた。さっき黒子に冷たい反応をされたのが少しこたえているのか、なんとなく気兼ねなく名前を呼ぶことに抵抗を感じてしまった。

 その二人の目に入ったのは、自分と行動を共にしている食蜂派閥の二人だ。

 

「? その方々は……?」

「あー……気にしないで」

 

 自分の見張りです、なんてバカ正直に言う勇気はなく、適当に誤魔化してしまった。幸い、常磐台生の中身は美琴より大人な面子が多い為、お互いに笑顔で会釈だけして挨拶を終える。

 

「そうだ、御坂さんは婚后さんの行方、ご存知ではありませんか?」

「え?」

「先程から姿をお見せにならず、佐天さんにも協力していただいて探しているのですが……」

「一向に足取りが掴めず……」

 

 それを聞くと、美琴は少し心配そうな表情を浮かべる。その用事を頼んだのは自分だが、それを言えば妹達の情報が幅広く出回ってしまうし、何より二人の身が心配だ。

 今回の件、おそらく食蜂が黒幕と考えられるわけだが、彼女の能力ではミイラ取りをミイラにする事など容易い事だ。

 

「心配なら、頼れる奴を紹介しましょうか?」

「え?」

 

 自分は今、動けない。しかし、他人のために、例え相手が超能力者であっても喧嘩を売れるバカを知っている。

 

「ま、私から連絡してみるから、少し待ってて」

 

 そう言いながら、美琴は携帯を取り出した。もっとも、ヒーローとしての記憶があるかどうか、そこだけは賭けになるが。

 

 ×××

 

 薄れゆく意識の中、婚后の視界に映ったのは、ほぼ隕石に等しかった。遠くからものすごい勢いでやってきたと思ったら、足を滑らせて転び、何処かに勝手に突っ込んでいった大うつけ、という感じだ。

 一体何しにしたのか知らないが、ここにいては危険。すぐに知らせようと目を凝らした時だ。

 

「いでで……俺いつの間にか靴にスラスターでも仕込んでたのかな……」

 

 呑気な声と共に砂煙の中から姿を表したのは、現状において最も頼りになる男の姿だった。

 無能力者という弱点を持ちながら、それを補う身体能力をほこり、オリジナルの水鉄砲を持って戦う相手への気遣いすら忘れない能力を持つ正義の味方。

 

「どうも。いじめの現場はここかな?」

「……へぇ、君の出る幕かい? ヒーロー」

 

 二丁水銃がそこにいた。……右腕が、あり得ない方向に曲がっているヒーローが。

 流石の馬場も、思わず半顔になってしまう。

 

「……その腕、どうしたの?」

「あー……えっと……今折れた。勢い余って」

 

 何せ、全速力で転んだのだ。それも、超人の速さで。無傷で済む方がおかしい。

 

「い、痛いいいい! 骨折ってすごい痛い!」

「いや、知らないけど」

「え、俺って本当にヒーロー⁉︎ なんでこんなあっさり腕折れてんの⁉︎」

「いや、知らないけど」

「救急車ああああああああ‼︎」

「お前何しに来たの⁉︎」

 

 それは、婚后が一番、言いたいセリフだった。意外なことに、馬場はツッコミ役として優秀なようだ。

 知りたくない情報を知ってしまったことに後悔すらしながら、婚后は少しずつ地を這って馬場から離れようとする。

 しかし、その婚后の脚を馬場は踏みつけて止めた。

 

「あぐっ……⁉︎」

「動くなよ。お前は貴重な情報源だ」

「! や、やめろ!」

 

 そのセリフに、馬場は片眉を上げる。ヒーローの活躍は動画で見たが、馬場の見立てでは「言葉よりも行動派」に見えた。実際、少なくとも説得なんて手段とも呼べない手段を使うより、余程、先に手を出した方が良い。

 それが、今のザマはなんだ? 目の前の男は、もしかしたらヒーローではなく、その真似事をした奴の可能性もある。あの足の速さは能力による再現か? 何れにしても、勝ち目がないわけではなさそうだ。

 

「やめろ? 君のような恥ずかしい真似している奴が、僕に命令する気か?」

「え、は、恥ずかしい? やっぱりヒーローって恥ずかしい?」

「そりゃ恥ずかしいだろ。普通、その他のものに憧れるのは小学生まで……いや、この街の学生なら低学年までかな」

「で、でもスーツ自体はカッコ良くない?」

「全然?」

「……そ、そっか……」

「うん」

「……」

「……」

「……」

「どんだけ落ち込んでんの⁉︎ てか、そうじゃなくてだな!」

「あ、こ、このマスクはカッコ良くない?」

「良くない! 何なんだお前は、調子狂うな⁉︎」

 

 一々、会話が疲れる。緊張感が足りないのか、それとも余裕があるのか。余裕があるのだとしたら、この女は人質になり得ない。それよりも、身を守りつつ、切り札の準備をした方が良さそうだ。

 一先ず、T:GDを周りに配備しつつ、声を掛けた。

 

「ヒーロー。この女を離して欲しいのか?」

「そりゃまぁ」

「……な、なら取引だ。この女には、ウイルスを打ち込んである」

「ああ、やっぱりあの蚊っぽい小さい奴、ウイルスだったんだ」

「……見てたのか?」

「見てたけど?」

 

 やはり、どうもこのヒーローは違う気がする。ニュースに映っているようなヒーローなら、戦闘中であっても介入しているはずだ。

 しかし、それでも不思議なのは、T:MQが目視できるということ。普通、あの戦闘の中で蚊の大きさで動くものなんか見えないはずだ。超人的な能力で言えば、やはり本物にも感じるが……。

 本来なら、ここで婚后に打ち込んだウイルスの解熱剤を盾にフルボッコにしてやるつもりだったが、そんな必要は無さそうだ。

 自分がやるべきは、もっと単純な手。ポケットから解熱剤を取り出すと、ニヤリと好戦的に微笑んだ。

 

「こいつは、その女に打ち込んだウイルスの解熱剤だ」

「ちょうだい!」

「気持ちが良いほどストレートな奴だな。良いよ、くれてやる。その代わり、僕のことは見逃してもらうよ? 今、君とやり合うつもりはない」

「良いよ!」

「……」

 

 本当にヒーローなのかすら怪しく思えてきたところだが、もうどうでも良い。手に持った解熱剤をヒーローに見せつけ、軽く宙に放り投げ、ヒーローがそれを取ろうと視線を移した直後だ。

 

「この女と解熱剤、好きな方を選べ」

 

 馬場の一番近くにいたT:GDが、婚后を殴りつけて別の方向へ飛ばした。

 

「⁉︎」

 

 さらにその直後、他のT:GDが動き出し、婚后を狙って襲い掛かる。一気に硬直し、動けなくなるヒーロー。

 が、すぐに人命優先と判断したのか、婚后の方へ走り出した時だ。その背中に、T:MQがくっ付く。

 

「⁉︎ な、なんかついた⁉︎」

「気付いたか……でも、もう遅いよ」

 

 直後、ちくっという感触の後、フラリと目眩が襲い掛かる。その場に倒れ込みそうになるのを必死で踏ん張ったが、脇腹をT:GDに殴られ、木に叩きつけられた。

 殴り飛ばされた婚后は、別のT:GDがキャッチした。投げられた解熱剤は池の中に沈んで行ってしまう。

 

「なんかよく分かんないけど、想定より遥かにチョロいな、ヒーロー。そんなんで誰かを守れると思ってんの?」

「ッ……!」

 

 まさかここまで上手くいくと思っていなかった馬場は、さっきより遥かに強気に嘲笑いながら、ヒーローへ距離を詰めた。

 

 ×××

 

「あーあ……何やってんだか」

 

 自身のとある目的のために暗躍していた食蜂は、たまたま通りかかった公園でその一部始終を眺めていた。

 しかし、予想外だ。まさか、ヒーローどころか超人である事を忘れさせたにも関わらず、コスチュームだけを身に纏って再び戦いに向かうとは。その結果、ああして無様を晒しているのだから、本当に呆れたものだ。

 元々、彼の記憶を消したのは、木原幻生を捕らえるため。ヒーローを動かさない為に記憶を消したのも、木原幻生に警戒させない為だ。

 

「……けど、流石にこうなっちゃったら、記憶を戻す他ないわよねぇ」

 

 彼の頭の中を覗いたとき、本当に驚いた。

 どうせヒーローとか言っても、名声やら何やらが欲しいだけ。他人のために無償で動く人間がいるはずない、そう思ったのだが……もう本当に引くほど、人助けしか頭にない。どんなに敵が現れても、どんなに強者が立ち塞がっても、自身の美学と信念のために、道を譲るつもりはない男だ。

 少し、良い男、と思わないでもなかったが、生憎、先約がいるようなので下手なちょっかいはかけないようにしたが。

 木原幻生が姿を消したら困るが、それでも今、彼と婚后が死ぬ……或いは、妹達の情報を漏らすよりはマシだ。

 

「今の現状も、元はと言えば私がしでかしたわけだしね。記憶を戻す以上は、絶対に負けちゃダメだゾ☆」

 

 そう言うと、食蜂はリモコンのスイッチを押した。

 

 ×××

 

 まったく、馬場の言う通りと思ってしまった。何故、助けに入るなんてトチ狂ったことをしてしまったのか。こうなる事は、目に見えていただろうに。ロボ達にタコ殴りにされながら、全力で後悔していた。

 例えヒーローのコスチュームに身を包もうと、中身は無能力者の自分。こんな機械達に敵うはずがない。素直に警備員なり風紀委員なりを呼ぶべきだった。

 ウイルスを打ち込まれ、ロボにメッタメタにされ、何故、自分がこんな目に遭わないといけないのか。考えれば考えるほど、自分が嫌になる。

 

「ひ、ヒーローさん……!」

「ほら、何してんだよヒーロー! 立てよ、じゃないとお前、死ぬだけだぞ⁉︎ ……てか、本当に何しにきたのお前」

 

 何より、普通に恥ずかしい。助けに来た奴が足を引っ張っていたら世話は無い。こんな所を黒子に見られたら、幻滅され、前の告白など無かったことにされてしまうだろう。

 

「さて、そろそろ終わりにするか。こっちも暇じゃないんでね」

 

 そう言うと、馬場は軽く指を鳴らす。顎に一発、犬の一撃を入れられ、身体は瓦礫の間に叩き込まれ、動けなくなる。

 そして、複数の犬型ロボットが、その自分に一斉に飛びかかって来た。その時だった。

 

「ーっ……⁉︎」

 

 唐突に、世界が止まって見えた。記憶が何者かに流されるように脳内に刻まれ、全てがクリアに映る。それとほぼ同時に、身体は勝手に動き出した。

 自身を取り囲む敵は0時の方向に一機、2時の方向に二機、4時の方向に一機、6時の方向に一機、9時の方向に二機。

 それらに対し、非色は左手首の腕時計をひっくり返してグローブにしつつ、足元の瓦礫を蹴り上げた。それを掴むと、まずは正面の敵に投げつける。直撃し、粉々に砕きながら、次の標的を見据える。

 

「ダメだよ、ワンちゃん。犬ならボールくらいキャッチしないと」

 

 言いながら、別の奴に手を伸ばし、足を掴んで別の奴に叩きつけつつ、左手の鋼鉄の拳で別の奴を砕く。

 直後、別が後方から迫るが、バク宙で回避して真上から踏み潰して両断すると、真っ二つになった破片を掴み、残り二体に投げた。

 

「なっ……⁉︎」

 

 さっきとはまるで別人の動きに、距離と離そうとしていた馬場は冷や汗を流す。ここからが本番というわけだろうか? 

 目の前で、堂々と立ち塞がり、犬達の残骸の中央でまっすぐ自分を見据える男を見て、馬場は後退りながら奥歯を噛み締めた。

 

 


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