「食蜂サン! こ、これは……⁉︎」
声をかけたのは、食蜂操祈の協力者であるカイツ=ノックレーベン。身体を液体で拘束された食蜂を見て、拳銃を取り出して周囲を警戒しつつ駆け寄る。
「遅いわよ!」
「一体、何が……⁉︎」
「良いからこれ何とかしてくれる⁉︎ 水かければ落ちるから!」
「わ、わかりまシタ!」
たまたま手に持っていた飲料水を掛け、拘束液を溶かす。
自由になった食蜂は、すぐに立ち上がって携帯を取り出した。送信履歴から、ヒーローの携帯を割り出す。が、メールアドレスしか登録されていなくて、電話は掛けられない。
「一体、何があったのデス?」
「あの男、この私から情報だけ聞き出して一人で片付けに行っちゃったのよ! ホント、油断したわ……!」
「手柄を横取りしたとか?」
今回の件の手柄とは、おそらく名声や名誉のことだろう。悪を下したヒーローと言う事で名が広がれば、一層、支持者は増える。
しかし、その考えに食蜂は首を横に振るう。
「いえ、頭の中を覗いたけど、そんな男ではないわぁ。間違いなく『他人を巻き込むのはヒーローとして失格』みたいな考えで動いてるのよ!」
「まったく……面倒デスね……」
「まったくよ。けど、私達じゃあの男に追いつけないわぁ。何とかしないと……!」
「彼の見解は聞けたのデスか?」
「聞けたわぁ。あの男は、微妙に私達とは意見が違うみたいよぉ?」
「なるほど……では、どうされマス?」
その問いに、食蜂はすぐに答えた。
「とりあえず、あの男が派手にやれば、幻生は再び姿を消すわ。けど、止めようがないならバックアップに回るしかないわねぇ……。仕方ない、私も現地に向かってビルの制圧をするわぁ。あなたは念の為、隠れ家であの子を護衛しなさぁい」
「分かりまシタ」
「それと、御坂さんにも注意しておいてくれる?」
「オリジナルの、デスカ?」
「そう。一応、ヒーロー様の意見も汲んでおく必要があるわ。否定する根拠も理由も無いし」
むしろ、冷静に考えれば、彼の考えの方が正しい気さえする。あの老人が、絶対能力者を生み出す彼岸を、未だに追いかけていたとしたらあり得ない話じゃない。
「途中までお送りしまショウカ?」
「平気よ。適当に捕まえるから」
「では、くれぐれもお気を付けて」
「分かってるわよ。じゃ」
それだけ言うと、二人は別々の現場に向かって行った。
×××
「え、もうですの?」
『ああ、もうだ』
白井黒子の元にかかって来たのは、一本の電話。もう、固法非色がいなくなったという、木山からの連絡だった。
「どうしたの? 黒子」
「あなたには関係のないことですの」
その黒子に質問したのは、御坂美琴。現在、二人は佐天と一緒に一七七支部にいる。
先ほど、敵側にいると思われる液体金属を操る能力者に、美琴の母親と初春を人質に取られ、黒子と連携して救出し、気絶させられた二人の容態を見るため、連れてきた次第だ。
で、突然、電話が来たので聞いてみたのだが、つれなく首を横に振られてしまった。
「……分かりましたわ。後でお灸を据えるとして、見かけたら連れ戻しますの」
『ああ。助かるよ』
「では、失礼いたします」
そこで電話を切ると、改めて調査を開始した。探すべきは、食蜂操祈。黒子と佐天、そして初春の記憶をいじった張本人だ。そして、御坂妹を攫ったと思われる奴でもあるわけで。
「それよりも、これからどうやって食蜂を探すかよね。今の所、全く手掛かりはないんでしょ?」
「ええ。それに、私としては食蜂操祈よりも、あの液体金属を扱う能力者について調べたいくらいですわ。正直に言って、私達の記憶が操作されている、という話も半信半疑ですので」
猫の記憶を読み取れる能力者から、佐天が得た情報の中に、食蜂っぽい人影と男の人影、そしてもう一つ、聞き覚えのある都市伝説サイトの名前が出て来た。
そこから、仮に初春がサイトの中身を見たとして、それに気付いた食蜂が一七七支部に出向いて記憶を消した……という仮定を軸に、美琴の能力でパソコンのデータを復元させると、食蜂の写真が出てきた。
「……あの場所に行ってみるしかないわね……」
「食蜂操祈を探すのなら、私達はお手伝い出来ませんわ。私は、まずあの液体金属の能力者を探すべきだと考えていますので」
「分かってるわよ」
そのサッパリした返事に、黒子は内心、狼狽える。「え、わかってるの?」と言った具合に。
逆に、顔にしっかり出ている佐天が代わりに聞いた。
「え、一人で追うんですかっ?」
「ええ。元々、妹の件は、黒子達には関係ないし、まだ食蜂が私の妹を攫ったと決まったわけでもないしね」
そう言いながら、苦笑いにも近い笑みを浮かべる美琴。相手も自分と同じ超能力者である事に薄々、勘づいている以上、手強い相手である事に間違いは無いのだ。
特に、食蜂は隠蔽工作や隠密活動、索敵能力に長けた能力を持っている。複数で挑んで仲間を取られるくらいなら、一人で追った方が良い。
「じゃ、黒子、佐天さん。マ……お母さんと初春さんをよろしく!」
そう言うと、美琴は支部から飛び出して、その場所に向かった。まだ確定出来ないが、その場所に御坂妹はいる。何のつもりだったのかは知らないが、自分の友達に手を出したことは許せない。
何より、妹達を利用して何かを企んでいるようなら、死んでも止めなければならない。
そう心に強く決めて、少しでも早く移動するために、砂鉄を使って、空中をぶら下りながら移動することしばらく、ふと自身の電磁波による索敵の中で、やたらと後ろをくっついてきている車がいることに気付いた。
「……」
つけられている、とすぐに理解した。何者か知らないが、食蜂の居場所を追ってからの尾行……まず間違いなく、食蜂操祈の手のものだろう。
ならば、なるべく被害が出ない所まで引きつけて、一騎討ちを……と、思ったのだが、美琴と目があった直後、その車はライトを二回、点灯させた。
「……?」
その後、狭い道に入り、曲がっていく。おそらく「来い」ということだろう。敵対したいわけではないのか、それとも罠のつもりか……いずれにしても、何か情報を握っている。
後を追うと、誘導されたのは近くの河辺だった。そこで車を止め、運転席から降りて来たのは、外国人の男だ。
「初めまシテ。御坂美琴サン、デスね?」
「その通りだけど、あんたは?」
「名乗る程の者ではございマセン。デスガ……妹達を保護している者、とだけ伝えておきまショウ」
それを聞き、パリッと髪の毛の先から稲妻が漏れる。怒りが漏れそうになったが「保護」という言い方をしている以上、無闇に敵とも判断できない。
「それは脅しのつもり?」
「違いマス。長話をしている暇はないため、単刀直入に言わせていただきマスガ……あなたが狙われている可能性がありマス」
「は……?」
何を言い出すのかと思えば、素っ頓狂な内容だった。
「どういう事?」
「あくまでもヒーローのご意見デス。我々が現在、追っている敵があなたを狙っているとすれば、あなたに動かれるのは危険と言わざるを得マセン。デスから……」
「あのバカは、私が敵に負けるとでも言いたいわけ?」
「え、いやそういうわけではないと思われマスが……」
「ていうか、私が狙われているかどうかなんてどうでも良いのよ。まず、あなた達があの子を誘拐した理由は何?」
美琴にとって重要なのはそこだ。聞いている話だと、この男はヒーローと結託している様子だが、妹達の身柄を取られている以上は、まずそちらが重要である。
「ミサカネットワークを利用しようとしているのは、我々ではアリマセン」
「我々って?」
「……私と、食蜂サンです」
「あいつが……?」
「ハイ」
薄々、その予感はしていた。食蜂が御坂妹を持っているのに、妹達を探している連中がいたから。
とはいえ、食蜂という人間が、ハッキリ言って嫌いな美琴は、簡単に気を許すことはできないわけだが。
「……まぁ良いわ。で、狙われてるからどうしろっての?」
「敵があなた程の能力者を、どのように使うつもりなのかは分かりまセン。ですから、食蜂サマの隠れ家に向かうにしても、用心していただきたいのデス」
「それだけ?」
「ハイ」
「……」
実際、目の前の男は無能力者どころか能力開発さえ受けていないのだろうし、美琴の護衛には美琴自身が一番であることを理解しての忠告だろう。
それはありがたく受け取っておくとして、やはりどうしても確認しておくべきことがある。
「分かったけど、とりあえずあの子の所に連れて行って」
「あの子?」
「私の妹よ」
「……分かりまシタ。ですが、軍用ウイルスにやられ、絶対安静デス。くれぐれも、その辺りをお気をつけて」
「分かってるわ」
それだけ話すと、車に乗って移動を始めた。
×××
木原幻生がいると思われるビルの前に到着した非色は、ぼんやりとそれを見上げる。
さて、これからどうするか、だが。まぁ、正面突破だろう。武器も揃ってるし、手も直してもらったし、護衛に変な奴さえいなければ楽勝だ。
のんびりと歩きながら自動ドアの方へ向かうと、警備員の中でも、闇に理解がありそうな連中がこちらに銃を向けてくる。
「! 貴様、二丁水銃か⁉︎」
「止まれ!」
「はいはい」
言われて、非色は両手を上げて降参のポーズを取る。しかし、二丁水銃と呼ばれる故の銃口の一つは、左手の平にあるわけで。
パシャっと一人の身体に巻き付き、後ろに吹っ飛ぶ。
「貴様……!」
敵の鎮圧用と思われるゴムボール弾を射出されるが、それを右手で簡単に受け止めた。
「はっ……⁉︎」
「ヘイヘイ、ピッチャー。ナイスピッチングだけど、重みと速度とコースが悪いよ」
「え、それどの辺がナイスピッチ……ヘブッ⁉︎」
ボールを手首のスナップだけで返した弾をボディに打ち付ける。防弾チョッキをつけているのに、体の芯にまで痛みが響き渡った。
一気に二人ダウンさせると、近くに止まっている車を見つけた。こいつは良い、と思ったが最後、非色はその車の方へ走っていった。
「おい……あいつ、何する気だ……?」
「まさかとは思うが……」
倒れている二人が、脳裏にヒヤっとするような、嫌な予感を浮かべた直後だ。非色はその予感通り、車を持ち上げる。そして……。
「きーはーらくんっ、あーそーぼー!」
思いっきりビルに投げ込んだ。4〜5階あたりに直撃し、爆発、炎上。燃え広がることはなかったが、中は一気にパニックである。
その直後、非色は自ら開けた穴の中に飛び込み、中を移動する。騒ぎを起こしたわけだから、当然、中には多くの警備員が集まって来ていた。
「よーし、みんな。無駄な抵抗はやめて投降したまえ!」
「撃てー!」
再びゴム弾が飛んでくるのに対し、全て拳と足で弾き飛ばすと共に、全警備員に直撃させた。
後方にひっくり返るメンバーを眺めながら、非色はすぐにその場から抜け、マスクの機能を使う。瞬時にビルの構造を理解すると共に、熱源感知で人間がいる場所を把握する。
そんな中、どう見ても出入り口が無さそうな部屋で引きこもる老人のフォルムが目に入った。
「みっけた」
直後、天井を殴り壊しながら急接近していく。派手にやりすぎかもしれないが、敵の姿を捕捉している以上、何の問題もない。
そのまま一直線でて、屋根裏部屋に隠れているジジイを補足し、床を打ち砕いた。瓦礫が、老人が座っている床を砕き、殴りあげた。座っていた爺さんは、天井に頭をぶつけ、減り込んだ。
「あ、ごめん」
返事がない。とりあえず、慌てて天井から引き抜いた時だ。思わず顔を顰めてしまった。出てきた顔は、半分は老人の顔。だが、その皮が文字通り剥がれ、別の顔が半分、目を剥き出して出ていたからだ。
「……は?」
一瞬、ポカンとしてしまったが、すぐに把握した。影武者だ。やはり、ここへの襲撃に備えられていた。
だとしたら、ここにいるのはマズい。撹乱と動揺を誘うつもりだった、さっきの派手な突入が裏目に出た。すぐにここへ敵が……。
「動くなッ‼︎」
直後、この部屋の隠し扉が開き、そこから警備員が複数人出て来る。銃をこちらに向け、指一本でも動かせば発砲されそうだ。
なので、すぐに行動を起こした。真下の床を強く踏みつけた。破壊しながら来たことにより、ボロボロになっていた足元が一斉に崩れ出す。
「チッ……撃て!」
「ッ……!」
同時に足元が崩れた警備員達だが、瞬時に銃口を向けたのは流石だ。それも、落下点を把握した上で引き金を引いている。
しかし、非色は天井に糸状の液を放ち、ぶら下がって回避している。
「! こ、こいつ……!」
全員が動揺した隙に、足を振り上げて、さらに上の階に逃げ込む。下から発射される弾丸が、天井を打ち付け、破壊し続けるが、それらをものともせずに回避し続ける。
ひとまず、あとは窓から飛び降りるだけで逃げられるが、問題はそのあとだ。木原幻生がいない。つまり、奴は今、フリーだ。美琴の動きを捕捉しているのか、それともこの罠は食蜂を嵌めるためのものか……。
いや、とりあえず今は逃げないと……と、思って、この階の窓に飛び込み、糸を使って慎重に降りようとした時だ。自身の真上の屋上に、巨大なスピーカーのようなものを構えている男達が見えた。
「……っ!」
違った。この建物に、自分が来ることさえ、読まれていた。
真上に構えられているのは、音響兵器。大気を揺るがす超巨大な超音波が、自身に向けて一気に放たれる。
「っ……‼︎」
慌てて耳を塞いだ事により、両手は使えなくなる。形容し難い大音量が重圧のように襲い掛かり、非色の身体は真下へ叩きつけられていく。
「っ……るっ、せぇな……!」
さらに、耳を塞いだくらいじゃ凌ぎ切れない音量と威力と圧力。耳から神経を伝って、脳に響くようで頭がクラつき始める。
ビルの高さは20階。その一番上から落とされれば、受け身が取れない今では、流石に身体がもたない。耐え切れれば、更に強化されて復帰出来るが、生き残れれば、の話だ。
こうなれば、片耳の鼓膜が破れてでも途中で止まった方が良い。そう判断すると、途中で拳を壁に打ちつけ、中に突破した。
左耳から血が出た気がしたが、気にせずにビルの中で休もうとした時だ。敵の兵士達が、真横に並んで銃を構えている。さっきまでのゴムボール弾ではなく、本物のライフルだ。
「撃てェッ‼︎」
指揮官と思わしき男の怒号で、一斉にライフルが火を吹いた。この一本道では、さすがに避け切れない。
すぐに窓から飛び降り、さらに音響の元へ身を晒す。銃弾が二発だけ掠めたが、この程度ならすぐに治る。
「クソッ……!」
一気に真下へ急降下し、もう地面まで時間がない。思わず覚悟を決めた時だ。
『四階のフロアに飛び込みなさぁい?』
「!」
反射的に、ちょうど真横を過ぎ去ったフロアが四階であることを把握し、糸を飛ばして飛び込んだ。中に入ると、やはり兵士達がライフルを構えている。
やるしかない、と思い身構えた時だ。その男達を、ゴムボール弾が打ちつけ、気絶させられる。構えていた敵の後ろには、目がやたらと光っている兵士達が銃を構えていた。
そして、その中央に立っているのは、学園都市最強の精神系能力者である超能力者第五位、食蜂操祈。
らしくなく、頬をひくひくさせ、イラついている事を隠そうともせずに腕を組んで立っていた。
「え……な、なんでここに……?」
「あなたに、言い訳力はあるのかしら? ヒーローさぁん?」
「……」
その顔は、間違いなくキレている。それはもう、今にも射撃命令を下しそうな程。
だから、下手なことは言えない。謝った方が良いのだが……その前に、聞いておかないといけない事がある。
「今なんて?」
鼓膜が破れかけているのだから、いまいち何を言っているのか聴こえていなかった。
が、それは端的に言って地雷だった。
「撃って良いわよぉ?」
「え、だからなん……危なっ⁉︎ ちょっ、何を……ぎゃあああああ‼︎」
ボコボコにされた。