とある科学の超人兵士。   作:バナハロ

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ヒーローに約束は無意味なもの。

 木山春生の研究は夏休み前半に打ち切られたが、研究所は今でも活用されている。理由は単純、二丁水銃の支援の為である。

 時には隠れ家として、そして時には義手を装着するための医療施設として、他には、二丁水銃の武器を作るラボとして、様々な用途に使われている場所だ。

 その中で、今回の用途は隠れ家と医療施設の役割として、使われていた。機械で出来た左手が故障した上に、本人の体調も未知のウイルスを直で打ち込まれたから、目を覚ますこともなかった。

 

「っ……」

「一応、容態は安定している。後は目を覚ますのを待つのみだよ」

 

 心配そうな表情でヒーローが眠っている所を見る黒子に、木山が横から口を挟む。正確に言えば、容態は安定どころか引くほど回復・活性化していっているのだが、同じ事だろう。

 

「だと、良いのですが……」

「なら、そんな今にも死にそうな顔をするのはやめたまえ。彼が目を覚ました時、むしろ心配されてしまうよ?」

「そう、ですわね……」

 

 とは言うものの、心配は晴れない。彼の事だから、おそらく負けてはいないのだろうが、犯人の特定は厳しいだろう。あの辺に転がっていたロボの残骸を見ても分かるように、かなり特殊な技術を使っている連中だった。犯人の特定は難しいだろう。

 

「っ……」

 

 いや、難しいかどうかなど、どうだって良い。必ず彼をこんなにした奴は捕まえなければならない。

 奥歯を噛み締めつつ、一先ず目の前の少年の頭を撫でてあげる。考えてみれば、もうずっと戦ってきている彼のこんな緩んだ顔を見るのは初めてのことだ。

 

「彼には、こういうのも良い薬さ。私が知る限りでも、AIMバーストから何度も強敵とぶつかってきたんだからね」

 

 木山も同じ意見のようだ。過労というものは、何も身体だけに影響を及ぼすわけではない。精神的にも蝕まれるものだ。

 

「そうですわね。たまには……しっかり休んで下さいな」

 

 そうつぶやいた時だ。木山の研究所のインターホンが鳴り響いた。

 

「おや、お客さんかな?」

 

 応対しに行ったのは木山。カメラを見ると見覚えのある顔だったので、ゲートを開けた。

 数秒後、入って来たのは御坂美琴だった。

 

「非色くん! ……と、黒子?」

「おや、御坂くんか」

「また貴女ですの?」

 

 そう聞く黒子の口調の厳しさを、木山は聞き逃さなかった。あの同性愛者かと思うほど御坂美琴を敬愛していた黒子から出たとは、とても思えないほど厳しい口調だったから、驚いてしまった。

 そんな木山を差し置いて、美琴はベッドの方へ歩み寄る。

 

「大丈夫なの? 彼は……」

「身体の方は平気さ。後は、意識が戻るかどうか、と言ったところだね」

「っ……」

 

 奥歯を噛み締める。彼の記憶も、確か操作されていた。それにより、戦力が低下した所を、敵に狙われた……或いは、偶然、敵と呼べる奴と相対したか。

 何れにしても、とても許せる話ではない。

 

「ちょっと、貴女。なんなんです? 非色さんと何の関係をお持ちなんですの?」

「あ……ご、ごめん。好きな人に別の女が食い付いたら嫌よね」

「んなっ……な、なんでそれを⁉︎ あなた本当に何なんですの⁉︎」

 

 赤の他人だと思っていた人に突然、自身の恋心を見抜かれ、思わず顔を真っ赤にしてしまう。

 が、美琴は気にした様子なく引き返した。邪魔しちゃ悪いと思ったのだろう。

 

「非色くんによろしく伝えといて。じゃ!」

「あ、ま、待ちなさいな!」

 

 黒子の制止も虚しく、美琴は研究所を後にした。

 その背中を眺めながら、黒子は小さくため息をつく。あの女は何なのか知らないが、非色とも仲が良いようだ。まさか、カレカノなんて事はないでしょうね……なんて、無邪気に眠っている自分が告白したはずの男の鼻を摘みながら、不機嫌そうに眺める。

 

「……君、御坂くんと喧嘩でもしたのかい?」

「はい?」

「いや……なんか、仲悪そうだったから」

「喧嘩も何も、あの方と私は接点も何もない他人ですの」

「……?」

 

 どういう事だ? と、木山は怪訝に思い、眉間にシワを寄せる。喧嘩をしたのか、或いは能力者に何かされたか。何れにしても、何も言わない方が良いだろう。

 

「……すまない。変なことを言ったな。コーヒーでも淹れてこようか?」

「あ、いえ。大丈夫ですわ。すぐ、ここを出ますので」

「もう出るのかい?」

「私がこうしている間にも、街では問題が起こっている可能性があるので。逆に、ずっとここにいても彼が早く目を覚ますことはありませんわ」

「……なるほど」

 

 何せ、彼をこんな風にした奴は、まだ外にいるはずだから。野放しにはできない。

 

「彼でも、立場が逆ならそうすると思いますので」

「無理だけはして欲しくない、というのも同じだと思うからね?」

「わかっています。では」

 

 そう言うと、黒子は再び非色を見下ろす。目を閉じ、規則正しく呼吸を繰り返す。

 すると、ふと片眉を上げた。なんと言うか、食えない男だ。

 

「それと、木山先生。よーく見張っておいてくれます? その男」

「おや、どうしてだい?」

「少しは休まないと、いくら超人と言っても厳しいでしょう。……万が一にも動いたら、お姉さんとセットで会いに行くとお伝え下さい」

「ああ、分かったよ」

 

 それだけ話すと、黒子はテレポートで立ち去っていく。残ったのは、木山と非色。

 コーヒーを淹れながら、木山は独り言とは思えないような言い方で告げた。

 

「だ、そうだよ。非色くん?」

「……なんでバレたんですかね……」

「君は人を欺く事が下手過ぎるんだよ」

 

 ずっと起きていたわけではない。途中から起きていた。だから、黒子も気付いたのは最後に見下ろした時だ。

 

「……まぁ、俺もまだ身体ダルいですし……今日の所は、ゆっくりしますよ」

「良い心がけだ。彼女も御坂くんも、君が心配なのだから」

「へいへい……」

 

 とはいえ、途中で降りる気はない。小休止のつもりだ。ま、これを言えば100%反対されるわけだが。

 

「コーヒー飲むかい?」

「もらいます。あ、お砂糖とミルクも」

「了解」

 

 そんな話をしている時だった。再びインターホンが鳴り響いた。何かと思い、木山はそれを覗く。

 

「お客さんか?」

「誰です? 姉ちゃん? 佐天さん? 初春さん?」

「いや……彼女は、確か……」

『すみませーん☆ こちらにいるヒーローさんにお話があるんですけどー』

 

 引くほど直球且つぶりっ子を混ぜたような口調、一度だけ会話した覚えがあった。そして、自分の記憶をいじった相手でもある。まだ本人の口から聞いたわけではないとはいえ、確信があった。

 

「……どうする?」

「俺が行きますよ。どうせ、今開けないと別の高位能力者か、警備員あたりを操作して強引にこじ開けるだけです」

「物騒だね」

「そういうもんですよ。人より強い力を持ってる奴なんて」

「君以外はね」

「……からかわないで結構です」

 

 それだけ話しながら、非色はベッドから起き上がりつつ、降りた。

 

「一応言っておくが……」

「言われなくてもわかってますよ。無理はしません」

「分かってるなら良い」

 

 それだけ話し、非色は出入り口から出ていった。研究所のゲートを開くと、目の前にいたのは金髪の美少女。普段なら異性が相手だと緊張してしまう非色だが、相手が油断ならない相手だからか、真顔のままだ。

 

「どうも」

「こんにちは☆ 今、平気かしらぁ?」

「平気じゃなくても頭弄るつもりでしょ。ここで良けりゃ聞くよ。今の所、周りに人の気配もないし」

「女の子に立ち話させる気なのぉ?」

「中はダメ」

「ま、良いけど」

 

 そう言いつつ、食蜂はまず頭を下げた。

 

「まずは、ごめんなさい」

「? 何が?」

「結局、私の所為でそんな大怪我するようになっちゃって」

「ああ……いや、それは俺より婚后さんに言ってあげて」

「……そうね」

 

 それよりも、非色には聞きたいことがあった。

 

「で、何に困ってんの? 力貸すよ」

「あら、良いのかしらぁ?」

「良いよ。あのタイミングで俺の記憶戻したってことは、あのロボットの組織と敵対してるって見て良いんでしょ?」

「意外と冴えてるじゃなぁい」

 

 冴えてるというか、当たり前のことを言ったまでだ。結果的に利用された形になったとはいえ、食蜂の弊害となるロボットを撃破出来た。ぶっちゃけ、それなら最初から協力していれば良かっただけの話だが。

 

「一応言っておくけど、白井さんやあなたのお姉さんの記憶も戻せるけど、どうする?」

「消したままで……というか、俺に関する記憶も消しといて。巻き込みたくないし……あ、元に戻せるんでしょ?」

「ええ、可能だけど……」

 

 正直、引いた。この切り替えの速さと合理的な判断力は、ある意味じゃヒーローに向いている。

 

「あなた……色々と切り替え早いのねぇ……?」

「切り替えが早くないと無理でしょ。ヒーローなんて」

「……まぁ、そうねぇ」

「まず、どこまでわかってんのか教えてくんない。俺が掴んでること……言うてあんま無いけど、教えるから」

「ええ、情報交換といきましょう」

 

 そんなわけで、まずは色々と話を聞いた。分かったのは、あのカマキリのロボを操っている組織。メンバーとかいう学園都市の暗部で、雇われで妹達の身柄を欲している上に、御坂美琴の排除を行っている、というのは食蜂の推測だ。

 それらの親玉が、木原幻生。絶対能力進化計画の提唱者だ。その辺の話を聞いて、顎に手を当てて考え込む非色に、食蜂は続けて言った。

 

「今からそこにカチコミに行くんだけどぉ……あなたはどうする?」

「……うーん、なんか……違くね」

「あら、何がぁ?」

「まず、えーっと……食蜂さんで、良いのかな」

「良いわよ? あ、なんなら操祈でも……」

「え……いや、女の子を下の名前で呼ぶのはちょっと……」

「……」

 

 からかいたい、という衝動に駆られた。今時、こんなウブな男の子は希少種と言えるが、今はそんな場合ではない。

 

「食蜂さんは、まず絶対能力進化計画から今回の件を知ったって事で良いんだよね?」

「ええ」

「話を聞いてた感じだと、その爺さんは用心深くて自分から手を下さずに他人を動かすタイプで、倫理観に欠けたサイコパス」

「そうね」

「そのジジイが妹達を欲しがってる。……それなのに、なんで大覇星祭の日に暗部の人間を使って動いたわけ? 目撃者も増えるし、学園都市の学生にとっては自由な時間も増える。学校に通っていない妹達を手に入れるなら、平日に捕らえた方が安全でしょ」

 

 慎重な爺さんが取る行動ではない。

 

「ていうか、御坂さんの排除なんてそれこそあり得ないね。暗部を使っても、あんなオモチャに頼ってるような連中に御坂さんは倒せない。俺の見解だと、むしろ奴らは御坂さんと妹達、両方を欲しているように見えるけど」

「……ミサカネットワークだけじゃなく、御坂さんまで欲しがってるって? どうして?」

「知らんけど……もしかしたら、一方通行の次は御坂さんをレベル6にするつもりだったり?」

「あり得なくもないけど……その辺はどうせ考えても分からないわねぇ……」

 

 顎に手を当てたまま考え込む食蜂に、続けて非色は言った。

 

「ていうか、食蜂さんはあんま動かない方が良いと思うよ」

「どういう事よ?」

「木原幻生が神出鬼没だったのは、追われている自覚があったから。学園都市にとって、レベル5以上の注目の的はないわけだし、多分、食蜂さんが動いていたのもバレてるよ」

「……それはあなたも一緒でしょお? あなたのカラダ、世界中探してもいないレベルの肉体よ?」

「いやもう一人いるから。とにかく、今更動きを止めても意味無いかもしんないけど、食蜂さんには情報収集に徹してもらって、直接殴り込みに行くような真似は避けて欲しいかな」

「……」

 

 言われて、食蜂の視線がキュッと鋭くなる。記憶をのぞいた時にも思ったが、この男は確かに能力者を腹立たせる天才だ。

 

「……あなた、この私も巻き込まんとしてるでしょお?」

「……そ、そんな事ないヨ?」

「……」

「……」

 

 やっぱりダメだ。この男、信用できるようで信用できない。すぐにリモコンを取り出したが、早撃ちでは非色の方が早い。瞬間で身体を液に拘束され、リモコンを落としてしまった。

 

「きゃっ……!」

「遅い遅い! じゃ、何処に幻生がいるか教えて?」

「ふ、ふざけないで! あなたに何が出来るってのよ⁉︎」

「平和を守ること」

 

 言いながら、非色は食蜂の携帯を鞄から取り出し、データを拝見する。

 

「ち、ちょっとお! 女の子の携帯を勝手に見る気⁉︎」

「プライバシーを侵害するようなものは見ないから」

 

 言いながら、非色は自身のアドレスを打ち込み、データを送信する。それを完了すると、携帯を鞄に戻した。

 

「じゃ、俺行くね」

「待ちなさい! 無能力者一人で行ったって勝ち目なんかないわよ⁉︎」

「超能力者一人の方が無理だよ」

「はぁ⁉︎」

 

 ムカッと来て食蜂は食い掛かるが、非色はどこ吹く風。食蜂の頭に手を置き、微笑みながら言った。

 

「いくら能力を持ってても、何も能力を持っていない大人にとっては、所詮子供なんだよ。自分の動きは全部バレてると思った方が良い」

「なっ……何を……⁉︎」

「じゃ、サクッと終わらせてくるから。学生らしくお祭りを楽しんで待ってなさい」

 

 言うと、非色は装備を取りに研究所の中に戻った。

 その背中を眺めながら、食蜂は心底、イラッとした。あの男は、本当に腹が立つ。美琴とは一生、相容れない仲だと思っていたが、あの生意気な歳下も同じのようだ。

 帰って来たらボコボコにする、そう思いながら、とりあえず足だけで鞄の中をいじり、携帯を取り出すと協力者を呼ぶ事にした。

 

 


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