非色と食蜂は、一時的に幻生を撒き、奥へ歩みを進める。とはいえ、見つかるのも時間の問題。非色がサングラスを渡してしまったお陰で、正確な位置も食蜂が携帯を見ないと分からないほどであった。
だが、それよりも食蜂には確認したい事があったらしく、仕方なく非色は同行していた。
「食蜂さん、どこ向かってるの?」
「良いかしらぁ? これから見るものは、決して他言しないようになさぁい」
「え? ドユコト?」
「本当は、私が死んでも見られたくないものなのよ。それこそ、女王なんて呼ばれてる私も、以前まではあなたと同じ実験動物に過ぎなかったってことを示すものだから」
「や、まぁ約束は守るよ」
「……あなたの場合、本音かどうかわざわざ見るまでも無いから助かるわぁ」
そんな話をしながら、奥の部屋に到着した。扉の奥にあったものを見て、思わず非色は唖然としてしまう。
その奥にあったのは、巨大な培養器に漬かった脳みそだったからだ。それも、巨大な培養器に漬け込んであるだけあって、中身も大きなもの。
「レプリカだ、博物館展示用の」
「私がそんな可愛いものを、必死に隠すと思うのかしらぁ?」
「いやぁ、気持ちは分かるよ。脳味噌を作るなんて趣味、普通ならあり得ないからね。ホームズかって感じだよね」
「良いから黙ってなさぁい。無理して和ませようとしなくて結構よ」
言われて、非色は口を塞ぐ。真剣な顔をしているので、これ以上は何も言えなかった。
「これが、エクステリアよ」
「あ、噂のね。分かりやすい強化パーツだこと」
「……でしょう?」
そんな冗談を言い合いつつ、食蜂は非色に声を掛ける。
「良い? これ、今回で破棄するわよ」
「え、破棄?」
「ええ。正直に言っていらないもの。確かに普通以上の力は得られるけど、それ以上に隠蔽力の手間、管理費、今回みたいな乗っ取りで、もうデメリットの方が大きいのよねぇ」
「ふーん……じゃあ壊す? 俺なら、多分ワンパンで壊せるよ」
「いや、震度5以上の地震にも耐え得る構造になってるし、そもそも下手に外部から影響を与えたら、エクステリアの使用者にも影響が来るわ」
なるほど、と非色は相槌を打つ。確かにそれは下手に手出しできない。
「……でも、勿体無いなぁ」
「何、あなたもこういう実験に興味あるわけぇ?」
「いやいや、そういうんじゃなくてさ。これがあれば、ヒーローの活動で二次被害とか……少なくとも人命には出なさそうだからさぁ」
「ああ、そういうコト……悪いけど、私はそこまでお人好しじゃないのよぉ? 誰だか知らない人を守るより、自分を守るので精一杯だもの」
「ふーん……」
「いっそ、この機会にこれ捨てちゃいたいのよねぇ」
ここまで大きな騒ぎになれば、まず間違いなく他の組織にもエクステリアについては知られた事だろう。もうこれから先、守り切れるかどうかすら危ういものだ。
「よし、分かった。じゃあ、諦めよう」
「一応、私の中にプランは出来てる。……けど正直、貴方邪魔なのよねぇ」
「え、そんな事言わんといてよ」
「そうは言われてもねぇ……」
そのプランを実行するには、あくまでも食蜂一人の方がやりやすかったのだろう。
「ちなみに、そのエクステリアとかいうのを捨てるにはどうしたら良いの?」
「自壊コードを入れれば一発よ。ただ、今はエクステリアへのアクセス権限があの爺さんにあるから……」
「それの書き換えは?」
「あの爺さんの頭の中を覗ければ出来るけど? ……というか、頭の中を覗けるなら、そのまま自壊コードを打ち込むわぁ」
「ふむ……なるほどなるほど」
満足げに頷く非色を前に、食蜂は怪訝そうな表情を浮かべる。何と無く、嫌な予感がしたからだ。
「……何?」
「よし、食蜂さん。こんなこと出来る?」
「却下」
「最後まで聞いて!」
×××
「ふふ、久しぶりだね。初春くん、佐天くん」
そう言うのは、木山春生。挨拶された二人は、元気に手をあげる。
「はい、こんにちは!」
「すみません、早速ですが……」
「ああ、白井くんから話を聞いているよ」
聞いている話というのは、黒子に頼まれた事だ。サングラスの機能が思ったより多くて使いこなすのが大変そうなので、敵の能力者の場所を割り出すためと、使い方を知るため、木山の力と知恵を借りよう、という事になった。
「私が非色くんのためだけに作ったアイテムを平気で貸してもらえた彼女の手助けだろう?」
「え、拗ねてます?」
「拗ねてなどない」
拗ねてる人の反応だった。二人とも苦笑いを浮かべつつ、パソコンをいじり始める。夏休み以来、会っていなかったから、少し気まずい。
そんな中、黒子から通信が入る。
『初春? 準備はよろしくて?』
「あ、はい。バックアップの準備は万端です!」
何せ、ここには変態的ヒーローのサポーターが根城にしている施設だ。風紀委員の設備を上回るものが数多く揃っている。
「聞こえるかな? 白井くん」
『あ、はい。木山先生ですの? お久しぶりですわ』
「ああ。どうかな? マスクの使い心地は」
『あ、いえ。サングラスの機能だけ拝借していますわ。良い物ですのね?』
「……そうか」
あ、少し残念そう、と佐天も初春も思ったが、口には出さないでおく。禍の元である。
「そのサングラスの機能は、人探しにはもってこいだが、戦闘をしながら使いこなすには慣れが必要だ。今はそんな時間がないため、サングラスの遠隔操作はこちらでやる」
『助かりますわ』
「初春くん、君には白井くんが犯人の元に向かう最短ルートを割り出して欲しい。佐天くんには、白井くんを逐一、監視カメラで追い、周囲を警戒したまえ」
「「はい!」」
二人揃った元気が良い返事を聞き、満足げに頷いた木山は、パソコンをいじり始めた。
「さぁ、みんな。ヒーローのために、頑張ろうか」
その言葉と共に、再び警策看取を追い始めた。
×××
木原幻生は、ゆっくりと食蜂の隠れ家を歩く。こうして見ると、中々に用心深い子供だ。中はトラップや迎撃システムのオンパレード。落とし穴、睡眠ガス、扉塞ぎなど様々なバリエーションの物が数多く襲い掛かってくる。
だが、それもマルチスキルを持ってすれば片付けられない程ではない。何食わぬ顔で、片っ端から罠を捌き、破壊していった。
「さて、そろそろ動きがあっても良いと思うんだけどね?」
何せ、敵にいるのは食蜂だけでなくヒーローもだ。このまま攻められるだけ攻められて反撃しないとは考えにくい。それこそ、まるで痺れを切らしたように……。
と、思った直後だ。自分が通りかかった真横の部屋の扉が外れ、足の裏が飛んで来た。
「ほっ……!」
しゃがんで回避しつつ、距離を置いて能力を起動する。まるで異次元を体現した色を持つ球体をいくつか飛ばす。
躱されるだろうから次に備えていたが、その構えを一瞬、解いてしまう。何故なら、飛び込んできた非色は眠っている食蜂をお姫様抱っこで突っ込んできたからだ。
「ほ?」
何があった? と、頭の中をフル回転させる。あり得る説としては「食蜂の身に何かあり、勝負を焦った」だろう。作戦の途中である可能性もあるが、地の利があり、施設によるトラップも利用できる中で、片方が辛そうなまま突貫、と言うのはあり得ない。
おそらく、非色と手を繋いでいる電磁石に何らかの影響が及ぼされ、やられ、食蜂の身に何かあったのだろう。ただでさえ、その電気の元は実験中でどんな結果が出るか分からない御坂美琴が発信げんの上、食蜂操祈自身も身体能力は人並み以下。あり得なくはない。
およそ0.2秒でそこまで思考すると、ニヤリとほくそ笑んだ。
「ならば、その隙は十分利用させてもらうよ?」
躱される前提で放たれた球体の背後から、さらに空気爆発を起こす。これにより、回避した直後にそれを起こし、ヒーローの背後にある球体に当てる。
そう狙い、ニヤリとほくそ笑んだ時だ。ふと、ゾクっと背筋が伸びる。目の前のヒーローが、自分に対し、とてもヒーローから放たれているとは思えない程、凍る視線を向けて来たからだ。
「悪いけど、時間が無いんだ。一気に片付けるよ」
時間が無い、と言う言葉に引っ掛かった。というか、すぐに読みがわかった。
直後、ヒーローの姿が消える。いや、消えたと見間違うほどの速度で距離を詰めて来た。
慌てて、現在、保護(という名の拉致)している学生の能力のうちの一つ、テレポートを拝借した。
時間が無かった為、元々ヒーローが立っていた場所の後ろに回る。ヒーローはこちらに来ようとしていたし、テレポートを見せるのも初……簡単にはこっちに来れまい、と思い、さらに別の能力を使おうとした時だ。
テレポートをした眼前に、ヒーローの足の裏が迫っていた。
「……ひょ?」
リアクションを取る間も無く、目がめり込む勢いで蹴りを貰い、そのまま背中を壁に強打して失神した。
その様子を見ながら、ヒーローはつまらなさそうに唾を吐き捨てる。ふと痛みが走り、手元に目を落とすと、義手と手首を繋ぐポイントが消失していた。あの弾幕の隙間は、無傷では済まなかったようだ。
まぁ、お陰で手首は解放されたわけだが。とりあえず、食蜂を床に下ろしておく。
そんな事、気にした様子もなく、口から胃液を漏らして気絶している爺さんに冷めた口調で告げた。
「バーカ、こちとら今まで、テレポーターとどれだけ鬼ごっこして来たと思ってんだ。加齢臭ジジイが俺に挑むなんざ、百億年は……」
と、言いかけた所で、非色も突然、電源が抜けたように眠りに落ちた。
×××
「んっ……もう時間かしらぁ……?」
まるで非色と入れ替わるように目を覚ましたのは食蜂操祈。そして、ふと近くに倒れている非色を目にした。
今回の作戦、如何にもヒーローらしい単純なものだった。決められた時間後、非色が活動し、その時間になったら非色が眠りに落ち、食蜂が活動を再開する。
わざわざ非色まで寝かせる事ないと思ったが、エクステリアを廃棄するところを他の誰かに見られたくないでしょ? という気遣いがあった。
「ホント、生意気なんだから……」
言いながら非色の頬をムニっと人差し指で突いた時だ。ふと、赤い水溜りが目に入る。
「え……」
何かと思って非色を見ると、左手首が無くなっていた。というか、今更になって自分と非色が離れられていることに気づいた。
「ちょっ、何があったのよ⁉︎」
慌てて、眠っている非色の頭の中を覗き込む。もしかしたら、幻生にやられて気絶している可能性もあったからだ。
映されたのは、さっきまでの爺さんとの戦闘。形容し難い色の球体を回避しながら、爺さんのテレポートを先読みして蹴りを放った際、食蜂に直撃コースのものを一つ、庇っていた。
「……まったく、ホントこの子は……」
小さく息を漏らしながら、自分の体操服を少しだけハサミで切って、止血しておいてあげた。まぁ、彼の再生能力なら必要も無かったかもしれないが。
さて、自分の仕事をしなければならない。幻生の頭の中を覗き、コードを入手。それと同時にこの爺さんを二度と復活させない為、廃人にしておいた。
「ほら、起きなさい」
ピッ、と、リモコンを押してヒーローを起こす。ゆっくりを体を起こしたヒーローは、食蜂を見上げた。
「あれ? もうエクステリア捨てたの?」
「いえ、もう手が空いたし、あなたを寝かせておく必要もないでしょ?」
「あ、そうだね」
エクステリアを捨てる所を見られたくないが、手を繋がれている。よって、入れ替わりで眠ることにしたのだから、手が離れた今は起こしても問題ない。
「じゃ、俺行くね」
「どこへ?」
「外」
言いながら、片腕がついていない左腕の肩を伸ばす非色。
それを見て、思わず食蜂は声を荒げてしまった。
「ちょっ、無茶よ! 何言ってるのぉ⁉︎」
「だって、御坂さん友達だし。俺が止めないとダメでしょ」
当然のように言いながら、非色はストレッチを続ける。
その非色の無くなった手首を掴んで持ち上げ、眼前に見せつけた。
「この手でどうやって戦うってのよ⁉︎ 相手はレベル6になろうとしてる、肩書きだけなら一方通行よりも上の相手なのよ⁉︎」
「大丈夫、上条さんや削板さんもいるしさ。だから、そんな心配しないで」
「は、はぁー⁉︎」
急に心配するな、なんて言われ、思わず顔が赤くなる。いまの今まで、他人にそんなこと言われたのは初めてだったからだ。
「心配なんかしてないから! バカにしないでくれるぅ⁉︎」
「え、してないけど」
「一応、知らない仲じゃないあなたに死なれたら嫌だって言ってるだけだしぃ! 勘違いしないでよね⁉︎」
「心配じゃんそれ」
「ーっ、こ、この……!」
段々、ムカついて来た。思わずリモコンを構えてしまった。が、非色はそのリモコンの上に手を置く。
思わず安心してしまう程に、にへらっとした笑みを浮かべた非色は、そのまま食蜂の頭に手を置いた。
「大丈夫、俺は死なないよ。ヒーローだからね」
「っ……!」
「それより、早くエクステリアを処分して逃げなさい。ここも、多分危ないから」
似ている、あの先輩に。自分の命など省みず、他人のために死力を尽くせる、ツンツン頭の男の人。それが、なんだか悔しくて、腹立たしくて、それでいてやっぱり腹立たしい。
頬を膨らませ、思わず膝を蹴ってしまった。
「う、うるさいわよ! 調子に乗らないでくれる⁉︎ 年下の癖に!」
「痛っ……くはないや。むしろ大丈夫?」
「うるさいってば!」
言いながら、食蜂はリモコンを引っ込めた。鞄の中にしまうと、そのまま非色に背を向ける。
「……死ぬんじゃないわよ。白井さんが、待ってるんでしょう?」
「分かってるよ」
それだけ言うと、非色は外で戦闘中の男達の元に向かった。