とある科学の超人兵士。   作:バナハロ

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頼ることを覚えた。

 現場から、少し離れた場所にあるビルの屋上。そこにいるのは、黒髪の下で鉢巻を巻き、ジャージを羽織った少年だった。

 不敵な笑みを浮かべ、指をコキコキ鳴らし、自分がいる場所から少し離れたビルを眺める。そこは、屋上から空に向かって、雷が生えていた。

 

「おーおー、すげぇ根性だな」

 

 あの威力と閃光の大きさ、自分が行かないわけにはいくまい。

 そう勝手に自分の中で思うと、そのビルからヒュッと飛び降りた。

 

 ×××

 

 食蜂は一足遅れて、自身の隠れ家に到着した。車よりも速いというあのヒーローのデタラメさ加減をしみじみと味わったが、今はそんな場合ではない。

 遠くから見えた、あの黒い稲妻と、空を掻き分けんばかりの雷は、間違いなく御坂美琴に何かあったのだろう。

 まさか、本当にあのヒーローの読み通りだった? いや、何にしても今は急いで……と、思ってトラックから降りようとした時だ。

 そのトラックに、真上から何かが降って来た。

 

「きゃあっ⁉︎」

 

 思わず悲鳴が漏れる。完全に不意打ちだったからだ。荷台の天井をぶち抜き、そのまま真下にまでめり込み、コンクリートにまで打ち付けられたのは、黒く焦げた人影だった。

 

「ウッ……ぐっ……」

 

 真下から、嗚咽にも近い何かが漏れる。まだ息がある。助けないと、と思い手を差し出そうとした時だ。

 

「痛ってェなァッ‼︎」

「きゃあぁああっ⁉︎」

 

 微妙に苛立った声と共に、地面から飛び出て来た。直撃する寸前、スーツとマスクを解除したのか、焦げているのは肌と体操服のみ。

 懐から、変身アイテムを取り出しつつ、ビルの屋上を睨みつける非色に、思わず食蜂は文句をぶちまけた。

 

「ち、ちょっと! 驚かさないでよ⁉︎」

「ん? あー悪い。でも、少し引っ込んでて」

「はぁ⁉︎」

「あの金髪の外国人さん、食蜂さんの協力者でしょ?」

「ええ。上にいるの?」

「いる。それも、多分、あの上にいる木原幻生にやられたんだと思う」

 

 フィジカルを見て、幻生にあの男が素手でやられるとは思えない。つまり、何かしらの奥の手があって下したのだ。

 スーツに再び身を包みながら、非色はサングラスの機能を使ってビルを見上げる。

 

「この建物に生体反応はない。食蜂さん一人じゃ何も出来ないでしょ」

「あなた、本当に人をカチンをさせるのが好きなのねぇ? 一周回って好ましくすら思えてきたわ」

「え……ど、どういう事?」

 

 なんて話している時だった。ビルの真上から、さらに雷撃が降り注がれてくるのが見える。

 

「! ヤバっ……!」

「きゃっ、ちょっ……どこ掴んでるのよ⁉︎」

 

 直後、運転手の男と食蜂を連れて、その雷撃を回避する。トラックは爆発、炎上。

 ギリギリ、三人は巻き込まれずに済んだわけだ。

 

「あなた、さっさと逃げなさい!」

 

 その命令を聞いて、運転手はその場から離れていく。

 なんとか立ち上がった二人は、緊張気味に唾をごくりと飲み込み、立ちのめる炎の中を睨む。

 そこからゆっくりと歩いてくるのは「雷神」という異名がついても相違ないオーラを纏った、御坂美琴の姿だった。

 

「あれ……ほんとに御坂さんなわけぇ……?」

「多分……」

 

 なんて言ってる側から、さらに二人に雷が襲いかかる。二人とも、慌てて真横にヘッドスライディングした。

 

「「ぎゃああああああっ‼︎」」

 

 食蜂は普通にヘッドスライディングなのに対し、非色はちゃんと受け身をとりにいったのが、運の尽きだった。

 二人とも盛大に転んだものの、休んでいる暇はない。すぐに立ち上がる必要がある。

 

「痛たた……もう、最悪よぉ! なんであんなの連れてくるわけぇ⁉︎」

「まさか追ってこられると思わなかった! あの爺さん、俺のこと興味ないみたいなこと言ってたのに!」

「とにかく逃げないと!」

「分かってる!」

 

 なんとか立ち上がろうとする食蜂だが、グラっとバランスを崩す。腕が引っ張られるような感覚だ。

 

「ちょっ……な、何が……!」

「大丈夫? クラつくの?」

「いえ、そういうんじゃなくて……」

 

 何かと思いながら、二人で手を見ると……食蜂のカバンのチェーンが、二人の手を巻き込んで絡まっていた。

 

「「────ーッ‼︎」」

 

 二人して口をあんぐり開けるしかないのも束の間、背後から、すぐに電撃が降り注がれる。

 

「「ぎゃああああああッ‼︎」」

 

 再びヘッドスライディング。回避しつつ、二人は起き上がる。

 

「どうして⁉︎ どうしてこんなことになるのよ⁉︎ どんな偶然力⁉︎」

「こっちが聞きたいわああああッ‼︎ ……あ、このカバンのチェーン鉄製か。俺の左手も金属だし……もしかしたら、あの高電圧の所為で強力電磁石が完成したパターン?」

「ふざけないでくれる⁉︎ 腕取りなさいよ!」

「取るのなら鞄のチェーンの方じゃね⁉︎」

「嫌よ! この鞄、お気に入りなの!」

「命より物かあんたは……⁉︎」

 

 直後、なんか真横が眩しい。顔を向けると、また電撃が飛んで来ている。

 

「きゃああああああ! 今度こそ当たっ……!」

「食蜂さん、失礼!」

「何よ⁉︎ きゃっ……!」

 

 非色は食蜂の 足元を引っ掛けると、強引に転ばせつつ、左手で右手だけは支えておき、身体を捻る。

 それと共に思いっきり下半身に力を込め、タイミングを図ると、全速全開で腰を回転させ、更に肩を回し、最後に右の拳を振り抜く。

 直後、電撃に拳が直撃した。

 

「フンッ、ギギッ……ンガァッ‼︎」

 

 動物のような雄叫びと共に、右拳にさらに力を込め、そして弾き返した。電撃に肉体が勝つ、なんてあり得ない。

 間近で見ていた食蜂は、思わず驚いたような声を漏らしてしまう。

 

「うそ……」

 

 が、驚いている暇はなかった。何故なら、今ので非色にとってはギリギリの辛勝だったが、美琴にとってはジャブに過ぎないのだから。

 さらに迫ってくる二発目。非色は腕の痺れが全身に回り、動けなくなっていた。

 

「クッ……!」

「危ない!」

「へぶっ⁉︎」

 

 今度は、食蜂が非色の足を蹴り飛ばし、転ばせて躱させる。二人揃って、戦場のど真ん中で寝転がっていた。

 

「やばい、やばいって!」

「まだ動けないわけぇ⁉︎」

「大丈夫、もう動ける!」

 

 直後、二人で身体を動かし、再び逃走を始める。二人で手を繋いだまま走る。割とスイスイ走れていることに、食蜂は目を丸くする。

 

「あなた、もっと脚早いんでしょ? ……どうしてこんなにっ……わ、私に合わせられるの、かしらぁ?」

「俺、二人三脚2位だったんだよ」

「あ、なるほど……ねぇ……?」

 

 なんて話している時だった。徐々に、食蜂の元気が無くなっていく。何かと思い、隣の少女に目をやると、割と大量の汗をかいていた。

 

「し、食蜂さん……?」

「い、言って……おく、けど……! 運痴とかじゃ……ない、から……!」

「……」

 

 まさかのスタミナ切れだった。本当に困った少女だ、このレベル5は。転ぶ前に手を差し出そうとしたが、遅かった。食蜂は徐々に項垂れていく。

 そんな中、また雷撃が後ろから迫ってきていた。

 

「後ろ! やばいって!」

「弾き、っ……ひぃ、ぜぇ……返しなさい、っ、うぇっぷ……よ……」

「まだ右手の修復終わってないから! 次やったら、手、取れちゃう……!」

 

 なんて言っている間に、後ろから電撃が迫る。こうなったら、もうガードして一か八か耐えかねるか、試すしかない。

 そう覚悟を決め、食蜂の前に立って右手を盾にガードしようとした時だ。その前に、さらに右手を構えて立ち塞がる影があった。

 

「!」

 

 異能の力を全てかき消す右手。幻想殺し。そして、それを持つ人間は世界に一人しかいない。

 

「上条さん……!」

「え?」

「よう、固法。……あれが、ビリビリって事で良いんだな?」

「はい……!」

 

 知り合いなの? と、食蜂は非色に視線で聞き、非色は頷いて返す。

 

「分かった。……で、なんでお前はこんな所で、常盤台の美少女と二人三脚をしているのでせう?」

「わざとじゃないんだって! 左手と鞄のチェーンがくっついちゃって、取れなくなっちゃって……!」

「引きちぎれるだろ?」

「このおばさんが、鞄壊されるのは嫌なんだって」

「だ、れ、が、おばさんよッ‼︎」

「いだだだだ! 髪の毛引っ張んなっつーか元気じゃん、あんた!」

 

 なんてまたバカやってると、また電撃が襲いかかって来て、上条はそれを掻き消した。

 

「とにかく、お前は一旦逃げろ! その手、なんとかしたら戻って来いよ⁉︎」

「わ、分かりました! 行きましょう、食蜂さん!」

「え、ええ!」

 

 背中に後輩二人を庇った状態で、上条は電撃を凌ぎ続ける。右手一本でしばらく攻撃を掻き消していると、後ろから情けない声が聞こえた。

 

「上条さ〜ん……」

「どうした⁉︎」

「食蜂さん、足釣ったって……」

「ええええっ⁉︎ 不幸だー!」

 

 まさかのグダグダ加減だった。もう抱っこして運ぶべきか、と思い、非色が食蜂の足に手を伸ばした時だ。ふと、巨大な影が三人を包み込む。

 顔を上げると、宙に浮いていたのは、巨大な岩石だった。美琴が普段からやる、電磁石による即席の岩石弾。それが、およそ半径10メートルほどの大きさで浮かんでいる。

 

「「「ええええええええッッ⁉︎」」」

 

 完全に殺す気できている。せめて食蜂と繋がっていなければ殴り砕くなり、押しのけたりしたが、それも出来ない。

 今度こそ潰される、そう思った時だ。またも、新たな人物が乱入してきた。右拳を構え、大きくジャンプして接近して来たそいつは、その拳を岩石弾に向かって振り抜く。

 

「すごいパーンチ!」

 

 たった一発のパンチが、爆発を呼んだ。巨岩は一気に弾け飛び、粉々になって至る場所に落下するが、直撃は免れた。

 それを引き起こした張本人は、三人の元に着地する。学園都市にたった七人しか存在しない超能力者のうちの、第7位。しかし、原石と呼ばれる能力が故、本人さえも理解し切れていないその力は、超能力者である事を実感してしまう威力を誇るものだ。

 

「よう、大丈夫か? お前ら」

 

 降り立ったのは、削板軍覇。誰を助けるつもりできたのか、よく見ていなかった軍覇は、全員を見て顔を顰める。

 

「……」←普通の高校生

「……」←変なマスクとスーツ

「……」←巨乳金髪椎茸の常盤台生

 

 それらを見て、思ったことを口に出した。

 

「なんだお前ら。変な奴らだな」

「「「お前が言うな」」」

 

 当然の返事だった。特に、食蜂は開会宣言を台無しにされたからか、割と不機嫌そうな感じが出ていた。

 しかし、軍覇はそれを気にも止めず、まず視界に入れたのは非色だった。

 

「てか、お前のことは何度か見たことあるぜ。結構、感情入った奴だと思ったんだが……」

 

 言いかけた軍覇の視界には、敵の目の前で女子中学生と手を鎖で繋いでいる絵が目に入った。

 

「そういう趣味か?」

「「どういう意味で言ってるの⁉︎」」

「いや、割と際どいとこあるんだなそれが。この前も、外国人の巨乳を見たとかなんとか」

「上条さぁん⁉︎」

 

 なんてやってる時だ。またなんか眩しい気がした。ふとそっちを見ると、電撃が一気に襲いかかってきている。コース的に、四人をまとめて消し飛ばすものだ。

 すぐに回避しようと、食蜂の身体を持ち上げようとする前に、上条は右手で電撃を掻き消し、軍覇は左手で電撃をはたき落とした。

 

「なんなんだよ、この人たち……」

 

 自分が必死に殴りつけて、ようやく凌いだものを、ここまで容易くあしらわれるとは。ヒーローの立つ瀬が無かった。

 しかし、もっと立場のない能力者が、すぐ近くにいるわけで。

 

「いや、あなたも割と同類よ? 真っ当な超能力者の私の方が、余程、足を引っ張ってるしぃ……」

「真っ当……(失笑)」

「あなた、そろそろ廃人になる?」

「嘘です、ごめんなさい」

 

 そんな事をやってる場合ではない。すぐに、上条が非色に声を掛ける。

 

「とにかく、固法。お前らはさっさと退避しとけ! 御坂をこんな風にした奴が、まだ中にいんだろ?」

「……うん。いる」

「なら、御坂は俺とこの……」

「削板軍覇だ」

「軍覇に任せろ! お前は中を頼む!」

「はいはい!」

 

 それだけ話すと、非色は走ってビルの中に向かう。

 その様子を眺めながら、軍覇はニヤリとほくそ笑み、指を鳴らしながら上条に声を掛けた。

 

「お前、名前は?」

「上条当麻だ」

「そうか、カミジョー。足引っ張んなよ」

「こっちのセリフだ」

 

 そう言うと、お互いに双極の位置にある能力を持つ二人は、目の前にいる学園都市最強の電撃使いを睨む。

 おそらく、単体での戦闘力は自分達よりも遥かに上だ。どちらかが欠けても勝てはしない。

 二人で顔を見合わせて頷き合うと、一気に突撃した。

 

 ×××

 

「ふぅ、ひぃ、ぜぇ……」

「大丈夫? 食蜂さん」

「ぇっ、べいぎよ……!」

 

 全然、大丈夫では無さそうだ。何言ってるか分からないし。

 とりあえず、建物の中に逃げ込んだ二人は、一先ず壁に背中を預け……ようとした所で、ふと非色の第六感が作用する。

 殺気を全身で感じ取り、反射的に食蜂の手を引いて回避する。直後、自分達がいた壁が真っ二つに裂けた。

 

「っ……な、なんだ⁉︎」

「もうっ……ちょっ、休ませ……」

 

 正面から食蜂を抱き抱えながら顔を上げると、そこに現れたのは銀色の不気味な人形の何か。驚くべきは、触手のようにしなっている腕の切れ味だろう。

 

「こ、これ……」

「知ってんの?」

「っ、ひっ、ひっ、ふー……気をつけ、ぜぇ、ひぃ……なさぁい。彼女も、木原、ぐぇっ……幻生の、手の者ぉ……」

「いや、気をつけて欲しいのはそっちなんだけど……」

 

 そうつぶやいていると、にゅるりと移動する銀色の人形がクスクスと微笑み始める。

 

『あれれぇ? 有名人が二人も……てか、何してんの? その手……』

「「放っておいて」」

『いやいや、気になるでしょ。え、ここまでそんなことになるような事あった?』

「素の対応やめなさいよ!」

「そ、そうだよ! 好きでこんなことになったんじゃない! 人の気持ちとか考えたことないの⁉︎」

 

 なんか別の事で説教され始めたわけだが、そんな軽口に付き合っている暇はない。

 

『ま、運が尽きたと思いなよ。抵抗しなければ、一思いに行かせてあげるからさ』

 

 そう言いながら、高速で両手の触手を振るわれる。それに対し、非色は左手を引き上げて食蜂を左肩に担ぎ上げると、右腕を縦に差し出した。

 それに、人形の触手が突き刺さり、貫通する。

 

「はっ⁉︎」

 

 食蜂が声を漏らした直後、右手に力を込める。筋肉を締め上げることで抜けなくすると、自分の方に引き込み、顔面に蹴りを叩き込んだ。

 まるで水を蹴り込んだように弾け飛ぶわけだが、人形の再生に時間が掛かる。その隙に、距離を置いた。

 

「ちょっと、無茶苦茶力を発揮し過ぎよ⁉︎」

「大丈夫、すぐ治るから」

「そういう問題じゃないでしょうに……!」

「それより、あの人形何?」

「……私だって知らないわよ。まだ出会った事のない相手だし……」

『そーそー。言っとくけど、初見じゃこの子は倒せないよ?』

 

 しかもおしゃべり機能付き、と非色はマスクの中で奥歯を噛み締める。

 

『君、ヒーローだよね? 嫌いなんだよなぁ。救える人間ばかり目にかけて、本当に苦しい思いしている人に気付かず、ヒーローを気取って大衆に支持されてるようなヒト』

「ああ?」

『今が絶好のチャンスみたいだし、私のストレス発散に使わせてもらおうかな?』

「……」

 

 再度、ヒュンヒュンっと両手の刃を振り回しながら迫ってくるのに対し、非色は正面から身構える。腰の水鉄砲は、おそらく使えない。左掌も使えない。

 つまり、完全なステゴロだ。それも、いくら殴っても意味がないと思われる人形に対し、だ。一人なら良いが、食蜂がいる今は厳しい。

 

「……仕方ないな」

 

 深呼吸すると、非色は右手で手刀を作る。それを、自身の左手首の上に当てて場所を定めると、一思いに……。

 

「いやいやちょっと! 何するつもりよ⁉︎」

「手首取るんだよ。じゃないとこのままじゃ負けちゃうでしょ?」

「ダメよ! その後はどうする気⁉︎ あの化け物相手に片手無しは……!」

「何、楽勝だよ。こう見えて、俺はなんだかんだ最後には勝ってきた男だし、この手も義手だし……」

「ダメよ! おそらく、この後の相手の木原幻生は……!」

 

 なんて話しているときだった。その非色の手首が、後ろからガッと掴まれる。何? と思って後ろを見ると、非色のストッパーになり得る女性の顔があった。

 

「その通りですわ。こんな所で何をされていますの?」

「げっ……し、白井さん……」

 

 この世の誰よりも怖い女が来た。……いや、美偉の方が怖い気もするが、その辺は言わぬが花だろう。

 

「それにしても、また他の女性と繋がれているんですか。ホント、人に告白された自覚あります?」

「え、いや……そ、それは……」

「え、告白されたのあなた?」

「ホント、いい加減にしてもらえます? そもそもあなたに、私は木山先生の所で安静にするよう言っておいたはずですよね?」

「あ、うん。だからそれは……」

「それなのにこんな所で油を売っているなんて、一体全体どういうつもりですの? 本気で怒られたいんです?」

「……」

 

 すごい、と食蜂はキャラに合わず感激した。あの軽口の減らない、自分に対して失礼な言動を繰り返してきた男を、完全に言い負かしている。

 しょぼんとしている非色を前に、黒子はふんっと鼻を鳴らすと、前で待機している人形に目を向けた。

 

「本来なら、ここでとっちめてやりたい所ですが、一先ず今はあれが先ですわね。さっさと行って下さいな。そして、その不愉快な手錠を早く外しなさい」

「はっ、え? 白井さん、一人でやる気?」

「今のあなたにいられても迷惑ですので」

「や、でも今の俺だって戦えるって!」

「いいから行くわよぉ。私達はまず、こっちを外すのが先決なんだから!」

 

 食蜂にまで腕を引かれてしまった。これで2対1。だが、それでも子供は折れないものなのだ。

 

「やだ! 白井さんが心配!」

「あなたねぇ、子供じゃないんだから。白井さんだってそこまで過保護にされたら引……」

「そ、そんなこと言われたって嬉しくもなんともありませんわよ!」

「私、今日という日をこれほど憎んだの初めてよ……?」

 

 間に挟まれた食蜂が思わずげんなりしてしまった時だ。その二人と一人の間に、巨大な触手振り下ろされる。

 それにより、床がばっくり割れてしまう。

 

『なんか野望とかそういうの抜きでグチャグチャにしたくなって来た』

 

 恐ろしいことを言いながら迫ってくる人形を前に、非色は大声で叫ぶ。

 

「やっぱりダメだって! こんなの一発でも受けたら、白井さん……!」

「当たらなければ良いんですの!」

「やーだー! 俺も一緒に戦うー!」

「めんどくせぇですの」

 

 黒子がそう呟いている間に、食蜂は鞄からリモコンを取り出す。操作した方が早いと踏んだからだ。

 しかし、その前に。黒子がテレポートし、駄々をこねる非色の真横に飛び、頭を撫でた。

 

「それとも……私は、あなたの信頼を得るに、足りない女性ですか?」

「……」

 

 思わず、頬を赤らめる。思い人からそんな事を正面から言われれば、ヒーローであっても、折れざるを得ない。

 

『だからイチャイチャすんなっつってんだろうがクソリア充どもがあああああッッ‼︎』

 

 さらに飛んできた刃を前に、非色は黒子の肩を右手で抱き抱えつつ、右脚を横に振ってその一撃を払い除け、大きくジャンプした。

 建物の吹き抜けを大きく飛び上がり、5階あたりに着地する。

 黒子から手を離すと、サングラスと水鉄砲を外して手渡した。

 

「白井さん、これ持ってって」

「え……?」

「使い方は……いつも見てるよね。呉々も、怪我をしないように」

「……ありがとうございますわ」

 

 その様子を見て、食蜂はリモコンを鞄の中に戻す。どうやら、操作力は必要ないようだ。

 直後、自分達のあとを追ってくる人形。獲物を見つけたように接近して来るのを前に、食蜂は黒子にリモコンを向ける。

 

「彼女の能力に対する私の考えよ。ちゃあんと聞いておいてね?」

「っ……言っておきますけど、彼にもしものことがあれば、あなたが相手でも容赦しませんので」

「はいはい」

 

 それを聞くと、黒子はその場からテレポートしていく。黒子があの人形の気を引くには、本人を狙う必要がある。

 元々、黒子はあの能力者…… 警策看取を追っていたため、色々と情報を握っている。

 しかし、それを向こうに自覚させるには、やはり短時間とはいえ時間が必要なわけで。

 

「行くわよ、ヒーローさん?」

『逃がすわけないじゃん』

 

 人形が動き出す前に、食蜂が逃げようとしたが、非色は真っ直ぐと人形を見据える。何してんの? と、食蜂が聞こうとしたが、その口は止まっていた。

 その形相は、さっきまでの女に怒られて情けなく狼狽えていた男とは思えないほど、殺気に満ち溢れていた。

 思わず、人形も動きを止めてしまう殺意の波動を放っている。

 

「あんた、白井さんに怪我でもさせてみろ。ほんとに殺すから」

 

 シンプルに、ストレートに、メチャクチャなことを言った。敵を殺すなと言うのだろうか? この男は。

 しかし、逆らう気にはなれないほどの、圧力が襲い掛かってきている。能力を通じて、それを浴びていた。

 

「そんだけ。じゃ、行こう。食蜂さん」

「え、ええ……」

 

 その二人のあとを、警策看取が追うことはなかった。

 

 


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