とある科学の超人兵士。   作:バナハロ

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実験は最低限、想定される危険は排除して行いましょう。

「やっぱ無理だってこれ。力入れすぎると結局、腕もチェーンも壊れちゃう」

 

 壁に隠れながら、非色が言うと、食蜂は小さくため息をつく。確かに、困ったものだ。このままでは、戦いになった時に困る。

 なんとか悪戦苦闘している非色を前に、食蜂は隣で声をかけた。

 

「今のうちに、この施設のこと教えておくわぁ」

「え、何?」

「言ったでしょお? ここは、私の隠れ家。私の誰にも知られたくない秘密もある。だから、迎撃力が高いシステムもあるのよ」

 

 なるほど、と非色は心の中で相槌を返す。

 

「木原幻生にまわせる戦力は、現在、私とあなただけなのよ。元々、私はあのじいさんを捕まえるつもりで今回、動いたの。このままなら、まずはあなたに協力してもらうわよ?」

「良いよ。というより、そうする他ないでしょ」

「分かっているなら良いわぁ。その上で、一つだけ可能性の話として進言するわぁ」

「? 何?」

 

 珍しく真剣な口調で言われ、非色も真面目な顔で聞き返す。

 

「この事態を引き起こしたのは、まず間違いなく木原幻生。ミサカネットワークにウイルスを打ち込み、強大な力を生み出し、御坂さんに流したと仮定するわよ」

「あの最初の黒い電気みたいなの?」

「そう。けど、問題はどうやってそれを実行したのか。理屈は一つしかないわぁ」

 

 落ち着いて考え込んだ結果、出て来た唯一の可能性。それでもまだ疑問は残るが、今はそれしか考えられない。

 

「あのじいさんは今、私の能力を使える」

「は? 私のって……心理掌握?」

「そうよ。どうやってるのかは知らないけど……」

 

 それを聞いて、非色はふと思い出したように言った。

 

「俺は心理系の能力がどうとか、その辺はさっぱりだから何とも言えないんだけど……前に木山先生……ああ、幻想御手の人ね。あの人の頭と繋がった時、木原幻生の顔が見えた」

「……なるほどねぇ。つまり、幻想御手を利用して、同じ脳波に調律されたってワケ……お陰で、ほぼ確信したわぁ。やはり、私の能力を使えるのに間違いはないみたい。そこで、本題に入るわね」

 

 そう言うと、食蜂は非色にリモコンを向けた。一瞬、ビクッとしたが、すぐにどういうつもりかを察した。

 

「あなた、私に操作されなさい」

「……良いよ」

「察しが良くて助かるわ」

 

 つまり、木原幻生に操作されるのを防ぐためだ。既に操作されている人間は操作されない。

 

「あなたの意識は残しておくし、あなたが好きに動けるように調整もさせておくわぁ。戦闘になった時、私よりあなたの方が反射神経も動体視力も上だもの。でも、私の意識を少なからずあなたに刷り込ませておく。いざという時、許可なく操作するから、そのつもりでいるんだゾ☆」

「わかった」

 

 まったく、可愛げがないくらい、操られる事に躊躇がない男である。まぁ、今みたいな非常事態には助かるわけだが。

 

「……で、今、幻生はどこにいんの?」

「近くよ。今、確認してるから……」

 

 言いながら、食蜂は手元の端末をいじり、施設内のカメラを漁っていた時だ。ふと、非色が攻撃色を察知し、食蜂の身体を掴んで真横に飛んだ。

 直後、壁を貫いて二人に襲い掛かったのは、形容し難い色をした丸い球体。それらが、自分達が立っていた場所を通り過ぎて後ろの壁にも穴を開けてしまう。

 

「やぁ、どうも。こっちが先に見つけちゃったよ?」

「木原、幻生……!」

「てか、能力⁉︎」

 

 姿を表したのは、小突くだけですぐに死んでしまいそうな爺さん。だが、顔に張り付いたニヤけた表情は、それらのハンデがまるで窺えなくなるほど不気味なものだった。

 非色も、油断なく見据えながら、さりげに食蜂を庇うように前へ出る。

 

「君は敏感なのか鈍感なのか、わからない子供だね。さっきの食蜂くんの話を、聞いていなかったのかな?」

「あ?」

「幻想御手よ。つまり、あのじいさんは多才能力。あらかじめ、拉致か何かしておいた置き去りを使ってる」

「拉致なんて人聞きが悪いな。保護して、力を少し拝借しているだけだよ」

「だから、言ったでしょ? 油断するなって……」

 

 言いかけた、食蜂の口が止まる。何故なら、隣の男が急に憤怒を顔に表したから。

 その形相は、今にも目の前の爺さんを殺しそうな程、憎しみに溢れている。幸か不幸か、ギリギリの所で踏み止まっているのは、自分と手錠で繋がれているからだろう。

 

「あんた、誰に断ってその力使ってんの?」

「ん? 違法な力を使うのに、誰かの断りが必要なのかい?」

「必要に決まってんだろ、バカかあんた。そいつは、木山先生が自分の生徒を救うために作った力だ。あんたみたいな寝小便してそうなジジイが使って良い力じゃない」

 

 そういう事か、と食蜂は頭の中で理解する。協力者関係である木山春生を、彼はある意味では美偉や黒子と同じくらい信頼している。

 そんな彼女の、過去の過ちを他人の私利私欲のために使われるのが許せない、だから頭に来ているのだろう。

 しかし、その手の感情はこの街の科学者にとってなんでもない。何なら、利用されるだけだ。

 

「そっか。じゃ、僕は木山くんの恩師だし、師匠特権って事で」

 

 直後、ザリッと地面を蹴る寸前の音を聞き逃さず食蜂がリモコンのボタンを押したのは、ファインプレーと言えるだろう。

 すぐに、非色は足を止めた。それと共に、頭の中に食蜂の声が流れてくる。

 

「っ……!」

『落ち着きなさぁい。今、あなたが飛び出せば、あの爺さんの思う壺よぉ? 奴に目にモノ見せるつもりなら、落ち着きなさい』

 

 それを聞き、ひとまず非色は自分を落ち着かせる。

 

「ごめん。ありがと」

「お礼は後で聞いてあげるわ」

 

 そう言いながら、非色はあらためて木原幻生を睨む。今の自分は、マスクはなくてもヒーローなのだ。怒りに飲まれるわけにはいかない。

 

「……何だ、君意外とおとなしいんだねぇ」

「うるせーバーカ加齢臭くたばれ」

「黙ってて」

「はい」

 

 黙らされ、改めて話を進める。

 

「あなたの方から現れてくれるなんて、ありがたい話だわ」

「まぁね。僕も、科学の発展を邪魔するバグは、排除しないといけないから」

「バグはお前らの方だろクソジジ……」

「ステイ、ハウス」

「わん……」

 

 一々、喋り出すバカ犬を黙らせ、再び幻生を睨んだ。

 

「とにかく、私達はここであなたを捕らえて、この馬鹿げた実験を止めてみせるわぁ」

「ふふ、それはごめん被るね」

 

 言いながら、幻生の周りに現れたのは、さっき壁を破壊して出てきた球体。それに対し、食蜂をお姫様抱っこして身構えたのは非色。

 回避しながら走り出した。

 

「ほっ、逃げるのかい?」

「無視しなさぁい」

「分かってるよ」

 

 そのまま二人は逃げ出した。正面からぶつかることは避け、絡め手で戦うしかない。

 

 ×××

 

 黒子はサングラスを掛け、水鉄砲を手に移動していた。サングラスの機能を早速、使用する。

 人物検索。警策看取。サングラスに映った人物を自動で特定。まぁ、視界に映る範囲にいるとは思えないので、おそらく無駄だが。

 その上……。

 

「ー!」

 

 たまに奇襲してくる液体金属の人形を相手にしなければならない。この人形、液体であるだけあってこちらの攻撃は通らない。全てすり抜けてしまう。

 攻撃をテレポートで回避しながら、大きく距離を置く。

 実際の所、あの液体金属は奇襲にもなっていない。何せ、サングラスのサーモグラフィーモードで壁越しにも敵の居場所が分かるからだ。

 

『んー……おかしいねぇ。完全な奇襲も、まるで見えてるみたいに避けるじゃない?』

「完全だと思っているのはあなただけですのよ。私には全て見えています」

『ふーん? もしかして、あの彼氏くんからもらったダサいサングラスの所為かな?』

「本人にそれ言っちゃダメですわよ。あの子、このサングラスカッコ良いと思っていますので」

 

 実際のところ、黒子も少し羨ましい、と思わないでもなかったのは黙っておく。非色がどうこうではなく、単純に正義の味方に憧れている身として、特殊なアイテムへの憧れは少なからずあったりなかったり。

 

「で、さっさと居場所を教えてくれるつもりはありませんの?」

『あるわけないじゃん?』

「ですよね。ヒーローに勝てるわけない、なんて当たり前のことが分からないような方ですから」

『は? あんた、自分をヒーローだとでも思ってるわけ?』

「まさか。私は目の前の人を一人、目の前の悪党を一人捕らえるので精一杯ですの。……あのお馬鹿さんの真似なんて、したくても出来ませんわ」

 

 じゃあ、どういう意味? なんて警策が聞くまでもなかった。黒子は続けて言った。

 

「あなたは彼を敵に回した、その時点で負けは確定しているということです」

『……ふーん?』

 

 言ってくれる、ガキのくせに、と、遠距離から少し腹を立てた。殺すつもりは無かったが、あの子を奪ったこの街を守ろうなんて考えている奴は捨て置けない。

 

『で、遺言は終わりで良いのかな?』

「そちらこそ、シャバ最後の会話は終わりでよろしいので? 次は少年院で大人しくしていてもらいますわよ」

『やってみなよ』

 

 直後、目の前の液体金属は即座に鞭状の刃を振るう。それを回避しながら、近くにある瓦礫をテレポートさせ、腕を貫かせる。

 切断には成功したが、人形はその腕に触れる事で吸収し、新たな体積としてしまった。

 書庫によると、彼女の能力は比重二〇キロ以上の液体を操作するもの。その中で大きさ的に使いやすかったのが液体金属、ということだろう。

 それならば……。

 

「……!」

『およ? 何々、観念した感じ?』

「まさか」

 

 足を止めた黒子は、人形を前に水鉄砲を構える。この水鉄砲、実は扱いが難しい。射程は短く、弾速も遅く、その上、大量のギミック付き。それなりに頭と戦闘経験が無ければ扱い切れるものではない。

 しかし、黒子はその両方を持ち得る。特に、テレポーターは11次元演算。この程度のオモチャを扱うだけの能力はあった。

 

「そこ」

 

 パシュッ、パシュッと二発放つ。液体は人形の左腕と左肩に吸い込まれる。直撃した箇所は、微妙に白味がかかって変色する。

 正面から突撃してきた人形の一撃をテレポートで回避し、後ろを取ってさらにもう一発、右脚へぶち撒けるが、それも吸収されてしまう。

 代わりに仕返しと言わんばかりに、伸びる後ろ廻し蹴りを放たれ、それも回避して再び近くに落ちている瓦礫を手にした。

 

『液体には液体を、とでも思ったのかな? 目には目を、が通用するのはハムラビ法典の中だけだよ!』

「それはどうでしょうか?」

 

 ニヤリと微笑みながら、鉄パイプを飛ばした。切断したのは左腕。ボトッ、と腕が落ちた。

 

『もしかして知らなかったのかな? 人の身体には、腕は2本あるんだよ!』

 

 攻撃する手を切り替え、右腕を振るって来るのに対し、黒子は後ろを取るようにテレポートする。

 少し、肩で息をしている黒子を見て、警策は切断された腕を再び取り込みながら、おちょくったような声を漏らす。

 

『そんなに能力を多用しちゃって大丈夫? 集中力切れて来ちゃうんじゃない?』

「問題ありませんわ。それより、ご自分の心配をされたらどうです?」

『……?』

 

 形は後から作れば良いので、腕を取られたからと言って、腕で吸収する必要はない。

 だから落ちた左腕を足で踏んで吸収しようとしたが、足が動かない。液体金属の中に、異物が取り込まれている。ヒーローの液体だ。

 

『!』

 

 説明をする事もなく立ち去る黒子。実験がうまくいったことさえ分かれば満足、と言った感じだ。

 そのままテレポートをして周囲を探索する。

 ヒーローの液体は、物体に触れると強い粘着力を発揮する。外すには時間経過を待つか、水をかけて溶かすかしかない。

 では、液体金属ではどうなるか? 完全な液体ではなく固体としての性質を含んでいる中に水鉄砲の液体が混ざると、特に何か起こるわけではなかったが、混ざった部位が物体に触れると、そっちにくっ付き、金属のその部位は自切するしか無くなる。

 推測の域を出ない話だったが、うまく行ったようで何よりだ。

 

「……とはいえ」

 

 あの女がスペアの液体金属を持っていないとは限らない。彼女の能力は「液体を操る能力」であって「液体を生み出し、操る能力」ではない。

 つまり、今の戦法で体積を削ったとしても、根本的な解決にはならないのだ。

 それを達するには、やはり能力者を捕らえるしかない。

 人型でしか操っていない、切断された部位を別の人形として使わずわざわざ吸収している、「人の身体には、腕は2本あるんだよ!」というセリフから取っても、液体の遠距離操作には、ある程度の人の形を保つ必要がある二体以上の人形を同時操作は出来ない、と見て間違いない。

 

「今のうちに手がかりを見つけなくては……!」

 

 そう呟くと、携帯を取り出して、自身の相棒に電話をかけた。どれだけの範囲が遠距離操作の射程かは知らないが、そう遠くはないはず。範囲が絞れている段階での人探しなら、そいつの右に出る者はいない。

 

 


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